第 2 章 前反応器−電気化学検出器集積型マイクロセンシングデバイス
2.3 結果と考察
2.3.3 酵素分解型反応器−検出器集積型センシングデバイスによるグルタミン酸の選択検出
本項では、脳内のグルタミン酸濃度の測定を目的として作製した、酵素分解型反応器と電気化 学検出器を集積したセンシングデバイスについて述べる。グルタミン酸(Glutamate: Glu)、AA をそれぞれ測定対象物質、測定妨害物質のモデル物質とし、応答時間、感度、選択性について評 価した。Gluの測定のため、検出電極にはグルタミン酸酸化酵素(GluOx)膜と、電子移動メデ ィエーターとして用いる Os-gel-HRP 膜が形成されている。Glu を検出するための酵素反応は、
下記の通りである。
Fig. 2-10 Schematic representation of our device showing (a) the volumes of each part and (b) the response curve obtained from 1 µM of glutamate (Glu). The inner volumes of the capillary, connection part, and pre-reactor were 880, 495, and 85 nl, respectively. The cathodic current began to increase 44 sec. after we started to introduce the 1 µM glutamate solution (b-1) and reached a steady state in 20 sec. (b-2) when flow rate was 2 µl/min.
Glu + O2 → α-ketoglutarate + H2O2 (GluOx) H2O2 + 2Os2+ + 2H+ → 2Os3+ + 2H2O (HRP)
Os3+ + e- → Os2+ (*)
オスミウムの酸化還元電位は+300 mV付近であるので、検出電極の電位を0 V以下に設定す れば、(*)で示した還元反応が進行する。また、0 V以下の電位では、カテコールアミンや尿酸 などの易酸化物質は酸化されないため、これらの物質の影響を抑制して測定を行うことができる。
AA は易酸化物質であると同時に、強い還元剤であることから、(*)で示した電極上での Os3+
の還元反応が阻害され、応答電流が低下する[3]。このような AA の影響を排除するための前反 応器が必要となる。
2.3.3.1 集積型マイクロセンシングデバイスの応答時間
前反応器を設置することによりセル容積が増加すると、応答時間が増加してしまうことが予想 される。このため内容積を増加させることなく反応効率の高い前反応器を開発することが重要で ある。そこで、本研究では流路内部に微小突起を多数形成し、内容積を85 nlにまで微少量化し ている(Fig. 2-1)。このように微少量な反応器ではあるが、応答時間にどの程度影響を及ぼすか について調べるために以下の検討を行った。Fig. 2-10には、本デバイスの応答時間にかかわる部 分の内容積(a)と、Glu 溶液(1 µM)を流速2 µl/min.の速さで導入し、測定したときのチャート (b)を示している。Fig. 2-10 (B)から分かるように、Gluに起因する応答電流は、Glu導入後44
Fig. 2-11 Calibration curve of glutamate concentration between 500 nM and 100 µM (a) and the response curve for 200 nM of glutamate (b).
秒で増加し始めている。ガラスキャピラリーの先端から、検出電極までの総内容積は、1460 nl であった(ガラスキャピラリー:880 nl、ガラスキャピラリーとデバイスとの接続部:495 nl、
前反応器:85 nl)ので、流速と総内容積から計算される理論応答時間は43.8秒となり、実験値 とよく一致していることが分かる。前反応器の内容積は、総容積の約 6%で、前反応器を通過す るのに必要な時間は、たったの2.6 秒であることが分かった。MD プローブの無効体積は、プロ ーブのサイズにもよるが4 µl程度であり、これは前反応器の内容積の約47倍に相当するため、
前反応器による遅れ時間は無視できると言える。また、応答電流は、20秒の間に定常状態に達し た。この速い応答性は、PBSからGlu溶液に切り替えた後、PBSとGlu溶液との混合が起こら ないまま、Glu が検出電極に到達しているためである。これは、キャピラリー内やデバイス内の 流路内では層流となっており、溶液同士の混合が起こりにくくなっているためであると考えられ る。
2.3.3.2 グルタミン酸に対する検出感度
ラット脳内のGlu濃度は、1~5 µMであることが報告されている[22, 23]。脳虚血時には、
グルタミン酸濃度は急激に増加することが知られている[24]。そこで、本センシングデバイス が脳内Gluのモニタリングに適用可能かどうかを評価するため、Gluの濃度を500 nM~100 µM の範囲で変化させたときの応答電流を測定し、検量線を作成した。このときの流速は2 µl/min.
