高駢の従事官であった頃、唐は黄巣の乱の渦中にあり、これに関する文が多い。中 でも代表的なものが「討黄巣檄文」である。その内容を抜粋すると、以下の通りである。
①広明2年7月8日、諸道都統検校太尉、我某は、黄巣に告げる。…
今我が軍には、征伐はあっても戦争はなく
軍政はすなわち恩恵を先とし、後に誅をなすものである
②まして汝は、平民の低い身分に生まれ 田畑を耕して暮らし
火をつけて奪うことを良いはかりごとと考え
殺傷をもって急務と考えた 計り知れない大罪があり
罪をあがなうべき善良さはみじんもない
天下の人々はみな君を殺そうと考えるだけでなく
恐らく土中の鬼神までもが、ひそかに殺そうと話し合っていることだろう たとえ、しばしの間生きながらえることができても
既に精神は死に、魂が奪われてしまっている およそ人間のなすことというのは
自分が自分について一番よく分かっているものだ 私の言葉は嘘ではない
汝はよく考え、聞き入れるようにせよ
③もし狂って飛びかかる輩に引き込まれ 酔って眠りから覚めることができず カマキリが車輪を防ぐように
その愚かさをかたくなに守ろうとするのであれば 熊や豹を捕らえる軍の一振りで撲滅せしめ
烏合の衆のごとく四方に散り散りに逃げることになるだろう 汝の体は斧に切り裂かれて肉塊となり
骨は戎車に轢かれて粉々になり 妻子もまた死刑に処され 宗族も誅殺されるであろう2)
①の広明2年、すなわち881年は、黄巣が挙兵して唐の都長安を占領し、皇帝を称し た時期である。この檄文は、唐皇帝が身を避けた後、軍をととのえて長安奪還の準備を 行っていた時期である。征伐のみ存在し、戦ではないという表現は、戦において対等では
2)①廣明二年七月八日。諸道都統檢校太尉某告黃巢。… 今我以王師則有征無戰。軍政則 先惠後誅。
②況汝出自閭閻之末。起於壟 畝之間。以焚劫爲良謀。以殺傷爲急務。有大愆可 以擢 髮。無小善可以贖身。不唯天下之人皆思顯戮。兼恐地中之鬼已議陰誅。縱饒假氣遊 魂。早合 亡神奪魄。凡爲人事。莫若自知。吾不妄言。汝須審聽。
③或若狂走所牽。酣眠未寤。猶將拒轍。固欲守株。則乃批熊拉豹之師。一麾撲滅。烏合 鴟張之衆。四散分飛。身爲齊斧之膏。骨作戎車之粉。妻兒被戮。宗族見誅。(以上
『桂苑筆耕集』 卷11 および 『東文選』 第49卷の檄黃巢書から)
なく、国が賊を討伐することを表明したものである3)。
②では、大きな過ちが束ねた髪のように数えきれず、罪を詫びようとする善良な心は少 しもないゆえ「天下の人々はみな君を殺そうと考えるだけでなく、土中の鬼神までもが」黄 巣を殺そうとしているという内容で、黄巣は檄文を読んで寝床から落ちたという。続けて、こ れまでの過ちについては問わないから、望むなら諸侯に封じてその栄華を保障してやるとし て降伏を薦め、③においては拒めば残酷な報復を行うとしている。
黄巣の死後、高駢は彼の死を祝う文を上奏したが、これも崔致遠の作である4)。 3)
唐の周辺国に対する認識
(1) 南蛮と安南
『桂苑筆耕』巻1の「賀通和南蛮表」、巻2「謝示南蛮通和宜表」、そして巻6
「賀入蛮使回状」には、唐と南朝との関係が記されている。
