第 7 章 MBO は過剰買収防衛を引き起こすか 88
7.4 既存の経営者による 1 期目の私的便益割合の決定
br
ϕr
αVr
γ 1
0
Πr= 0
¯bm
ϕ˜r
(1−ϕ0)V0
br
ϕr
αVr
γ 1
0
Πr = 0
¯bm
ϕ˜r
(1−ϕ0)V0
図 7.7: Vm< Vr−Cのときの均衡解(左:端点解,右:内点解)
敵対的買収者はTOBを成功させられそうな場合は,ある程度の私的便益を得ることで,
自己の提示価格を高くすることができる.すなわち,提示価格の原資の一部とすることで,
TOBを成功させようとする.しかしながら,買収コストが上昇してしまえば,小株主の留 保価格以上の価格が提示できなるなので,TOBを断念することになる.一方,既存の経営 者は買収コストが小さい間はMBOによる追加的企業収益がある程度大きくなければMBO を成功させることができないが,買収コストが高くなるにつれて,追加的企業収益が小さ くとも,MBOを成功させることができる.
命題2 既存の経営者がMBOに成功するときは2期目のTOBに対抗するためにある程 度の私的便益を得ようとする.このときどれくらいの私的便益を得るかはコストパラメー タaの大きさによって決まる.また,MBOに失敗するときは,TOB後の利得を上昇さ せるためにできるだけ私的便益を得ようとしない.
この命題2について,各領域での既存の経営者の私的便益割合の決定について考える.領 域VI,VII以外ではVmの大きさで2期目の結果が異なるので,場合分けしてϕ0の決定を 考える.
領域Iの場合 Vm ≥Vr−Cから考える.このとき既存の経営者によるMBOが成功する ので,そのことを考慮しながら,ϕ0を決定する.このときの既存の経営者の利得は(7.15) 式なので,次の最大化問題を解くことになる.
maxϕ0
α(1−ϕ0)V0+Vm−(1−α)Vr−aϕ20 2 s.t. 2(C+γ)−(2−α)Vr
2V0 ≤ϕ0 <1
目的関数をみると,ϕ0について単調減少であることが分かるので,既存の経営者はできる だけ私的便益を小さくしたいことが分かる.よって最適な私的便益割合は
ϕ∗0 = 2(C+γ)−(2−α)Vr 2V0
(7.25) である.
次にαVr−α2γVr2 −ϕ0V0≤Vm < Vr−Cのときを考える.このとき,敵対的買収者が2 期目の買収競争で勝つことから,そのことを考慮すると,既存の経営者は次の最大化問題 を解くことになる.
max α(1−ϕ0)V0+Vm+ϕ0V0−aϕ20
2 (7.26)
s.t. 2(C+γ)−(2−α)Vr
2V0 ≤ϕ0 <1
制約条件を無視して一階条件をから内点解を求めるとϕ0= (1−aα)V0 が得られる.ここで内 点解が制約条件を満たす条件を求めると,γ ≤V0−C+(2−2α)Vr のとき,内点解が存在す る.仮定よりγ > αVrであることから,大小関係を比較すると,C ≤V0+ (2−3α)V2 r なら
ば,V0−C+(2−α)V2 r ≤αVrであることが分かる.今,潜在的買収者の買収自体のコスト Cの限定している範囲(1−α)V0+(2−3α)V2 r < C ≤V0+(2−5α+α2 2)Vr では領域Iの範囲の 存在条件と内点解の存在条件を満たしたている.よって最適解はコストパラメータによっ て次のようになる.
ϕ∗0 =
1 if 0< γ≤(1−α)V0
(1−α)V0
a if (1−α)V0 < γ < 2(C+γ)2(1−−α)V(2−02α)V
r
2(C+γ)−(2−α)Vr
2V0 if 2(C+γ)2(1−−α)V(2−02α)V
r ≤γ
(7.27)
次に0< Vm < αVr−α2γVr2 −ϕ0V0の場合を考える.先ほど同様に既存の経営者は2期 目の買収競争でMBOを成功できず,敵対的買収者によるTOBが成功するので,次の最 大化問題を解くことになる.
max α{(1−ϕ0)V0+α (
1−αVr
γ )
−aϕ20
2 (7.28)
s.t. 2(C+γ)−(2−α)Vr
2αV0 ≤ϕ0<1
目的関数はϕ0に関して単調減少関数なので,出来るだけ私的便益割合を小さくしたいことが 分かる.よって端点解となり,コストパラメータaの大きさに関係なく,ϕ∗0= 2(C+γ)2(1−−α)V(2−02α)V
r
が最適解となる.
