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4. 火山災害における避難指示と想定外リスク

5.4 実証分析

5.4.1 対象とする事例とデータ

ここでは,災害応急対策において事前期にどのような議論を蓄積すべきかを検討するために,

過去の災害応急対策の討論を分析する.この際,ミクロ討論の詳細な情報が重要となるが,2000 年有珠山噴火では,災害対策現地本部等の記録が詳細に残されており,本章の対象として適し ている.また,のちほど構築したオントロジーの分析解釈にあたって参照するミクロ討論デー タとしては,有珠山噴火非常災害対策本部・現地対策本部対策活動の記録6 ) を採用する.

本章では,マクロ討論の中で,人々の多種多様な要求を網羅的に把握することを目標とする.

しかし,対象範囲が膨大な中でどのような情報をもってしてマクロ討論とするのかが問題とな

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る.Ferreeら14)は,ドイツとアメリカにおける妊娠中絶に関わる公共圏(Public Sphere) での 討論について,マスメディアである新聞記事を分析している.そこでは,公共圏(Public Sphere) について,存在するあらゆるフォーラム(forum) の集合であると定義している.フォーラムと は,公的討論を行う個人,あるいは集団(プレイヤー) が活動する「討論場(Arena)」,討論場で 行われるやり取りを観察する「聴衆(Gallery)」,そしてプレイヤーは自身の意見が受け入れられ るための表現方法や同盟の作り方などの目に見えない戦略を持ち,それらを意味する「舞台裏

(Backstage)」の3つで構成される.そして,マスメディアがそれら全てのフォーラムを包括し

ていると考えている.その理由として3 つ挙げている.

1 つ目は,全ての討論参加者は,プレイヤーか,あるいは聴衆としてマスメディアを使用す る.そして,党関係者は自身の選挙区民がマスメディアの聴衆であることを想定しなければな らない.2 つ目は,マスメディアは政治的論戦の主要な場であり,それはすべての討論参加者 は政策過程において,マスメディアの波及する影響を当然想定するためである.3 つ目は,マ スメディアは市民社会において広がる文化的変化の指標となるだけでなく,言葉を使って変化 を波及させ,また人々を公共の一員として,文化的変化それ自体に影響する.マスメディアを 通して,一人一人がますます重要となる課題に対する好ましい考え方を持つことは,それ自体 が重要な結果であるし,またそれは強力な波及効果を生むためである.(Ferreeら(2002)14)

このFerreeらによるフォーラム理論の概念図を図 5‐2に示す.マスメディアとして,新聞,

TV,タブロイド誌,雑誌などが考えられるが,Ferreeらはデータとして取得可能であった新聞

記事を対象としている.そこでも本章等同様にHabermasの討議理論に注目して規範的基準を 考察しており,本章においても討議理論から導かれる規範的基準に注目して表 5 - 3のとおり とりまとめる.「十分な審議」では,自身の主張を正当化するのと同時に,他者の主張を認識し,

考慮し,反証することが求められる.その際,対話と互恵に基づいて行われることが規範とな る.「丁寧な言葉遣い」では,感情を込めない,あるいは個人的情に訴えかけない政治的な話し 方が要請される.Ferreeらの分析14)では,感情的な言葉,例えば,「殺人罪(accusation murder)」,

「迫害(persecution)」,そして「蛮行(barbarity)」のような言葉としている.「討論終結」につ いて,意思決定が為された後,討論が終結されていることが要請される.つまり,様々な意見 がある中で,合意に達し,物議を醸していない状態が規範となる.

また,新聞記事を用いて災害時の人々の認識を分析した研究も存在する.矢守15) は,それま で専門用語に過ぎなかった「活断層」という用語が社会的に普及したプロセスについて,社会 的表層理論の視点から新聞記事を用いた分析を行っている.また,八ッ塚16) は,新聞記事の持 つ伝達可能性と情報の生成と伝播に関与する人々の多様性とに着目し,新聞記事を用いて災害 時のボランティアや NPO の普及過程について分析している.本章においても,マクロ討論を 分析するにあたり,マスメディアである新聞記事を採用する.その際,新聞にはバイアスが存 在することはよく指摘されることであり,本章では,より多様性を確保するために複数の新聞 社を対象とする.

