第 7 章 MBO は過剰買収防衛を引き起こすか 88
8.4 裁判所への提訴がないとき
8.4.1 潜在的買収者の買収価格の提示
既存の経営者の取得価格戦略が一括戦略のとき
6期での潜在的買収者の価格決定を考える.潜在的買収者は,既存の経営者の提示価格 bmと小株主の留保価格を所与として,どのような買収価格を提示するか決定する.潜在的 買収者が小株主の株式を買収できるのは,1.小株主の留保価格を上回ること(br> E( ˆVi)), 2.既存の経営者の提示価格より高い価格を提示すること(br> bm)の2つの条件を満たし たときである.小株主の株式さえ取得すれば買収可能だが,買収に成功したときの利得が 非負でなければ買収する意味がないので,潜在的買収者の参加条件は
Πr= (1−α)(Vr−br)≥0 (8.5) であり,(8.5)式を変形するとbr ≤Vrを得る.したがって潜在的買収者が買収できるのは,
br ≤Vrかつ,br≥max{bm, E( ˆVl)}を満たすときであり,よって潜在的買収者の提示価格 は,自己が実現できる企業価値Vrの大きさによって次のようになる.
シグナルVˆlを受け取った場合,Vr< E( ˆVl)の範囲では,潜在的買収者は小株主の留保価 格を上回る価格を提示できないので,小株主から株式を買収できない.したがって,どの
9ηはあらゆる値を取りうる可能性があるので,仮定した範囲以外での分析を行う必要はあるが,場合分け の数を変えるだけなので,最も興味深い範囲に限定している.
ような価格を提示するかは無差別であるが,分析の簡単化のため,留保価格上回らないと きは0を提示すると仮定する.
E( ˆVl)≤Vr ≤(1 +η)Vlの範囲では,小株主に対し留保価格以上の価格が提示可能であ り,既存の経営者の提示価格よりも僅かに高い価格を付けられれば買収可能である.よっ て,潜在的買収者は既存の経営者よりも僅かに高い価格bm+ε(εは非常に小さい値)を 提示する.そして(1 +η)Vl ≤Vrの範囲では,既存の経営者は,一括戦略で最大提示価格 (1 +η)Vl以上の価格を提示できるので,br = (1 +η)Vlを提示する.よって,潜在的買収 者の価格提示は,
br =
0 if Vr < E( ˆVl)
bm+ε if E( ˆVl)≤Vr<(1 +η)Vl (1 +η)Vl if (1 +η)Vl≤Vr
(8.6) で表され,グラフに示したものが図8.2である.このときの潜在的買収者の利得は
Πr=
0 if Vr< E( ˆVl)
(1−α)(Vr−bm) if E( ˆVl)≤Vr<(1 +η)Vl (1−α)(Vr−(1 +η)Vl) if (1 +η)Vl≤Vr
(8.7)
となる.
シグナルVˆhのとき,Vˆlのときと同様に考えると,潜在的買収者の価格提示は,同様に 自己の実現できる企業価値に応じて,
br=
0 if Vr< E( ˆVh) E( ˆVh) +ε if E( ˆVh)≤Vr
(8.8) となる.これは(8.3)式の仮定より,既存の経営者が一括戦略を採用しているとき,小株 主の留保価格を上回る価格を提示できないので,潜在的買収者は小株主の留保価格を上回 る価格提示ができれば買収可能になる.よってVr < E( ˆVh)のとき,潜在的買収者は小株 主の留保価格を上回る価格を提示できないので買収を行わない(すなわち,br= 0).
一方,E( ˆV)≤Vrのとき,潜在的買収者は小株主の留保価格より僅かに高い価格を示せ ば買収することができる.したがって,潜在的買収者の利得は,
Πr=
0 if Vr< E( ˆVh) (1−α)(Vr−E( ˆVh)) if E( ˆVh)≤Vr
(8.9) である.
