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0』i5日三」≡≡i∋1m@ ※杭は見通し図 図63SD13杭列W(縮尺1/40)
らは南北方向、つまり、流れに直交する形をとる(図60)ことから、杭群以東の貯水施設ある いは水位の上昇による分流を可能にする構造物と考えられる。溜まり部から西へつながる流路 は蛇行しながら調査区西半部へ続く。この辺りでは底面の差は10cm程度と少なく、やや緩やか な流れが求められていることが想定される。杭列Wはこの流路の方向変換部に認められる。水流 の直接あたる部分であり、蛇行させるための役目を考えることができよう。主流路は、調査区西 半部では南西方向に向きを変えながら、大溝の南肩部と一体となって、やや幅を広げながら調査 区外へ延びる。底面レベルも中央付近から西端付近に向かって、2.1m前後から一気に1.7〜1.8 mにまで下降しており、それまでのやや緩やかな流れから急峻な流れへと変化するようである。
蛇行部分には2ヶ所の張り出し部が認められた。溝底面からは20〜30cm程度の高まりであ る。緩やかな平坦面を形成する。張り出し部Aは5×3mの長方形の高まりで、端部(溝との 境)には杭列n・皿が打たれる。張り出し部Bは5rn四方で、緩やかに2段になっている。や はり、先端部と上段の端部に杭群Vが認められる。西張り出し部の利用目的は不明確ではある が、杭が端部補強に役だっていると思われる点や上面が緩やかな平坦面を成し、ある程度の広
さを有すことなどから、水を利用する際の作業足場的な機能も考えられる。
主流路の南側には平行して南分流が走る。東端部(B断面)で底面は2.4mの高さにあり、溜 まり部との差は約50cm弱である。深さは利用時には約30cmが想定される。溜まり部分で水位を 上昇させて水を南分流に導入し、南に広がっていたと想定される水田に給水する方法が考えら れる。中央付近(A断面)では底面の高さは2.5mを測る。西流していることから、導入部はよ り東に求められよう。また、2ラインの少し西側に南分流から南へ延びる溝がある。この溝は 調査区南端部において標高2.8mで検出された。溝の幅は70cm、大溝内に入るとその幅をラッ パ状に1.1mまで広げる。掘り形は2段掘りである。断面形態は上半部は緩く開き下半部は上 端幅40〜50cmの逆台形を呈す。深さは約35cmである。底面は2.45cm弱の高さにあるが、北端部
られる。南から北に向かって斜めに打た 1 4 れるものが多く、南からの水圧が想定さ
れる。以上の点から、本溝は大溝の南側 に広がると想定される水田からの排水溝 としての機能を有するものであったと判 断される。南分流の底面レベルが、本溝 の出口付近で窪んだ状態となっているの は、その影響と思われる。このように、
南分流は水田の給排水路としての役目を 有す溝と考えられる。
SD14においても、基本的な構i造は踏 襲されているようである。A断面の、主 流路と南分流問の高まりなどはそれを現
している(図61)。
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10
11
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法 量(cm)
形態・手法の特徴ほか 色調 胎 土
番号 器種 口径 底径 器高
1 須恵器杯 13.0 9.1 3.9 底部外面:箆キリ後ナデ、他は横ナデ、煤(墨?)付着、1/4残存 毎 灰〜暗灰 微砂
2 〃 ノ 12.4 6.2 3.3 底部外面:箆キリ、口縁部:黒変、1/4残存 (内)淡灰(外)淡灰白 微砂
3 〃 〃 一 7.4 一 底部外面:ケズリ(箆キリ?)後ナデ、他は横ナデ、1/3残存 灰白〜淡灰 微砂
4 〃 〃 13.0 10.8 } 底部外面:周縁部箆キリ・中心部押圧、口縁部:黒変、1/8残存 淡灰白 細砂多
