第 2 章 インド政府の取組みと成果
2.1. 貧困削減に向けた政策的枠組
2.1.2. 開発計画と貧困削減戦略
インド政府は、
1951
年以降、開発計画として「5
カ年計画」を策定し、その中で重点分 野と予算配分を示している。インドの開発計画における貧困削減の取組みは早くから行 われており、1974
年度33に開始された第5
次5
カ年計画34において、はじめて「貧困層 の生活水準の向上」で明示的に焦点が当てられた。さらに、第6
次5
カ年計画(1980-1984
年度)においては、貧困の解消が政策目標として掲げられ、それ以降、貧困問題の解決 が国としての開発政策の重要な柱とされている。また、
2002
年に、インドの長期的国家戦略として、「インド2020
年構想」(India Vision 2020
)が発表され、同年に第10
次5
カ年計画が策定された。本節では、長期的な目標として掲げられた「インド
2020
年構想」と、中期計画である 第9
次5
カ年計画(1997-2001
年度)および第10
次5
カ年計画(2002-2006
年度)に焦 点をあて、それぞれの概要と実績について概観する。なお、5
カ年計画のセクターごと の具体的な実施状況については、次節2.1.3
においてとりまとめる。(1)
インド2020
年構想インド
2020
年構想は、長期計画や将来予測としてではなく、20
年後にあるべき姿を掲 げたものであり、「2020
年までに、これまでの歴史のなかで、インドの人々が、より多 く、よりよい教育を受け、より健康であり、より豊かになる」ことを目指している。こうしたあるべき姿を達成するためには、経済成長が必要であり、また、解決すべき課 題として経済的・非経済的貧困の削減の必要性が認識されている。成長のエンジンとし ては、教育および技術革新が重視され、情報・通信の普及、グローバル化による市場の 拡大の重要性が挙げられている。主要課題としては、貧困削減のほか、大規模インフラ 投資、すべての生産セクターにおける生産性の向上、世界市場における貿易・投資の促 進が掲げられている。(表
2-4
)具体的な開発目標としては、アルゼンチン、チリ、ハンガリー、マレーシア、メキシコ、
南アフリカ共和国といった上位中所得国である国々の経済社会指標を目標値としてい る。(表
2-5
)33
インドの会計年度は、4
月から翌年の3
月まで。34第
5
次5
カ年計画は、1978
年の政権交代に伴い事実上頓挫したことから、1979/80
年度は年次計画が実施 された。表 2-4 2020年までの成長のエンジンと主要課題
成長のエンジン 主要課題
教育水準が急速に上昇する
技術革新および適用率が加速する
より安価で高速の通信が国内および国 際的な物理的・社会的障壁を解消する
情報がこれまでよりも質量ともに入手 可能になる
グローバル化が新たな市場を開拓する
数百万世帯を貧困ライン以上に引き上げるためのターゲットを絞っ たアプローチ
特に低所得者層向けの、年間1,000万件以上の新規雇用創出
非識字の撲滅
初等・中等教育就学率の向上および退学率の最小化に向けた集中的な 取組み
乳児死亡率および幼児栄養不良の削減に向けた公衆衛生の向上
発電、電気通信、その他物理的・社会的インフラへの大規模投資
農業、工業、サービスにおける生産性向上のための技術力獲得の推進
世界経済において貿易・投資面でより重要な役割を担う
(出所) Planning Commission (2002) “India Vision 2020”より作成
表 2-5 2020年の開発目標
開発指標 現状(2002年) 2020年目標
貧困ライン以下の人口比率(%) 26.0 13.0
所得分配(ジニ係数:100=完全平等)1) 37.8 48.5
失業率(%:対労働人口) 7.3 6.8
成人男性識字率(%) 68.0 96.0
成人女性識字率(%) 44.0 94.0
初等教育純就学率(%) 77.2 99.9
教育への公共支出(%:対GNP) 3.2 4.9
出生時平均余命(歳) 64.0 69.0
乳児死亡率(件数:1000出生当たり) 71.0 22.5
幼児栄養不良率(%:5歳未満幼児の低体重児の割合) 45.0 8.0
保健への公共支出(%:対GNP) 0.8 3.4
1人当たり商業エネルギー消費量(石油相当キログラム) 486.0 2002.0
1人当たり電力消費量(kwh) 384.0 2460.0
電話普及率(回線数:1000人当たり) 34.0 203.0
パソコン普及率(台数:1000人当たり) 3.3 52.3
開発研究(R&D)に従事する科学者・エンジニア数(100万人当 たり)
149.0 590.0
セクター別GDPシェア(%) 農業:28.0 工業:26.0 サービス:46.0
農業:6.0 工業:34.0 サービス:60.0
国際貿易(財)のGDP(ppp2))に占める割合(%) 3.6 35.0
外国投資の粗資本形成に占める割合(%) 2.1 24.5
粗外国投資のGDP(ppp)に占める割合(%) 0.1 3.5
(出所) Planning Commission (2002) “India Vision 2020”, p,19-20, Table 1より作成
(注1)ジニ係数は、0(ゼロ)=完全平等、1(100%)=不完全平等とするのが一般的であり、0.4(40%)を超える と非常に歪みが大きく、社会不安などが生じるなど危険性が高い水準と言われている。同構想では、所得分配、
すなわち不平等の改善についても目標値が掲げられ、ジニ係数100=完全平等と記述したうえで、ジニ係数を 現状の37.8%から2020年48.5%とすることが示されている。しかし、ジニ係数は、完全平等の場合は0とな り、完全不平等の場合100%(あるいは1)と定義されることから、誤りであると考えられる。
(注2) pppは購買力平価(Power Purchase Parity)
(2)
