4. 火山災害における避難指示と想定外リスク
4.4 避難ルール決定モデル
4.4.3 遡見による外延の設定
災害避難に関する多くの既往研究は,ある特定の災害シナリオを想定し,地域住民の避難行 動をシミュレートすることにより,被災地域で展開する避難行動全体の安全性を検討すること を目指している.このように,ある特定の災害事象を与件として,そこからある避難ルールを 採用したときに,どのような結果が生起するかを推論する行為を予見(prospect)と呼ぶ.こ れに対して,ある特定の避難ルールに対して,そのような避難ルールにより,住民の安全性を 確 保 で き る よ う な 災 害 生 起 パ タ ー ン の 集 合 を 求 め る と い う 逆 向 き の 推 論 行 為 を 遡 見
(retrodiction)と呼ぶ31).Eモードでは,噴火シナリオが時々刻々と絞り込まれる過程で,現 前で展開される状況がベンチマークとなる避難ルールによって対応できるか否かを見極める必 要がある.このとき,意思決定者は,ベンチマークとなる避難ルールによって,どのような噴 火シナリオに対応できるかをあらかじめ知っておけば,判断が容易になる.本章では,ベンチ マークとなる避難ルールで対応可能な噴火シナリオの集合を「外延」32)と呼ぶ.遡及に基づく 推論によって求めた外延に含まれる噴火シナリオの数ができるだけ大きくなるような避難ルー ルが,普遍化条件を満足するような避難ルールとして選択されることになる.このように外延 に属する噴火シナリオすべてに対して,同一の最適避難ルールを対応させる操作を普遍化と呼 ぶ.一方,ベンチマークとなる避難ルールの外延に属さないような噴火シナリオは,想定外の 事象と判断できる33).このような想定外の噴火シナリオに対しては,それに対応した避難ルー ル(以下,異常時対応ルールと呼ぶ)を検討しておくことが求められる.
図 4‐3
は,予見による普遍化の操作と遡見による外延化の操作の関係を示している.図の 左側にある点は,噴火シナリオを示しており,本章の文脈では火口の位置を示していると解釈 できる.一番内側にある白抜きの集合は,火山学や過去の履歴から蓋然性が高いと見られる火 口位置の集合である.こうした蓋然性の高い火口の発生区域は1次スクリーニングとして抽出 され,火山災害リスクを効率的に検討するための警戒区域と位置づけられるこのように1次ス クリーニングにより抽出された警戒区域を「1次想定による警戒区域」と呼ぶ.1次想定による 警戒区域を所与とした予見的推論から,普遍化条件を評価基準として,ベンチマークとなる最 適避難ルールを導出する.しかし,現実の火山噴火は,必ずしも警戒区域の中で発生するとは 限らない.事実,本章の実証分析でとりあげる有珠山の噴火の場合,現実の火口が警戒区87
図 4‐3 1次,2次想定による警戒区域と外延
域の縁辺部に出現した.このような事例を踏まえると,図 4‐3に示すように,警戒区域の外 側に,噴火リスクは大きくはないが,しかし無視はできないような警戒区域を設定した方が望 ましい場合もありえよう.このように,追加的に設定する警戒区域を「2 次想定による警戒区 域」と呼ぶことにする.ベンチマークとなる最適避難ルールは,蓋然性の高い1次想定による 警戒区域を対象として選択することが望ましい.最適避難ルールの決定方法は
4.4.4
で詳述す る.また,2 次想定による警戒区域も含めて,最適避難ルールにより無損害条件と危険回避条 件を満足するような噴火シナリオの集合である外延を検討しておくことも必要である.2 次想 定まで含めた外延を検討する方法は,4.4.5
で詳述する.さらには,異常時対応ルールを検討し ておく必要がある.異常時対応ルールに対しても,可能な限り多くの噴火シナリオに対応でき るような対応策を選択すべきとする普遍化条件が適用できる.4.4.4 1 次想定と避難ルールの決定
避難ルールは,1 次想定による警戒区域を検討対象として,外延に含まれる噴火シナリオが 多くなる普遍化条件を満足するものが選択される.いま,避難ルールの代替案 i(i=1,···,m)
の集合をI ,1 次想定による警戒区域に含まれるメッシュの集合をK1と表す.エナジーコーン モデルによる噴火シミュレーションを用いれば,n1=#K1通りの噴火シナリオの下での被災範 囲を推定できる.火口の位置がk ∈K1の場合の噴火シナリオ(以下,噴火シナリオkと呼ぶ)
の下で,避難ルールi∈Iが無損害条件,危険回避条件の両方を満足する場合dik=1であり,そ れ以外の場合はdik=0となるような変数を定義しよう.このとき,避難ルールiが無損害条件と 危険回避条件の両方を満足する噴火シナリオの数は,
D
i= ∑ d
ikk∈K1
と表される.Diは,普遍化条件に基づき望ましい避難ルールを選択する指標となる.
