第 5 章 敵対的買収下のステークホルダーの救済的買収と経営者の保身行動 55
5.4 ステークホルダーがコントロール便益の一部を得られる場合
5.4.2 ステークホルダーによる投資水準の決定
既存の経営者がコントロール便益の一部しか得られない場合のステークホルダーの投資 水準の決定について考える.前節と同様,ステークホルダーの投資水準によって,買収競 争の均衡結果が異なるので,それぞれの均衡解を目的関数に代入して,最大化問題を解く ことで最適な投資水準を導き出す.ここでステークホルダーの利得式は
Π(e) =Vm+ (1−θ)ke−bst+θke+ (1−σ)B−ae2
2 (5.24)
である.したがって利得式から明らかなようにコントロール便益の一部をステークホルダー が得られるようになったとしても,投資水準に関係なく得られるため,投資水準の決定にコ ントロール便益は影響を与えない.前節と同様にそれぞれの範囲で最適な投資水準と,利 得を求めると,次のようにまとめることができる.
0 ≤e≤ ∆Vk のとき どのような投資水準を選択しても,潜在的買収者による買収が成功 する.したがって,何も得られないステークホルダーは投資を行わないことを選択する.
∆V
k ≤e≤ (1∆V−θ)k のとき ステークホルダーはbst =Vrを提示するので,最適な投資水準 は次の制約条件付き最大化問題を解くことで得られる.
maxe (Vm+ (1−θ)ek−Vr) +θek+ (1−σ)B− ae2
2 (5.25)
s.t. ∆V
k ≤e≤ ∆V (1−θ)k
制約条件を無視して一階条件を求めるとe= ka であり,これはファーストベスト水準と一 致する.ここで制約条件を考慮する.一階条件を満たす投資水準が,制約条件を満たさな いとき,最適な投資水準は端点解となる.すなわち,a≤ (1−θ)k∆V 2 のとき,e= (1∆V−θ)kであ り,利得は
Πst
( ∆V (1−θ)k
)
= 2θ(1−θ)k2−a∆V
2(1−θ)2k2 ∆V + (1−σ)B (5.26) であり,利得が非負となるのは
a≤ 2θ(1−θ)k2
∆V +2(1−θ)2k2
(∆V)2 (1−σ)B (5.27)
のときである.従って(5.27)式を満たす領域では,e= (1∆V−θ)kである.そうでなければ,最 適解は存在しない.
次に内点解のケース,すなわち,(1−∆Vθ)k2 < a < ∆Vk のケースを考える.このときの最適 な投資水準はe= kaであり,利得関数に代入すると,
Πst
(k a
)
= k2
2a−∆V + (1−σ)B (5.28)
であり,利得が正となるのは,a≤ 2(∆V−k(12−σ)B) を満たすときである.
∆V
(1−θ)k ≤eのとき ステークホルダーはbst =Vm+ (1−θ)ekを提示することになり,ス テークホルダーの利得は
(Vm+ (1−θ)ek−Vm+ (1−θ)ek) +θek+ (1−σ)B−ae2 2
よって,利得を整理すると,投資水準の決定問題は,次の制約条件付き最大化問題を解く ことで得られる.
maxe θke+ (1−σ)−ae2
2 (5.29)
s.t. e≥ ∆V (1−θ)k
よって最大化問題の解を求めると,a < θ(1∆V−θ)k2 のとき,e= θka であり,このときの利得は Πst
(θk a
)
= θ2k2
2a + (1−σ)B (5.30)
である.このとき,範囲内の任意のaに対して利得は正となることが分かる.また端点解の ときはe= (1∆V−θ)kのときと同じであり,(5.27)式を条件として得る.以上のことから,次 の命題を得る.
命題3 ステークホルダーの最適投資水準の決定は,コストパラメータaとステークホル ダーへの投資にによる企業価値の上昇分の分配率θの大きさによって決定される.
1. a < θ(1∆V−θ)k2 では,e∗ = θka となり,ファーストベストな投資水準のと比較して過少 投資である.(領域I)
2. θ(1∆V−θ)k2 ≤a <min{(1∆V−θ)k,2θ(1∆V−θ)k2 + 2(1(∆V−θ))22k2(1−σ)B}の領域では,e∗ = (1∆V−θ)k が選択され,ファーストベストな投資水準と比較すると過少投資である.(領域II)
3. (1∆V−θ)k < a≤ 2(∆V−k(12−σ)Bでは,e∗ = kaを選択し,ファーストベストのときの投資 水準と一致する.(領域III)
4. それ以外の領域では,e∗ = 0を選択する.(領域IV)
命題3の各領域を図示したものが,次の図5.4であり,図5.3と比較して上方にシフトし ていることが分かる.コントロール便益が得られるようになることで,利得が上昇し,そ の分,高い投資コストパラメータであっても,買収競争に勝つための投資を行えるように なったことを示している.また,このシフトは,社会的には潜在的買収者による買収が望 ましいにもかかわらず,既存の経営者が買収競争に勝ってしまうことから,過剰な買収防 衛策になることを示している.
a
0 1 θ
k2
△V
k2 2△V
k2 4△V
領域IV a= (1△−Vθ)k
k2 2(△V−(1−σ)B)
1 2
領域III 領域II
領域I
図5.4: ステークホルダーが私的便益の一部を得られる場合の交代領域