第3章 教育内容論の新たな展開
第4節 教育内容と授業実践の動向
1 教育雑誌に見られる音楽科の授業の動向
音楽教育において情報を発信している月刊雑誌として、『教育音楽小学校版』『教育音楽 中学高校版』(いずれも音楽之友社発行)がある。このうち、『教育音楽小学校版』では、
毎号の巻末に 1学年から6学年の具体的な授業例や教材例あるいはカリキュラム例などの 事例を掲載している。本稿では『教育音楽小学校版』を対象にし、各号巻末の授業事例の うち、具体的な授業例が掲載されているものを取り上げ、そこから音楽科の授業の動向を 見ていく。具体的な授業例は、音楽科で教育内容が措定された 1980年をめどとし、傾向の 変化を見るためにその2年前の1978年から2013年まで抽出した。また、比較のために1964 年の授業例を取り上げた。
全データは資料として巻末資料1に掲載するが、表4−4では、そのうち7つの授業例 をあげた。それぞれ、①1964(昭和39)年、②1977(昭和52)年、③1981(昭和 56)年、
④1987年(昭和62)年、⑤1994(平成6)年、⑥2002(平成 14)年、⑦2013(平成 25) 年である6。
①1964(昭和 39)年の事例は、「教材」として示された楽曲における授業事例となって いる。巻末資料にも見られるように、1964年後半は当時使われた「単元」や「主題」とい う名称で授業事例がまとめられているが、前半は、「教材」と示されたひとつの楽曲を中心 に、そこから教育内容を取り出して授業を構成している。表4−4で示した2月の事例もそ うである。しかし、1964年は基礎学力の充実がめざされた 1958(昭和33)年告示の学習 指導要領から、「基礎」領域が成立する 1968(昭和43)年告示の学習指導要領に向かって いる時代であり、各ねらいは、楽曲のイメージ等ではなく、「短調」「シンコペーション」
等の音楽の要素を主体としている。
②1977(昭和52)年の事例では、そのような「教材」を中心とした授業構成が変化して きている様子があらわれている。2、3、6学年で「教材」という括りがなく、縦笛との 出会い」「まず楽しく歌おう」といった題材様のタイトルがつけられ、教材を選択するとい う形をとるようになっている。
文部省から『小学校音楽指導資料 指導計画の作成と学習指導』が示された1980年を越 えると、「題材」による授業構成は一気に増える。③1981(昭和 56)年の事例は、まさに その状況を示している。あわせて、「やさしい心情」「曲想を感じ取って」「響きの美しさを 味わって」というように心情やイメージがねらいの前面に出てきており、1977(昭和52) 年学習指導要領の影響がうかがえる。
④1987年(昭和62)年になると、③と同様に題材構成型であるが、「音色」「3拍子」「リ
ズム」「ヘ長調」等の音楽要素がねらいに散見され、複数の楽曲を通じて「3拍子」や「ヘ 長調」を学習させるような授業構成も見られる。音楽の要素が教育内容として定着し、教 育内容を中心とした授業構造も試みられるようになった様子がうかがえる。また、「楽しい リズムで演奏しよう」の「はじめ、中、終りの工夫」等は「創造的音楽学習」の影響と考 えられよう。
この傾向は、⑤1994(平成6)年にも引き継がれている。たとえば、「きらきら星をイン ド風に」というのは千成らの教育内容論にもとづいて作成された授業プラン「変奏曲」が 先行例であると考えられるし、創作する活動をとるということから「創造的音楽学習」の 影響も考えられる。また、「自分たちのおはやしをつくろう」は、そのねらいから音楽構造 をもとに実質陶冶をめざすようになった「創造的音楽学習」が下地であると考えられる。
⑥2002(平成 14)年になると、授業事例として示されるものが減少している。この 10 月号でも、括弧で示している1、3、5年生の事例は、授業事例ではなく、教示例やアイ デア例である7。授業事例として示されるものも、「絵を音楽に変身させよう」や「リサイ クルを広げよう」「走れ、走れメロス」(オペレッタ)のように、合科的なもの、地域と連 携したもの等、長期的な活動を主体にしたものが多い。音楽を絵であらわしたり、地域と かかわってリサイクルで自分たちの楽器を作成したり、オペレッタを作り上げたりと、学 習者の主体的な表現やかかわりが中心となっており、1989年(平成元)年改訂学習指導要 領に示された新学力観の影響が色濃い。
この傾向はしばらく続くが、学習者主体の授業は、学習者主体への切り替え方や学習者 同士のかかわり方が見えにくい。そのため、この巻末の事例は、授業事例よりも、たとえ
ば 2006年7月号で、「“教わる音楽”から“自ら学んでいく音楽”へと転換していくポイント」
(72頁)や、「他者評価をもとに自分の演奏を見直していくステップの紹介」(69頁)、「物 語音楽をつくる際の基本的な考え方」(67頁)等が紹介されているといったように、学習 者主体の授業の方法に関する情報を記載していくことが多くなっている。
そのような傾向が一変したのが、⑦2013(平成 25)年からである。授業事例はすべてひ とつの楽曲を中心にしている。ただし、ひとつの楽曲教材からいくつかのねらいを設定し ていた①や②とは異なり、ひとつの楽曲にほぼひとつのねらいを置き、教材と教育内容を 一対一に対応させていることがわかる。
このように、雑誌『教育音楽−小学校版』で掲載された授業事例は、学習指導要領やこ れまでの音楽教育の動向にそって変化してきている。①や②の教材中心型から③④で教育 内容中心型に変わり、⑤で創造的音楽学習の内容が多くなり、⑥では学習者主体型の授業 構成になっている。大きな流れとして、一楽曲から教育内容を引き出していた授業構成か ら、教育内容あるいはテーマから授業を構成しようとする方向にかわってきた。あわせて、
学習スタイルもかわってきており、特に⑥は、①から見ると隔世の感がある。机に向かっ てひとつの楽曲からさまざまなねらいの内容を学習するような形態から、子どもたちが自 分の机を離れてかかわってつくりあげていく学習になっている音楽の学習の変化が明らか である。しかし、かかわる力、活用する力は重視されてきたが、それによって、教育内容 は明示しづらくなってしまった。学習者主体の授業においては、子どもたちが獲得するで あろう教育内容は、想定されていても確定的ではない。⑦はそのような反動から、楽曲教 材と教育内容との対応をとらえていくように、事例のスタイルが変化している。
表4−4では特徴的な年代の号の事例をあげたが、巻末資料における全体的な動向も同 様である。千成らの教育内容論に授業プランや「創造的音楽学習」をもとにした音楽づく りは、次第に音楽教育現場の授業の上記のような変化に影響を与えてきたが、学習者主体 を重視する授業、合科的な授業が増えていくにつれ、授業構成が事例の中に示されなくな り、教材主体に再帰してきたという傾向が見られる。
表4−4 『教育音楽 小学校版』の音楽授業事例
(作図:著者)