第 5 章 微小電極アレイの作製と生体分子の多点同時計測
5.3 結果と考察
5.3.2 微小電極アレイを用いた生体分子の多点計測
5.3.2.1 過酸化水素の濃度分布計測
一般にバイオセンサーでは、電気化学活性のない物質の濃度は酵素を用いて電気化学活性を有 する過酸化水素に変換し過酸化水素量から定量される、あるいは酵素反応の際に消費される酸素 の変化量から定量される。そこで、今回は過酸化水素の局所的な濃度変化の計測を試みた。微小 電極アレイ上に、西洋わさびペルオキダーゼ(HRP)を含むオスミウムポリマー(Os-gel-HRP)
[15]をキャスト法により修飾した。本ポリマーは、オスミウムを電子移動メディエーターとし、
過酸化水素濃度を0 mV以下の電位で測定することができる。過酸化水素と本ポリマーとの酵素
−メディエーター反応は、下記の反応式で表される。
H2O2 + 2Os2+ + 2H+→ 2Os3+ + 2H2O (HRP) Os3+ + e- → Os2+
HRPは、過酸化水素を酸化剤として基質の酸化反応を触媒する酵素である。酵素反応後、HRP は、二価のオスミウムから電子を受け取り、電子状態が元に戻る。酸化されたオスミウム(三価)
は、電極上(印加電位0 mV以下)で還元される。このとき得られる還元電流値から過酸化水素 濃度が定量される。
本実験では、銀参照電極に対して-50 mVの電位を印加して測定を行った。個々の電極におい Fig. 5-7 Comparison of the time course of the oxidation current obtained from electrode No. 3. (A) potentiating only No. 3 electrode, (B) potentiating No. 3 and eight electrodes adjacent to it, (C) potentiating No. 3 and the other 63 electrodes.
Fig. 5-8 (A) Schematic representation of a measurement system using the beads modified with catalase. (B) Photograph of the 64-channel electrode modified with Os-gel HRP film after applying the beads. (C) Time course of the reduction currents obtained at the electrode near and far from the beads. The concentration of the hydrogen peroxide was 10 µM.
て別々に動作することを確認するために、以下のような過酸化水素の濃度分布イメージングを行 った。Fig. 5-8に測定系と測定結果を示す。局所的に濃度変化を生じさせるため、Fig. 5-8(A)に 示すように10 µMの過酸化水素溶液を測定中に、過酸化水素の分解酵素であるカタラーゼが固定 された直径10~100 µmのガラスビーズを電極上へ滴下した。これにより、ガラスビーズ付近で は過酸化水素が分解され、濃度が減少する。カタラーゼによる過酸化水素の分解反応は以下の通 りである。
2H2O2 → 2H2O + O2 (Catarase)
カタラーゼは、過酸化水素を触媒にしながら過酸化水素を水と酸素に分解する酵素である。
Fig. 5-8 (B)は、微小電極アレイとアレイ上に滴下したガラスビーズの写真を示している。写真 では、気泡が見られているが、これは、過酸化水素とカタラーゼとの反応により生成した酸素に 起因するものと考えられる。局所的な濃度の違いを観測できているかどうかを確認するために、
ビーズの近くの電極とビーズから離れた電極をそれぞれ一つずつ選択し、それぞれから得られた
電流値を示したのがFig. 5-8 (C)である。ビーズから離れた電極では、還元電流に変化は認められ ないのに対し、ビーズに近い電極では、過酸化水素の分解により、ビーズを滴下直後(測定開始 後約 70 秒)から還元電流が減少し、その後、一旦電流値は回復するものの、徐々に電流値が減 少する様子をモニターすることができた。今回作製した微小電極アレイは、それぞれの電極の間 隔が数百µm オーダーであるが、濃度分布をリアルタイムに計測することが可能であることが分 かった。
5.3.2.2 グルタミン酸の電気化学イメージング
前項で、微小電極アレイにOs-gel-HRP膜を修飾することにより、過酸化水素の局所的な濃度 変化を検出できることを示した。このことから、Os-gel-HRP 膜の上に、酵素反応によって過酸 化水素を生成する酵素を固定することにより、その固定した酵素の基質を検出することができる。