第9
次5
カ年計画(1997−2001年度)インド独立
50
周年にあたる1997
年に発表された第9
次5
カ年計画では、「社会正義と 公平を伴う成長」を掲げ、以下の9
つの重点項目が示された。第9
次5
カ年計画の概要 は、表2-6
の通り。表
2-6
第9
次5
ヵ年計画の概要重点項目 プログラム・セクター 貧困削減の取組み 1. 貧困撲滅プログラム 農村の貧困撲滅:プログラムと戦略
都市貧困撲滅
公共配給制度 2. 人間・社会開発 基礎サービス
教育
保健
家族福祉
住宅・都市開発・水供給・都市施設
女性のエンパワメント・児童の育成
社会的弱者のエンパワメント
社会福祉
労働および労働福祉、等 3. 農業・灌漑・食料安全保
障・栄養
農業
灌漑
食糧
栄養
4. 鉱工業 −
5. エネルギー 農村電化
6. 運輸・通信 農村道路
7. 環境・森林 森林保全
8. 特別地域プログラム 後進地域
指定カースト・民族 適切な生産的雇用創出と貧困撲
滅を視野に入れた農業および農 村開発を優先
価格安定を伴う経済成長の加速 すべての人々、特に社会的弱者の 食料・栄養の確保
安全な飲料水、プライマリー・ヘ ルス・ケア施設、初等教育、住居 等の必要最小限のサービス、すべ ての人々への接続性の提供 人口成長率の抑制
社会的動員およびすべての人々 の参加を通じた開発プロセスに おける環境面での持続性の確保 社会経済的変化および開発の仲 介者(エージェント)としての、
女性、子ども、社会的弱者(不可 触賤民、被差別民族、その他社会 的に排除されている階層・マイノ リティ)のエンパワメント 自立に向けた取組みの強化
9. 科学・技術 −
(出所) Planning Commission (1997) “Ninth Five Year Plan (1997-2002)”より調査団作成
第
9
次5
カ年計画における貧困削減の取組みでは、2001
年までに貧困者比率を、農村18.61
%、都市16.46
%、全体で17.98
%に低下させることが目指された。また、明示的な貧困削減に向けた取組みとして、i)農村における貧困撲滅プログラム、ii)都市貧困 撲滅プログラム、および
iii
)公共配給制度(PDS
:Public Distribution System
)が掲げら れた。農村における貧困削減プログラム35は、
i
)「自営業による雇用創出プログラム」(Self Employment Programmes
)とii
)「農村雇用創出計画」(Wage Employment Programmes
) の2
つに分けられ、それぞれのプログラムのもとに、農村の貧困層、女性、青年などに 焦点を当てたサブプログラムが実施された。これらのプログラムはそれまでの5
カ年計 画においても実施されてきたものである。都市貧困削減プログラムについては、「首相 による総合都市貧困撲滅プログラム」(PMIUPEP
:Prime Minister’s Integrated Urban
Poverty Eradication Programme
)などを含む、6
つのプログラムが実施されている。PDS
は、1943 年のベンガル飢饉の際に都市住民への安価な食糧配給を目的として導入35プログラムの概要は、国際協力銀行(
2001
年)「貧困アセスメントファイナルレポート(インド)」53
〜54
ページ参照。された制度であるが、
1960
年代半ばから買上制度を通じた農産物の価格維持の役割を 果たすようになった。それまでのPDS
は、都市貧困層への配給に偏り、貧困層が集中 している農村部への配分が行われていなかったとして、第9
次5
カ年計画の初年度にあ たる1997
年に、PDS
の制度改革が行われ、名称も対象設定公共配給制度(TPDS
:Targeted
Public Distribution System
)と変更された。制度変更により、PDS
の対象は貧困ライン以下の住民(
BPL
:Below Poverty Line
)とそれ以上の住民(APL
:Above Poverty Line
)に 分けられ、貧困ライン以下の住民に対しては、質よりも低価格であることを優先した配 給が行われるようになった。貧困世帯は月10
キログラム(2000
年4
月からは20
キロ グラム)を補助金により低価格で購入することができ、TPDS
により、およそ60
万世 帯が裨益すると推定された。PDS
の対象となる貧困世帯の特定は、計画委員会の州ごと の貧困者比率の推定値に基づき、州ごとに行われる。表
2-7
は、1999/2000
年度のTPDS
の実績である。ほとんどの州のBPL
世帯に対する食糧の割当量に対する購入量は
70
%を上回っている。なかには割当量を上回る購入量の 州もあるが、貧困人口の多いマディヤ・プラデーシュ、ウッタル・プラデーシュでは、割当量に対し購入量が
50%程度と低い水準である。第 10
次計画の中間評価では、BPL 世帯の購入が多かったのは、西ベンガル、ケーララ、ヒマーチャル・プラデーシュ、タ ミル・ナードゥであった。全体として、TPDS
により貧困層の食糧購入は拡大している が、州によってTPDS
が貧困世帯への食糧配給を通じた支援として十分に機能していな いことが推察される。また、同評価によれば、TPDS
で買上げられた食糧の流用や対象 とすべき貧困層が適切に特定されていないといった問題のため、実際にはBPL
でTPDS
の恩恵を受けている世帯は対象とすべき世帯をかなり下回っているとの指摘がされて いる。流用率が高いと推定されている州は、ビハールおよびパンジャーブで75
%以上 であり、ハリヤーナーおよびウッタル・プラデーシュで50
〜75
%である(表2-8
)。ま た、貧困層のカバー率が低い州として、アーンドラ・プラデーシュ、カルナータカ、タ ミル・ナードゥが挙げられている。こうした問題により、本来、貧困層向けに中央政府が買い上げ、プールしている食糧は、
第