6.1本研究のまとめ
生体機能や疾病メカニズムの解明や病気の診断等を実現するためには、生体情報の伝達を担う 分子を実時間で測定する技術の確立が必要である。これを実現するには、センシングデバイスの 微小化、様々な機能の集積化、要素技術の性能向上が必要である。本研究では、生体分子の連続 測定に向けて、測定妨害物質除去用の反応器と電気化学検出器を集積したマイクロセンシングデ バイスの作製・評価を行うとともに、デバイスを構成する反応器、検出器の高機能化について、
材料的な観点から検討を行った。また、生体情報の付加価値をより高めることを目的として、局 所的な濃度変化を単一の検出器で計測するだけでなく、多点で同時に計測することを想定した微 小電極アレイの電気化学特性についても検討を行った。主な検討結果を以下にまとめる。
(1)前反応器−検出器集積型マイクロセンシングデバイスの作製と評価
測定妨害物質を除去するための電解酸化型、酵素分解型の二種類の反応器と電気化学検出器と を微小流路内に集積したマイクロセンシングデバイスの作製・評価を行った。測定妨害物質のモ デルとして生体内濃度の高いL-アスコルビン酸(AA)を用いた。このため、酵素にはアスコルビ ン酸酸化酵素(AOx)を用いた。反応器内部に多数の微小突起を形成した構造を用いることによ り、反応効率が向上した。これは、測定妨害物質と電極、あるいは酵素との接触面積、接触回数 が増大したことによるものと考えられる。電解酸化型と酵素分解型では、酵素分解型の方が高い 除去効果が得られたため、これをグルタミン酸検出用電極と集積したところ、100 倍濃度の AA 存在下でグルタミン酸を検出することができた。また、反応器の内容積が85 nlと微少量である ために、反応器を集積することによる応答時間(時間分解能)の低下は認められなかった。つぎ に反応器の特性向上を目的として、接触効率が高まるように内部構造を変更した。一つ目の変更 として、溶液の流れを乱すことができるように矩形型の突起を互い違いに配列させた。二つ目の 変更として前反応器の内容積を85 nlから440 nlに変化させた。内容積を増加したのは、送液 系では、酵素の見かけ上のKm が低下するため、これを補うためである。この反応器にも同様に AOxを修飾した。微小くし形電極(Interdigitated Array Electrode: IDAE)をカテコールアミ ン検出用電極として集積したところ、10000倍濃度のAA存在下でカテコールアミンの一種であ るドーパミン(DA)を検出することに成功した。このとき、カテコールアミンに対する検出限界
は、DAは108 pM、アドレナリン(AD)は440 pMであった。これは報告されているカテコー
ルアミン連続測定用のセンシングデバイスでは最も高い検出感度である。このような高い感度が 得られたのは、電気化学セルのマイクロ化により層流状態が形成され測定ノイズが低減するとと もに、単位時間当たりの物質輸送量が増加したことによる。
(2)モノリスシリカを用いた酵素反応器による測定妨害物質の除去
前反応器の性能向上を目的として、モノリスシリカを酵素固定担体に用いた酵素反応器を作製 した。ゾル−ゲル法を用いてガラスキャピラリー内にモノリスシリカを作製し、その表面に酵素
(AOx)を固定した。作製したモノリスシリカは、直径が1~10 µmのスルーポアと表面にメゾ 孔を有しており、酵素を固定する環境として適していることを SEM 観察により確認した。酵素 は、酵素溶液をモノリスシリカ内部に流しながら物理吸着により固定した。この方法では固定力 は弱いものの、酵素の高次構造の破壊による失活を抑制することができる。AA溶液を送液し、酵 素反応器内で分解されずに残ったAAの電流値の大きさから除去効率を評価したところ、AA濃度
が100 µM のとき、99.8 %という高い除去効率が得られた。これは、ランダムな三次元構造が
AAとAOxとの接触効率を高めたことが主な原因として考えられる。酵素反応器の長さを増加さ せても除去効率の向上が認められなかったが、これは、測定試料中の酸素不足や生成物濃度の増 加により、長さ方向に酵素反応効率が低下していることが原因として考えられる。モノリスシリ カ酵素反応器は、高い除去効率を示したものの、一方で測定対象物質の一つであるカテコールア ミンに対する測定感度を低減させてしまうことも分かった。これは、送液がスムーズに行われて いないことや、カテコールアミンがモノリスシリカの内壁に吸着していることが原因として考え られる。今後は、測定対象物質の輸送に影響を与えないためのモノリスシリカ表面の電荷の制御 や、スムーズに送液を実現するためのスルーポア構造の最適化を行う必要がある。また、より安 定に酵素固定する方法についても検討を行う必要がある。
