第 5 章 敵対的買収下のステークホルダーの救済的買収と経営者の保身行動 55
5.3 買収競争
5.3.2 ステークホルダーによる救済的買収
ステークホルダーによる救済的買収が起きる場合について考える.ここでは潜在的買収 者がターゲット企業の買収を考えているときに,ステークホルダーがどのような行動をと るかについて分析する.
ステークホルダーの買収オファー
ステークホルダーは潜在的買収者によるTOBがオファーされると,それに対抗TOBオ ファーを行うことで,既存の経営者の救済を行う.ここでいう救済とは先行研究と同様に,
ステークホルダーが過半数以上の株式を取得した後も,既存の経営者を経営者として残す ことを意味する.したがって,買収後も既存の経営者が経営を行うという意味で,コント ロール権は既存の経営者に残ると仮定する.よって,既存の経営者は救済的買収の場合,株 式を売却していたとしても私的便益は得られることとなる.ステークホルダーは既に決定 した投資水準eと潜在的買収者のオファー価格brを所与としてTOB価格を決定する.こ こでステークホルダーのオファーに既存の経営者や小株主が応じる条件について考える.
小株主の留保利得について考える.小株主は,潜在的買収者やステークホルダーによる 買収が起きず,株式を保持し続けた場合の利得は
(1−α)(Vm+ (1−θ)ek) (5.5)
であり,売却したときの利得はαbst である.したがって,小株主の一株あたりの留保価 格はVm+ (1−θ)keであり,彼らが売却する条件は,提示された価格が,留保価格以上,
かつ潜在的買収者の提示価格以上なので,ステークホルダーが TOB競争に勝つ条件は bst ≥Vm+ (1−θ)keかつbst ≥brである.一方,既存の経営者はステークホルダーのオ ファーに応じなければ
α(Vm+ (1−θ)ek) +B (5.6)
の利得となり,売却したときの利得は仮定よりαbst+Bであるので,小株主と同様の条件 で買収に応じる.したがって,ステークホルダーが買収に成功するときは,すべての株式 を入手することになるので,ステークホルダーが買収に成功したときの利得は
Vm+ (1−θ)ek−bst+θke (5.7) であり,利得が非負である限り,買収オファーを行う.よって(5.7)式から,ステークホル ダーが買収を行う条件
bst ≤Vm+ke (5.8)
が得られる.よって最適なオファー価格は潜在的買収者のオファー価格に応じて次のよう になる
b∗st =
Vm+ (1−θ)ek if 0≤br≤Vm+ (1−θ)ke br if Vm+ (1−θ)ke≤br< Vm+ke Vm+ke if Vm+ke < br
(5.9)
潜在的買収者のオファー
潜在的買収者のオファー価格の決定について考える.潜在的買収者は投資水準eを所与 として,ステークホルダーのオファー価格考慮しながらbrを提示することになる.このと き,小株主の留保価格は潜在的買収者がTOB競争に勝ったときに,株式を保有し続けたと きに一株当たりVrの利得を得られるので,小株主の留保価格はVrであり,また,ステー クホルダの提示価格以上の価格を提示しなければ,小株主は潜在的買収者のオファー価格 受け入れない.したがって,小株主の潜在的買収者への売却条件はbr> bstかつbr ≥Vrで ある.一方,既存の経営者も同様に株式を保有していることから,保有し続けたときの利
得br > Vrである.また,ステークホルダーの提示価格以上でなければならないが,既存の
経営者の場合,私的便益も失うので,それを考慮したbr≥bst+Bα の二つの条件を満たす とき,潜在的買収者に売却することになる.しかしながら,潜在的買収者にとっては過半 数以上の株式を保有する小株主全員から株式が買い取れれば,事実上,買収可能であるの で,買収価格の低い小株主から買収することになる.よって,提示する買収価格はbr =Vr
となる.
均衡戦略
両者のうち,高い価格を提示できた方が買収に成功する.潜在的買収者の最大提示価格 は,ステークホルダーの提示する価格に関係なくbr =Vrであり,一方,ステークホルダー の最大提示価格は(5.8)式で示されている.また,両者とも小株主の留保価格以上になるよ うに価格を提示しなければならない.ここで,分析の単純化のため,小株主は,留保価格 と同じ価格を提示されたならば,株式を売却し,また,潜在的買収者とステークホルダー が同じ価格を提示した場合は,ステークホルダーに株式を売却すると仮定する2.よって 均衡における価格提示について,次の補題にまとめておく.
