第3章 ディジタル通信方式
3.4. 適応等化による最適化
等化とは,通信路特性の逆特性を持つフィルタを構成すること,すなわち,通信路とこのフィルタを 通過した信号がフラットな周波数特性を持つような特性を持つように構成することである。水中音響 通信においては,送波器及び受波器が周波数特性を持つので,これらの特性も含めた等化を行う ことになる。また,時々刻々変化するような時変通信路において,時々刻々とその通信路特性の逆 特性を算出しつつフィルタを構成していくことを適応等化と呼ぶ。等化には,線形フィルタを用いる 線形等化と,非線形フィルタを用いる非線形等化がある。
3.4.1. 線形適応等化
線形等化は,線形フィルタを用いて行う。線形適応等化フィルタは,過去の時点における複数の重 み付けされた信号標本値の合成により,当該信号が伝送された通信路の特性を補償するためのも のである。Fig.3-4に線形適応等化フィルタの構成例を示す。サンプリングされた受信信号を入力とし,
時間t の遅延タップで遅らせて,それぞれのタップの出力に対し,適当な値で重み付けして合成す ることにより,等化を実現している。
本研究では,自律型巡航無人探査機「うらしま」に搭載することを目的として,20 kHz鉛直方向通 信用にシングルチャンネルアダプティブフィルタを構成し,これを用いて復調器を構成し,海域実験 を実施した。Fig.3-5にブロック図を示す。
t t t
decision
-output input
variable weight circuit adaptive update
circuit of
filter tap coefficient
S
Fig.3-4. Linear adaptive equalizer.
I-ch
Q-ch
cos(2πfct) sin(2πfct)
⊿θ(k) θ(k)
^d(k)
r(t)
d(k)
Adaptive equalizer (LMS) LPF
LPF
Rotate(θ) Carrier tracking
Decision Rotate(-θ)
↓
↓
: Down sample to symbol rate.
↓
Fig.3-5. Block diagram of a demodulator using a single channel adaptive filter.
受信信号r(t)を直交検波により,ベースバンドに変換する。このとき,fcの二乗の項が発生するが,
ローパスフィルタでこれをカットする。シンボルレートにダウンサンプリングした系列をアダプティブ フ ィルタ によ り構成した イコライザ部に入力し ,Fig.3-4の処理を行う。ただ し,Fig.3-4の判定
(decision)部の出力信号を用いてキャリヤトラッキングを行い,このキャリヤトラッキングユニットにより
算出した補正量を用いて位相補償を行い,信号判定を行う。アダプティブイコライザへは,位相補償 分を戻した誤差信号をフィードバックし,イコライザのタップ係数を更新する。
3.4.2. 非線形適応等化
非線形適応等化には,非線形フィルタを用いる[39]。
- 32 -
~d
+
Ts/2
+ r1(t+N1Ts/2)
+
+ a1(n)
aK(n)
b(n)
--
DecisionTraining sequence rK(t+N1Ts/2)
FFF FBF
DPLLs
+ Carrier Phase
compensator
Parameter update e-jq^K(n)
e-jq^1(n)
d(n)^
e(n)=d(n)-d(n)~ ^
Fig.3-6. Block diagram of multichannel DFE.
