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3. 火山災害の危機管理と意思決定構造

3.3 危機管理に関わる意思決定問題

3.3.2 危機管理のステージ展開

危機管理に関わる意思決定において,各関係主体の果たす役割や火山対応に関わる判断基準 や優先事項は,噴火発生前の平常時から,噴火の予兆が確認され,噴火が発生した緊急時を経 て,噴火が終息するまで,火山状況の時間展開に応じて変化する.

図 3‐4

では,火山災害の展 開状況をステージと呼び,ステージ毎に1)ステージ判断の根拠となる証拠,2)危機管理に関 わる意思決定,3)専門家の科学的・技術的判断,4)一般市民の対応内容について整理してい

る.1)の証拠については,火山活動状況に関わる証拠Iと地域における社会・経済活動に関わ

る証拠IIに分けて整理している.なお,現実には各ステージの内容が部分的に重複することも ある.また,ステージは必ずしも1次元的に進行するのではなく,例えばステージIII におい て災害がさらに激化し,より判断が困難なステージを新たに設けことや,ステージIVにおいて 新たな災害事象により再びステージ III に戻ることもあり得る.ここではあくまでも一つのプ ロトタイプを示していることを断っておく.

ステージ I は,噴火活動が始まる前の平常時の段階である.このステージでは,火山噴火に つながる火山活動の変化が確認されておらず,一般的な観点からハザードマップ等に基づいて,

すべての人命と財産の保護に関わる広範な災害対応が求められる.火山災害に関わる意思決定 者は,災害対策基本法(第42条)の規定に基づき,災害発生時の被害軽減に向けて地域防災計 画等を策定すると共に,その計画に基づいて避難対策・体制の強化,防災施設の整備,物資・

資器材の準備・拡充等の対応策を検討・実施する.また,火山災害に関わる専門家は,過去の 噴火記録や災害シミュレーションの結果に基づいて,噴火の発現特性やリスク要因について分 析する.併せて,関連分野の専門家と共に,災害時の対応策について協議・検討し,意思決定 者の防災対策を支援する.有珠山の事例でも,専門家の分析に基づいて,火山噴火の影響範囲 や噴火様式等のリスク情報を空間上に記載したハザードマップが作成され,防災計画の策定に 活用されている.住民等の関係者は,ハザードマップの情報等を踏まえて,噴火の発生に備え て避難訓練や物資の備蓄等の準備を行う.さらに関係者の間では,公式・非公式の協議を通じ て,災害時の対応策の適切性について様々な議論が展開する.3.5で述べる様に,こうした議

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図 3‐4 危機管理のステージ展開と意思決定 ステ ージⅠ

(平常期)

ステ ージⅡ

(予兆期)

ステ ージⅢ

(緊急及び変動期)

ステ ージⅣ

(安定期)

ステ ージⅤ

(復旧期)

火山活動 平常の火山活動 火山活動の活発化 災害現象(噴煙、火山灰、噴石、火砕流、土石流、火山ガス等)

噴火活動の減衰

噴火活動の終息

正常な観測データ 観測データの異常

(地震動の増加、地殻変動等)

噴火の目視・観測

(噴煙等)

噴火活動の減衰データ

(地震動の小康・減衰、地殻変動停滞等)

一般的な噴火リスクの分析・評価

(過去の噴火記録、災害シミュレー ショ ン等)

具体的な噴火リスクの推定

(噴火の規模・位 置・時刻・様式、

災害現象等)

災害リスクに応じた具体的な 対策の検討

(住民避難、入山規制、災害情報等)

一般的な災害対策の検討

(ハザードマップ作成、防災計画、

防災整備評価等)

噴火の規模・位置・時刻・様式の 特定(事前の予想との相違、ハ ザードマップの修正等)

緊急対策の検討

(住民避難等)

噴火活動の終息予測

応急対策の検討

(2次災害対応、避難解除等)

復旧・復興対策の検討

(復興計画等)

通常時意思決定モード(期待効用最大化原則等)

非常時意思決定モード

(マクシミン 原則等)

一般的な生命・財産の保護

災害リスクに応じた

生命・財産の保護 生命保護の優先

災害リスクに応じた 生命・財産の保護

被災エリアにおける 生命・財産の保護

一般的な災害対策

(防災計画の策定、避難体制の強化、

防災施設の整備、物資・資器材の準 備・拡充等)

災害リスクに応じた具体的対策

(注意喚起、避難勧告、入山規制、警戒 区域の設定等)

緊急災害対策

(災害対策本部の設置、避難指示、

捜索・救出活動、災害医療等)

応急災害対策

(避難所運営、物資調達、一時的な避難解 除、警戒区域の見直し、2次災害対応等)

復旧・復興対策

(公共施設の復旧、

住宅再建、地域経済再建、

復興計画の策定等)