E( ˆVl) Vr
E( ˆVl) Vr
br (1 +η)Vl
bm
E( ˆVl)
E( ˆVl) br
(1 +η)Vl
bm (1 +η)Vl
0 0
図8.2: 潜在的買収者の最適反応 既存の経営者の価格の決定
既存の経営者は,プロジェクトから実現する企業価値を知っているので,小株主の留保 価格と潜在的買収者が提示する価格を考慮しながら,提示価格を決定する.既存の経営者 のMBOが成功するための条件は潜在的買収者と同じく,小株主の留保価格と潜在的買収 者の価格の両方を上回る価格を提示したときである.潜在的買収者の提示価格の決定のと きと同様にシグナルと潜在的買収者のタイプで場合分けしながら,既存の経営者の提示す る価格の決定を考える.
最初にシグナルVˆlのときを考える.Vr < E( ˆVl)のとき,潜在的買収者が提示する価格 は(8.8)式より,小株主の留保価格を上回ることはない.よって既存の経営者の利得は提 示する価格に応じて以下のようになる.
Πim =
αVi if bm< E( ˆVi)
(1 +η)Vi−(1−α)bm if bm≥E( ˆVi) (8.10) 小株主の留保価格より低い取得価格bm < E( ˆVl)を提示すると,既存の経営者も潜在的 買収者も買収できないので,潜在的買収者の利得は(8.10)の1段目の式となる.一方,
bm ≥E( ˆVl)を提示すると,小株主から株式を買い取ることができるが,既存の経営者に とって取得価格はコストなので,できるだけ低い価格を提示したい.したがってbm =E( ˆVl) を提示し,利得は
Πm= (1 +η)Vi−(1−α)E( ˆVl)
を得る.ここでMBOに失敗したときと成功したときの利得を比較すると,MBOは η≥(1−α)
( E( ˆVl)
Vi −1 )
(8.11)
が成り立つとき,MBOを実現できる価格を提示した方が良いことが分かる.(8.3)式の仮 定より,
η≥ E( ˆVl)
Vl −1>(1−α) (
E( ˆVl) Vl −1
)
>0>(1−α) (
E( ˆVl) Vh −1
)
が成立しているので,既存の経営者はbm=E( ˆVl)を提示し,MBOを実施する.
次にE( ˆVl)≤Vr<(1 +η)Vlの範囲を考える.既存の経営者は,後に潜在的買収者が提示 する取得価格以上を提示しなければ,潜在的買収者に小株主の保有する株式を買収されて しまう.既存の経営者は潜在的買収者が提示できる最高価格Vr以上の価格提示が可能であ り,買収可能な取得価格で最も低い価格bm =Vrを提示したときの既存の経営者の利得は,
Πm= (1 +η)Vl−(1−α)Vr
となる.一方,bm < Vrを提示すれば,潜在的買収者による買収が生じ,利得はΠm=αVr
となる.よって,利得の大小関係を調べると,E( ˆVl)≤Vr <(1 +η)Vlより
(1 +η)Vi−(1−α)Vr−αVr= (1 +η)Vi−Vr >0 が成り立ち,既存の経営者はMBOが成功する価格を提示する.
最後に(1 +η)Vl ≤Vrのときを考える.この範囲では,潜在的買収者は,既存の経営者 が一括戦略で提示できる最大価格を上回る価格を付けることができ,かつ正の利得が得ら れる.よって潜在的買収者による買収が行われる.
シグナルVˆhのとき,既存の経営者は一括戦略を採用するとbm ≤(1 +η)Vl(< E( ˆVh))し か提示できなので,既存の経営者がMBOを成功させることはできない.Vr < E( ˆVh)の 範囲では,既存の経営者も潜在的買収者も小株主の留保価格を上回る価格を提示できない.
一方Vr ≥E( ˆVh)では,潜在的買収者は小株主の留保価格E( ˆVh)を提示する.よって,一 括戦略の場合,シグナルVˆlのときは既存の経営者によるMBOの可能性があるが,シグナ ルVˆhのときにはMBOは起きず,潜在的買収者による買収が行われる.