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経営者の戦略の決定

ドキュメント内 経営者による保身行動と買収防衛の経済分析 (ページ 136-142)

第 7 章 MBO は過剰買収防衛を引き起こすか 88

8.4 裁判所への提訴がないとき

8.4.3 経営者の戦略の決定

今まで既存の経営者がそれぞれの戦略を採用したときの価格決定についてみてきた.既 存の経営者は,最終的にどちらの戦略を採用するかを決定するので,均衡において一括戦 略と分離戦略のどちらが実現するかを考察する.すると,既存の経営者の戦略決定ついて 次の命題を得る.

命題1 既存の経営者の実現する企業価値とシグナルの発生によって,既存の経営者が選 択する戦略が異なり,E( ˆVl)< Vr<(1 +η)Vlの範囲において,シグナルVˆlを受け取った ときのみ均衡では一括戦略となり,それ以外では均衡では分離戦略,または無差別となる.

証明

ここでは,既存の経営者が分離戦略を採用したとして,一括戦略から逸脱する誘因があ るかどうかをチェックすることで,均衡戦略を求めていく.また,実現している既存の経 営者の企業価値,発生したシグナルsiVrの大きさによって,各戦略での価格決定が異な ることから,場合分けをして調べる.

Vr < Vlのとき,一括戦略bm(bm ≡blm = bhm)を採用したときの既存の経営者の利得を 考える.まず,bm< E( ˆVl)の範囲では一括均衡は存在せず,分離均衡が実現する.何故な らば,各タイプにとって一括戦略が均衡となるのは,両タイプにとって一括戦略を採用し たときの利得が分離戦略を選択したときの利得より大きくなるときである.一括戦略を採 用した場合,小株主は株式を売却せず,各タイプの既存の経営者の利得はΠim=αViとな り,分離戦略を採用したときの利得は(1 +η)Vi(1−α)Viである.したがって,一括戦 略が均衡となるための条件は

(1 +η)Vi(1−α)Vi ≤αVi

である.条件式を変形すると(1 +η)Vi > Viが成り立ち,一括戦略にとどまる誘因を両タイ プとも持たない.よって,この範囲では分離戦略均衡となる.次にblm =bhm ≥E( ˆVl)の範囲 を考える.一括戦略を採用したとき,bm =E( ˆVl)のとき,最大利得(1 +η)Vi−(1−α)E( ˆVi) を得る.このとき,分離戦略を採用したときの各タイプの利得は

Πlm = (1 +η)Vl(1−α)Vl>(1 +η)Vl(1−α)E( ˆVl) Πhm = (1 +η)Vh(1−α)Vh >(1 +η)Vl(1−α)E( ˆVl)

であり,Vhタイプは一括戦略を採用する誘因を持つが,Vlタイプは逸脱する誘因を持つの で,逸脱し,blm < E( ˆVl) となる価格を提示する.Vhタイプは同じ価格を付けようとして も,かえって利得が下がるので既存の経営者はbhm=Vh blm =Vlを提示する.よって分 離戦略均衡が実現する.

シグナルVˆlのとき,Vr < Vlでは,一括戦略bm=E( ˆVl)を採用しても,(8.3)式の仮定 より Vlタイプは買収したときの利得が大きく,また逸脱するインセンティブを持つ.Vh イプも,Vlタイプと同じ価格を提示するよりは,bhm =Vhを提示した方が高い利得を得ら れる.よって,均衡においては分離戦略(blm=Vl, bhm =Vh)となる(図8.3).

Πim

Vhタイプの一括戦略のときの利得

Vlタイプの一括戦略のときの利得

Vhタイプの分離戦略のときの利得 Vlタイプの分離戦略のときの利得

0 Vr Vl E( ˆVl) Vh bim

αVl αVh

図8.3: それぞれの戦略における各タイプの利得

Vl ≤Vr < E( ˆVl)の範囲でも,少なくともどちらかのタイプが一括戦略から逸脱する動 機があることを示す.まずVr≤bm< E( ˆVl)の範囲では,先程と同様に小株主は既存の経 営者に株式を売却せず,各タイプの利得はΠim =αViである.分離戦略のとき,既存の経 営者はMBOを成功させるためにはVr以上の価格提示が必要であることに注意して,各タ イプの利得を求めると,

Πlm = (1 +η)Vl(1−α)Vr > αVl Πhm = (1 +η)Vh(1−α)Vh> αVh なので,両タイプとも逸脱する.

bm ≥E( ˆVl)の範囲では,先程と同様の議論となり,一括戦略は均衡を維持できず,分離 均衡(blm=Vr, bhm =Vh)が実現する.(図8.4).また,シグナルVˆh のときもVr < Vlの範 囲のときと議論は何も変わらないので,同じ結果となる.

E( ˆVl)≤Vr<(1 +η)Vlの範囲を考える.この範囲において,シグナルVˆlが出現したと き,一括戦略bm=Vrが実現することを示す.