一般的な防災準備

(避難訓練、物資の備蓄)

災害リスクに応じた具体的な準 備

(自主避難、災害弱者の避難介助等) 緊急避難

避難生活

(仮住居入居、避難区域への一時 入域、職場復帰、学校再開等)

生活再建

(住居再建、経済復興等)

噴火発生

通常時意思決定モード(期待効用最大化原則等)

平時の防災議論 当該の噴火に関わる議論

噴火活動や被害に関わる議論

(安全と生活とのトレードオフ) 復興・復旧に関わる議論 意思決定

モード

優先事項

災害対策

噴火活動の継続

噴火活動の監視

噴火活動の継続的評価

(カテゴリーの設定)

リスク 評価

災害対応 策の検討

住民行動

市民討議

正常の社会・経済活動 社会・経済活動の制限 社会・経済活動の停止 限定的な活動再開 通常活動への復帰 証拠Ⅰ

証拠Ⅱ

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論は,危機管理時の意思決定の正統性を担保する上で重要な役割を担う.

ステージIIは,火山活動が活発化し,噴火リスクが現実化する段階である.このステージで は,火山性微動の増加や地殻変動等,火山活動の活発化を示す諸現象が観測される.危機管理 に関わる意思決定者は,当該の災害リスクに曝されているエリアを対象にして,そこでの生命・

財産の保護を目的として,住民への注意喚起,避難勧告,入山規制等,具体的な対策を実施検 討する.ただし,この段階では,今後の噴火活動の展開状況が不明確であり,意思決定者にお いては,ハザードマップの一般的なリスク情報や防災計画で定められたプログラムに従って必 要な対策を実施するのが基本である.火山災害に関わる専門家は,火山活動の観測データに基 づいて,噴火の時期・位置・規模・様式等の不確実要因を推定・特定化し,ハザードマップに 示されたリスクの絞り込みや限定を行い,自主避難や避難勧告等により,住民等の関係者の生 命と財産の保全を図る.住民等の関係者は,気象庁や関連機関等の災害情報を踏まえて,火山 噴火を見据えた準備を行う.この様に,ステージIとステージIIでは,ハザードマップ等,災 害対応に関わる事前の計画に従って意思決定が為される.本章では,こうした意思決定モード を通常時意思決定モードと呼ぶこととする.通常時意思決定モードの内容や特徴については次 節で述べる.

ステージ III は,噴火が発生する可能性が高まる段階もしくはその噴火後に具体的な災害が 発生する段階である.ステージ III では,致命的な被害の脅威に曝されているエリアを対象に して,そこでの人命保護が最優先事項である.このステージでは,噴火活動の変化が激しく,

避難のためのリードタイムの確保が困難であることや,ハザードマップの想定を超える事態が 発生する等,防災計画上の災害想定と現実に発生した災害事象との相違が明確となる.このた め,地域住民の生命を保護するという観点から,強制力を伴う避難を選択・決定することとな る.有珠山噴火の事例においても,ハザードマップでは想定されておらず,直前の想定とも異 なった位置から噴火が発生した.火山災害の専門家は,火山噴火の実態や発現特性を一早く特 定化し,こうした事前の予想との相違点やそれを踏まえた対応策について現地の意思決定者に 助言することが求められる.意思決定者は,専門家の助言を踏まえて,住民全員の避難方法を はじめ,噴火による致命的な被害を回避するための措置を集中的に進める.また,関係諸機関 の連携により,避難指示の発令,警戒区域の設定,捜索・救出活動,負傷者の治療等の緊急対 策を実施する.この様に,ステージIIIでは,事前の想定シナリオと異なるリスク事象への対応 が求められる.次節で述べる通り,本章では,こうした意思決定モードを上述の通常時意思決 定モードと区別して非常時意思決定モードと呼ぶこととする.

ステージIVは,火山活動が一定程度安定化する段階である.このステージでは,専門家のリ スク評価を踏まえて,住民等の経済活動が限定的ながら再開する.意思決定者は,災害実態を 踏まえてリスク評価を再度実施し,それまでの人命保護に加えて,再び財産の保全も勘案しつ つ応急対策を実施する.この段階では,地域住民の避難生活が長期化するに伴い,安全と生活 のトレードオフが顕在化する場合が少なくない.意思決定者は,火山専門家のリスク評価と地 域住民の意見を踏まえて,住民避難の一時解除や警戒区域の見直し等,現地の状況に即して柔 軟な対応策を講じ,こうしたトレードオフを解決する必要がある.例えば,有珠山噴火の事例 では,専門家のリスク評価に基づき,カテゴリーによる地域区分が導入され,避難区域をその 被災リスクの程度に応じてゾーニングし,リスクの変化に対応して避難指示区域を頻繁に見