鵡
鯵
山 ﹈ 躍
14 (128)ロ ガ
15(131)仙台城二の丸跡第
4地
点 と、仙台城三 の丸跡か らは、寛永15年 (1638年)以
前の資料が出土 しているが、 コップ状の形態で格子タタキロを施す ものは含 まれていない。三の丸跡出土資料 に、格子 タタキロを施す ものが存在す るが(図69‑7)、 形態が後の もの とは大 き く異 なる。図 69の破線 よ り右側 は、ロクロ整形 の焼塩壷であるが、三の丸跡 と二の丸第4地
点の寛永15年以 前の焼塩壷 は、形態上では変異が大 きい。 しか し、格子タタキロのあるもの以外 は、 ロクロ整 形で底部回転糸切 り、底部外周付近 にヘラ削 りを施す点で共通する。 これ らのロクロ整形の も のは、地元で生産 された焼塩壷である可能性が高い。一方、この寛永15年以前の資料以外の ものでは、畿内か らの搬入品 と考えられるもの以外 は、
図69の 13の 1点を除 くと、全てコップ状格子 タタキロの ものである。13は第
5地
点1区
1層出 上の もので、年代 は明確でな く、 また形態か ら焼塩壷の可能性 を考えたが、確実では無いもの である。 この ようなコップ状格子タタキロの焼塩壼は、既 に指摘 されてきたように、仙台藩領 内以外では出上 しない ことか ら、地元産 と考 えられ、ある時期以降、 このタイプの ものに統一 されてい くと考 えられる。おそらく、二の丸例が変化 して、コップ状格子タタキロの ものが成 立す るのであろう。 したがって、17世紀前葉 までは、様々な形態の、 ロクロ整形の焼塩壷を作 つていたのが、 その後、ロクロ整形 は同 じであるが、 コップ状格子タタキロの ものに統一 され てい くもの と考 えられる。第5地
点の出土例か ら、少な くとも元禄年間には、コップ状格子タ タキロの ものが確立 していた ことが判明する。上野館跡資料 は、確実に年代が限定で きるもの ではないが、 さらにさかのぼる可能性 も考 えられる。12)瓦
質土器瓦質土器 は、出土量が少な く、大型 の鉢類 と考 えられるものがほとんどである。 この内、図 66の95・ 86・ 96・ 92は、日径 に比べて浅い体部 に、三足が付 くもので、火鉢 と考 えられる。口 縁部 の直下 に縄 目状の帯 を貼 り付 けるもの と、それがない ものとに大別できる。元禄年間の資 料中には、両者が含 まれてお り、 この時期 には確実に併存することが判明する。 これ らの火鉢 と考 えられ るものには、日縁部の形態に、細かな差異があるが、 これが時期的な変化 を示すの か どうかは、資料が少ないため明確 にはできない。 これ らに対 して94は、体部が深い もので、
体部外面 に火熱 によるもの と考 えられ る剣落があ り、 これ も火鉢になる可能性が考 えられ る。
13)土
製品 。土人形図70に示 したのは、本体 区出土資料で、年報
6で
は報告漏れ となっていた資料であ り、 まず 最初 にこれ らについて報告 してお きたい。137は
H18区 3号
土坑埋3層(ma期 )出
上で、菊花状 の型押 しがなされ、中央 に孔があ り、136
図
70
二の丸跡第5地点出土土製品 あ る。猿 の頭部 で、首 にあた る Fig.70 Clay obiectS frOm NM5 部 分 に剣落痕 が残 る。140はL20
区
7号
溝埋2層
(IV期)出上 の上製 品で、笠状 の もので、型作 りであ る。141も L20区7号
溝埋 2層 (Ⅳ期)出
土 で、修験者 の頭部 を表 してい る と思 われ る。型作 りで、裏面 は剣離 の痕跡が 明確 で な く、 もともとこれだ けで完結 し、泥面子 にな る可能性 が ある。 これ以外 に、猿 の胴部と猪 が、
2a層
か ら各1点出上 してい る。これ らの資料 を加 えて も、第
5地
点 出上 の上製 品 は、本体 区14点 、付帯施設 。試掘部分4点
の、合計18点 にす ぎず、極 めて少 ない。 その内、二 の丸期 か それ以前 にさかのばる ことが確 実 な資料 は、
4点
で あ る。 ここで報告 した3号
土坑 出上 の2点
以 外 には、碁石 か と思われ る円盤 状 の上製品が2C層
か ら出上 してい るの と、棒状 の瓦質 の上製品がVII層か ら出上 してい るだ けで あ る。特 に、玩具類 と考 え られ る ものが ほ とん ど含 まれ ない ことは、城跡 とい う遺跡 の性格 を 反映 してい る もの と考 え られ る。≪引用・参考文献
>
江戸遺跡研究会編
1991
『江戸の食文化』 吉川弘文館対WII 望
1990
「刻印からみた焼塩壷の系統性について」F医学部附属病院地点』東京大学遺跡調査室発掘調査報告書3 pp 892〜907 佐久間光平ほか
1993
『上野館跡』宮城県文化財調査報告書第156集
佐藤洋ほか
1985 F仙
台城三ノ丸跡発掘調査報告書』仙台市文化財調査報告書第76集 東北大学埋蔵文化財調査委員会1985
『東北大学埋蔵文化財調査年報』1東北大学埋蔵文化財調査委員会
1990
『東北大学埋蔵文化財調査年報』3東北大学埋蔵文化財調査委員会
1992 F東
北大学埋蔵文化財調査年報』4・ 5東北大学埋蔵文化財調査委員会
1993 F東
北大学埋蔵文化財調査年報』6中山
雅弘ほか
1992
『泉城跡』いわき市埋蔵文化財調査報告第31冊
ドキュメント内
東北大学埋蔵文化財調査年報7
(ページ 151-154)