表 5-4-18 越名の音型ランキング
1
oioi
14 鳥 越oaaoi
5 小坂越aaioi
3 八町越 2oooi
8 大 越aeoi
4 間瀬越aauoi
3 河津越 3aaaaoi
7 中山越iaoi
4 伊賀越auaoi
3 春日越 4ooaaoi
7 大坂越auioi
4 狸 越auooi
3 松尾越 5aaaoi
6 花輪越ioeoi
4 広瀬越iouoi
3 地獄越 6aaoi
5 笹 越oiooi
4 越戸越oiaoi
3 尾平越 7uioi
5 打 越auiooi
4 八丁越ooooi
3 大戸越 8aaooi
5 笹ノ越iaaaoi
4 岩坂越aiaaoi
3 立花越 9aiooi
5 田代越auoi
3 猿 越aiaioi
3 灰谷越 10iaaoi
5 井川越uooi
3 宇戸越auaaoi
3 松永越iuaioi
3 水上越uuiauoi
3 六地蔵越 地名数 340 ベスト10地名数 67 占有率 19.7%ベスト30地名数 136 占有率 40 %
音 数 2 音 3 音 4 音 5音 6音 7音 8音 9音 10音 合 計 平均音数 地 名 数 1 3 58 112 124 35 4 1 2 340 5.45 母音音型の種類 1 2 17 55 82 32 4 1 2 196 ―
平均使用頻度 1 1.5 3.4 2.0 1.5 1.1 1 1 1 1.7 ― 語頭母音
a i u e o
地 名 数 115 74 47 8 96 百分率 % 33.8 21.8 13.8 2.4 28.2 腰地名と越名の音型
音 数 2 音 3 音 4 音 5音 6音 7音 8音 9音 10音 合 計 平均使用頻度 腰地名の音型 1 5 23 33 7 0 0 0 0 69 11.8
越名の音型 1 2 17 55 82 32 4 1 2 196 1.7
「越」名の特徴は、これまであげた自然地名のなかで、「字、沢、谷」からとった転用名 が最も多いことである(45%以上。全体が転用名で構成された川名は『地名資料Ⅴ 山、川』
参照)。この典型として、音型ランキングの代表例にあげた地名で、大字・小字を採った越 名の一部をあげよう。
小野越:山口県山口市大内御堀字小野 松尾越:高知県香美郡香北町河野字松尾 長谷越:和歌山県有田郡吉備町長谷 広瀬越:島根県能義郡広瀬町広瀬
井川越:静岡県静岡市井川 河津越:島根県鹿足郡六日市町田野原字河津 大坂越:徳島県板野郡板野町大坂 春日越:三重県多気郡宮川村大井字春日 志賀越:長野県佐久市志賀 松永越:宮崎県日南市松永
花輪越:秋田県鹿角市花輪 水上越:熊本県球磨郡水上村岩野(村役場所在地)
この地名群を見てすぐ気がつくのは、転用された地名が「苗字」に使われることである。
第三章『言葉と地名』で検証したように、苗字は字名を採用したものが大半を占め、生活 拠点としての適性がない「山、峠、岬」など、自然地名からの借用は皆無に近い。鼻と峠 の項であげた「弥生地名」が苗字に少ない様子もこれを表現し、苗字の使用例から、字名 を転用した自然地名を類推できるのが面白い。そのため、韻律を整えることを重視した他 の地名群に比べて、かなり異質な「越:
oi
」には、語呂のあまり良くない音型が多用さ れたことが特徴にあがる。例えば、12位にランクされる「
aeoi
」に使われた「aeo
」音型は、他の地名に ほとんど見られず、越の「長谷越(和歌山 海南)、羽根越(山口 小郡)、間瀬越(新潟 弥彦)、 八重越(和歌山 御坊):各1 例」に使われている。このうち長谷越は先にあげた大字から の転用名で、間瀬越も「新潟県西蒲原郡岩室村間瀬」を採用したようにみえる。これらの 地名解釈は次のようになる。Fasekosi=Fase(馳せ:急斜面。Fasu:斜面)+seko(逧:谷間の道)
+kosi(掘じ:∨型地形。越し:峠)
Fanekosi=Fane〈跳ね:泥地。∨型・∧型地形(鳥の羽根:∨⇔∧型の連続動作)〉
+neko〈根っ子:(地中の)∨型・∧型地形〉+kosi.
Yafekosi=Yafe(←Fafe:岩だらけの複雑な地形)+feko(凹み)+kosi.