5 〃 〃 一 10.0 } 底部外面:周縁部箆キリ・中心部押圧、底部内面:押圧少し、1/8残存 暗灰 微砂
6 〃 〃 一 7.0 一 底部外面:周縁箆キリ〈回転右〉・中心押圧・墨書、底部内面:押圧、1/8残 灰白 微砂少、黒色粒子
7 〃 〃 一 9.9 一 底部外面:箆キリ〈回転右〉、外面:ケズリ、内面:横ナデ、焼成不良、1/5残 (内)黒(外)淡灰〜暗灰 微砂多
8 〃 〃 { 8.2 } 底部:(外)箆キリ(内)不定方向のナデ、杯部:横ナデの凹凸顕著、1/3残存 (内)暗灰褐(外)灰〜灰白 微砂、細礫少
9 〃 壼? 一 11.5 } 底部外面:箆キリ、内面:強い横ナデ、1/6残存 (内)灰(外)淡灰 細砂多
10 〃 壼 一 21.4 … 横ナデ、自然粕、1/6〜1/8残存 (青)灰 精緻
11 〃 〃 一 16.5 } 横ナデ、自然粕、1/7残存 (内)灰(外)灰黒 精緻
図64 SD13出土遺物1(縮尺1/4)
SD13からは多数の土器のほかに石器・木製品・鉄製品が出土している(図64〜72)。また、
自然遺物としては種子が溝の底部砂層から数点出土した。種類はセンダン・モモ・サクラ属・
く
ウリ・トチノキ片・炭化穀類などである。それぞれの概略は以下に述べるが、土器類の検討か ら、当溝の時期は平安時代後半(10世紀後半〜11世紀初頭)に中心があると考えたい。
一方、SD14に本来的に伴う遺物はほとんど出土していない。そのため直接所属時期を考える のは困難であるが、SD13との関係などから、やはり古代末(11世紀前半)に属すると考えたい。
こうした状況から、11世紀に埋没したSD13は洪水砂(8層)に覆われながら、比較的短期間 の内に、SD14として連続的に復旧されたと考えられる。
次に、出±遺物の概略を土器・石器・木製品・鉄器に関してそれぞれ行いたい。
〈土器〉 (図64〜66,図版三〜四)
SD13に伴うものは、杭周辺や溝底部の砂層から、平安時代の土師器・須恵器が出土してい る。そのほかに、縄文時代後・晩期あるいは弥生時代前期〜古墳時代後半期までのものも含ま れるが、本溝が縄文時代の包含層までを破壊して構築されていることから、混入物であること は明瞭である。いずれも小片であるため、ここでは省略する。
1〜11・53は須恵器であるが、土師器の出土比率と比べると非常に少ない。高台付きの杯
(7・8)は底部外面の中心まで箆キリが到達しているが、杯では4〜6のように底部の周縁 部のみが箆キリで中央部には押圧が明瞭に認められるタイプが含まれる。53は還元炎焼成に よって灰色の発色をしているため須恵器としてあげているが、他の要素を検討すると、古代ま での須恵器とは異なる点を多く含む。体部は土師器の椀に近似した形態を示し、下半部は押圧 が認められ、外面には押圧の中に布目が残存する。押圧後にはミガキ状の痕跡もある。内面で は工具痕が波状に認められ、通常の押圧の他に工具による押えが確認される。高台部に関して も同様に、形態あるいは高台の張り付け方法も土師器に共通する。
一方、53を除く12〜63は土師器であるが、様々なタイプが混在する。器種は杯・皿・高台付 杯・椀が認められ、さらに、形態や焼成などからの細分が可能である。例えば、椀では焼成状 態から、通常のもの(46〜52)・白色土器(54・55)・黒色土器(56〜63)などに分けられ る。調整面では各器種を通じて、底部を押圧するものが多い。また、54・55は「吉備系土師器 椀」の祖形あるいは最古段階に位置づけられる白色椀であるが、特に54では、器壁の薄さ・硬 質感・口縁部の強い横ナデ・高台部にみられる段などは須恵器に通ずる要素を思わせる特徴で ある。前述の須恵器椀53の状態と対比すると興味深い。
時期は平安時代後半、実年代では10〜11世紀前半の可能性を考えている。
註2.SDI3出土の種子の種類の同定は、粉川昭平氏によるものである。
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