第 5 章 微小電極アレイの作製と生体分子の多点同時計測
5.3 結果と考察
5.3.3 微小電極アレイの電気化学特性
Fig. 5-11には、微小電極アレイ全体でのグルタミン酸濃度の二次元分布の経時変化を示して いる。この図は、濃度が低いところから高いところまで8つの色で分けた等高線プロットである。
Fig. 5-11の最初のパネルで示しているように、64個の電極は、交点に位置している。グルタミ
ン酸が放出されるに伴い、青色から赤色に変化しているが、放出地点から等方的に濃度が高くな っている様子が分かる。このような二次元濃度マッピングの結果は、本研究における微小電極ア レイシステムが、リアルタイムに生体分子の濃度分布を捉えられることを示した。
Fig. 5-13 The Calibration curves of L-glutamate from 1 µM to 10 mM at four different electrodes.
二層膜が修飾された微小電極アレイから得られた1 mMのグルタミン酸に対する応答、(B)は、
Os-gel-HRP膜が修飾された微小電極アレイから得られた同じく1 mMの過酸化水素に対する応
答 で あ る 。 ど ち ら の 場 合 で も 、 応 答 電 流 が ば ら つ い て い る が 、 こ れ は 電 極 と 接 し て い る
Os-gel-HRP層の働きに大きく依存していることを示している。
任意の電極から得られた応答電流の濃度依存性をFig. 5-13 に示している。センサー応答の信 頼性向上のためには、第一に感度のばらつきを抑えていく必要がある。感度のばらつきの原因と しては、電極間のクロストークや酵素、メディエーターの固定量が大きく関与するものと考えら れる。そこで本項では、電極構造を変化
させたときの微小電極アレイにおける応 答電流のクロストークと個々の電極の反 応量について検討した。
電極構造の違いによる応答電流のクロ ストークの違いを検討するために、電極A
(電極サイズ30×30 µm2、電極間隔180 µm)と電極B(電極サイズ10×10 µm2、 電極間隔60 µm)の二種類を作製した。
各電極の評価には、1 mM の水溶性フェ ロセンを用いた。各電極への印加電位は、
600 mV vs. Agとした。Fig. 5-14には、
Fig. 5-12 The time course of current for the 64 electrodes immobilized with GluOx/Os-gel-HRP films when measuring 1 mM of L-glutamate (A), immobilized with Os-gel-HRP film when measuiring 1 mM of hydrogen peroxide (B).
任意の電極を選択し、任意の電極のみに 電位を印加した場合(A1、B1)と、64 個 に 電 位 を 印 加 し た 場 合 (A1/64、
B1/64)の応答電流を比較している。電
極Aから得られている結果は、Fig. 5-6 で示した結果と同じものである。A1 に
比べて、A1/64の方が、時間が経過する
につれて電極ごとに生じる拡散層が重 なり合うため、応答電流は減少する。電 位印加後、290秒後の応答電流値から計 算された減少する割合は、約 20%であ った。一方、電極Bの場合でも、B1に
比べて、B1/64 の方が応答電流値は小
さく、その減少する割合は、約 40%で あった。電極 A と電極B では、電極 A の方が個々の電極サイズは大きいが(電 極Bの9倍)、電極間隔が広い(電極B の 3 倍)。このため、拡散層の重なりが 電極 B に比べて小さいことが考えられ る。このため、電極Aの方が、隣り合う 電極によるクロストークの影響が小さ くなっていることが考えられる。次に、
酵素−電子移動メディエーター膜が修飾 された微小電極アレイのクロストーク について検討した。
酵素−電子移動メディエーター膜には、
Os-gel-HRP膜を用いた。電極は、上記 の検討と同じ二種類の電極を、測定試料 には、1 mMの過酸化水素溶液を用いた。
印加電位は、-50 mV vs. Agとした。Fig.
5-15 に測定結果を示す。電極Aの場合 では、A1に比べて、A1/64の方が応答 電流値は小さいものの、その減少率は約 10%であった。一方、電極 B の場合で も、B1に比べて、B1/64の方が応答電
Fig. 5-15 Time courses of oxidation currents obtained from the optional electrode (A1&B1) potentiating only each optional electrode, (A1/64 & B1/64) potentiating all electrodes when measuring 1 mM of hydrogen peroxide. Applied potential to each electrode was -50 mV versus Ag.
Fig. 5-14 Time courses of oxidation currents obtained from the optional electrode (A1&B1) potentiating only each optional electrode, (A1/64 & B1/64) potentiating all electrodes when measuring 1 mM of aq-ferrocene.
Applied potential to each electrode was 600 mV versus Ag.
Fig. 5-16 Cyclic voltammograms obtained from one of the multi-channel electrode modified with Os-gel-HRP film: electrode size 30×30 µm2 (A), 10×10 µm2 (B).
流値は小さくなる傾向は同様であるが、その減少率は約 60%であった。また、電極 A から得ら れた応答電流値の平均値は、1.45 nAであったのに対し、電極Bから得られた応答電流の平均値
は0.067 nAで、これは電極Aから得られた結果の約20分の1であった。しかし、個々の電極
の面積比は、電極A:電極B=9:1であることから、この平均電流値の違いは、電極サイズ以外 の因子が寄与しているためであると考えられる。そこで、電極A、電極Bの個々の電極上の反応 量を計算するために、PBS中でオスミウムのサイクリックボルタンメトリーを行った。その結果 をFig. 5-16に示す。
電極Aと電極Bの電荷量は、Fig. 5-16で示したCVの縞模様の部分で表される。電荷量をそ れぞれ計算したところ、1.01×10-9 C、0.12×10-9 Cであった。電極面積は、それぞれ900 µm2、 100 µm2であるので、単位面積当たりの電荷量は、1.12×10-12 C/µm2、1.20×10-12 C/µm2と なり、ほぼ同じであることが分かった。これは、電極近傍のオスミウムのみが反応していること を示唆しており、酵素−メディエーター膜が修飾された場合では、応答電流がより電極間隔に依存 することが分かった。また、Fig. 5-14、5-15 を比較するとどちらも一電子反応系であるのにも かかわらず、Os-gel-HRP 膜が修飾された電極の方が小さな電流値を示している。これは、膜に よる過酸化水素の電極近傍への拡散阻害だけでなく、電極から離れたHRPは電気的に接続されて おらず、酵素活性が再生されていないためであると考えられる。
このような観点から考えるとセンサーをアレイ化し、高精度な測定を行うためには、酵素膜は 電極アレイのすべてを覆うのではなく、電極ごとを覆う必要があると考えられる。電極ごとへの 電子移動メディエーターや酵素の固定は、電解重合など古くから行われている方法でも可能であ る。また、電極間でのクロストークを抑制するための工夫が必要であり、電極サイズ、電極間隔 は、同時計測を行う上で最も重要なパラメータであることが分かった。