三者は谷型地形を表現した地名のようで、新潟県の「Mase(坐す)」は、あて字のとおり
「間+瀬」の意味で、狭い谷間につけた字名であろう。越の「
aeoi
」音型は、地名を 転用したために発した現象と考えられそうである。「越」名は、4音を基本においた縄文時代中期以降につけた地形地名と、弥生時代以後の 転用名の混成を考えるのが妥当なようで、韻律バランスのわるい地名群、とくに越の大勢 をしめる 5 音以上のそれは後者とみて間違いなさそうである。音数の少ない越の大半が、
鎌倉時代以降に峠を添加して「鳥越峠、水越峠、風越峠、星越峠、堀越峠、馬越峠」に転 じているのも当時の流行に乗ったもので、これに乗り遅れて古型を留めた「鳥越、堀越、
風越、笹越、打越、細越」などが併存することも、歴史資料としての価値をもっている。
そこで、縄文時代の地形地名と、弥生時代以後の転用名の性格の差がはっきり現われる、
大字・小字の「腰」地名と「越」名の語頭母音の使用比率を、峠に含めた「越峠」を対比 して眺めてみよう。(㊟ 比較対照の便宜のため、峠の文字は2音として扱った)
表 5-4-19 語頭母音の比較(百分率表示)
腰 越峠 越 峠
a
22.9 28.4 33.8 37.9i
13.7 19.3 21.8 22.2u
25.4 12.5 13.8 14.8e
2.2 2.3 2.4 3.5o
35.7 37.5 28.2 21.6 地名総数 815 88 340 3287 平均音数 3.96 3.92 5.45 5.52表において、「越峠、越」の地名総数が少なすぎて、命名法の変遷を正確に表わしていな いのは残念だが、大勢は残したようにみえる。字名の「腰」地名に多用された「
o
,u
」 母音の使用率が、自然地名の「越峠、越」の順に下がって、「a
,i
」母音の比率が高まり、「越」は峠に近い使用法に変化している。腰・越峠では基本型の「
oi
:越」に合わせて 韻律を整えていた地名が越では減少し、「a
,i
」母音を基調にした大字・小字の転用が拡 大した様子を表現する。越が、35%以上の転用名が混入した峠に酷似するのもこれが原因で、それでも腰・越峠の性質を残しているのは、越峠に組み込まれなかった「
oioi
,oooi
」などが残存したためであった。また、腰地名の「u」母音の比率が高いのは、音型ランキング2位、3位の「
uioi
,uaoi
」の影響が大きく、前者(96例)の大半を占める「打越(78),内越(5)」、後者(79例)の「船越(39),舟越(5),鮒越(1)」が,越峠に打越峠(静岡 清水)(熊本 砥用)
と船越峠(兵庫 香住)、越は打越(福島 小林)がみられるだけ、という極端な差による。
これは「嶋⇔島。埼⇔崎鼻・崎。花⇔鼻。阪⇔坂峠」の双方に残された同一地名にもあて はまり、縄文時代につけた名でも、一万年の間に命名嗜好と地形語の使用法が変わった可 能性が十分にあって、この辺も今後の研究テーマになりそうな感じがする。
こうして「腰」地名と「越」名を対照すると、一部に同時代につけた地名が現存するが、
大勢は両者がまったく違う時代、異なる命名法で誕生した史実が浮上する。前章と本章で 検討したように、地名群全体の分布状況、平均音数、あてた漢字の使用法、母音音型、語 頭母音の使用率が、「Kosi,Koye」のおなじ基本型を使った大字・小字名と自然地名では、
すべて違った様相が認められる。
そうなると、「越」地名群の特異な分布図が注目され、主に弥生時代以後の様相を記した 下図の越(第三章から転用)は、いったい何を表現したかを検討しなければならない。
図 5-4-1 字名の「腰」、自然地名の「越」分布図
第三章『言葉と地名』では、越(掘じ:∪型地形)の大半が中央構造線にそって分布する 様子から、金属資源に関連した地名群と推理した。だが、考古学の見解では、「銅、錫」な
どの金属材料は、青銅器にふくまれた微量の鉛の成分分析から、大陸からの輸入品と考え られていて、この難関を踏破しなければ立証は難しいのである。
この辺も地名研究から克服できる可能性があり、律令時代初期(飛鳥時代末~奈良時代初 頭)に制定された郡名(平安時代中期:591 郡)と、それ以前に誕生していた国(奈良時代 初頭:58国 3島)の命名経緯を分析すると、国・郡の起源地名が当時の水陸交通路の要衝、
農業・工業生産物の集散地に収束する事実、そして一部が金属資源を産出した地名を採用 した形跡が認められることから、ある程度の推測ができる。
ただし、これを行なうには、郡名と国名が小地名を採用した史実を立証することが先決 の課題であり、起源地名の大多数が古墳時代以前に溯れることを証明しなければならない。
したがって、ここでは推論の提起を控え、第七章『日本国の誕生』で、郡名全数が小地名
(ごく一部は自然地名と通称)を採用した史実を提示して、国名の起源を探求したのちに、
「越」の分布図が意味するものを再考したいとおもう。
本サイトでは、地名の代表例に「嶋、埼、花、坂、腰」の字名と、「島、岬、鼻、峠、越」
という自然地名を選んでいる。両地名群は連続性をもつので、その分布域、言葉の使い方 などを比較対照し、縄文時代と弥生時代につけた地名を区分して、当時の言語(倭語)の 一端を推定した。
地名にのこる論理をもとに推測した倭語の構成法と、考古学上の成果を対比すると、こ れまで述べた『掛け言葉』『倭語の韻律』の採用は、縄文時代でも早期に遡れる可能性が浮 かびあがる。しかし、いまほど速やかな情報交換がなかった時代に、なぜ、列島全体で同 じ言葉を使用できたか、という疑問が湧く。さらに四面を海に囲まれた島国といっても、
六千年以上昔に造られた言語の基本構造を換えずに使っている国は、世界でも珍しいので はなかろうか?
ここには、なにか特別な事情があるように感じとれる。倭語の基本にすえた論理構成は、
きわめてレベルが高く、二音節の動詞を『掛け言葉』で結んで多重表現をする言葉の造語 法は世界の言語のうえでの最高峰、といって過言ではないだろう。
⒌ 自然界の法則
大自然から剥離して、人工的雑音の中で暮らす私たちには理解しにくいが、縄文時代の 言葉が今も使われる理由に、自然の音をもとに倭語が構築されたことが上がるとおもう。
きわめて自然に成立した言語体系が、大自然と共存していた人々…江戸時代まで。見方によ っては高度成長期以前…の支持をうけて継承されたのであろう。
『言語』とは、二者以上の間の情報伝達をはかるために定めた、相互理解できる一定の 慣習法である。造語法はできるかぎり簡潔で、誰もが納得できる論理的なものが望まれる。
倭語は、実に簡素な不文律から成り立っているので、まず、この基本事項を考えよう。