領域IIの場合 領域Iの場合と同様に場合分けして,既存の経営者の最大化問題を考える.
領域Iと異なるのは制約条件のみである.Vm≥Vr−Cのとき,既存の経営者は次の最大 化問題を解くことになる.
max
ϕ0
α(1−ϕ0)V0+Vm−(1−α)Vr−aϕ20 2 s.t. max
{2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0 ,C−(1−α)Vr V0
}
≤ϕ0
≤ 2(C+γ)−(2−α)Vr
2αV0
目的関数はϕ0について単調減少なので,既存の経営者はできるだけ私的便益を小さくした いことが分かる.ここで制約条件の左辺の大小関係を調べると,
γ ≥(1−α)(V0−C) +2−3α+ 2α2 2
のとき
2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0 ≥ C−(1−α)Vr V0
である.よって等号で成立する値が交点であり,交点の値がαVrより大きくなるのはC≤
V0+2−2(15α+2α−α)2 のときであり,今限定している範囲はこの条件を満たしている.よって最適
な私的便益割合は
ϕ∗0 =
C−(1−α)Vr
V0 if 0< γ <(1−α)(V0−C) + (2−3α+2α2 2)Vr
2{C+γ−(1−α)V0}−(2−α)Vr
2αV0 if (1−α)(V0−C) +(2−3α+2α2 2)Vr
≤γ < V0−C+(2−α)V2 r (7.29) となる.
次にαVr−α2γVr2 −ϕ0V0≤Vm < Vr−Cのときを考える.このとき,敵対的買収者が2 期目の買収競争で勝つことから,そのことを考慮すると,既存の経営者は次の最大化問題 を解くことになる.
max α{(1−ϕ0)V0+Vm+ϕ0V0−aϕ20
2 (7.30)
s.t. max
{2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0 ,C−(1−α)Vr
V0
}
≤ϕ0
≤ 2(C+γ)−(2−α)Vr
2αV0
(7.31) 制約条件を無視して一階条件を求めるとϕ0= (1−aα)V0 が得られる.ここで制約条件を満た すかどうかを調べると,最適解はコストパラメータaと敵対的買収者のコストパラメータ γの大きさによって次のようになる.まず内点解となるのは
2(1−α)V02 2(C+γ)−(2−α)Vr
< a <min
{ (1−α)V02 C−(1−α)Vr
, 2α(1−α)V02
2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
}
である.
一方,a≥max{C(1−−(1α)V−α)V02r,2{C+γ−2α(1(1−α)V−α)V02
0}−(2−α)Vr}のとき,端点解となり,γの大きさ によって最適解は
ϕ∗0 =
C−(1−α)Vr
V0 if αVr≤γ ≤(1−α)(V0−C) +2−3α+2α2 2Vr
2{Cγ−(1−α)V0}−(2−α)Vr
2αV0 if γ >(1−α)(V0−C) +2−3α+2α2 2Vr (7.32) となる.反対にa≤ 2(C+γ)2(1−−α)V(2−02α)Vr のときはϕ∗0 = 2(C+γ)2αV−(2−α)Vr
0 となる.
次に0< Vm < αVr−α2γVr2 −ϕ0V0の場合を考える.既存の経営者は2期目の買収競争 で敵対的買収者に負け,MBOが実施できないので,次の最大化問題を解くことになる.
max α{(1−ϕ0)V0+α (
1−αVr γ
)
−aϕ20
2 (7.33)
s.t. max
{2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0 ,C−(1−α)Vr
V0
}
≤ϕ0
≤ 2(C+γ)−(2−α)Vr
2αV0
(7.34) 目的関数をみると単調減少関数であるので,出来るだけ私的便益割合を小さくしたいこと が分かる.よって端点解となり,コストパラメータaの大きさに関係なく
ϕ∗0 =
C−(1−α)Vr
V0 if αVr≤γ ≤(1−α)(V0−C) +2−3α+2α2 2Vr
2C−2(1−α)V0−(2−α)Vr+2γ
2αV0 if γ >(1−α)(V0−C) +2−3α+2α2 2Vr (7.35) が最適解となる.
