• 検索結果がありません。

既存の経営者の提示価格の決定

ドキュメント内 経営者による保身行動と買収防衛の経済分析 (ページ 145-149)

第 7 章 MBO は過剰買収防衛を引き起こすか 88

8.5 小株主が提訴できる場合

8.5.3 既存の経営者の提示価格の決定

既存の経営者は,小株主による裁判での提訴と潜在的買収者の提示価格を考慮しながら,

分離戦略と一括戦略のどちらを選択するかを決定する.提訴されない場合は8.4節での価 格決定と同様なので,ここでは提訴されるqpのパラメータの範囲に限定し,均衡にお ける戦略の決定を考える.

提訴されるとき,発見されればMBOに成功したときの企業価値の増加分も含めて買取 価格と認定されるので,既存の経営者の期待利得は,

m =q{(1 +η)Vi(1−α)(1 +η)Vi}+ (1−q){(1 +η)Vi(1−α)bm} であり,一方,MBOを断念したときの利得は,

EΠm=q{(1 +η)Vi(1−α)(1 +η)Vi}+ (1−q)αmax{E( ˆVl), Vi, Vr}

である.ここで利得を比較すると,第2項の大きさで大小関係が決まることが分かる.す なわち,MBOを実施できる価格を提示するかどうかは,裁判所の真の企業価値の発見確率 qの大きさは関係なく,第2項の利得の大きさのみで決まることを意味している.そこで 均衡では,一括戦略と分離戦略のどちらが実現するかを分析すると,提訴がある場合,既 存の経営者の均衡戦略について次の命題を得る.

命題3 既存の経営者は小株主による提訴の可能性がある場合は,E( ˆVl)< Vr<(1 +η)Vl の範囲において,シグナルVˆlを受け取ったときのみ均衡では,

q≥ Vh−Vr ηVh+Vh−Vr

を満たすとき,分離戦略,反対に,満たさないときは一括戦略が均衡戦略となる.それ以 外では均衡では分離戦略,または無差別となる.

証明

Vr< Vlの範囲で,シグナルVˆlを得ているとき,一括戦略での既存の経営者がMBOに 成功するような価格bm=E( ˆVl)を提示したときの期待利得は

m=q{(1 +η)Vi(1−α)(1 +η)Vi}+ (1−q){(1 +η)Vi(1−α)E( ˆVl)} (8.16) である.一方, タイプが逸脱して,より低い異なる価格を付けると,利得は

Πlm= (1 +η)Vl(1−α)Vl (8.17) が実現する.(8.16)式,(8.17)式を比較するために(8.17)式から(8.16)式を引くと,Vlタ イプは

(1−α){(1−q)(E( ˆVl)−Vl) +qηVl}>0 (8.18) が成り立つ.すなわち,逸脱するインセンティブがあることが分かる.よって,Vlタイプは 一括戦略から逸脱する動機をもつので,一括戦略は均衡とはならない.またVhタイプはVl

タイプと同じ価格bhm =Vlを提示するよりも,異なる価格bhm=Vhを提示した方がより高 い利得を得られ,逸脱するインセンティブを持たない.したがって(blm, bhm) = (Vl, Vh)が均 衡戦略となる.シグナルVˆhを得たときも同様の議論により,分離戦略(blm, bhm) = (Vl, Vh) が均衡戦略となる(8.9)

Vl < Vr < E( ˆVl)の範囲では,Vlタイプは分離戦略のとき,MBOを成功させるために blm =Vrを提示しなければならず,一括戦略を採用し,MBOを実施するためには,両タイ プともbim ≥E( ˆVl)の価格提示が必要である.一括戦略のとき,両タイプはbim =E( ˆVl) 提示するときの利得が最も高い.しかし,Vlタイプは一括戦略から逸脱し,bim ≤E( ˆVl) Vhタイプと異なる価格blm =Vrを選択すれば,Πlm= (1 +η)Vl(1−α)Vrを得られ,一括 戦略のときの期待利得と比較すると,(1 +η)Vl−Vr+ (1−q)E( ˆVl)>0が成り立ち,逸脱し たときの利得の方が大きい.よってVlタイプは逸脱するインセンティブを持つ.VhタイプVlタイプが付けた価格bim=Vrと同じ価格を付けてMBOを断念するよりはbhm=Vh 選択した方が高い利得を得られる.よって分離均衡(blm, bhm) = (Vr, Vh)が実現する.シグ ナルVˆhが実現したときも同様の議論により,分離戦略(blm, bhm) = (Vr, Vh)が均衡となる.

