第 2 章 前反応器−電気化学検出器集積型マイクロセンシングデバイス
2.3 結果と考察
2.3.4 カテコールアミンの高感度・高選択検出用センシングデバイスの作製と評価
2.3.4.4 酵素分解型反応器の改良と DA の選択検出
酵素分解型反応器は、用いる酵素の 基質である測定妨害物質のみを分解さ せることが可能である。このため、カ テコールアミン類のような電気化学活 性を有するものを検出したい場合に有 効である。Glu の選択検出用のデバイ スでは、酵素分解型反応器を用い、100 倍濃度のAAの影響を抑制し、1 µMの Glu を検出することが可能となった。
しかし、血中カテコールアミン類を測 定する場合には、AA やUA が 50000 以上の濃度が存在する中から、Glu 濃 度の1000 分の1以下の濃度を選択的 に検出しなければならず、より高効率 に妨害物質を分解できる反応器が必要
となる。しかしながら、センシングデバイスにおける最終的な選択比は、反応器の性能のみに決 定されるものではないため、検出電極における測定対象物質と測定妨害物質の反応性の違いも評 価する必要がある。そこで、酵素分解型反応器の改良と DA の選択検出を試みる前に、IDAE に おけるDAとAA の感度の比較を行った。その結果をFig. 2-20に示す。この結果は、流速が 2
µl/min.のときの、DA、AA から得られた応答電流を DA から得られた応答電流値で規格化した ものである。DA、AA濃度は、10~100 µMの範囲で変化させた。測定は、デュアルモードで行 った。Fig. 2-20より、AAの応答はDAのそれと比べて小さいことが分かる。DA、AAの平均値 からDAの応答に対するAAの応答の比を計算したところ、6%であった。一方、シングルモード で同様な実験を行い、応答比を計算したところ、16%であった。これは、デュアルモードの場合 では、DAはレドックスサイクリングによって応答が増幅されるのに対し、AAはレドックスサイ クリングが起こらず応答が増幅されないため、選択比が増加することを示している。従ってIDAE によるDAなどのカテコールアミンの応答の増幅は、選択性の向上にも寄与する。また、DA、AA のどちらも二電子反応系にもかかわらず、シングルモードの場合にでも選択比が生じている原因 については、電極表面の活性が低下していることが原因として考えられる。通常、測定前(素子 の組み立て前)には、酸素プラズマにて電極の前処理を行っている。しかしながら、よりバック グラウンド電流の傾きを小さくする(フラットにする)ために、バッファーを流しながら電位を 印加したまま、数時間放置する。この工程によって、電極表面の活性は低下する。この結果、DA に比べて電子移動速度の遅い AA の反応性が低下し、その結果選択比が生じているものと考えら れる。
次に、前反応器の改良を行い、Fig. 2-21に示すような構造の反応器を作製した。縦40 µm、
横20 µm、高さ20 µmの柱状突起を20 µm間隔に互い違いに配置した。柱状突起は、厚膜のフ
ォトレジストを用いて作製した。Gluの選択検出用デバイスでは、反応器内に直径20 µmの円柱 型微小突起を20 µm間隔で形成したが、角柱を並べることにより、液の流れがより直線的となり、
枝分かれした液同士が正面から混じり合うため、酵素と基質(AA)との接触効率が高まるものと 考えられる。また、前回作製した反応器の内容積は約85 nlであったが、固定する酵素量を増加 させるために、今回作製した反応器の内容積は約440 nl と、前回の約5倍に増加させた。この ような変更を行ったのは、Gluの選択検出を検討した際に、ユニット数(1ユニットは1分間に
1 µmolの基質を分解できる酵素量)が、100 µMのAAを分解するのに十分であったのにもかか
わらず、十分な除去効果が得られなかったためである。この原因として、流れの中では見かけの Kmが低下していることが考えられる。このため、反応器の内容積を増加させ、固定する酵素量を 増加させることにより、みかけのKmの低下を補うことを目的としている。 Fig. 2-21(B)は、酵 素膜が均一に微小突起を覆っていることを示している。酵素膜は、微小突起表面を酸素プラズマ で処理した後に、BSA溶液(2%)に溶解したAOxをGA溶液(0.2%)と混合し、キャスト、
乾燥して得られた。さらに酵素膜の膜厚を調べるために断面を観察したところ(Fig. 2-21(C))、
0.1~1 µmであることが分かった。薄い酵素膜が均一に形成されているため、液の流れを阻害す ることなく、反応器全体にわたって均一な液の流れが得られるものと考えられる。
続いて、酵素反応器の性能評価を行った。AA濃度を変化させ、そのとき得られる応答電流値の 大きさから除去効果を調べた。AA溶液は、2 µl/min.で導入した。Table 1に反応器の有無によ って得られた応答電流値をまとめた。反応器を用いた場合、AA濃度が10 µM のときに0.01 nA の応答電流値が得られた。これはDAが100 pMのときに得られる応答電流値と同じであること から、DAに対しては、AAに比べて100000倍感度が良いという計算になる。実際に、DA 1 nM
とAA 10 µMを混合した溶液を測定した場合では、DA 1 nMのみを測定した場合と応答電流値
がほぼ同じであったため、10 µMのAAは、反応器によって1 nMのDAに対する感度以下の濃 度にまで低減されていると考えられる。すなわちこれは、10000倍濃度のAA存在下で1 nMの DA を検出できたことを示している。これは、筆者が調べた限り、連続測定系のシステムとして は、最高の選択性である。AA濃度が10、100 µMのときの除去効率を、本検討で得られた電流 値から計算したところ、それぞれ99.7、98.0%であった。
Table 1 The response current obtained at the IDAE with and without the pre-reactor.
Response current (nA) AA concentration (µM)
Without pre-reactor With pre-reactor
1 0.3 0
10 3.5 0.01
100 37 0.75
Fig. 2-21 SEM images of micropillars modified with the enzyme film and arranged with hounds-tooth pattern (A), enlarged image of a micropillar (b), and enzyme film on a micropillar (C).
以上のように、AAに対して高い選択比が得られたのは、今回の変更点である、微小突起の形状、
配置の変更、酵素固定量の増加が原因であると考えられる。µ-TASの分野では、微小ミキサーと してT 字流路を用いたものが報告されているが[38、39]、これは微小空間では短時間に拡散が 終了し、流路内で濃度が均一になる効果を利用したものである。今回作製した反応器構造は、T 字流路がいくつも形成された構造ということができ、基質である AA と反応生成物である DHA の濃度分布がミキシング効果により均一化すると同時に、固定された酵素(AOx)と AA との接 触効率を高めているものと考えられる。本酵素反応器は、用いる酵素を変えることにより他の測 定妨害物質に対して使用することができる。筆者は、UA の影響を排除して DA 濃度を選択的に 測定するため、微小突起上に UA の分解酵素であるウリカーゼと、UA とウリカーゼとの酵素反 応によって生成される過酸化水素の分解酵素であるカタラーゼを固定した反応器と電気化学検出 器を積層化させたデバイスについて報告している[40]。UA の除去効率は、約80%と十分では ないが、ウリカーゼ、カタラーゼの組み合わせが UA の除去に有効であること示した。反応器が 形成されたチップを積層することによって多段階にわたって複数の測定妨害物質を除去すること ができるようになり、今後より選択性の高いデバイスを構築することが可能となると考えられる。