第 4 章 経営者による買収防衛の基本モデル 38
4.2 敵対的買収による市場のモニタリング
4.2.4 敵対的買収の脅威がある場合
敵対的買収の可能性が株主と経営者の利害対立を改善することを示す.市場には潜在的 な企業買収者が存在し,企業の買収を考えているとする.買収者は,買収後に一定の努力 を行うことで,Vr(> Vl)のプロジェクト収益を実現できるものとし,この企業価値は買収 者が実現できる企業価値から努力コストを引いたものとして考える5.買収者と株主は,既 存の経営者が努力水準を決定した時点で,既存の経営者がどれくらいの収益を得るかを予 想でき,その予想は正確であるとする.買収者は,既存の経営者が努力水準を決定した後,
プロジェクトの成果が実現する前に買収提案を行うとする.また買収に成功した場合には,
既存の経営者を解雇すると仮定する.これらの仮定のもとで,ゲーム理論の後ろ向きの推 論法を用いて各主体の行動について考察していく(図4.1).
既存の経営者 努力水準の決定
買収者による 買収の決定
企業価値Vi
が実現 図4.1: タイムライン
5他の解釈として,買収者の努力コストを0と仮定し,既存の経営者のコストは相対コストとして考えるこ ともできる.
社会的に最適な買収 まず,買収の可能性がある場合の社会的に最適な状態について考え る.すなわち,買収者が現れたときに買収させる方が良いかどうかを調べる.既存の経営者 によって得られるプロジェクト価値は,努力水準に応じて異なり,努力したときはVh−C, 努力しないときは0である.一方,買収者が経営を行うとVrのプロジェクト価値が得ら れる.
まず,既存の経営者が努力を行う方が良いのは,努力したときのプロジェクト価値の増 加分が努力コストより大きいとき,すなわち,Vh> Cのときである.また仮定より既存の 経営者が努力を行わないならば,買収者に買収された方が良いことが分かる(Vr >0).
次に,既存の経営者が努力したときのプロジェクト価値と買収者が買収したときのプロ ジェクトを比較すると,Vr ≥Vh−Cならば,買収者が買収した方が良いことが分かる.以 上のことから,図4.2に示しているように,社会的にはVr> Vh−Cならば,買収者が買 収することが望ましく,0 < Vr ≤Vh−Cならば,既存の経営者が経営した方が良い(こ の条件が成り立っているとき,既存の経営者が努力条件も成立している).
Vh Vr
C 0
Vr=Vh−C 買収者が買収した方が良い
図4.2: 社会的に最適な買収決定
次に各主体が行動を決定するときに,社会的に最適な状態が達成されるかについて考える.
既存の経営者が努力しない場合 既存の経営者が努力しなかった場合,将来のプロジェク ト価値は0となるので,買収者は買収を仕掛けることになる.買収はTOB(takeover bid: 株式公開買付)によって行うとすると買収者は株主に対して一株あたりVrの価格を提示す
ることになる.何故ならば,株主は,もし自身が保有する株式を売却しないが,他の株主が TOBに応じて株式を売却し,買収が成功すれば,保有している株式の将来の価値がVrに なることが分かっているので少なくともVrの価格でなければ売却に応じないからである.
一方,既存の経営者は買収者にTOBに対抗しようとするが,既存の経営者が実現できる プロジェクト価値は買収者より低いので,買収阻止はできない.よって買収は成功し,株 主全体の利得をΠshと定義すると,Πsh =Vrとなる.買収者の利得をΠrと定義すると,
買収者の利得は買収によって得られるプロジェクト収益と私的便益から,TOBのときに株 式買取費用を引いた,
Πr=Vr−Vr+B =B
となる.既存の経営者の利得をΠmと定義すると,買収後に買収者によって解雇されるの で,Πm = 0となる.
既存の経営者が努力した場合 既存の経営者が努力し,プロジェクトの利益がVhと予想 される場合を考える.このとき買収者は株主に対してVrの買取り価格をオファーする.一 方,既存の経営者が経営を続ければ,Vhの企業価値が実現するので,株主の一株あたりの 利得もVhとなる.よって株主はより高い価値が実現できる方を選択することになる.すな わち,Vr ≥Vhならば買収者の提案に応じ,反対にVr < Vhならば,買収者に買収提案に 応じない.以上のことから,既存の経営者が努力したときの各主体の利得は買収者が実現 できるプロジェクト価値の大きさによって次のようになる.
Vr ≥Vhのとき Πsh =Vr,Πm =−C,Πr=B Vr < Vhのとき Πsh =Vh,Πm=B−C, Πr= 0
既存の経営者の努力水準の決定 以上のことを踏まえて,既存の経営者の努力水準の決定 について考える.既存の経営者は自らの努力水準の選択が,後の他の主体の行動に影響を 与えるので,この影響を考慮して努力水準の決定を行う.
Vr≥Vhのときからみていく.このとき,既存の経営者は努力水準にかかわらず必ず買収 者による買収が成功する.従って買収されれば買収者によって解雇され,何も得られない.
よって既存の経営者の利得は,努力しなければ0であるが,努力すると−Cである.従っ て,経営者は努力しないことを選択する.
次にVr< Vhのときをみると,既存の経営者が努力したときには,努力コストCはかか るが,買収が起きず,私的便益を得られる.従ってΠm =B−Cの利得を得ることができ る.しかし努力をしなければ,買収者に解雇され,何も得られない.よって既存の経営者 は努力することを選択する.従って,敵対的買収の可能性がある場合,既存の経営者は自 らが努力を行うことで買収を回避できるならば,努力を行う.以上の結果を示したものが 図4.3である.
Vh Vr
C 0
Vr=Vh−C 努力せず、買収者に
既存の経営者が努力する Vr=Vh
買収させる
買収の脅威があることで,
経営者が努力するが,社会 的に最適な状態ではない
図4.3: 買収の脅威がある場合の経営者の決定