領域IIIの場合 今までと同様に場合分けして,既存の経営者の最大化問題を考える.先 ほどと同様に異なるのは制約条件のみである.Vm≥Vr−Cのとき,既存の経営者は次の 最大化問題を解くことになる.
max
ϕ0
α(1−ϕ0)V0+Vm−(1−α)Vr−aϕ20 2 s.t. C−(1−α)Vr
V0 ≤ϕ0≤min
{2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0 ,1
}
目的関数はϕ0について単調減少なので,既存の経営者はできるだけ私的便益を小さくした いことが分かる.よって最適な私的便益割合は
ϕ∗0= C−(1−α)Vr
V0 (7.36)
となる.
次にαVr−α2γVr2 −ϕ0V0≤Vm < Vr−Cのときを考える.このとき,敵対的買収者が2 期目の買収競争で勝つことから,そのことを考慮すると,既存の経営者は次の最大化問題 を解くことになる.
max α{(1−ϕ0)V0+Vm+ϕ0V0−aϕ20
2 (7.37)
s.t. C−(1−α)Vr
V0 ≤ϕ0≤min
{2{Cγ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0 ,1
}
(7.38)
制約条件を無視して一階条件を求めるとϕ0= (1−aα)V0 が得られる.今まで同様に端点解と なる条件を求める.最適解はコストパラメータaと敵対的買収者のコストパラメータγの 大きさによって次のようになる.
max
{ (1−α)V02
C−(1−α)Vr, 2α(1−α)V02
2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr }
< a < 2(1−α)V02 2(C+γ)−(2−α)Vr のとき,内点解となる.一方,a ≥max{C(1−−(1α)V−α)V02r,2{C+γ−2α(1(1−α)V−α)V02
0}−(2−α)Vr}のとき,端 点解となり,最適解は次のようになる.
ϕ∗0= C−(1−α)Vr
V0 if a > (1−α)V02
C−(1−α)Vr (7.39)
となる.一方,
ϕ∗0 =
2C−2(1−α)V0−(2−α)Vr+2γ
2αV0 if γ ≤V0−C+(2−α)V2 r
1 if γ > V0−C+(2−2α)Vr (7.40) となる.
次に0< Vm < αVr−α2γVr2 −ϕ0V0の場合を考える.先ほど同様に既存の経営者は2期 目の買収競争でMBOを成功できず,敵対的買収者によるTOBが成功するので,次の最 大化問題を解くことになる.
max α{(1−ϕ0)V0+α (
1−αVr γ
)
−aϕ20
2 (7.41)
s.t. C−(1−α)Vr
V0 ≤ϕ0≤min
{2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0
,1 }
(7.42) 目的関数をみると単調減少関数であるので,出来るだけ私的便益割合を小さくしたいこと が分かる.よって端点解となり,コストパラメータaの大きさに関係なく,ϕ∗0 = C−(1V−α)Vr
0
が最適解となる.
以上のことから,MBOが成功する場合や,企業価値Vmが中程度の場合は,既存の経営 者の私的便益割合ϕ0の決定について次のことが言える.MBOに成功する場合は,既存の 経営者が小株主に提示する価格を下げる効果をもち,ϕ0が大きくなるほど,留保価格を下 げることができる.また,企業価値が中程度の場合は,MBOに失敗するものの,ϕ0は,潜 在的買収者のϕrの決定に影響を与え,ϕ0が大きくなるほど,ϕrを下げる効果を持つ.ϕr が低くなれば,TOBが実施された場合の既存の経営者の利得を上昇させることができる.
その一方でϕ0は,1期目の利得を下げる効果があるので,両方の効果を考慮して,最適な 私的便益割合を決定しようとする.しかしながら,極端にVmが小さい場合には,私的便 益割合ϕ0を低くすることで,自己の利得をできるだけ大きくしようとする.これらの場合 では,私的便益割合を操作しても,後の敵対的買収者が決定する私的便益割合ϕrに影響を 与えることができないからである.
領域IV,Vの場合 次に領域IV,Vの場合を考える.これらの場合もVmで場合分けするこ とになるが,場合分けの境界となるVmの値と制約条件が異なる以外に最大化問題は変わ らない.よって,それぞれの場合での結果のみを示す.
