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第3章 教育内容論の新たな展開

第2節 創造的音楽学習における教育内容と授業構成

1 創造的音楽学習における教育内容

千成らの教育内容論が1980 年の千成提言の前後に確立してきた状況はすでに述べてき たが、同じ時期から我が国で学習指導要領や授業構成に影響を与えてきたものに「創造的 音楽学習」がある。それは、島崎が、我が国の音楽教育における創造的音楽学習は1980 年代から顕著になったと述べている通りである(島崎:2010, 77)。

周知のように、「創造的音楽学習」の用語は、Sound and Silence ( Paynter, Aston:1970) で示されたCreative Music Makingの訳語である。S & Sが我が国で山本文茂らにより『音 楽の語るもの−原点からの創造的音楽学習』(山本他訳:1982)として翻訳される中で「創 造的音楽学習」と訳されている。

Creative Music Makingの解釈はさまざまであるが、導入当初、山本は、「楽譜によってで

はなく、即興演奏によって、音と沈黙を時間的に組織していく作業」(山本:1982a, 11)と 説明している。教育内容論が教育内容と教材を区別してとらえ、教育内容を中心とした新 しい授業構成を生み、教材の視点を明らかにしたとすれば、創造的音楽学習は、作曲に対 する固定概念を取り払い、子どもたちの即興演奏を中心とした新しい音楽活動をもたらし たということができる。

Creative Music Makingを理論面から我が国に導入した代表者は、島崎によれば、山本文

茂と坪能由起子である。たしかに、山本は、1982年から 1983年にかけて、また坪能は 1983 年から 1984年にかけて『季刊音楽教育研究』誌上で連載し、Creative Music Making理論の 普及につとめている。

特に山本は、この1982年から 83年にかけた連載の③(山本:1982c)で S&Sで紹介さ れている 36のプロジェクトを「教育内容」面から分析しており、表3−3のように、36の プロジェクトの内容整理を行うとともに、各プロジェクトの「教育内容」を抽出したとし ている。

山本は、2章で述べたように、この連載の①(山本:1982a)では、以下のように千成の 提起を批判するところから始めた。(山本:1982a, 13-14)

音楽科においては、内容と教材とは不可分の関係にある。これを区別すればする

ほど、教育内容は音楽の事実から遠ざかり、意味を失う。

(山本:1982, 48の表を引用者が整理した)

番号 主 題 教育内容(概念・原理・語法・理論) 教材数

10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36

音楽は何を表現するか 体のなかにある音楽 音楽と神秘

音楽と言葉 音楽における描写 沈黙

音楽と劇 動きと音楽 弦楽器を探る 空間と時間

自然の中のパターン 短い音と長い音 ピアノを探る(1)

ピアノを探る(2)

ピアノを探る(3)

音楽と形 テープ音楽 旋律を探る(1)

旋律を探る(2)

言葉の音

音・旋法・音列(1)

音・旋法・音列(2)

音楽と数 偶然性の音楽

ヘテロフォニー(1)

ヘテロフォニー(2)

和声を見つける 和声を作る 主要三和音 長旋法と短旋法 経過音と補助音(1)

経過音と補助音(2)

副三和音 掛留 夜の音楽

劇音楽(シアターピース)

シンバルの技法:音楽と他芸術の関連 原始社会における音楽の特質

古代文明社会における音楽の特質 言葉のイメージと音楽との関係 標題音楽の意味:音楽の描写性 沈黙のもつ表現の可能性

気分・性格描写などと音楽との関係 上下・前後・左右の動きと音楽との関係 弦楽器の技法

音楽の時間的=空間的的性質 視覚パターンと音楽表現との関係 音と沈黙の持続効果

フィンガー・パターンによるピアノ語法 クラスター・倍音共鳴などによる語法 内部弦操作による語法

図形楽譜の機能

ミュージック・コンクレートの技法 自然発生的朗唱旋律

ペンタトニック音楽の音組成 音声パターンの多様性

音階の種類:ハリー・パーチの音楽 12音音楽の技法

音楽作品における数比的秩序 20世紀音楽の潮流:不確定性音楽 自然発生的ポリフォニー

テクスチュアの対比

3度6度音程による副旋律技法 長三和音の構造と輪唱技法 TDSの機能と終始のパターン 長調と短調のちがい

同一和音内での非和声音技法 異種和音間の非和声音技法 和声の色あいと機能 和声の緊張と弛緩

マルチメディアとしてのパントマイム マルチメディアとしての劇音楽技法

14 11 17 13 20 表3−3 36のプロジェクト

ところが連載の③(山本:1982c)では表3−3のように教育内容を示し、連載の最終回 にいたって「音楽科カリキュラムの構築作業は、内容と教材とをはっきりと区分すること が前提条件なのである」(山本:1983、28)と述べた。

このような変化は、山本が、連載で S &Sを紹介する中で起きている。山本は、S &S を 紹介する連載の初回に、授業の組織は「常に教材の生きた経験から出発」(山本:1982a, 14) すると述べているが、表3−3のプロジェクトの主題は、教材から設定されてはいない。

表3−3に見られるように、山本は各プロジェクトの教材数をカウントしており、各プロ ジェクトはテーマにそって教材を組み込んだ形をとっている。

詳しくは第4章で述べるが、S &Sの理念や活動は、1907年に設立されたアメリカの全 米音楽教育者会 Music Educators National Conference (MENC) を中心とする音楽カリキ ュラム改革運動とかかわりがある。この流れの中では、すでに音楽的概念Musical Concepts が取り上げられており、S &S の理念や活動は直接的に音楽的概念を教えるということを めざしていないにしろ、根底に音楽的概念をとらえていたはずである。表3−3のプロジェ クトには、それらがあらわれている。