補題 均衡におけるオファー価格(b∗st, b∗r)は,ステークホルダーによって実現できる企業 価値の大きさ,すなわち,ステークホルダーの投資水準の大きさによって次の均衡が実現 する.
1. e < ∆Vk のとき,均衡における価格の組は(b∗st, b∗r) = (Vm+ke, Vr)であり,b∗st < b∗r である.よって潜在的買収者のオファーに応じ,br=Vrで買収される.
2. ∆k ≤e≤ (1∆V−θ)kのとき,均衡における価格の組は(b∗st, b∗r) = (Vr, Vr)である.このと き,同じ価格を提示するが仮定より,同じ価格を提示したときはステークホルダーが 買収できるので,株主はステークホルダーのオファーに応じ,売却価格はbst =Vrで ある.
3. (1∆V−θ)k < eのとき,均衡における価格の組は(b∗st, b∗r) = (Vm + (1−θ)ke, Vr)であ り,b∗st > b∗r であるので,株主はステークホルダーのオファーに応じ,売却価格は bst =Vm+ (1−θ)keとなる.
補題1での結果を投資水準eと投資からの企業価値の上昇分の分配率θの関係で図示す ると,図5.2のようになる.
2ステークホルダーは潜在的買収者よりも高い価格を提示っできるときは,潜在的買収者よりも若干高い価 格を付ければよい.ここでは単純化のために,若干高く付ける分を無視して考えている.
0 1 θ e
△V k
e= (1△−Vθ)k
3のケース
2のケース
1のケース
図5.2: 実現する均衡価格の組(補題1)
ステークホルダーによる投資水準の決定
ステークホルダーの投資水準の決定について考える.ステークホルダーの投資水準によっ て買収競争での均衡結果が異なることから,投資水準eの大きさで場合分けして最適な投 資水準を考える.ここでは最適な投資水準を求めるために,まず制約条件を無視して目的 関数の最大化の一階条件を求め,その後,一階条件が制約条件を満たしているかを確認す る方法で行う.
買収競争後のステークホルダーの利得は,買収競争に負けた時は0であり,反対に買収 できる場合,ステークホルダーの利得をΠstと定義すると
Πst(e) = (Vm+ (1−θ)ek−bst) +θke−ae2
2 (5.10)
である.ここでeで場合分けして,最適な投資水準を考察する.
0≤e≤ ∆Vk のとき どの投資水準を選択しても,潜在的買収者が買収に成功するので,ス テークホルダーの利得は0である.よってステークホルダーは投資しなことを選択する.
∆V
k ≤e≤ (1∆V−θ)k のとき ステークホルダーはbst =Vrを提示するので,投資水準の決定 問題は,次の制約条件付き最大化問題を解くことで得られる.
maxe (Vm+ (1−θ)ke−Vr) +θke− ae2
2 (5.11)
s.t. ∆V
k ≤e≤ ∆V (1−θ)k
制約条件を無視して一階条件を求めるとe= ka であり,また制約条件を考慮すると,最適 な投資水準はコストパラメータの大きさに応じて,
e∗=
∆V
(1−θ)k if a < (1−∆Vθ)k2
k
a if (1−∆Vθ)k2 ≤a≤ ∆Vk2
∆V
k if ∆Vk2 < a
(5.12)
が得られる.それぞれの投資水準のときの利得は(5.12)式をそれぞれ(5.11)式に代入する と,a≤ (1−θ)k∆V 2 のときの利得は
Πst
( ∆V (1−θ)k2
)
= 2θ(1−θ)k2−a∆V
2(1−θ)2k2 ∆V (5.13)
であり,a≤ 2θ(1∆V−θ)k2 のとき利得が非負である.ここで利得の非負条件の右辺と(1−θ)k2
∆V の
を比較するとθ≥ 12 のとき,
2θ(1−θ)k2
∆V ≥ (1−θ)k2
∆V であることが分かる.
