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有珠山噴火におけるメタ意思決定事例

3. 火山災害の危機管理と意思決定構造

3.4 危機管理のメタ意思決定原則

3.4.2 有珠山噴火におけるメタ意思決定事例

危機管理のメタ意思決定問題では,現地の意思決定者が災害状況の展開に併せて意思決定モ ードの変更を正当化できるかどうかが重要な判断基準(J基準)となる.意思決定者は,火山活 動に関わる様々な証拠や専門家の見解に基づいて,意思決定モードを変更することに正当な理 由があるか否かを判断する.本節では,有珠山噴火における対策経緯を整理し,危機管理に関 わる意思決定者が,火山状況に関わるどのような証拠に基づいて意思決定モードの変更を正当 化し得たかについて考察する.以下に示す有珠山噴火の経緯は,既往文献15)-20)の記録に基づい ている.

(1) 通常時から非常時への意思決定モード転換

図 3 - 5

では,有珠山噴火の前兆現象が始まるステージIIから噴火の可能性が緊迫化して きたステージIIIまでの期間を対象に,危機管理に関わる意思決定者がどのような状況判断や 専門家の助言により,その意思決定モードを事前の計画に依拠した N モードから緊急災害時 のEモードに変更したかを時間軸に沿って整理している.2000年3月27日夜,北大有珠火 山観測所長の同大教授(以下,北大教授)は,同観測所より火山性地震発生の一報を受け(19 時頃),札幌管区気象台及び北海道庁(防災会議事務局)と連絡を取り,今後の火山活動に注 意すべき旨を伝えている.こうした助言を受け,壮瞥町では,関係職員を招集し,住民避難に 向けた初動準備を開始した.その後,有感地震が確認された段階で,北大防災研究者より,本 格的なマグマ活動が開始し,社会的な対策が必要であることが関係諸機関に伝えられた(2時

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図 3‐5 有珠山噴火事例における N モードから E モードへの転換

日時 火山状況 意思決定機構の判断・対策(●)/専門家の見解(★) 地域避難状況

3月27日 23:00 火山性地震の増加 ●壮瞥町 北大教授より連絡を受け,町職員が北大観測所へ向かう[23:35]

3月28日 0:00 火山観測情報第1号「28日午前0時ま

での火山性地震の総回数は109回」

[0:50]

★北大教授 札幌管区気象台と連絡[0:11]北海道防災会議事務局へ防災助言「有珠山は23年ぶりに群 発地震が発生,増加傾向にある.震源は若干誤差があるが,有珠山北西部の深い部分であ り,重大な関心を持って観測している」[0:50]

1:00 最初の有感地震[1:31] ●壮瞥町 関係職員の招集.北大教授のアドバイスにより,避難施設,避難車両,メディア等の対応準 備開始[1:00頃]

2:00 臨時火山情報第1号「午前1時から2 時の火山性地震は106回」[2:50]

★北大教授等 「次期噴火の前兆がすでに始まっている可能性」が高く,社会的な対策が必要であることを 記した「北大メモ」の作成,関係諸機関に伝達[2:40]

★北大教授 「群発地震の活動開始から3日程度で噴火に至る.マグマはディサイト質で溶岩流は起こら ない.垂直に噴煙が上がる噴火の最後に10~20%火砕流が起こる可能性がある.まずハ ザードマップのレッドゾーンにいないことが重要」[4:52]

8:00 ●壮瞥町/虻田

町/伊達市 ・災害対策本部の設置

・住民への自主避難の呼びかけ開始[8:00頃以降]

住民,観光客の自主避難開始 [8:00頃以降]

11:00 ★火山噴火予知

連絡会 臨時火山情報第3号「今後噴火が発生する可能性があり,火山活動に警戒が必要である」

[11:55]

12:00 ●関係諸機関 対策会議,情報収集等の初動対応開始

3月29日 7:00 マグニチュード3.4の地震[7:08] ★火山噴火予知

連絡会 緊急火山情報第1号「今後数日以内に噴火が発生する可能性が高くなっており,火山活動に

対する警戒を強める必要がある」[11:10] 交通規制開始

●関係省庁 現地要因派遣の決定(有珠山関係省庁局長級会議)[11:30]⇒午後から現地入り

13:00 ●壮瞥町 避難勧告発令[13:00]その後,伊達市,虻田町でも避難勧告発令

15:00 ●壮瞥町/虻田

町/伊達市

避難誘導開始[15:00]

16:00 急激に有感地震が多発 ★北大教授 北海道防災会議の地震火山対策部会火山専門家委員会(以下,「道防災会議専門家委員

会」)にて,噴火シナリオの提示[16:00]

18:00

※29日の火山性地震1,628回,うち 有感地震628回

★北大教授 「(噴火)は一両日中の可能性が高く,間違いなく遅くとも1週間以内に噴火する.噴火箇所は 有珠山北西部の可能性が高い」(道防災会議専門家委員会)[18:15]

●壮瞥町 避難勧告区域を避難指示に切り替え[18:30]その後,伊達市,虻田町でも避難指示発令 【避難指示】

・壮瞥町計198世帯408人

・虻田町計1,893世帯3,994

・伊達市計2,048世帯4,924人

●国,道,市町村,

関係機関 「有珠山現地連絡調整会議」設置[18:55]⇒第1回会議の実施 330 9:00 有珠山北西山麓の雪面に長さ100m

に及ぶ地割れ(北海道防災会議地 震火山対策部会の発見)[10:00~]

