第 8 章 防食
8.1 防食に求められる要求性能
【解 説】
大気中の鋼材腐食は水と酸素によって発生し,塩化物やいおう酸化物などの環境因子によって促進される.
鋼構造物の腐食形態や腐食速度は,その鋼構造物が設置されている環境や構造によって異なり,雨水や結露によ る濡れ時間や温度,構造物の形状や部位によっても異なる.
鋼材を腐食させないためには適切な防食を行っておく必要がある.鋼材の防食方法としては,塗装,めっき,
溶射およびクラッドなど鋼材表面に被覆する方法,耐候性鋼やステンレス材など耐食材料を用いる方法,腐食抑 制剤(インヒビター)や除湿など環境改善による方法,そして電気防食による方法などが用いられているが,こ れらのうち鋼構造物の防食方法として一般に用いられている方法は,塗装,溶融亜鉛めっきおよび耐候性鋼であ る.
鋼材が腐食して局部的に板厚が減少すると,耐荷性能や耐疲労性能が低下して構造物の機能が阻害されること がある.鋼構造物の防食に求められる要求性能は,鋼構造物の機能が低下しないようにあるいは低下してもある 限度内に収まるように鋼材の断面減少を防ぐことにあるが,近年では防食だけでなく景観や美観さらには環境負 荷低減や安全の確保も求められる.
鋼構造物の防食は,その鋼構造物が使用される環境おいて必要な耐久性能が得られなければならないが,防食 方法ごとに適用できる部材の規模や形状などが制約されることや,防食性能を維持するために必要な点検・評価 手法や補修方法も異なっている.したがって,鋼構造物の防食方法の選定にあたっては耐久性能,景観,環境負 荷低減や安全性などの要求に応じて対応する必要がある.
鋼構造物の防食性能の照査すなわち耐腐食性に対する照査では,その防食方法の防食機構や耐久性能が何らか の方法で明らかにされていることが不可欠である.塗装や溶融亜鉛めっきは防食機構が明らかになっており,耐 久性能を推定する手法も確立されている.また,耐候性鋼については,さびの安定化状態によって耐久性能を把 握することが可能である.しかし,防食機構や耐久性能が明らかにされていない防食方法を選定する場合には,
効果的かつ実効性のある維持管理を行うことができないので十分に注意する必要がある.
なお,塗装,溶融亜鉛めっきおよび耐候性鋼については,これまでの使用実績や暴露・促進試験などの結果か ら,適切な防食設計・施工および維持管理が行われている場合には要求性能を満足させることができると考えら れる.これらの防食方法について防食機構および性能の低下形態を表
-
解8.1.1
に示す.表-解
8.1.1 鋼構造物の代表的な防食工法
(1)
塗装は,色彩や光沢を自由に選択でき,かつ変更も容易であり,様々な腐食環境や構造に対応できるもっ とも汎用性の広い防食方法であるが,定期的な塗替えによる防食性能の維持が必要である.塗膜の劣化は,塗膜の強さと鋼構造物のおかれた環境での腐食因子との関係から決まるため,鋼構造物が建設 される環境によって塗装系・塗装仕様が決定されている.塗装で特徴的なことは,防食性能を有する下塗りと耐 候性能を有する上塗りとを組み合わせた,いわゆる塗装系の使い分けである.一般的には,マイルドな腐食環境 では一般塗装系が用いられ,厳しい腐食環境では重防食塗装系が用いられている.したがって耐腐食性に対する 塗装の照査は,設計で要求された塗装系・塗装仕様を確認することにより行う.
なお,新設橋梁の塗装は,素地調整から上塗りまでの全塗装工程を塗装環境の整備された工場内で行う,いわ ゆる全工場塗装を原則とする.
(2) 耐候性鋼は,鋼材に微量のりん,銅,クロム,ニッケル,モリブデン,シリコンなどを添加することによ
り,溶接性などの所要特性をあまり損なうことなく耐食性を向上させた鋼材であり,耐候性鋼をそのまま大気中 に暴露しておくと暗褐色のち密なさびが形成され,やがて腐食がほとんど進まなくなる.この安定したち密なさ び層は,酸素など腐食因子から金属を遮断することで設計供用期間中の防食性能を維持する.耐候性鋼の使用方法は塗装使用と無塗装使用とに大別され,さらに無塗装使用は裸使用とさび安定化処理(化 成処理)の二つの方法に分けられる.裸使用はそのまま素地で用いるもので耐候性鋼の持つ特性を生かしたもっ とも経済的な使用方法であるが,さびが安定化するまでの初期段階ではさび汁の流出やさびむらなどが問題とな る.さび安定化処理は裸使用の問題点を解決すべく,表面に特殊な化成処理をしたものである.塗装使用は普通 鋼の場合と同様な使い方であるが,耐候性鋼に塗装をすることは耐候性鋼の特性を生かすことにはならず,また 不経済になる.
耐候性鋼は,適度な乾湿繰り返しによって安定化したち密なさび層が形成されるが,飛来塩分量の影響を受け る場合や凍結防止剤の影響を受ける場合,さらには漏水の影響を受ける場合などではち密なさび層の形成が遅れ たり形成されなかったりして腐食が抑制されないことのあることから,さび安定化に適した環境条件下で用いる.
