第 6 章 ライツプランによる買収防衛とステークホルダーの行動 75
6.3 買収防衛策を導入しないとき
まず,既存の経営者による買収防衛策が導入されていない場合を分析する.買収防衛策 が導入されていないので,4期の既存の経営者の買収防衛策の発動の意思決定のイベント は発生しない.
6.3.1 TOB価格の決定
5期での潜在的買収者によるTOB価格の決定を考える.潜在的買収者の買収成功後の利 得は,取得した株式から得られる企業価値と買収費用の差に,コントロール便益Bを足し たものである.すなわち,
1
2Vr+B− (1
2 −τ )
br
であり,この利得が非負ならばTOBを行う.よってTOBを行う条件はbr ≤ V1r−+2B2τ であ る.一方,小株主は,株式の売却利益が,保有し続けたとき以上でなければ売却しない.潜 在的買収者の買収が成功したときはVrの株主価値であり,一方,買収に失敗したときは,
既存の経営者によって実現される株主価値(1−γ)(1 +e)Vmなので,売却する条件は br≥max{Vr,(1−γ)(1 +e)Vm} (6.1) となる.よって,潜在的買収者はできるだけ低い価格を提示しようと考える,潜在的買収 者がTOBに成功するためには,既存の経営者の提示価格以上でなければならず,既存の 経営者の価格は(6.1)式はステークホルダーの投資水準eに依存して決まるので,そのこと を考慮するとTOBのオファー価格は
br=
Vr 0≤e≤ △(1V−+γVγ)Vmm (1−γ)(1 +e)Vm △(1V−+γVγ)Vm
m < e≤e¯
0 ¯e < e
(6.2)
¯
e= Vr+ 2B
(1−2τ)(1−γ)Vm −1 (6.3)
0 e Vr
br = (1−γ)(1 +e)VI
¯ e br
Vr+2B 1−2α
∆V+γVm
(1−γ)Vm
図6.2: 買収防衛策を導入しないときの潜在的買収者の提示価格
すなわち,ステークホルダーの投資水準が低いうちは,TOBで株式の過半数を取得できた 場合は正の利得を得られる可能性があるので,価格を提示するが,投資水準がe >e¯にな ると,潜在的買収者はTOBをしても買収後の利得が負になるので,TOBを行わないこと を意味している(図6.2).
6.3.2 投資水準の決定
次に2期のステークホルダーによる投資水準の決定を考える.ステークホルダーは1期 での株主ポリシーγを所与とし,5期でのTOBのことを考慮しながら,自己の利得を最大 にするように投資水準を決定する.ここでは投資水準によって場合分けして,最適な投資 水準を求める.
まず,e <e¯のときから考える.このとき既存の経営者と潜在的買収者による買収競争
の結果,潜在的買収者によるTOBは成功する.したがって,ステークホルダーは買収競 争の結果を考慮すると,この範囲の投資であれば,投資を行っても,その効果は失われる.
よって,この範囲では投資しないことを選択する(e= 0).
e≥¯eのとき,次の最大化問題を解くことで,最適な投資水準を求めることができる.
maxe δγ(1 +e)Vm−ae2
2 (6.4)
s.t. e≥ Vr+ 2B
(1−2τ)(1−γ)Vm −1
この制約条件付き最大化問題を解くと,コストパラメータaの大きさに応じて,最適な投
資水準は,
e∗=
δγVm
a 0< a <aˆ
Vr+2B−(1−2τ)(1−γ)Vm
(1−2τ)(1−γ)Vm ˆa≤a < a0
(6.5) であり,δやγ の増加関数であることが分かる.ここでˆa = V (1−2τ)(1−γ)δγVm2
r+2B−(1−2τ)(1−γ)Vm,a0 =
2(1−2τ)(1−γ)δγ(Vr+2B)Vm2
{Vr+2B−(1−2τ)(1−γ)Vm}2 と定義している.
6.3.3 既存の経営者の株主ポリシーの決定
既存の経営者は買収競争の結果とステークホルダーが行う投資水準を考慮して,ステー クホルダーに提示するδと企業価値を立証させる割合γを決定することになる.ここで投 資水準はaの大きさによってことなることから場合分けしてそれぞれの最大化問題を解く.
最大化問題を解く前に,既存の経営者とステークホルダーの利得式を示しておくと
Πm = (1−δ)γ(1 +e)Vm+B (6.6)
Πst = δγ(1 +e)Vm−ae2
2 (6.7)
である.よってこれに,先ほど求めたステークホルダーの最適な投資水準を代入すると,最 大化問題はコストパラメータaの大きさに応じて次のように定式化できる.
aが小さいとき(0< a <ˆa) このときの最大化問題は次のようになる.
maxδ,γ (1−δ)γ (
1 +δγVm
a )
Vm+B (6.8)
s.t. δγVm+ δ2γ2Vm2
2a ≥0 (6.9)
ここで制約条件より,常に非負の利得となるので,自己の利得のみを考慮して最大化問題 を解くことになる.ここで各変数についての偏微分を行うと
∂Πm
∂δ = 1−δγVm a
∂Πm
∂δ = (1−δ) (
1 +2δγVm a
)
>0 であることが分かる.よってδについて整理すると,
δ = 1 2− a
2γVm
が得られるので,最適解はδ∗ = 12 −2¯γVam,γ = ¯γが得られる.ここで求めた解を(6.8)式 に代入して整理すると,
Πm(δ∗) = (¯γVm+a)2
4a (6.10)
が得られる.
aが大きいとき(ˆa < a < a0) maxδ,γ
(1−δ)γ(Vr+ 2B)
(1−2τ)(1−γ) +B (6.11)
s.t. δγ(Vr+ 2B) (1−2τ)(1−γ)− a
2
(Vr+ 2B−(1−2τ)(1−γ)Vm
(1−2τ)(1−γ)Vm
)2
≥0 (6.12) 制約条件を目的関数に代入すると,既存の経営者の利得はγに関する最大化問題となる.
maxγ
γ(Vr+ 2B)
(1−2τ)(1−γ) −a{Vr+ 2B−(1−2τ)(1−γ)Vm}2
2(1−2τ)2(1−γ)2Vm2 (6.13) ここで一階条件,二階条件よりγ = 1 − (1−2τ)Va(Vrm+2B)(Vm+a) で極大値を持ち,γ = 1−
3a(Vr+2B)
2(1−2τ)Vm(Vm+a)で変曲点をもつ関数であることが分かる.一階条件を満たすγをγ∗∗と定 義すると,既存の経営者が決定する最適な企業価値の立証割合はγ∗∗= 1−(1−2τ)Va(Vrm+2B)(Vm+a) である.γ∗∗を(6.13)式に代入すると,このときの既存の経営者の利得
Πm(γ∗∗) =Vm+Vm2
2a − Vr+ 2B
1−2τ (6.14)
が得られる.以上の分析より,次の命題を得る.
命題1 ライツプランを導入しないとき,既存の経営者の株主ポリシーは,ステークホル ダーの投資のコストパラメータの大きさによって異なり,コストパラメータが小さいとき には,上限(¯γ)までの株主保護を行う.一方,コストパラメータが大きいときには,小さ いときと比較して,同等か,それより低い水準でしか株主保護を行わない.
命題1は,コストパラメータが小さいときは,ステークホルダーの投資が高いと,既存 の経営者の利得が上昇するので,できるだけ投資を促そうと株主保護水準や分配率を高め ようとする.しかし,コストパラメータが大きい場合は,投資水準が高すぎるとかえって,
既存の経営者の利得が下がる可能性があるので,自己の利得が最大になるように投資のイ ンセンティブを操作することを意味している.