次に,(1−∆Vθ)k2 < a < ∆Vk では,e= ka であり,利得は Πst
(k a
)
= k2
2a−∆V (5.14)
であり,先ほどと同様に,利得の非負条件を利得関数から求めると,a≤ 2∆Vk2 (
< ∆Vk ) を満 たすときである.条件式を満たさないコストパラメータでは,正の投資水準をしても,利 得が負となる.
最後にa > ∆Vk のときを考える.目的関数(5.11)式にe= ∆Vk を代入したときの利得を 求めると,
Πst (∆V
k )
=−a(∆V)2
2k2 <0 (5.15)
である.よって,コストパラメータaについて,a > 2∆Vk2 では,投資を行わないこと(e= 0) を選択した方が,利得が負にならない.すなわち,最適解が存在しないことになる.
∆V
(1−θ)k ≤eのとき ステークホルダーはbst =Vm+ (1−θ)keを提示することになり,ス テークホルダーの利得は
Πst
(θk a
)
= (Vm+ (1−θ)ke−Vm+ (1−θ)ek) +θke−ae2 2
= θke−ae2
2 (5.16)
よって,投資水準の決定問題は次の制約条件付き最大化問題を解くことで得られる.
maxe θke−ae2
2 (5.17)
s.t. e≥ ∆V (1−θ)k
よって最大化問題の解を求めると,a < θ(1∆V−θ)k2(内点解条件)のとき,e= θka であり,こ のときの利得は
Πst (θk
a )
= θ2k2
2a (5.18)
である.一方,内点解条件の不等号が反対になったとき,e= (1−θ)k∆V であり,このときの
利得は(5.13)式と同じとなるので,非負条件も同じである.
以上のことから,ステークホルダーの最適投資水準の決定について,次の命題が成立する.
命題1 ステークホルダーの最適投資水準の決定は,コストパラメータaとステークホル ダーへの投資にによる企業価値の上昇分の分配率θの大きさによって決定される.
1. a < θ(1∆V−θ)k2 では,e∗ = θka となり,ファーストベストな投資水準のと比較して過少 投資である.(領域I)
2. θ(1∆V−θ)k2 ≤a <min{(1∆V−θ)k,2θ(1∆V−θ)k2}の領域では,e∗ = (1∆V−θ)kが選択され,ファー ストベストな投資水準と比較すると過少投資である.(領域II)
3. (1∆V−θ)k < a≤ 2∆Vk2 では,e∗= ka を選択し,ファーストベストのときの投資水準と一 致する.(領域III)
4. それ以外の領域では,e∗ = 0を選択する.(領域IV)
命題1の領域を図示したものが,次の図5.3である.命題1はファーストベストと比較 したときのステークホルダーの投資水準と既存の経営者の交代について調べた結果である.
命題1から言えることは,コストパラメータがある程度小さい範囲(a < 2∆Vk2 )では,分配 率θが小さいと非効率な経営者の交代が起きることを示している.すなわち,既存の経営 者による経営が望ましいにも関わらず,投資水準が低いため,社会的には非効率な買収が
生じていることを示している.しかし,分配率θが上昇すると,効率的な交代,すなわち,
既存の経営者がそのまま経営者である状態になるが,投資水準はファーストベストの投資 水準と比べて過小になってしまう.さらに分配率が大きくなると,社会的に望ましい投資 水準が実施される.反対にコストパラメータが大きい場合(a≥ 2∆Vk2 )では,社会的に望ま しい経営者の交代が起きる.
a
0 1 θ
k2
△V
k2 2△V
k2 4△V
領域I 領域II
領域III 領域IV-1
a= (1−θ)k△V
a= 2θ(1△−Vθ)k2
a= θ(1△−Vθ)k2 領域IV-2
図5.3: 命題1
また,それぞれの領域で得られる社会厚生をファーストベストのときの社会厚生と比較 すると,最適な買収の決定について次の命題を得る.
命題2
• 領域I,領域IIではステークホルダーによる買収が行われるが,投資水準がファース トベストより過少な水準なため,社会厚生はファーストベストのとき以下となる.
• 領域IIIでは,ファーストベストが達成される.
• 領域IVでは,領域IVのうち,a > 2∆Vk2 の領域を領域IV-1,残りの領域をIV-2 とすると,領域IV-1では潜在的買収者による買収が起き,これはファーストベスト