(3)金属酸化物電極による生体分子の選択検出と金属電極との複合による高機能化
高選択検出を実現するためには、前反応器の性能向上を図ると同時に、検出電極にも選択性を 付与することが必要であると考え、インジウム・スズ酸化物(Indium Tin Oxide: ITO)に着目 し、これをセンシングデバイスに適用するための電極構成、作製法を検討した。また、今後の電 極材料の開発における指針を得るため、ITO の構造解析、組成分析を行った。ITO 薄膜をスパッ タ法により成膜し、フォトリソグラフィーにより加工した電極について、カテコールアミンに対 する選択性の評価を行ったところ、スパッタ直後の電極に比べて選択性は低下するものの、カー ボン電極に比べてAAや尿酸(UA)の酸化反応を抑制し、カテコールアミンに対して高い選択性 を有していることを確認した。スパッタ直後の膜に比べて選択性が低下したのは、フォトリソグ ラフィー中のアルカリ処理により、ITO の表面電荷が変化し、リン酸イオンの吸着量が減少した ためではないかと考えられる。組成分析を行ったところ、フォトリソグラフィー後のITO表面は、
スズの濃度が低下していることが確認された。以上の結果から、フォトリソグラフィー前後での 選択性の変化は、吸着しているリン酸イオンの量や表面の金属組成が関与していることが示唆さ れた。ITO 電極上では、カーボン電極や金電極に比べてカテコールアミンの酸化還元サイクル効
率が低いことがわかった。このことから、ITOのみでIDAEを作製し、高感度化するのは困難で あると考え、ITOを酸化電極、金を還元電極としたヘテロIDAE(ITO-gold IDAE)を作製した。
このような電極構成により、AA やUAはITO によって酸化反応が抑制され、カテコールアミン はITOと金との間で酸化還元サイクルを生じるため、この二つの効果によって選択性が向上する。
還元電極の候補としてはカーボン電極も挙げられるが、作製上の容易さの観点から今回は金を採 用した。ITOのみでIDAEを作製するよりも、還元電極として金を用いることにより捕捉率が向 上した結果応答が増幅され、AA、UAの応答をDAのそれに対して、それぞれ5%、6%にまで抑 制することができた。この結果は同じサイズのカーボン電極からなるIDAEから得られた結果を 上回るものであった。今回は、電極幅が10 µm、電極間隔が5 µmのIDAEを作製したが、電極 サイズを微小化することにより、性能の向上が期待できる。
(4)微小電極アレイによる生体分子の多点計測
より正確で付加価値の高い生体情報を取得することを目的として、64個の微小な電極を集積し た微小電極アレイを作製した。同一種類のセンサーを並べて同時に測定を行うことにより、デバ イス全体としての測定データの信頼性が向上する。また、細胞などの生体組織における生体分子 の放出挙動を多点で追跡することも可能となることが期待される。64個のバイオセンサーを簡便 に作製するため、本研究では、酵素膜の修飾は電極アレイ上の全面を覆うように行った。このよ うな酵素修飾微小電極アレイを用いて、グルタミン酸や過酸化水素の二次元的な濃度分布をリア ルタイムにモニターすることが可能であることを示した。酵素膜過酸化水素やグルタミン酸溶液 を用いて局所的な濃度分布を発生させ評価を行ったところ、約200 µmの位置分解能を確認した。
しかし、個々の電極応答についてはばらつきが大きく、今回の検討では酵素−電子移動メディエー ター層として用いた HRP を含むオスミウムポリマー膜の性能に依存していることが確かめられ た。個々の電極の性能を近づけるためには、電極ごとに修飾膜を形成していく方が望ましく、電 解重合や電気メッキ、自己組織化膜などの手法によるセンシング部の構築が必要である。
6.2本研究の今後の展開と結言
本研究では、生体分子濃度を連続的に測定するために、反応器や検出器を集積した単純なデバ イスやそれらの要素技術を高機能化するための検討を行ってきた。特に電気化学測定の妨害とな る易酸化物質の影響を排除するための反応器や検出器の検討を行ったが、これは一つのモデルケ ースであり、今後は多種多様な物質が含まれる実試料を想定した研究を進めていく必要がある。
µ-TASの分野では、多くの研究者がそれぞれ要素技術の検討を進めているが、概念の創出に終わ
ることなく、より実際に近い系でその性能を検証することが重要であると考える。
本研究の検討結果から、分子同士の相互作用をより深く検討することがデバイスの性能を向上