もっとも、先に山本は各プロジェクトの教材数をカウントしていたと述べたが、山本が 数えたのは鑑賞の例として掲載されている楽曲数だけであり、活動内で朗読する詩や歌う 民謡などは含めていない。つまり、山本にとっては、あくまで教材は既成の楽曲であると いう枠組みでとらえられる。結果として、表3−3の各プロジェクトであげられている「教 育内容」は、教材構成との関係で導かれるものではなく、各プロジェクトから教える内容 を抽出したものとなっている。

しかし、山本は、連載最終回(山本:1983)で「教育内容」について、さらに言及した。

つまり、「音楽科の教育内容は、楽曲そのものではない」として、「音楽は、リズム・旋律・

テクスチュア・速度・音色、音力・形式といった個々の構成要素が多様に組み合わされ、

融合されたトータルなものとして意味を持ってくる」(山本:1983, 28)と述べ、教育内容 を以下のように定義した(山本:1983, 28)。

音楽科の教育内容は、生きた音楽のひびきを経験した結果として子どもの心の中 に成長する音のイメージ(音楽概念)であり、音楽作品の後景として非実在的・精 神的に内在する感情や観念が前景としての実在的・感覚的な形成面に表出されたも の(音楽の構成要素)であり、様々な音楽を系列づけ、分類させている原理(様式

概念)であり、それらの成立を基礎づけている表現素材(語法・技法・理論)であ る。

山本のこのような教育内容の定義は、1985年になると、次のようになる(山本・松本・

水野・尾藤:1985, 63)。

音楽科の教育内容は、生きた音楽のひびきを経験した結果として児童生徒の心に 宿り、定着する音の多様なイメージである。言い換えれば、音楽科の学習内容は、

音楽作品の背後にある非実在的・精神的な観念や感情が実在的・感情的な音のひび きとして前面に表出された時、それを知覚するのに必要なデータ・ベース(イメー ジ)であると言えよう。そのデータ・ベースこそ、音楽的概念(musical concepts)

と言われるものである。

つまり、山本は、創作経験をさせることを授業の中心に置きながら、その結果として児 童に音の多様なイメージが定着するためには、音楽的概念が必要であることを積極的に語 りはじめたということができる。

山本が同論文で示した具体的な音楽的概念は以下のとおりである(山本・松本・水野・

尾藤:1985, 63)。

(1)リズム-音の長短・強弱・高低などの関係から生じる時間的な運動の秩序

(2)旋律 -音の構成と長短の結合による水平的運動の継起

(3)テクスチュア-複数の音や旋律の空間的・垂直的な相互関係

(4)速度 -音の時価や楽曲の速度の規定

(5)音色 -倍音の複合状態や音の立ち上りの状態によって生じるねいろの違い

(6)音力 -音の大きさの度合いと相互関係

(7)形式 -楽曲の全体構造を支配している原理や組み立て

同時期の千成らが音楽そのものから抽出した教育内容は、様式などを含めつつも、基本 的には「リズム、メロディー、ハーモニー、テクスチュア、調性、形式、ダイナミックス、

音色」(吉田:1982)といった「音楽の構成要素」であり、「音楽的概念」(八木:1983)で

あった。山本は、これら千成らの教育内容にほぼ沿った形で「教育内容」論を展開するよ うになったということができる。

山本らは、同時に、これらを元にした、小学校から高等学校までの創造的音楽作り5のカ リキュラム、教材の配列、学習過程例、学習過程のタイプ、学習計画例および実践展開例 を示している。しかし、このような実践展開例の構成では、表3−3の 36のプロジェクト とは異なり、楽曲中心の設定をとっている。ある一つの楽曲を教え込むスタイルは取らな いが、一つの楽曲を掲げて、それらにかかわる音楽的概念や様式を学習するというスタイ ルである。たとえば、「わたしたちのメヌエット『アルチーナ』」(小2)の展開例(山本・

松本・水野・尾藤:1985, 68)では、表3−4のようになっている。

ここでは、ヘンデルの歌劇《アルチーナ》の《メヌエット》を中心に構成しており、授 業の詳細はわからないが、主な音楽づくりは、おそらく《アルチーナ》の《メヌエット》

に合わせて、メヌエットの踊りに合うリズム伴奏やメヌエットのフロア・パターンを創作・

工夫することだと推測することができる。その中で、拍の流れ、3拍子、音色と音力、反 復と対照と、さまざまなことを教えることになっている。つまり、山本ら創造的音楽学習 における「教育内容」とは、音楽づくりをする中で学習していくものであり、一つの音楽 づくりの中で一つのテーマ(この例でいえば《メヌエット》)に含まれる複数の「教育内容」

を含むものとなっていることがわかる。

(6)関連づける。 (5)分析・評価

する。

(4)概念化する。 (3)生み出す。 (2)感じ取

り、反応す

(1)学習の ねらいを とらえる

学 習 過 程 展 開 例

使

わ た し た ち の メ ヌ エ ト ア ル チ ナ 小 2 表3−4 「わたしたちのメヌエット『アルチーナ』(小2)」

(山本・松本・水野・尾藤:1985, 68 より抜粋)