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図 4‐4 避難ルールの評価手順
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なお,無損害条件では,避難に要する所要時間があらかじめ設定した目標値を下回るかどう かが基準となる.噴火ハザードが現前化(火口の位置が判明)してから,現実に噴火が発生す るまでのリードタイムには不確実性が介在する.したがって,火口の位置と同様に,リードタ イムに関しても何らかの想定を設けざるを得ない.リードタイムに関する想定値に関しては,
既往の噴火履歴などを踏まえながら,例えば,最もリードタイムが短かった前例に基づいて決 定するなどの方法が考えられる.しかし,目標値以上のリードタイムが確保できるという保証 はない.したがって,市町村長は「設定した避難ルールが目標値のリードタイムが確保できる 前提において望ましい避難が可能である」という事実を考慮しつつ,その前提が成立しない場 合には,代替的な措置を講じる必要がある.以上の前提に基づくと,避難ルール選択のための 手順は,図 4‐4のように取りまとめられる.
Step 1 避難ルールの代替案を作成する.対象地域に居住する住民全員を避難指示の対象者 と考え,各地区ごとの避難先に関して複数の案を策定する.また,過去の噴火履歴 や火山学の知識等に基づいて,火口ができる可能性がある空間的範囲(1 次想定に よる警戒区域)を決定する.
Step 2 交通シミュレーションにより,Step 1で設定した避難ルールiの下での避難所要時間
と避難経路を計算する.避難所用時間には,避難準備のための時間と,避難移動の ために必要な時間の双方を含む.
Step 3 避難所要時間が所与の管理時間より長ければ,任意の噴火シナリオに対してdik=0
となるためDi=0とし,避難ルールi+1の分析のためStep 2に戻る.避難所要時間 が所与の管理水準以内であれば,次のStep 4に進む.
Step 4 火口の位置をk ∈𝐾1として,噴火シミュレーションにより被災区域を計算する.
Step 5 交通シミュレーションの避難経路と被災区域を照合し,危険回避条件を満足してい れば𝑑𝑖𝑘=1とし,さもなければ𝑑𝑖𝑘=0とする.Step 4に戻り,1次想定による警戒 区域に含まれるすべてのメッシュに対して,危険回避条件に対して評価するまで繰 り返す.
Step 6 Step 2からStep 5までをすべての代替案 i∈IについてDiを得るまで繰り返す.以 上の手順に基づき,すべての避難ルールiに対して,Diを求める.この時,最も大き いDiの値をとる避難ルールi∗が最適避難ルールとなる.
4.4.5 2 次想定と外延の同定
以上で求めた最適避難ルールi∗は,1次想定として設定する噴火シナリオな中で,できるだく 多くのシナリオに対して無損害条件,危険回避条件を満足するような避難ルールを意味してい る.しかし,選択された最適避難ルールが,1次想定のすべての噴火シナリオに対して,無損害 条件,危険回避条件を満足する保証はない.さらに,1 次想定による警戒区域に含まれない区 域に火口が現れる可能性も排除できない.2 次想定として設定した噴火シナリオに対して求め た最適避難ルールi∗は,2次想定に含まれるいくつかの噴火シナリオに対しても有効である(無 損害条件と危険回避条件を満足する)場合もあろう.本章では,1次想定,2次想定の区別に関 わらず,最適避難ルールが有効となるような噴火シナリオの集合を外延と呼ぶ.
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図 4‐5 2次想定と遡見による外延同定の手順
このような外延を同定する方法を提案する.2 次想定による警戒区域に含まれるメッシュの 集合をK2と表す.集合K2に含まれる要素の数は,n2 = #K2である.また,集合K1と集合K2の和 集合をK=K1∪K2と表す.いま,噴火シナリオk ∈K の下で,最適避難ルールによる避難行動 パターンが無損害条件,危険回避条件を満足するような噴火シナリオk ∈Kの部分集合Sを定義 する.このとき, 𝑆は,当該避難ルールの外延を規定する集合であり,Sに含まれる噴火シナリ オに対しては最適避難ルールを適用することになる.一方,集合F= K\Sに含まれる噴火シナ リオに対しては,最適避難ルールでは対応できず,代替的な,あるいは追加的な措置が必要と なる.集合Fを想定外集合と呼ぶ.以上の議論を踏まえると,遡見に基づく避難ルールの対応可 能な噴火シナリオの外延は,図 4‐5に示す手順によって同定できる.