1.3. インドにおける貧困の要因
1.3.3. 国レベルで見る貧困の要因
(1)
慢性的貧困の要因慢性的貧困要因とは、構造的に貧困を生み出している原因であり、貧困層を長期的に固 定化し、短期的には貧困状態を改善することを困難にしている要因であり、世代を超え て引き継がれる貧困状態である。教育・保健・社会保障サービス、インフラ、資産、資 金調達のアクセス制約の多面的な点と貧困の深刻度に関する点から要因が述べられる。
性別による差、例えば、女性に対する教育、保健サービスのアクセスの制約、雇用機会 の限定、賃金差別など性別による要因はある程度全国共通にみられるが、農村と都市で は、慢性的貧困要因は異なるため、これを区別してとらえる必要がある。こうした要因 に加え、インド固有の慢性的貧困要因としては、カースト制度によって職業選択の制限 や社会的制約を受けるグループ、硬直的な労働市場などが挙げられる。
(a)
都市インドの都市貧困層は、政府の公的な制度枠組みの外、つまり、公式な登録のない職業 選択、法的居住権限をもたない、といったインフォーマルな枠組みの中におかれている ことが多い。貧困層は教育機会制約ゆえの技術不足があり、熟練技術を必要としない賃
金労働や臨時雇用に職を求めることが多い。また、職を得られたとしても、未熟練労働 者の場合、所得は低い傾向にあり、雇用や給与を保障する交渉団体といった社会的ネッ トワークも形成されていない。したがって、公的制度、枠組みとの接点を持つようなス キルが農村部よりも都市貧困層において必要とされる。また、農村と比較して都市部で は、生産財としての農地や資産としての家をもつことが少なく、貧困層の住宅は賃貸形 態が多い。また、都市においては、環境汚染が深刻で、衛生状況が悪く、安全な水への アクセスが少ないスラムに居住していることで、健康状態に被害を及ぼすリスクが高く なる。
インド政府は、第
10
次5
カ年計画(2002-2007
年)の中で、都市貧困の状況は多様であ るとしながら、都市貧困層のリスクを以下の4
つに分類している。住宅のリスク:居住権の欠如、所有権のない質の悪い住居、水およびトイレへ のアクセスのない住居、不健康で不衛生な生活環境
経済的リスク:不規則あるいは臨時の雇用、低賃金労働、信用へのアクセスの 欠如、公的セーフティネットプログラムへのアクセスの欠如、生産的資産・財 産の少なさ、自営業への法的制約
社会的リスク:低い教育水準、技術の欠如、社会資本およびカーストにおける 地位の低さ、食料保障プログラムへの適切なアクセスの欠如、保健サービスへ のアクセスの欠如、地域組織からの排除
個人的リスク:暴力の多発(特に、女性、子ども、老人、障害者、指定カース ト、マイノリティ)、情報の欠如、正義へのアクセスの欠如
以上のような多面的な側面が都市貧困層の慢性的な貧困要因となる。都市貧困層の中で もスラムの住人が上記の
4
つの点において厳しい状況におかれているといえる。スラム の住人は最低限の生活レベルを確保するのも非常に困難な場合がある。また、スラムは 各地方政府が認定するものとなっており、各州によって基準が異なるうえ、スラム認定 を受けていない不法占拠居住地域も存在する。インドにおいては都市貧困人口の多さも特徴的である。都市全体の貧困者比率は
23
% と農村の貧困者比率より若干低いが、インドにおける都市の貧困人口は、1999/2000 年 の時点でおよそ6,700
万人であり、インドの貧困人口の約2
割程度である。そのほとん どがウッタル・プラデーシュ、ビハール、アーンドラ・プラデーシュ、カルナータカ、マディヤ・プラデーシュ、マハーラーシュトラ、オリッサ、タミル・ナードゥ、西ベン ガルの
9
つの州に集中している。表 1-25に示されるセンサス(2001年)の結果によると、人口
100
万人以上の大都市は ムンバイ都市圏(Greater Mumbai
)をはじめ全国に27
都市あり、これらの都市の総人口はおよそ
7,334
万人である。そのうちの24
%にあたる約1,770
万人がスラムに居住していると推定される。最も大きなスラム人口を抱えているのは、ムンバイ都市圏であり、
人口の半数以上の
647
万人がスラム人口である。スラム人口が100
万人を超えている都 市は、ムンバイのほかにデリーおよびコルカタがある。こうした大規模のスラムにおけ る都市貧困に対応するには、各都市の政府の強固かつ継続的なコミットメントと資金が 必要とされ、都市政府の対策の実施能力によるところが大きい。表 1-25 100万人を超える都市のスラム人口
順 位
人口100万人
以上の都市 州 都市の総人口
(人)
都市のスラム人口 (人)
人口に占める スラム人口の割合(%)
1 ムンバイ都市圏 マハーラーシュトラ 11,978,450 6,475,440 54.1 2 デリー デリー* 9,879,172 1,851,231 18.7 3 コルカタ 西ベンガル 4,572,876 1,485,309 32.5 4 チェンナイ タミル・ナードゥ 4,343,645 819,873 18.9 5 バンガロール カルナータカ 4,301,326 430,501 10.0 6 ハイデラバード アーンドラ・プラデーシュ 3,637,483 626,849 17.2 7 アフマダーバード グジャラート 3,520,085 473,662 13.5 8 スーラト グジャラート 2,433,835 508,485 20.9 9 カーンプル ウッタル・プラデーシュ 2,551,337 367,980 14.4 10 プネー マハーラーシュトラ 2,538,473 492,179 19.4 11 ジャイプル ラージャスターン 2,322,575 368,570 15.9 12 ラクナウ ウッタル・プラデーシュ 2,185,927 179,176 8.20 13 ナーグプル マハーラーシュトラ 2,052,066 737,219 35.9 14 インドール マディヤ・プラデーシュ 1,474,968 260,975 17.7 15 ボパール マディヤ・プラデーシュ 1,437,354 125,720 8.70 16 ルディアーナ パンジャーブ 1,398,467 314,904 22.5 17 パトナ ビハール 1,366,444 3,592 0.30 18 ヴァドダラ グジャラート 1,306,227 186,020 14.2 19 アーグラ ウッタル・プラデーシュ 1,275,134 121,761 9.50 20 ターナ マハーラーシュトラ 1,262,551 351,065 27.8 21 カルヤン・ドンビ
