• 検索結果がありません。

4. 火山災害における避難指示と想定外リスク

5.2 本研究の基本的考え方

106

5. 災害応急対策支援のためのオントロジーを用いたマクロ討論分析

107

的知見が危機管理に有用な場合があり,これらステークホルダーがそれぞれの役割を十分に発 揮し,危機に対処するための制度が重要となる.自然災害の危機管理において,意思決定者が 限りなく専門的知識に基づいた意思決定に自分自身で正当性(justice)を認めたとしても,そ の影響を受ける人々からその正統性(legitimacy)を認められるとは限らない.その結果,利害 関係者に本来の意図が伝わらず,意思決定者と人々との間で対立が起きる等の思わぬ結果を招 きかねない.予測困難な自然災害に対して,意思決定者を始めとする権限圏は,専門家による 助言を参考に科学的・客観的な予想されるリスクの原因や条件に対して想定を置き,その結果 どのような問題が生じるのか予見し,必要な対策事項を構築することが重要となる一方で,リ スクの想定事項を広く人々と共有し,権限圏の判断に対する正統性を確保することが重要であ る.

Pitkin2)は代表の概念について,「代表という活動行為の本質は,代表される者の利害関心

(interest)を‐その代表される者は,自らの名の下になされたことに反対しないという仕方で,

行為や判断を行うことができる人である,と理解されている限りで―促進するという行為に存 するように思われる.代表者がすることは,彼の依頼人の利害関心と矛盾してはならないのだ が,代表者がそれをなす方法は,依頼者の願望(wishes) に応答的(responsive)でなければなら ない.依頼者の願望に対して実際に,そして文字通りに応答する仕方で,代表者が行為する必 要はないのだが,その行為のなかに依頼者の願望が潜在的に意義をもつものでなければならな い.」と述べている.山岡3)はこの代表の概念に関する応答性がアカウンタビリティと関連する としている.以上のようなアカウンタビリティの考え方に基づけば,委託者である市民の要望 や要求に,受託者である行政が応答すれば政治的アカウンタビリティ要件を果たすことができ ると考えられる.

しかし,自然災害を完全に想定することは現実的に困難であるため,権限圏と公共圏の間で 十分な共通認識を構築しておくことが重要となるが,一度災害が発生してからでは,そのよう な時間的余裕は無い.このうな自然災害の危機管理の困難性を考慮した上で,災害応急対策の 意思決定がどのようにしてなされるべきかについて以下で考察する.

災害応急対策に関わる社会的意思決定は,多様な利害関心を持つ人々に一様に影響を及ぼす.

特に避難指示等の意思決定は,直接的な災害の影響を防ぐことには有効だが,一方で,避難生 活によって結果的に不利益を被り,不満に思う人々も出てくることが考えられ,全ての利害関 係者を満足させるような意思決定をすることは実質的に不可能である.そこで,どのような判 断の原則や基準によって意思決定が妥当なものとして認められるのか,すなわち正統性を担保 できるのかが重要となる.さらに,災害応急対策における意思決定は,十分に検討する時間的 余裕が無い中で,人命に関わる意思決定を下さなければならない.しかし,その判断の妥当性 は結果的に評価されざるを得ず,正統性を担保するための制度や構造が何も無ければ,意思決 定者が判断を躊躇してしまいかねない.今後,住民避難等の意思決定を災害の状況に応じた機 動的で効果的なものにしていくためには,正統性の拠り所となる制度の構築が望まれる.

5.2.2 意思決定の妥当性と議論の正統性

羽鳥ら4) は,社会的意思決定の正統性に関し,実用的正統性,道徳的正統性,認識的正統性 の3つのサブ基準を示すと共に,ミクロ討論領域,マクロ討論領域,ミクロ-マクロ討論領域

108

の概念を用いて,社会的意思決定に正統性を付与するためのあるべき討論の要件について整理 している.ミクロ討論領域(権限圏)では,会的意思決定を判断する権限圏や有識者委員会な どの公式な討論が行われる.ここでは,できる限りの専門的知識に基づく厳密性を追求した討 論が行われる.マクロ討論領域(公共圏)では,メディア上での言論や日常の会話などの流動 的な非公式の討論が行われる.

