1.3. インドにおける貧困の要因
1.3.1. 世帯レベルで見る貧困の要因
本項では、家計収支による分析および世帯の構成人数、世帯主の属性などによる貧困者 比率の比較から、インドにおける貧困世帯にどのような特徴があり、世帯レベルで見た 貧困の要因となっているのかについて考察する。なお、貧困者の貧困要因の考察にあた っては、限定的ではあるが、本調査独自の相関分析も試みた。
(1)
貧困層の家計収支NSS(1999/2000)
のデータに基づいて、支出階層別の家計の特徴を分析してみる。同データで支出階層別の主な収入源をみると、都市部の貧困ライン以下について収入源
は様々であるが、農村の貧困ライン以下の層については、農業収入と賃金収入という組 み合わせを主としている世帯が比較的多い傾向がある。貧困層世帯では農業収入のみで は生計が立てられず、何らかの労働による賃金収入にも頼っていることを示している。
一方、支出階層の貧困ライン以上の上位層では、農村・都市ともに共通して、賃貸・非 農業企業収入を主としている世帯が多い傾向がある。
表
1-19
は、都市および農村の支出階層別の支出項目シェアを示している。支出項目をみると、農村、都市ともに貧困層ほど食料支出の割合が高く、消費財・サービス、耐久 財、医療・教育の支出割合が低い。最下位層(下位
5
%)と最上位層(上位5
%)の差 は、農村よりも都市において大きい。その理由としては、農村においては、医療・教育 サービスへのアクセス自体に制約があることがあるが、最下位層は支出の約95%を食
料と消費財に割り当てており、医療・教育サービスへの支出が抑えられていることも考 えられる。表 1-19 都市・農村の消費支出階層別の主な支出項目別割合
(単位:%)
食料 非食料
消費支出階層 (1ヶ月1
人あたりルピー):MPCE 消費財・サービス 耐久財 医療 教育 税金その他 農村
0-225 67.4 28.1 1.2 2.5 0.7 0.1
225-255 66.8 27.8 1.4 3.0 0.9 0.1
255-300 66.0 28.1 1.3 3.4 1.1 0.1
300-340 64.8 28.5 1.4 4.0 1.2 0.2
340-380 64.7 28.3 1.4 4.1 1.3 0.2
380-420 63.8 28.6 1.5 4.5 1.4 0.2
420-470 62.8 29.0 1.6 4.7 1.6 0.3
470-525 61.7 29.2 1.7 5.3 1.7 0.4
525-615 60.3 29.6 1.9 5.8 1.9 0.4
615-775 57.6 30.0 2.5 7.1 2.3 0.6
775-950 54.7 30.7 3.2 7.8 2.7 1.0
950以上 46.3 30.8 7.1 10.9 3.3 1.6
都市
0-300 64.8 28.7 1.1 2.9 1.4 1.1
300-350 63.5 29.1 1.2 3.0 1.8 1.5
350-425 61.8 29.1 1.2 3.9 2.0 2.1
425-500 60.0 29.9 1.3 4.6 2.3 2.5
500-575 57.5 30.7 1.5 4.6 2.8 2.9
575-665 56.4 31.0 1.6 4.1 3.4 3.6
665-775 54.0 31.4 1.8 4.7 3.7 4.3
775-915 51.8 32.1 2.2 5.1 4.1 4.7
915-1120 49.3 32.8 2.5 5.0 4.6 5.8
1120-1500 45.4 34.1 3.7 5.2 5.3 6.4
1500-1925 41.2 36.7 4.5 5.1 5.8 6.8
1925以上 31.7 40.2 8.7 6.6 5.6 7.1
(出所) Government of India (2000) "Household Expenditure in India 1999-2000 Key Result, NSS 55th Round(July 1999-June 2000)", National Sample Survey Organization, Ministry of Statistics & Programme Implementation, P.64-65,Table 7Rよ り作成
(注) は、貧困ライン以下が含まれる階層グループ。
(2)
貧困層の属性貧困層の世帯構成の特徴について、表
1-20
をみると、最下位5%の貧困層世帯の人数 は農村・都市両方において、平均6
人前後となっている。貧困層の平均世帯構成人数は、最上位5%の富裕層より多く、特に都市部において、最下位層と最上位層の平均人数に 差がある。世帯当たりの子どもの平均人数も同様の傾向が見られる。貧困世帯において は、収入が低い上、平均の世帯当たりの人数が多いために、一人あたり支出が少なくな っているとみられる。貧困層ほど子供の人数が多く、教育に割り当てられる資金が少な く、また家計を支えるために重要な働き手とみなされている。
また、世帯の主要生計手段をみると、表
1-21
で示されるとおり、農村では農業労働者、都市では臨時労働者の約
5