そこで、次に微小電極アレイの有用性を確認するために、神経伝達物質の一つであるグルタミン 酸(L-glutamate)の電気化学イメージングを行った。グルタミン酸は、グルタミン酸酸化酵素
(Glutamate oxidase:GluOx)により、過酸化水素とケトグルタミン酸(α-ketoglutarate)
を生成する[7]。
L-glutamate + O2 + H2O → α-ketoglutarate + H2O2 (GluOx)
GluOxは、牛血清アルブミン(BSA、
2%) と グ ル タ ル ア ル デ ヒ ド (GA、 0.2%)を用いて、Os-gel-HRP 膜上に キャスト法により固定した。グルタミ ン酸の測定の際には、各電極への印加 電位を過酸化水素の検出電位と同じく -50 mV vs. Agに設定した。
はじめに、GluOx/Os-gel-HRP 積 層膜を固定した電極の検出感度につい て検討した。Fig. 5-9 には、グルタミ ン酸濃度を1 µM~1 mM まで変化さ せたときの検量線を示している。この 結果は、各電極から得られた還元電流 値の平均値をプロットしたものである。
グルタミン酸の濃度が増加するに従い、
還元電流値も増加し、1 µM から 100
Fig. 5-9 The calibration curves of L-glutamate from 1 µM to 1 mM. The curve was obtained by the current measured at -50 mV versus Ag 270 sec. after injecting the sample.
µMの間では、良好な直線性が得られた。この結果は、Os-gel-HRP膜のみが修飾された電極を用 いて過酸化水素を測定した際の検量線とほぼ同じであったことから、GluOx層においてグルタミ ン酸が過酸化水素に高効率で変換されていることが分かる。グルタミン酸濃度が100 µM以上の 範囲では、還元電流値は飽和する傾向が認められた。これは、Os-gel-HRP 層と電極との間の電 子移動過程が律速になっているためであると考えられる。1 µMのときに1.1 pA(S/N=3)が 得られた。
次に、グルタミン酸の電気化学イメージングは、以下に示す手法により行った。Fig. 5-10(A) に、測定系の模式図を示している。はじめに、シリコンゴムの液溜めにPBSを入れておき、先端 を延伸させたガラスキャピラリーを挿入した。ガラスキャピラリーの先端は、Fig. 5-3(B)で示し た電極模式図のNo. 4とNo. 5の間に配置した。ガラスキャピラリーの先端の位置(高さ方向)
は、マニピュレーターを用いてGluOx/Os-gel-HRP修飾微小電極アレイから250 µm離れた位 置に設定した。次に、電位を印加し、電位印加後30秒経過した後に、グルタミン酸溶液(100 µM)
をガラスキャピラリーから16 µl/min.の速さで放出した。次に、電位印加後150 秒後に、ガラ スキャピラリーの先端の位置を電極表面に沿って550 µm/sの速さでNo. 36とNo. 37の電極 の間に移動させた。Glu溶液の放出は、270秒間継続した。
Fig. 5-10(B)は、No. 4、5、36、37 の電極から得られた応答電流値の変化を示している。
No. 4、5から得られた応答電流は、グルタミン酸溶液放出直後から増加し、200秒後にベースラ
インに戻っている。一方、No. 36、37 から得られた応答電流値は、150 秒後から増加し、230 秒後付近からほぼ一定の値を示した。No. 4、5、36、37 から得られた定常電流値は、ほぼ同じ であることも確認された。
Fig. 5-10 (A) Schematic representation of L-glutamate injection near the array from a fused silica capillary. (B) The time course of reduction current obtained from electrodes Nos. 4, 5, 36 and 37. The potential of each electrode was held at -50 mV versus Ag.
Fig. 5-11には、微小電極アレイ全体でのグルタミン酸濃度の二次元分布の経時変化を示して いる。この図は、濃度が低いところから高いところまで8つの色で分けた等高線プロットである。
Fig. 5-11の最初のパネルで示しているように、64個の電極は、交点に位置している。グルタミ
ン酸が放出されるに伴い、青色から赤色に変化しているが、放出地点から等方的に濃度が高くな っている様子が分かる。このような二次元濃度マッピングの結果は、本研究における微小電極ア レイシステムが、リアルタイムに生体分子の濃度分布を捉えられることを示した。