次に,新聞の網羅性について検討しなければならない.寄藤ら17) は,2011年の東日本大震 災に関連する4月11日~18日までの1週間と5月11日~18日までの1週間の毎日新聞,読 売新聞,朝日新聞の報道と国土地理院によってまとめられた浸水被害データ,そして国勢調査 を比較し,新聞報道と実情の違いを,1)「被災者」の年齢構成,2)「被災者」の社会的属性,

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図 5‐2 フォーラム理論モデル14)

表 5 - 3 討議理論における規範的基準

3)

語られない「被災者」の3つを報告している.

1)

に関して,記事に登場した被災者の年齢構成と統計値を比較しており,記事に登場する60

~69歳の割合が異常に高いことを示している.年齢特有の意見,例えば高齢者であれば健康に 関する意見などが存在するため,多様な意見を収集するためには広い年齢層の意見が報道され ていることが望ましい.確かに寄藤らの報告では,記事上の60~69歳の割合が高いが,年齢に よる網羅性の妥当性が損なわれているとまではいかないと思われる.

2)

に関して,実際の男女の就業率は,男性6割,女性4割であるのに対して,記事に登場す る有職者の比率が男性56%,女性13%と,女性の割合が小さくなっている.また,産業大分類 別就業者比率では,女性の場合に限り「医療・福祉」に従事する割合が多いことから,新聞記 事では「医療・福祉」に従事する女性特有の意見を拾えない可能性を指摘している.本章にお いて,有珠山の麓にある伊達市,虻田町,壮瞥町,3地域の2000年度産業対分類別就業者比率 を表 5 - 4を見てみると,男性の「サービス業(平成12年は旧分類であり,サービス業に医療・

福祉が含まれる)」従事者比率が著しく低いというわけではないため,有珠山噴火の被災者の中 にも「医療・福祉」従事者は十分含まれていたと推測される.従って,男女の違いは存

社会運動フォーラム

科学フォーラム

マスメディアフォーラム

政党フォーラム

法フォーラム 宗教フォーラム

聴衆 討論場

討論

舞台裏 公共圏(Public Sphere)

討 論 参 加 者(Who) 多 様 な 話 者 と 関 心

内容(What)と 形式(How)

十分な審議(Deliberativeness) 対話(Dialogue)

互恵(Mutual respect) 丁寧な言葉遣い(Civility) 結果(Outcome) 討論終結(Closure)

(合意が条件)

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表 5 - 4 伊達市・虻田町・壮瞥町の産業大分類別就業者比率

表 5 - 5 「有珠山 噴火 ほしい」でヒットする記事数

在するものの,「医療・福祉」従事者の意見は十分に拾えると判断する.

3)

では,大学生,20~30 代の単身会社員,そして県外避難者の記事の出現回数の少なさを 指摘している.本章において,まず,道外避難者についてであるが,避難所以外に身を寄せる ことができるだけの状況だと想像でき,被災地で行われる意思決定が直ちに生活や生命に影響 を与えるとは思えないため,特に問題がないと思われる.次に,大学生と20~30代の単身者に ついてであるが,就職活動への影響などが容易に考えられるため,決して無視はできない.た だし,寄藤ら17)を参照すれば,十分な情報量を確保すれば網羅性の妥当性を損なうほど小さい わけではないと判断できる.さらに,新聞社によって,記者・編集者の考え方に関するバイア スが存在するため,複数の新聞社の記事を採用する.

次に,新聞3社の記事を対象として要求表現の手がかり表現「ほしい」を含めた検索キーワ ード「有珠山 噴火 ほしい」で噴火から1 週間毎に調べた結果を表 5 - 5に示す.

噴火から3週間を境に記事数が減少していること,並びに,現地対策本部の活動の記録6) か ら,噴火から第3週目までを応急活動,そして一時帰宅と避難指示の解除という活動を行って いたことが分かり,権限圏の応急対策とそれによる公共圏への影響を見ることが重要であるこ と,以上2つの理由から対象とする期間を噴火から3週間である2000年3月31日~4月20 日とし,毎日新聞(636記事),読売新聞(382件),朝日新聞(507件)(記事検索ワード:有珠山 噴 火 ほしい)を採用する.

オントロジーを構築するにあたって,まず対象とするデータの内容について考察する.対象 とする事例におけるマクロ討論の内容を表現すると考えられる,キーワードに関する単純集計 を行う.キーワードの選択については,有珠山噴火と関係が深いと思われるキーワードを選択 した.