★第3回現地連絡

調整会議 ハザードマップの見直し(有珠山北西部での噴火に備え,火砕流や火砕サージに襲われる 危険区域として虻田町月浦と泉地区の一部追加,拡大)

【避難指示】

虻田町月浦地区42世帯99人

★北大教授 「長時間の揺れが続いており,爆発的な噴火を起こす可能性が高い」と有珠山北西部の噴 火の可能性を指摘(第3回現地連絡調整会議にて)

●虻田町 避難区域拡大(10:50

13:00 緊急火山情報2号「北屏風山西尾根

内側傾斜で100m以上にわたって断 層や地割れ群を確認.今後の火山 活動に厳重に注意」(13:20)

●第4回連絡調整

会議 避難住民への情報提供(「お知らせ」発行)(14:00) 【避難指示】

虻田町入江地区,高砂地区433 世帯1,220[14:30]

23:00 30日の火山性地震2,454回,うち

有感地震537 対象全住民の避難確認[23:30]

ステ ージ

( モー ド) N

ステ ージ

( モー ド) E

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40分頃).有珠山では,有感の群発地震が発生した場合,必ず噴火が起きてきたという過去の 経験的データが,こうした専門家の判断の根拠であった.そして,2時50分,地域住民を含 む一般社会への注意を喚起するため,「臨時火山情報」が発令された.伊達市,壮瞥町,虻田 町の周辺一市二町では,朝より,災害対策本部を設置すると共に,住民への自主避難の呼びか けを開始した.さらに,11時55分,火山噴火予知連絡会拡大幹事会の見解として,臨時火山 情報第3号が発令され,今後の噴火の可能性が公的に明言された.この段階では,ハザードマ ップの想定を基本として,事前の地域防災計画に則って各種の予防的対策が進められており,

Nモードに基づいて意思決定が為されていたと考えられる.

その後,29 日午前より,群発地震の数・規模ともに著しく増加した.この状況を受けて,

29日 11時10分,火山噴火予知連絡会拡大幹事会の見解として,「緊急火山情報」が発令さ れ,今後数日以内の噴火の可能性があり,警戒を強める必要性が伝えられた.噴火前に緊急火 山情報が発令されることは過去に例のないことであった.緊急火山情報を受けて,13時より,

伊達市,壮瞥町,虻田町では,自主避難の対象地域に対して「避難勧告」を発令し,地域住民 や観光客等の避難誘導を開始した.また,関係省庁でも,有珠山関係省庁局長級会議が開催さ れ(11時30分),噴火時の非常災害対策本部の設置を想定し,現地要員の派遣が決定された.

16 時,北海道防災会議の地震火山対策部会火山専門家委員会(以下,道防災会議)が開催さ れ,その後,北大教授より,噴火が切迫化しており,一両日中の可能性もあるとの説明があり,

防災対策が緊急性をもって為される必要があることが伝えられた.この会議では,北大教授よ り,1) 北西斜面噴火,2) 山頂噴火・全方位火砕流,3) 山麓の水蒸気爆発・マグマ水蒸気爆発 の3つのシナリオが提示されている.こうした専門家の見解を受けて,伊達市,壮瞥町,虻田 町では,18時30分,それまで出されていた「避難勧告」から,山頂噴火を想定した「避難指 示」に切り替えた.この結果,上述の一市二町併せて約 1 万人の住民が避難することとなっ た.図 3‐5に示すように,この段階を機に,現地の意思決定者は,噴火の危機が目前に迫っ ていることを認識し,危機管理に関わる意思決定モードを非常時の E モードに変更し,緊急 対応に踏み切ったものと捉えることが出来る.実際に,関係諸機関が緊急対策を検討する場と して「有珠山現地連絡調整会議」が設置・開催され(18時55分),国土庁審議官,関係省庁 の派遣要員,北海道,伊達市,壮瞥町,虻田町の一市二町,さらに北大教授等の専門家,その 他の防災関係機関が一同に会し,互いに情報を共有化しながら具体的な対策を推進する体制が 整えられた.翌 30 日11時頃には,道防災会議火山専門委員の観測により,有珠山北西部で 100m以上にわたる断層や地割れ群が確認された.この発見により,火山研究者は,有珠山北 西部での噴火の可能性が高まったものと捉えた.こうした見解を踏まえて,ハザードマップの 警戒区域が修正され,避難住民への情報提供を進めると共に,虻田町では避難区域の拡大や避 難指示等の緊急対応が実施された.

以上の経緯を踏まえると,有珠山噴火時の意思決定モードがNモードからEモードに移行 し,現地の意思決定者が緊急避難を指示した時点(29 日夕刻)において,意思決定者の状況 認識は以下のように整理できる.

(a) 29 日午前より,火山性地震の規模や頻度が増大しており,過去の経験を踏まえると,

噴火が一両日中にも発生する可能性が高い.

(b) その一方で,噴火のシナリオとして,1)地震が集中している北西山麓付近から噴火する,