E( ˆVl)< Vr <(1 +η)Vlの範囲について考える.今までと同様,一括戦略から分離戦略 に逸脱する動機があるかどうかをチェックして均衡戦略を調べる.この範囲での一括戦略

Vl E( ˆVl)

(1 +η)Vl

E( ˆVh) Vh (1 +η)Vh bim Πim

αVl αVr αVh

(1 +η)Vl Vh

0

図8.9: 提訴がある場合(Vr< Vl)

bim=Vrの提示であり,Vlタイプの利得は

m=q{(1 +η)Vl(1−α)(1 +η)Vl}+ (1−q){(1 +η)Vl(1−α)Vr}

であるが,さらに低い価格を提示しようとすると,潜在的買収者よりも低い価格を提示す ることになるので,利得はΠlm =αVrとなる.ここで大小関係を比較すると

q{(1 +η)Vl(1−α)(1 +η)Vl}+ (1−q){(1 +η)Vl(1−α)Vr} −αVr

= {(1 +η)Vl−Vr}{1−q(1−α)}>0

となり,逸脱インセンティブを持たない.一方,Vhタイプが逸脱するインセンティブを持 つかを確認するためにbhm =Vhを付けたときの利得Πhm = (1 +η)Vh(1−α)Vhと一括戦 略のときの利得を比較すると,

(1 +η)Vh(1−α)Vh

[q{(1 +η)Vh(1−α)(1 +η)Vh}+ (1−q){(1 +η)Vh(1−α)Vr}]

= (1−α)q{(1 +η)Vh−Vr} ≥(1−α)(Vh−Vr) (8.19)

ならば,一括戦略は均衡として維持されず,分離戦略(blm, bhm) = (Vr, Vh)が均衡戦略とな

る.(8.19)式の不等号の向きが反対になれば,一括戦略から逸脱するインセンティブを持

たず,blm =bhm =Vrが均衡戦略となる(8.10,図8.11).シグナル を観察しているとき,

少なくとも タイプが逸脱するインセンティブをもつので,分離戦略 が均衡戦略となる.

Vl E( ˆVl) (1 +η)VlE( ˆVh) Vh (1 +η)Vh

bim Πim

αVl

αVr

αVh (1 +η)Vl

Vh

0

図 8.10: E( ˆVl)< Vr<(1 +η)Vlの範囲で分離均衡が実現する場合

(1 +η)Vl < Vrの範囲では,前節同様,一括戦略は均衡戦略にならず,既存の経営者の提

示価格は,第2項の利得の正負で決まり,(1 +η)Vl < Vrのとき,Vlタイプは(1 +η)Vl< bm

となる価格を付けると,MBOを断念したときの利得が高くなる.よって,bim = 0を選択 する.したがって,均衡戦略は分離戦略となり,blm = 0, bhm =Vhが実現する(8.12)

シグナルVˆhのとき,先程と同様の議論によって均衡においては分離戦略blm =Vr, bhm=Vh

となる.

Vh < Vrの範囲では,均衡戦略は分離戦略となりblm = 0, bhm =Vrである.また,(1 +

η)Vh < Vrの範囲では,既存の経営者のタイプにかかわらず,潜在的買収者より高い価格

を提示できないので,潜在的買収者による買収が起き,戦略の選択は無差別となる.

証明終

Vl E( ˆVl)

(1 +η)VE( ˆVlh) Vh (1 +η)Vh bim Πim

αVl αVr αVh (1 +η)Vl Vh

0 Vr

図 8.11: E( ˆVl)< Vr<(1 +η)Vlの範囲で一括均衡が実現する場合

これは提訴の可能性があることで,一括戦略を選択したときの期待利得が下がるため,Vh タイプはそれを防ぐために,分離戦略を選択し,より高い利得を確保しようとするインセ ンティブが働くことを意味している.一方,提訴による真の企業価値を発見する確率が低 い場合,一括戦略をとった方がVhタイプにとっては,タイプが分からないことからのレン トを得られるため,タイプを自ら明らかにする分離戦略を選択するインセンティブはない.

このように提訴が無いときは,E( ˆVl) < Vr <(1 +η)Vlの範囲において,分離戦略に逸 脱する可能性が全くなかったが,小株主の提訴により,裁判所に真の企業価値が発見され る可能性が高ければ,既存の経営者は,自らのタイプを申告させるような価格戦略をとら せる効果があるといえる(図8.13).

ドキュメント内 経営者による保身行動と買収防衛の経済分析 (ページ 145-149)