第 3 章 抽出されたリスクファクタの統計的検証
3.2 救命救急活動に必要な通報情報と車載データ
3.2.3 通報可能な車載データと重傷リスク
次にエアバック展開制御装置から得られる車載情報と,重傷度の統計的相関,ひいては 重傷度を予測するのに有効かどうかの検討を交通事故統計マクロデータを用いて行った(8). 対象とする車載データは,今までの救急関係者のニーズに対応しているものとして,①シ ートベルト装着有無,②速度(危険認知速度),③衝突方向(エアバッグ展開位置),④ΔV の横方向,縦方向,⑤横転の有り無し,の事故データを調査することとした.また,それ 以外にも重傷リスク判定に使える可能性のある車載データとしては,シートラック位置乗 員のウエイトセンサーによる体格分類結果,多重事故有り無しがあるが,この中から事故 データ分析が可能なものとして,⑥多重衝突有無を選定した.
これらの車載データと重傷リスクの関係を既存の事故データから予測することを目的に,
解析を行った.分析可能な事故データとしては,ベルト装着有無,危険認知速度毎,衝突 方向別の重傷比率,ΔV毎の重傷比率は,わが国の交通統計マクロデータを活用した.ロー ルオーバーおよび,多重衝突の有無については,わが国の交通事故ミクロ調査データでは 数が少ないため米国のCDSデータを使用することとした.またΔV毎の重傷比率については CDSのデータの分析も行った.
(1)ベルト装着有無
Fig.3.2.1 に平成18年度の4輪乗員死者のベルト着用有無の比率を示す.半数以上が非
着用であることがわかる.
交通外傷について着目すべき観点
・正面衝突
ハンドル外傷→腹部・胸部を強打などの疑い ダッシュボード外傷→下肢の損傷などの疑い フロントガラス外傷→頭部受傷などの疑い
・側面衝突
頭部・胸部・腹部への外傷などの板外
・追突
頚椎損傷などの疑い
・横転事故・車外放出
死亡重傷率が高い事故形態である
・シートベルト外傷
内蔵損傷、内出血の疑い
・エアバック外傷
顔面損傷、多発肋骨骨折などの疑い
48
Fig.3.2.1 4輪乗員死者のベルト着用有無の比率
さらに,死者数を死傷者数で割った致死率を着座位置毎に分析したものをFig.2.3.2に示 す.この結果によると,全体としてシートベルト非着用の場合,着用している場合に対し死 亡リスクが10倍程度となる.また運転席の乗員は特に,着用非着用の致死率の差が顕著で ある.
Fig.3.2.2 着座位置毎の致死率
(2)危険認知速度
BTLSによると事故前速度65km/h以上の事故は重傷リスクが高まるとしている.わが国の
1999年から2007年の交通事故ミクロ調査データにおいて,危険認知速度と重傷発生率の関 係(MAIS3以上/MAIS0~6)を調べた結果がFig.3.2.3 である.グラフ中のR2は決定係数で あり,実データと予測値の残差の平方和を正規化して1から除したものである.R2>0.8であ れば,当てはまりの良い予測とされる.
49
Fig.3.2.3 危険認知速度と重傷発生率
衝突方向が前面衝突である場合は危険認知速度と重傷発生率の間には,相関があること がわかる.ただし,危険認知速度は証言によるデータであり,車載データの走行速度に対 応する数値と必ずしも同じとはいえない.また自車の速度であり相手の速度や重量を考慮 しない直接衝突時のエネルギーを代表する数値ではないことは考慮すべきである.
(3) 衝突方向
次に,衝突が前面衝突か側面衝突か,後面衝突かによって重傷リスクがどの様に変化す るかを分析したものをFig.3.2.4に示す.分析対象は1999年~2007年の普通乗用車と軽乗 用車の乗員傷害を衝突部位別に分析したものである.この分析によると側面衝突の時が他 の衝突形態に比べ重傷以上となるリスクが高く,その次が前面衝突となっている.前面衝 突で無傷が多いのは,関わった乗員全てが母数となっているからである.後面衝突で軽傷 が多くなっているが,頚部傷害が大多数を占めていると考えられる.
R2 = 0.9644
0%
5%
10%
15%
20%
25%
30%
35%
40%
45%
50%
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
危険認知速度[km/h]
重傷発生率[%] Front
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Fig.3.2.4衝突方向別重傷発生率の比較
(4) 衝突方向と擬似ΔV
JPTECの高エネルギー事故と判定する基準の中に‘車が高度に損傷している’と言う項目
がある.またBTLSにおいても‘事故による速度変化’に関しての基準が示されており,こ れには車載データのΔVが該当すると思われる.Fig.3.2.5にわが国の交通事故統計マクロ データにおける擬似ΔVと重傷発生率の事故形態毎の関係を示す.事故データとしては,
1999年~2007年の交通事故統計マクロデータを用いた.
Fig.3.2.5 事故形態毎の重傷発生率と擬似ΔVの関係
速度変化量と衝突形態を組み合わせたこの図を見ることで,重傷発生率を推定すること 0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
Front Side Back
衝突部位
傷害 割合 [% ]
無傷 軽傷 重傷 死亡
R2 = 0.9102 R2 = 0.963
R2 = 0.9777
0%
5%
10%
15%
20%
25%
30%
35%
40%
45%
50%
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
ΔV[km/h]
重傷発生率[%]
Front Side Back
擬似
51
が出来る.これによると,速度変化量と重傷発生率の間に相関があることがわかる.さら に同じ速度変化量において,衝突形態によって重傷発生率が異なる.側面衝突では重傷以 上の確率が他の衝突形態と比べ大きくなることがわかる.
Fig.3.2.6に米国の2000年~2006年のCDSデータを使ったグラフを示す. CDSデータの 母集団の素性が違うことと,重傷の定義がMAIS3+であるため,わが国のデータと単純な比 較はできないが,全体として同様の傾向を示している.
Fig.3.2.6重傷発生率とTotalΔVの関係(USA)
(5) ロールオーバー
車が横転した事故での重傷発生率とバリア換算速度の関係を示したものが,Fig.3.2.7で ある.事故データは2000年~2006年のCDSデータである.このグラフから,全速度域にて,
通常の事故に比べ,横転が発生した事故においては重傷発生率が増加することがわかる.
また,速度の低い事故においても,横転が発生したかが重傷発生率の予測に重要な情報と なることが推測される.
R2 = 0.9627
R2 = 0.6548 R2 = 0.9595
R2 = 0.9069
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
Δ V[km/h]
MAIS3+発生率[%]
Front L Side R side Back
52
Fig.3.2.7横転事故での重傷発生率とΔVの関係(USA)
(6) 多重衝突
Fig.3.2.8に2000年~2005年のCDSデータにおいて,衝突回数が1回のものと2回以上 のものとの重傷発生率を示す.
Fig.3.2.8多重衝突有無の重傷発生率の比較(USA)
これによると多重衝突が起こったときの重傷発生率は一回の衝突時に対し,約 1.6 倍と なることがわかる.多重衝突は救出に要する時間が長くなる傾向にありドクターカーなど の対応を行うところもある.こうしたケースにおいては,医療機関に早い段階で,現場の 状況の情報を伝えることが重要である.
R2 = 0.9716
R2 = 0.9552
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
Δ V[km/h]
MAIS3+発生率[%]
Rollover No Rollover
12.3%
19.3%
0%
5%
10%
15%
20%
25%
1回 2回以上
衝突回数
MAIS3+発生率[%]
53