とした。Fig. 2-11(a)には、Gluの検量線を示している。応答電流は、Glu濃度に比例して増加し、
良好な直線性が得られた。Fig. 2-11(b)には、200 nM Gluから得られた応答曲線を示している。
このときS/N比は6.5であった。この結果から検出限界を計算したところ、100 nM(S/N=3)
であることが分かった。例えば、膜長が 3 mm の MD プローブを使用したとすると、流速が 2
µl/min.のときには回収率は 16%となることから(CMA 社のカタログから引用)、回収される Glu濃度は、100~200 nMであると考えられる。すなわち、作製したデバイスはラット脳内の Glu 濃度の測定に必要な感度を有していることが分かった。高感度化のためには、ノイズレベル の低減が必要である。Fig. 2-11(b)で見られるようなバックグラウンドノイズは、送液に伴って生 じるものであり、フローセル内部の構造やポンプの駆動に伴う脈流によるものと考えられる。こ のようなノイズは、バックグラウンド電流のみを測定するための電極を集積し、この電極から得 られる電流値を検出電極で得られた電流値から差し引くことによってキャンセルし、感度を高め ることが可能である[2]。このような手法も電気化学測定では比較的容易に適用することができ、
これも電気化学測定法を用いるメリットの一つである。
2.3.3.3 酵素分解型反応器の性能
次に、本センシングデバイスを用いて、AA 存在下において Gluの選択検出を試みた。測定用 の試料には、Glu(100 µM、1 µM)、GluとAAの混合溶液(Glu:AA=100 µM:100 µM、1 µM:100 µM)を用いた。比較として、反応器内に AOx を修飾していないデバイスも作製し、
AOxの有無によるGluに対する応答の違いを評価した。Fig. 2-12には、本デバイスから得られ た応答曲線を示している。図中(a)は、微小突起上にAOxを修飾していないときのGlu 100 µM から得られた応答、(b)は、AOxを修飾していないときのGlu 100 µM、AA 100 µMの混合溶液 から得られた応答、(c)は、AOxを修飾したときのGlu 100 µM、AA 100 µMの混合溶液から得 られた応答である。(d)は、AOxを修飾していないときのGlu 1 µMの応答、(e)は、AOxを修飾
Fig. 2-12 Cathodic current of glutamate without and with modifying the pre-reactor with AOx. The sample solutions contained (a) 100 µM of glutamate, (b) and (c) 100 µM of glutamate and ascorbate, (d) 1 µM of glutamate, and (e) and (f) 1 µM glutamate and 100 µM of ascorbate.
していないときのGlu 1 µM、AA 100 µMの混合溶液から得られた応答、(f)は、AOxを修飾した ときのGlu 1 µM、AA 100 µMの混合溶液から得られた応答である。AOxを修飾していない場 合では、(b)のように(a)と比べて約80%応答が低下した。 (e)のようにGlu濃度が低い場合には、
ベースラインからさらに約2.5 nA 電流値が低下することが分かった。これは、強力な還元剤で ある AA が、酵素−メディエーター反応によって生成された Os3+を還元し、電極上で還元される Os3+の量が減少しているためである。また、金電極を用いて、AA のハイドロダイナミックボル タンメトリーを行ったところ、0 mVのときに、約0.1 nAの酸化電流が観測されることを確認し ている。(e)では、酸化電流が見られていることから、これは、AAが高濃度の場合には、酵素−メ ディエーター反応によって生成されたOs3+がAAによって還元され、さらに一部のAA は直接電 極上で酸化していることを示している。一方、微小突起上にAOxを修飾した場合では、(c)(100 µM GluとAAの混合溶液を測定)に示されているように、(a)(Glu 100 µMのみの測定)と同 様な応答が得られた。これは、酵素分解型反応器の設置により、AAが検出電極に与える影響が抑 制されていることを示している。また、(f)では、(e)と比べて応答は約半分にまで減少するが、AA が100倍濃度存在下でGluに起因する応答を検出することに成功した。しかしながら、100 µM のAAを十分分解できる酵素量(約0.085 U)が固定されているのにもかかわらず、AAによる影 響を完全に排除して、Gluのみを検出することはできなかった。
ここで予想した除去効果が得られなかった原因について考察する。一つは、酵素反応に伴う試 料中の酸素濃度の減少である。酵素は、酵素反応後、活性中心の電子状態を元に戻すために、試 料中の溶存酸素を使用する。このため、酵素の活性は、試料中の酸素濃度に依存する。そこで、
試料中の酸素濃度を調べたところ、25℃、760 mmHgでは約260 µMであった。これはAOx、
GluOxの両方の酵素反応に十分な量であるため、この結果から、酸素濃度による影響ではないも
のであることが分かった。もう一つ考えられる原因として、AOx の見かけ上の Kmが低下してい ることが挙げられる。流れの中、特に今回使用した微小突起型の反応器内部では、線流速が速い ために、AAとAOxとの間の酵素反応効率が十分高くなかった可能性がある。より選択性を高め るためには、酵素固定量の増加、基質との接触効率の向上による酵素反応効率の向上が課題であ る。
以上のように、本検討では、酵素分解型前反応器とグルタミン酸検出用電極を集積したセンシ ングデバイスを作製し、100 倍濃度の AA 存在下において、グルタミン酸を検出することに成 功した。作製したデバイスにおいては、前反応器の容積が85 nlという微少量であるため、応答 の遅れ時間をほとんど生じさせることなく効率よく測定妨害物質の影響を排除することが可能で あることを示した。しかし、測定妨害物質の除去効率の向上については、前反応器の内部構造の 改善が必要である。次項で述べるカテコールアミン測定用のセンシングデバイスでは、本検討の 結果を踏まえ、内部構造を変更し、より高い選択比の実現に向けた検討を行った。
Fig. 2-13 Three catecholamines including dopamine, noradrenaline, and adrenaline, and schematic representation of redox cycling at an interdigitated array electrode.