表 5 - 6

に,上記の新聞記事のうち各キーワードを含む記事数を示している.これより,

地 域

男   女 総 数 サ ー ビ ス 業 従 業 者 数

伊達市 16,246 1,679

男 9,063 442

女 7,183 1,237

虻田町 3,906 565

男 2,226 187

女 1,680 378

壮瞥町 1,803 282

男 969 85

女 834 197

3/31-4/6 4/7-4/13 4/14-4/20

4/21-毎日新聞

30 24 16 4/2714

読売新聞

22 8 7 2

朝日新聞

33 12 13 7

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表 5 - 6 キーワード記事件数

表 5 - 7 マクロ討論内容の分類

新聞報道において様々な報道がなされていることが窺える.マクロ討論のデータとして重要な 網羅性に関して妥当性があると判断できる.

次に,対象データを俯瞰してマクロ討論領域で発言されている内容を表 5 - 7に整理する.

これは,オントロジー構築にあたっての参照点となるものである.文脈を加味すれば表 5 - 7 のように包含関係にある概念を整理することができる.マクロ討論の中で,注目すべき内容は,

例えば表のホタテ漁業に関する漁業者の意見であり,この時期はホタテの稚貝を育てており,

定期的に世話をしなければ稚貝が死んでしまい,漁業者の収入に甚大な被害が出てしまうとい 毎 日 新 聞 読 売 新 聞 朝 日 新 聞

ペット

15 6 16

健康

32 13 27

郵便

104 15 28

空き巣

2 0 0

衣類

5 3 4

仕事

39 18 29

ホタテ

31 10 35

仮設住宅

41 17 37

風評

2 0 1

上 位 概 念 下 位 概 念 記 事 原 文 例

情報が無い 長崎良夫虻田町長が避難所の豊浦高を訪問し,「虻田は灰が降っていないから大丈 夫」と話すと,女性から「全然,情報が入ってこない」と不満の声も

ペットが心配 避難所生活が長引くにつれ「家族同然」のペットへの思いが募り,救出を求める声 も強まっている.

体調・健康が心配 豊浦町生活改善センターに避難した虻田町高砂の無職の男性(66)は,不整脈に 悩む方の体調が気がかりだ.

連絡先が不明 また,住民の避難先が不明で郵便物が配達できないケースがあるため,同局は移転 先を知らせるよう呼びかけている.

空き巣が心配

出発地点に戻ってきたコンビニエンスストア女性店員(36)は「空き巣を心配 したが,大丈夫だった.家の周辺は火山灰が5センチ以上積もり,前日の雨でドロ ドロになっていた」

孤独 「温泉町の人は別々の避難所に入れられて,みんな心がバラバラだ.一つの場所に 集めてくれりゃいいのに.一度でいいから家に帰りてえよ」と漏らした.

衣類が無い 持病の薬だけ持って出たので着替えがない.着替えが欲しい.

学校に行きたい 能登治一教育長は「入学式は無理にしても,避難所近くの学校で授業を始め,勉強 させてやりたい」と話した.

仕事がほしい 住民の方(62)は「商店街にお客さんが戻らないなど街ぐるみで仕事が無くな り,同じ問題を抱えている.

家畜の世話をしたい 洞爺湖西岸にも男性1人が「家畜の世話をしたい」と残っているという.

農作業がしたい

有珠山の噴火活動が長期化しているため,避難指示地区の農家から農作業の再開を 認めるよう求める声が高まり,伊達市は7日,有珠山に最も近い同市有珠地区につ いて,1日1時間の制限付きで立ち入りを認めた.

養殖業がしたい 内浦湾(噴火湾)でホタテを養殖する伊達市と虻田町の漁民が「ホタテの世話が できず壊滅的な打撃を受ける」と生活不安を訴え,規制海域の緩和を求めている.

生活道路

町民から「日がたつにつれ,天災から人災に変わりつつある.道路が寸断されて 困っている.せめて生活道路だけでも確保してほしい」などと訴える場面もあっ た.

鉄道 「虻田町民を避難させるため列車を出してほしい」

住宅 仮設住宅を求める 「仮設住宅の話があったら,お願いしたい」と,避難生活の長期化を恐れている.

風評被害 出席者からは噴火の風評被害が道内全域に広がることを懸念,イメージウンを避 けるため積極的な観光PRが必要との声が相次いだ.

インフラに 関する要望