割が貧困世帯となっている。1993/1994年と比較すると全体 的に貧困者比率が下がっているものの、どちらも収入が安定しない職業であることが世 帯の貧困状態に影響しているものと見られる。表
1-20
月間支出の最下位層および最上位層5
%の平均家族構成農村 都市
世帯構成の特徴
最下位5%* 最上位5%* 全体 最下位5%* 最上位5%* 全体 平均世帯人数 6.0 3.6 5.0 6.2 2.9 4.5 世帯当たり成人平均人数 3.0 2.8 3.2 3.2 2.5 3.1 世帯当たり子ども平均人数 3.0 0.7 1.9 2.9 0.5 1.4
(出所) Government of India (2001) “Level and Pattern of Consumer Expenditure in India 1999-2000, NSS 55th Round", Government of India, Ministry of Statistics & Programme Implementation
(注) *は1ヶ月1人あたり支出階層(MPCE)の最上位5%、最下位5%
表 1-21 生計手段別貧困者比率
(単位:%)
生計手段 1993/94年 1999/2000年 農村
農業自営 29.6 21.6
非農業自営 32.6 24.1
農業労働 57.5 44.6
その他労働 39.1 27.8
その他 24.3 14.9
都市
自営 28.5 26.1
賃金労働 15.6 11.4
臨時労働 57.3 50.0
その他 21.1 16.9
(出所) K.Sundaram and Suresh D. Tendulkar (2003) “Poverty Among Social and Economic Groups in India in the Nineteen Nineties,p.34, Table 1Rより作成
また、男女別世帯主の貧困者比率については、既存の数値が確認できなかったが、
1999/2000
年のNSS
の結果をみると、農村では女性の世帯主は千世帯当たり104
世帯と都市部の
94
世帯よりもやや多い。女性のフォーマルセクターでの雇用機会は、特に農 村部で限定的であるので、女性が世帯主の場合に貧困世帯が多いことも推察される。さらに、インドにおいては指定カースト21や指定部族においての貧困層の割合が高い。
表
1-22
をみると、指定カースト、指定部族は農村に多く、全人口のそれぞれ約20
%、10
%であり、都市部では約14
%、3
%である。全体の貧困人口に占める指定カースト、指定部族の貧困者比率は、インド全体の貧困者比率よりも高くなっている。
表
1-22
社会階層別の貧困指標の推移(単位:%)
1993/94年 1999/2000年
社会階層 人口比率 貧困人口比率 貧困者比率 人口比率 貧困人口比率 貧困者比率
農村
指定カースト 21.1 28.19 45.7 20.4 27.1 38.4 指定部族 10.83 15.46 48.8 10.5 17.4 48.0
その他 68.07 56.35 28.3 69.1 55.5 23.2
全世帯 100 100 34.2 100.0 100.0 28.9
都市
指定カースト 13.85 22.48 42.9 14.4 23.6 37.8
指定部族 3.21 4.09 33.6 3.4 5.2 35.2
その他 82.94 73.43 23.4 82.2 71.3 20.0
全世帯 100 100 26.4 100.0 100.0 23.1
(出所) K.Sundaram and Suresh D. Tendulkar (2003) “Poverty Among Social and Economic Groups in India in the Nineteen Niteis”, p.34, Table 1R、1Uより作成
(注) 全世帯の貧困者比率は、調整を加えて計算しているため、計画委員会算定のものとは異なる。
(3)
統計解析による貧困要因の分析本節の分析は、貧困との関連性が考えられる事項が、各々どの程度の強さで関係してい るかの傾向をみることを目的としている。分析結果は貧困の要因を特定するものではな く、またデータの質的・量的制約があるため、結果数値としては不十分であり、あくま で、一つの試みの参照としての位置付けであることを予め付記したい。
主要
15
州について、NSS(1999/2000)
で入手できた一次データの範囲内で22、一人当たり 月間消費支出額が貧困ライン以下の貧困者比率を目的変数(
従属変数)
、関連するとみら れる開発指標を説明変数(独立変数)とし、その関係について、都市と農村別に重回帰 分析を試みた。貧困の非経済的側面の分析も参照し、都市農村別に貧困との関連が比較 的高い項目を変数として選択し、各項目の相関を分析した。表1-23
は、貧困者比率と21
インドのカースト制度とは、職能を基にした階級制度。最初期には、バラモン、クシャトリヤ、バイシ
ャ、シュードラの
4
階級であったが、時代と共にさらに細分化した。カーストは世襲制であり、生まれ た後にカーストを変えることはできない。人々は自分のカーストが定める職業以外の職には就けず、結 婚は同じカーストもしくは1