ここでは,人々は権限圏から提起された当該社会基盤整備に関して想定される影響や効果に 対して自らの利害関心に基づく適切性に関する意見形成を行う.ミクロ-マクロ討論領域では

PI (Public Involvement) などのミクロ討論とマクロ討論の橋渡しを行う討論が展開される.ミ

クロ-マクロ討論では,厳密性を追求する権限圏と適切性によって判断する市民の間の乖離し た認識フレームを相対化することが求められる.意思決定の妥当性は,ミクロ討論における正 統性とマクロ討論における正統性で判断されることになる.

5.2.3 意思決定における正統性確保のための理論的枠組み

社会的意思決定の正統性に対する規範的評価に関する研究として羽鳥ら4) の研究がある.こ の研究では,社会基盤整備の計画決定を対象に,公的な意思決定のための公的討論に関する正 統性について議論している.羽鳥らは,多義的な正統性の概念を Suchman の定義を採用し,

「ある主体およびその行為を,規範,価値,信念,定義等が社会的に構造化されたシステムの なかで,望ましく妥当であり,あるいは適切であるという一般化された認識」としている.本 章で検討すべき正統性概念と合致していると考えられ,本章でもこの定義を採用する.羽鳥ら は,社会的意思決定の正統性を確保するうえで討議(discourse) が本質的な役割を果たすとする,

Habermasの提唱した討議倫理(discourse ethics) に基づいて,社会的意思決定に関わる正統性

の要件について考察している.Habermasによれば,討議とは一般に「問題化した妥当性要求 をテーマとし,それの正統性を目指して試みられる議論という特徴を持つコミュニケーション 形態」を意味する.討議過程において,討議参加者は互いに自分の見解の妥当性を要求し,そ の相互承認を得ることを目指す.

権限圏ではできる限り専門的な知見を基に客観的な当該の社会基盤整備に関する影響や効果 を想定するのだが,それらを形式的に市民に周知したとしても,その全てが理解されることは 難しい.人々が十分な理解が無いままで意見形成をした場合,そうでない場合に比べて不当な 結果をもたらしてしまいかねない.一方で,専門家が完璧にその影響や効果を想定できるとは 限らない.地域住民しか知りえない経験的知見を見落としてしまう可能性を排除することはで きない.ミクロ-マクロ討論はこれら2 つの意味での権限圏と公共圏の間の溝を埋めることが 期待される.

災害応急対策においても,権限圏において社会的意思決定がなされ,その影響が多種多様な 利害関心を有する不特定多数の人々に及ぶという特徴から,社会基盤整備を想定した羽鳥らの 研究を参考にすることができる.羽鳥らの研究は,平常時を対象としたものであるが,緊急を 要する災害危機管理における意思決定の正統性を担保するための要件に関する既往研究として,

5)の研究がある.関らの研究は,羽鳥らの正統性確保のための理論的枠組みを基本とし,災 害応急対策特有の意思決定までに時間的余裕がなく,意思決定までの前提条件が時間とともに 変化していくという自然災害の特性を考慮した正統性の要件について考察している.本章の枠

109

表 5 - 1 意思決定に関わる正当性要件

正統性に関する項目 要件

実用的正統性 <関連する人々の利益の増進に繋がることが必要>

道徳的正統性

<行為が正しいかどうかという評価>

・不利益を被る主体や環境に対する十分な配慮

・負の影響の及ぶ範囲の縮減と影響を緩和するための対策

認識的正統性

<利益や評価ではなく社会的に必要性が認識されていること>

・特に重要な認識的正統性を確保するための手段

・理解可能性(結果が予測可能,行為の内容と結果が分かりやすい)

・当然性(行為と結果に対する十分な議論と検討,社会が当然のこととして 受容)

討論的代表性 ・どの様な議論・討論が行われているのかの俯瞰的・網羅的把握 メタ合意 ・社会の中で合意と不合意の形成に関する高次元の合意 メタ討論

・討論的代表性の吟昧

・間主観的合理性の担保

・メタ合意(主観的領域)と意思決定(客観領域)の整合的な関連

権限圏と公共圏の役割分担原則 ・権限主体と一般市民の間で権限内容に関する相互理解と意味の共有化 アカウンタピリティ要件

・専門的知識の厳密性と適切性に関する議論を区分することが重要

・公共圏における利害関係者が,権限圏における専門的議論の内容を理解 できるという可能性条件を確保することが重要

公開性要件 ・公的討論の内容を公共圏一般に広く公開

参考文献5)を参考に,筆者らが作成 ミクロ討論(公的討論)

(権限圏,公式)

マクロ討論 (公共圏,非公式)

ミクロ-マクロ討論 (ミクロ・マクロの補完) 討

論 シ ス テ ム

理論的枠組み