南蛮は、かねてより計略を抱いており、辺境の憂いであったが、数年前から中国 (夏)を悩ませ、朝貢して誠意を示さなかった。列鎮が軍を徴発して、急ぎ南方征伐の 役を起こしたが、間隙を突かれるのを恐れ、乱を防ぐのが困難な状況であった…つい に遠方より使者を遣わして貢を奉り、賓旅が仁に帰化したのは、この多難な時期に太平 の兆しを見せるものであり、南蛮は実に狗の子孫でありながら、よくぞ頑迷な性格を改 めたものである5)。
中国の南方を乱した南蛮が、黄巣の乱のさなかであった881年頃、朝貢して和平に 至ったことを示している。南蛮は頑迷で野蛮な種族であり、犬の子孫だとさげすんでい る6)。
『桂苑筆耕』巻16の「補安南録異図記」には、安南巡嘱における制度や風習につ
3) 金血祚 「崔致遠の 「檄黃巢書」に対する一考」、『東亞人文學』第9集、2006
4)『桂苑筆耕集』 卷1および『東文選』 第31卷、表箋の賀殺戮黃巢徒伴表および賀殺黃巢表 5)『桂苑筆耕集』卷1 및『東文選』第31卷 表箋、賀通和南蠻表:南蠻甞懷異謀。久稔邊 患。數年猾夏。獨虧拱北之誠。列鎭徵兵。驟動 征南之役也。則乘虛可慮。怙亂難 防。… 遂使要服修貢。賓旅歸仁。適當多事之秋。已見太平之兆。則彼驃狺實狗封之 族。尙革昬迷。
6)このほか、『桂苑筆耕集』卷2および『東文選』第33卷の表箋にも、謝示南蠻通和事宜表が 収録されている。
いて、現存史書よりも正確かつ詳細に記載しており、唐との関係を理解する上で重要な資 料である。
交趾の四方の境界は、地図に詳細に現れている。
しかし管内には䝤族が多く、かの地の者は蕃族に近い。
地方の話を集め、同地域の地理を記しておく。
安南の府は、12郡を次々と服属せしめ、峯驩演愛陸長郡諒武定武安蘇茂唐林の 58州を総括している。
府城の東から南の海までは400里余りあるが、山が千里を横切り、遙か遠くまで伸 びている。
奥深い洞窟と、薄暗い岩は、䝤族のすみかである。
蠻蜑らは6種が散らばって暮らしており、蕃族の住む21の地域と隣接している。䝤は 21の部族を管轄している。… 21の国では、鶏や犬の声が聞こえ、衣服や食べ物の 習慣も似ている。
管轄地域にいる䝤族は山蹄と呼ばれ、ある者は髪を振り乱したままにし、頭部には入 れ墨がある。
またある者は、胸に穴を空けたり、抜歯を行ったりしている。
奇怪な声でつぶやいたり、ずるがしこい目つきでにらんだりする。
中でも変わっているのは、横になり、頭で飲み物を飛ばして、鼻で飲むことであ る7)。
今日のベトナム北部地域を指す交趾の管内に暮らしていた多くの䝤族は、深い洞窟と 薄暗い岩陰を住処とし、髪は束ねず、身体には入れ墨をいれ、ある者は胸に穴を空け、
抜歯をしていたという。
また彼らは奇怪な声でつぶやき、ずるがしこい目つきでにらんだりするといい、さらに横 になって頭で飲み物を飛ばして鼻で飲むという、習俗が記されている。
7)『桂苑筆耕集』 卷16および『東文選』 第64卷、記、補安南錄異圖記:交趾四封。圖經詳 矣。然而管多生䝤。境邇諸蕃。略採俚譚。用標方誌。安南之爲府也。廵屬一十二郡。峯 驩演愛陸長郡諒武定武安蘇茂唐林。羇縻五十八州。府城東至南溟四百餘里。有山橫亘。 千里而遙。邃穴深巖。爲䝤窟宅。蠻蜑之衆。六種星居。隣諸蕃二十一區。管生䝤二十一 輩。… 二十一國雞犬傳聲。服食所宜。大較相類。管內生䝤。多號山蹄。或被髮鏤身。 或穿胷鑿齒。詭音嘲哳。姦態睢盱。其中尤爲異者。卧使頭飛。飮於鼻受。