マルチチャンネル判定帰還型等化器(M-DFE: Multi channel decision feedback equalizer)を用 いた受信機のブロック図をFig.3-6に示す[40-42]。この受信機は,フィードフォワードフィルタ (FFF: Feed forward filter)部,フィードバックフィルタ(FBF: Feedback filter)部,搬送波位相補償 部,及びパラメータ更新部から成る。まず,受信機は本章で説明するスタートコードを用い て,復調開始ポイントを決定する。FFF部は,チャンネル毎に,適応マッチドフィルタリン グ及び符号間干渉(ISI: Inter-symbol interference)を取り除くための線形等化を行う。FFF部への 入力信号は,TS/2(TS: シンボル間隔)間隔でサンプリングされ,FFF部の出力はシンボル間 隔ごとに足し合わされてFBF部へ渡される。このタイプのフィルタは,分数間隔タップ配置 型等化器と呼ばれ,1/TSに帯域制限された信号の処理に適した方式である。これによって,
FFF部によりISIを除去することが可能となる。
この後段に配置されるのは位相補償器である。受信機はチャンネル数と同等の数のディジ タル位相ロックループ(DPLL: Digital phase locked loop)回路を持つ。最後のステージはFBF部 である。各チャンネルの信号は足し合わされてFBF部へ入力される。FBF部は遅延波のレプ リカを生成する。FBF部の出力を,合成された位相補償回路の出力から引くことにより,マ ルチパス波成分を取り除く。
本受信機は,Kチャンネルの入力を持つ。時刻nTSにおける,FFF部のk番目のチャンネル のタップ係数,及び FBF 部のタップ係数は,ベクトル表現をするとそれぞれ式(3-7),(3-8) のように表すことができる。
( ) [
Nk]
k N k n = a- 1a 2
a (3-7)
( ) n = [ b
1 b
M]
b
(3-8)ここで,n は時間インデックスであり,整数である。
a
k( ) n
は,未来の N1/2 シンボルと過 去の N2/2 シンボルに対するタップ係数を表しており,a0k は時刻nTSにおけるk番目のチャ ンネルのタップ係数を示す。また,b(n) は,過去のMシンボルに対応する。一般的に,効果 的な等化のためには,FFFとFBFは,タイムスプレッドと同等の時間をカバーする必要があ る。FFFにおける過去のN2/2シンボル分のタップは,チャンネル間の遅延量を吸収するため のものである。時刻nTSにおけるFFF及びFBFの各タップの値は,ベクトル表現により,次 式のように表わされる。( ) [
k( )
k( ) ]
Tk
n = r nT
S+ N
1T
S2 r nT
S- N
2T
S2
r
(3-9)( ) n = [ d ~ ( n - 1 ) d ~ ( n - M ) ]
T~
d
(3-10)ここで,肩の Tは転置の意,rkは第 k チャンネルの受信信号,
d ~
は判定値をそれぞれ表す。
時刻 nTSにおいて,第k番目のチャンネルのFFF部は時刻 nTS+N1TS/2 から nTS-N2TS/2 の間 のデータを保持する。位相補償値
q
ˆkによって補正された第kチャンネルのFFF部の出力信号 と,FBF部の出力信号は,それぞれ以下のように表される。( )
k( ) ( )
k j ( )nk
n n n e
kp = a
*r
-qˆ , (3-11)( )
n( ) ( )
n nq =b* d~ . (3-12)
ここで,肩付のアスタリスクは,各要素の複素共役を示す。したがって,シンボルdˆ
( )
n の推 定値は次のようになる。( ) n p ( ) ( ) n q n
d
Kk k
-= å
=1
ˆ
(3-13)判定値は,Fig.3-2 及び Fig.3-3 に示すような各変調方式における信号点配置によって,直近 の信号点として選択される。
文献[9-11]に詳しい説明があるが,判定器を挟んでフィードバックループを構成するこ とにより,ISI除去の能力を上げている。フィルタタップ係数は,判定器の前後における信号 の差を最小にするようにアダプティブアルゴリズムにより逐次更新される。
( )
n d( ) ( )
n d ne = ~ - ˆ (3-14)
- 34 - ここで,d~
( )
nは推定されたシンボルであり,dˆ
( )
n はアダプティブフィルタの出力である。この誤差 e(n) が小さくなるということは,フィルタが通信路の逆特性を持つものとなり,
送信信号が復元されているということを意味する。実際には,e(n) が当該変調方式の信号点 間距離の 1/2より小さければ,間違ったシンボルとして復調されることはないので,エラー が生じないことになる。本復調器では,アダプティブアルゴリズムには最小二乗法(LMS:
Least mean square)を適用している。
このタップ係数をフィルタが収束状態になるように引き込むために,実際のデータに先 立ってトレーニングが実施される。トレーニングの間は,判定値の代わりに,受信機でも既 知のトレーニング系列によりタップ係数の引き込みが行われる。トレーニング終了後も,未 知のデータを復調した結果,すなわち判定値を用いて誤差の計算を行い,フィルタタップ係 数の逐次更新は続けられる。これにより,データ通信中の通信路の変動にもフィルタ特性が 追随していく。
3.4.3. 位相補償
何らかの形でシンボルのタイミングを検出し,そのずれを補償していくことで,ドップラや,復調器の クロックずれに起因する位相ずれを補償する。サンプリングのタイミングを制御する方式[12]や,パ ケット伝送の場合に,パケットの先頭で瞬時的な周波数ずれを計測し,そのパケットの間は周波数ず れが変わらないと仮定して算出し,固定的な補正をかける方式[23]などがある。本研究のアダプティ ブフィルタを用いた復調器には,位相補償ユニットを装備した。Fig.3-6において,DPLLsとして記述 されている部分が,位相補償を担う部分である。