ヴリ
マハーラーシュトラ 1,193,512 34,860 2.90 22 ワーラーナシー ウッタル・プラデーシュ 1,091,918 137,977 12.6 23 ナーシク マハーラーシュトラ 1,077,236 138,797 12.9 24 メーラト ウッタル・プラデーシュ 1,068,772 471,581 44.1 25 ファリダバード ハリヤーナー 1,055,938 490,981 46.5 26 ピンプリ・チン チ
ワッド
マハーラーシュトラ 1,012,472 123,957 12.2 27 ハウラー 西ベンガル 1,007,532 118,286 11.7
合計 73,345,775 17.696.950 24.1
(出所) Office of the Registrar General & Census Commissioner (2001) “Census of India 2001”
(b)
農村インドの農村においても都市と同様に多面的な要素が複雑に絡んで貧困の慢性的な要 因となっているが、経済活動と住環境という面で都市部における貧困の要因とは異なっ ている。社会サービスへのアクセスの制約、農業生産活動における構造的な要因、水、
道路へのアクセスの制約、自然資源の有効利用が農村における慢性的な貧困の要因とし てあげられ、主なものをまとめると以下のとおりである。
社会面:保健、教育等の社会サービスの欠如、指定カーストであることによる 差別
生活環境面:水、トイレへのアクセスが住宅にない、住居から水源までの距離 が遠いことによる制約
制度面:土地所有制度の問題
経済面:技術未発達による農業生産性低さ、輸送インフラ不足による生産物取
引の制約、金融サービスへのアクセス制約、限定的な収入を伴う雇用機会(特 に女性)
自然環境面:限られた自然資源の配分の制約
農村においては社会的サービスへのアクセスが近年改善しているものの、まだ全体的に は少ない。農村の多くの貧困層は、雇用が不安定で収入が限定的な農業労働者として従 事しているケースが多い。自営で農業を営んでいても、貧困層は土地所有規模が限られ ており、農業生産性も低いことから収益があがらず、農業労働者として従事する、ある いは他の雇用機会をもとめることが多い。
表
1-26
で示されるように貧困層ほど土地所有規模が少なく、1
ヘクタール規模以下に集中している。
1993/94
年のNSS
実施時と比較して全体的に土地なし、あるいは、0.4
ヘクタール以下の世帯の割合は57
%から63
%へと増加している。また、州別にみると 貧困者比率が高く、90
年代を通じて改善速度が遅いビハール、オリッサなどは農業所 有地が1
ヘクタール未満の零細農家が多く、また、灌漑など近代的な農業技術によらず、半乾燥地帯や天水による農業が多い土地が含まれる。
表 1-26 消費支出階層別耕作地規模
(単位:千世帯あたり世帯数)
耕作地(ヘクタール)
消費支出階層 (1ヶ月1人あ
たりルピー):MPCE <0.01 0.01-0.40 0.41-1.00 1.01-2.00 2.01-4.00 4.01以上
0-225 88 80 61 54 39 14
225-255 60 62 53 43 33 18
255-300 98 106 90 81 60 34
300-340 108 118 108 101 79 60
340-380 102 106 117 107 88 70
380-420 92 93 102 97 95 86
420-470 92 100 108 115 107 102
470-525 82 90 100 95 113 113
525-615 91 85 99 111 133 141
615-775 85 83 87 98 123 150
775-950 45 35 39 51 61 86
950以上 58 41 36 48 68 124
(出所) Government of India (2001) "NSS 55th Round, Differences in Level of Consumption among Socio-Economic Groups 1999-2000", Government of India, Ministry of Statistics & Programme Implementation
(注) は、貧困ライン以下が含まれる階層グループ。
農村貧困層の経済活動に影響する要因には、
i
)土地所有制度、ii
)農業技術の未発達、iii
)輸送インフラ不足、iv
)教育レベルの低さによる雇用機会の制限、v
)農業経営知識 不足、vi
)金融サービスへのアクセス制限による運用・投資資金不足などがある。限ら れた自然資源の有効利用(農業においての水利管理、持続的な森林生産物の採取等)に おける知識・手段の制約は、収入が不安定あるいは限定的となる要因となる。また社会的側面においては、貧困層は、水・トイレへのアクセスに制約があり、教育機 会が限られているために保健に関する知識をもたず、そのために病気にかかりやすい。
また、十分な医療サービスをうけられず、一度病気にかかると長期化しやすい。重要な 働き手が病気にかかると、収入源が絶たれるため、さらに貧困状態が悪化するといった リスクも高い。