つか2
つ序列の違うカーストとの間でしかできないことになっている。1950
年に制定されたインド憲法は、不可触民制の廃止を宣言し、「指定カースト」(前不可触民)、「指定部族」、「後進カースト」の
3
大集団に対して、大学や公務員職などに特別枠を設けるなどの措置をとることを 定めた。(カーストに関する詳細は、辛島昇他監修「南アジアを知る事典」平凡社など)22
NSS
ではインフラ関連の項目がエネルギーのアクセスしかなかったため、インフラに関する変数は限定 的である。なお、インド農村においてはほとんどの世帯主が男性であり、家計収入は世帯主の稼ぎのみ となることが多いため、識字男性の方が識字女性よりも農村貧困に影響度が高く、雇用機会が限定的な 農村での識字女性の農村貧困への影響はマイナーな変数であるとみなされたため、最終的に除外した。都市部における指定カースト、男性の非識字者と前期初等教育以下の識字者についても意味を持たない 変数として回帰式から最終的に除外している。
各説明変数との単相関係数、重回帰分析結果の偏回帰係数とその有意性を示している23。 農村においては、表
1-23
に示す説明変数の重回帰式の寄与率24は、0.64
(有意水準1%)であった。各説明変数の中で有意性が高いものは、
i
)「指定カーストおよび指定部族」、ii
)「世帯数(6
〜10
人)
」、iii
)「農業労働者25」、iv)
「料理の燃料:LP
ガス」、v)
「光源:灯油」、
vi
)「光源:電気」であった。「料理燃料:
LP
ガス」と「光源:電気」以外は、貧困者との単相関係数も高い。いず れも正の偏回帰係数であることから、これらと貧困者との関係が強いことがいえる。「料理の燃料:
LP
ガス」と「光源:電気」は、負の偏回帰係数を示しており、料理燃 料としてLP
ガスを使用していることや光源として電気の使用していることは、貧困者 でない傾向が示されている。なお、男性の非識字者、初等教育以下の識字者は貧困者との単相関係数はそれぞれ
0.6
と0.5
となっており、貧困との関係があることは示されている。しかしながら、重回帰 式では、いずれも負の偏回帰係数となっており26、有意性はi)
〜v)
の説明変数よりも低 い。また、「土地所有:1
エーカー以下」に関しては、あまり相関がみられなかった27。 都市部においては、表 1-23に示す説明変数の重回帰式の寄与率は0.72
(有意水準1%)であった。結果として、都市部に特徴的な点として、指定カースト、指定部族であるこ とについては、農村ほど高い相関が見られないことがあげられる。各説明変数の中で有 意性が高いものは
i
)「臨時雇用労働者」、ii
)「識字者(男性:中等教育レベル)」、iii
)「識字者(女性:前期・後期初等教育レベル)」、
iv)
「料理の燃料:灯油」、v)
「料理の 燃料:LPガス」、である。「臨時雇用労働者」、「識字者(女性:前期・後期初等教育レベル)」、「料理の燃料:灯 油」の偏回帰係数は正であることから、これらと貧困者との関係は強い傾向がある。一 方、「識字者(男性:中等教育レベル)」、「料理の燃料:
LP
ガス」は、負の偏回帰係数 であることから、これらの要素があると貧困者でない傾向があることが示されている。なお、「世帯構成人数が
6〜7
人」と「男女ともに教育レベルが初等教育以下」について は、各々個別には、貧困者との関係が強い。中でも、女性の非識字者と初等教育以下レ ベルであることには特に相関が強いが、これらの説明変数の偏回帰係数の有意性は高く ない。教育レベルに関しては、男性の場合と異なり、女性の場合には、「非識字者」で あること、「前期・後期初等教育以下」であることは、それぞれ有意な正の偏回帰係数 であり、貧困者との関係があることが示されている。その理由として、家計収入は主に 男性の世帯主に依存していることが多く、後期初等教育レベルまでにおいては、女性の 教育レベルは家計の収入増へと結びつきにくいことが考えられる。23
相関係数は 2
つの変数の関係性の強さをあらわしており−1から1の範囲の数値をとる。0に近づくほど関係が希薄であることを示す。単相関係数とは、
2
つの変量(貧困者と各変数)を個別にみた場合の相関 係数である。偏回帰係数とは、Y
を目的変数、Xを説明変数としたときの重回帰式、Y=b
1X
1+b
2X
2……b
0で、
b
1やb
2といったX
の係数の部分である。偏回帰係数は、目的変数の増減(目的変量)に対する各説 明変数の変量(説明変量)の寄与度、すなわち影響の大きさを示すものである。24
寄与率(決定係数)とは回帰式の説明変数の目的変数の寄与度を表すものである。重相関係数の 2
乗であり、
0
から1の間の値をとる。0に近づくほど関係性が弱く、1に近づくほど関係性が強い。25収入の
50%
以上が農業労働による労働者。土地なし、小作農などが含まれる。26 男性の教育レベルと指定カーストおよび指定部族であることが非常に高い相関があるため、符号がマイ
ナスになっていると考えられる。指定カーストおよび指定部族の説明変数を除去して重回帰分析をする と、非識字男性の偏回帰係数は正になる。
27