耐候性鋼の使用については,飛来塩分量が
0.05mdd
(NaCl
:mg/100cm
2/day
)を超えない地域あるいは海岸線から 一定の距離にある地域では無塗装で橋梁に用いることができるとされているが[建設省土木研究所他,1993],鋼構 造物への塩分付着量はその鋼構造物の設置されている地形や気象条件,さらには鋼構造物の構造などによって異 なることから,飛来塩分量だけで耐候性鋼の無塗装使用を決定することは避けなければならない.鋼構造物の設 置が決まったら,少なくとも設置の一年前から設置予定地において飛来塩分量を測定し,鋼構造物への塩分付着 量を推定するとよい.耐候性鋼の無塗装使用については,設計施工上の留意点について具体的な留意点がまとめ られている文献[日本道路公団 他, 1999]もあり参考になる.最近,流れさび防止やち密なさびの形成促進のための表面処理方法や耐塩性能を向上させたニッケル系高耐候 性鋼が開発され,鋼構造物への適用実績も増えているが,これらの適用にあたっても,鋼構造物の設置される腐 食環境を十分に考慮して耐腐食性の照査を行うことが必要である.
防食方法 防食機構 防食性能の低下形態
塗装 塗膜による環境遮断 塗膜の劣化
溶融亜鉛めっき 亜鉛皮膜による環境遮断と亜鉛の自己犠牲防
食 亜鉛層の減少
耐候性鋼 ち密なさび層による腐食速度の抑制 層状さびの発生,断面減少
溶融亜鉛めっきは
440℃前後の溶融した亜鉛中に鋼材を浸せきし,その表面に鉄と亜鉛の合金層と純亜鉛層か
らなる皮膜を形成し,環境中で表面に形成される酸化皮膜による保護効果と亜鉛の犠牲防食効果により鋼材の腐 食を抑制するものである.亜鉛めっきが完全に連続して被覆されている場合には防食性能には問題がないが,亜 鉛皮膜の一部が欠落して鋼材素地が露出した面が雨水や結露などの電解質水溶液で覆われると電気化学的な防 食作用が始まる.この場合,周囲の亜鉛がアノード(陽イオン)となり,鋼材がカソード(陰イオン)となる防 食電池が形成され,亜鉛がイオン化することで鋼材の腐食を防止する犠牲的防食作用と考えられている.亜鉛めっきは海岸など潮風や海水の影響を受ける場合には保護被膜が形成されにくく,亜鉛層および合金属が 消耗していくため将来的には塗装による補修が必要となる.また,設計にあたっては亜鉛めっき槽による部材寸 法の制限や,めっき時のやけ・変形に対する材料や構造上の配慮が必要となる.
防食性能を発揮させるには各種防食法の特徴と防食機構を十分に理解しておくほか,鋼構造物の構造や鋼材の 使用方法についても配慮する必要がある.また,様々な鋼材を使用した場合に生じる恐れのある異種金属接触腐 食や,溶接によって不均一な材質になり腐食電池が発生しやすくなる溶接部などについても留意する必要がある.
溶融亜鉛めっきの防食耐用年数は,亜鉛の付着量と環境区分により次式によって求められる.
耐用年数=
(
亜鉛付着量(g/m
2)
−腐食残量(g/m
2))
/頻発度量(g/m
2/
年)
ここで,頻発度量とは年間腐食減量値
(g/m
2/
年)
で,海岸,都市,山間,田園部の腐食環境に応じて数値が設定 されている.溶融亜鉛めっき皮膜の年間腐食減量は表-解8.1.2
のようになっている[日本鋼構造協会,2002].表-解8.1.2 使用環境とめっき皮膜の年間腐食減量 環境区分 年間腐食減量値
(g/m
2/年)
頻発度量(g/m
2/
年)
大気汚染のない山間,田園地域
3
〜10 5
人工過密地域および工業地域
7〜 20
都市部8
工場地域
10
平常時は海水飛沫を受けない海
岸地域
10〜30
一般の海岸で海岸より
0.5〜 2km
地域10
その他上記より厳しいところ20
海岸地域 頻繁に海水飛沫を受ける海岸地
域
30〜200
非常に過酷な腐食性地域
50
亜鉛付着量 (g/m2)
:橋梁の場合550 g/m2〜600 g/m2の付着量で設計される.腐食残量 (g/m2
)
:付着量の10%と設定する.
頻発度量 (g/m2
/年 )
:長期に耐用下した場合における年間腐食減量値のそれぞれの地域での代表値(3)
鋼材(炭素鋼)は,pH10
以上のアルカリ性環境では不動態化し腐食しなくなることから,コンクリート中の鉄筋は良好な防食性能を示す.しかし,塩化物イオンが一定量以上浸入すると不動態皮膜が破壊され,強アル カリ環境下でも鋼材は腐食する.コンクリート中への塩化物イオンの浸透は,もともと細骨材の中に含まれてい たものとコンクリート表面に付着したものが内部へ浸透するものとがあるが,
JIS
にはフレッシュコンクリート 中の塩化物イオン量が規定されており,現在問題となっている塩害のほとんどは表面からの浸透である.コンクリート中に塩化物イオンが浸透し,鋼材位置での塩化物イオン濃度が限界を超えると鋼材の腐食が始ま る.腐食によって生じるさびは鉄筋の