Πim

Vhタイプの一括戦略のときの利得

Vlタイプの一括戦略のときの利得 Vhタイプの分離戦略のときの利得 Vlタイプの分離戦略のときの利得

0 Vl Vr E( ˆVl) Vh bim

αVl

αVh (1 +η)Vl

(1 +η)Vl

αVr

E( ˆVh) Vh

図8.4: 分離均衡が実現するとき

bim < Vr(blm̸=bhm)のときを考える.この範囲内に既存の経営者が逸脱して,分離戦略を とったとしても,潜在的買収者による買収が成功するので,既存の経営者の利得はΠim=αVr となる.一方,一括戦略bim =Vrを提示すれば,Πlm = (1 +η)Vl(1−α)Vrが得られる ので,逸脱して分離戦略のときの利得と,一括戦略のときの利得を比較すると,(8.3)式の 仮定より(1 +η)Vl(1−α)Vr > αVrが明らかである.よって,bim < Vrの範囲で分離戦 略に逸脱しない.blm < Vr < bhmとなるような分離戦略に逸脱したとき,Vlタイプの利得 はΠlm =αVrであり,VhタイプはΠhm = (1 +η)Vh(1−α)Vhである.よって,一括戦 略のときの利得と分離戦略のときの利得を比較すると,両タイプとも一括戦略のときが大 きい.よって異なる価格をつけるインセンティブを持たない.ゆえに,既存の経営者は一 括戦略blm =bhm =Vrを提示する(図8.5).

次にシグナルVˆhのとき,Vr< E( ˆVh)なので,一括戦略ときの留保価格より分離戦略の ときの方がVlタイプの既存の経営者の利得は高くなる.したがって,MBOを諦め,より 低い価格を付け,タイプを明らかにしようとする.一方,Vhタイプはbhm < E( ˆVh)の価格 を提示しても,利得が減少するだけなので,Vlタイプの価格を真似せず,bhm =Vhを選択 するインセンティブを持つ.よって一括均衡は維持されず,分離均衡(blm =Vr, bhm =Vh)

Πim

Vhタイプの一括戦略のときの利得

Vlタイプの一括戦略のときの利得 Vhタイプの分離戦略のときの利得

Vlタイプの分離戦略のときの利得

0 E( ˆVl) Vl Vh bim

αVl αVh (1 +η)Vl

(1 +η)Vl

αVr

E( ˆVh) Vh

図 8.5: 一括均衡のケース が実現する.

(1 +η)Vl< Vrの範囲で分離均衡が実現することを示す.VlタイプがMBOを実施するに は少なくともVrの価格提示が必要である.このときの利得を求めるとΠlm = (1 +η)Vl (1−α)Vr であり,MBOを断念すれば,既存の経営者はΠlm =αVrを得る.ここで大小関 係を比較すると,この範囲では(1 +η)Vl(1−α)Vr < αVrなので,bim= 0を提示し,Vh タイプは同じ価格を提示するよりbhm =Vhを提示した方が利得が高い.よって,均衡では 分離戦略blm = 0, bhm =Vh が実現する(図8.6).

シグナルVˆhのとき,先程と同様の議論によって均衡においては分離戦略blm =Vr, bhm=Vh となる(図8.7).さらにVh< Vrの範囲になると,均衡では分離戦略blm = 0, bhm=Vr

なり,(1 +η)Vh < Vrの範囲では,もはや,どちらの戦略をとったとしても既存の経営者

はどちらのタイプであっても潜在的買収者より高い価格を提示できないので,潜在的買収 者による買収が起きることになり,戦略の選択は無差別となる.

証明終

Πim

Vhタイプの一括戦略のときの利得

Vlタイプの一括戦略のときの利得

Vhタイプの分離戦略のときの利得

Vlタイプの分離戦略のときの利得

0 Vl E( ˆVl) Vh bim

αVl αVh (1 +η)Vl

(1 +η)Vl

αVr

E( ˆVh) Vh

図 8.6: 分離均衡のケース((1 +η)Vl < Vr< Vh)

以上のことから,潜在的買収者が強力でないときは,VlタイプはMBOによる利得を少し でも得るために自己のタイプを明らかにし,小株主の留保価格を下げるようとする.一方,

Vhタイプはレントを大きくするために,Vlタイプの価格と同じ価格を提示しようとする.

しかしVlタイプが付ける価格をVhタイプが追随しようとしても,Vlタイプは,Vh タイ プがMBOを断念するところまで価格を下げる.その結果,Vhタイプは同じ価格を付けて MBOを断念するよりも,異なる価格を付けて,自己のタイプ明らかにし,MBOを実施し た方が利得は高くなるため,分離戦略を選択する.

ある程度強力なライバルが現れると,Vlタイプは低い価格を付けるとMBOが実現でき ないので,MBOが実現できる価格を選択する.その価格はVhタイプにとって真似するこ とができる価格であり,より多くのレントが得られるようになる.その結果,小株主には,

既存の経営者のタイプが明らかにされず,本来高い企業価値を生むVhタイプに,より低 い価格で買い取られてしまう.さらに,非常に強力な潜在的買収者が現れると,もはやVl タイプの既存の経営者はMBOを実施したときの利得が,実施しないときよりも低いので MBOを断念し,一方,Vhタイプは,タイプを明らかにしてでもMBOを成功させた方が より高い利得を得られるので,MBOを成功させる価格を提示する.

Πim

Vhタイプの一括戦略のときの利得

Vlタイプの一括戦略のときの利得

Vhタイプの分離戦略のときの利得

Vlタイプの分離戦略のときの利得

0 Vl E( ˆVl) Vh bim

αVl αVh (1 +η)Vl

(1 +η)Vl αVr

E( ˆVh) Vh

Vr

図8.7: シグナルVˆhかつ(1 +η)Vh< Vrのケース

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