領域IV Vm > α(1−ϕ˜r)Vr−ϕ0V0のとき,既存の経営者によるMBOが成功するので,
最大化問題は以下の通りである.
max V0+Vm−(1−α)(1−ϕ0)V0−aϕ20
2 (7.43)
s.t. max
{C−(1−α)Vr
V0 −α2Vr2 2γV0
,2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0
}
≤ϕ0 < C−(1−α)Vr
V0
(7.44) 同様に最大化問題を解くと,ϕ0 = (1−α)Va 0 を得られる.ここで制約条件より内点解条件を 求めると,
(1−α)V02 C−(1−α)V0
< a
<min
{ 2γ(1−α)V02
2γ{C−(1−α)Vr} −α2Vr2, 2α(1−α)V02
2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
}
(7.45) となり,それ以外では端点解となる.
αVr−α2γVr2 −ϕ0V0 ≤Vm< α(1−ϕ˜r)Vr−ϕ0V0の場合,このときの経営者の目的関数は Πm =α(1−ϕ0)V0+Vm+ϕ0V0− aϕ20
2
であり,制約条件は同じである.同様に制約条件を無視して一階条件を求めると,ϕ0 =
(1−α)V0
a を得られるので,Vm > α(1−ϕ˜r)Vr−ϕ0V0のときと同様の議論になる.
0< Vm< αVr−α2γVr2 −ϕ0V0のとき,ϕ0はできるだけ低い方がよいので,
ϕ∗0 = max
{C−(1−α)Vr
V0 − α2Vr2
2γV0,2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0
}
となる.
領域Vの場合 領域Vでは制約条件が C−(1−α)Vr
V0 −α2Vr2
2γV0 ≤ϕ0 <min
{2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0 ,C−(1−α)Vr
V0
}
に変わるだけである.領域IVでもみたように,Vm ≥αVr−α2γVr2 −ϕ0V0では,制約条件 を無視したときの一階条件がϕ0= (1−aα)V0 であることから,制約条件より,内点解になる のは
max
{ (1−α)V02
C−(1−α)V0, 2α(1−α)V02
2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr }
≤a≤ 2γ(1−α)V02
2γ{C−(1−α)Vr} −α2V02 の範囲である.
次にVm < αVr−α2γVr2 −ϕ0V0についても同様に最大化問題を考えると,Vm ≥αVr−
α2Vr2
γ −ϕ0V0と同様の議論であることが分かる.よって得られる結果は同じである.
0< Vm< αVr−α2γVr2 −ϕ0V0のとき,目的関数からϕ0はできるだけ小さい方がよいの で,最適な私的便益割合は
ϕ∗0= C−(1−α)Vr
V0 −α2Vr2 2γV0
領域VI,VIIの場合 この場合,敵対的買収者は小株主の留保価格を超えることがない ので,MBOが成功し,既存の経営者は次の最大化問題を解くことになる.領域ごとに制 約条件がことなるので,それぞれの最大化問題は次のようになる.
領域VIでは,
maxϕ0
V0+Vm−(1−α)(1−ϕ0)V0−aϕ20
2 (7.46)
s.t. 2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0 < ϕ0 < C−(1−α)Vr
V0 −α2Vr2 2γV0 (7.47) 一階条件を求めると,制約条件を無視できるならば,最適な私的便益割合はϕ0= (1−aα)V0 である.ここで制約条件から最適な私的便益割合が内点解となる条件を求めると,
2γ(1−α)V02
2γ{C−(1−α)Vr} −α2Vr2 < a < 2α(1−α)V02
2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
a
γ
(1−α)V02 C−(1−α)Vr
(1−α)V0
0 αVr
(1−α)(V0−C) +2−3α+22 Vr
V0−C+ (2−2α)Vr 領域Iの内点解領域
領域IIの内点解領域 a
γ (1−α)V0
0 αVr
(1−α)(V0−C) +2−3α+22 Vr V0−C+(2−α)V2 r 領域IIIの内点解領域 a= 2(C+γ)2(1−−α)V(2−02α)V
a= 2(C+γ)2(1−−α)V(2−02α)V r r
a= 2{C+γ−2α(1(1−α)V−α)V02
0}−(2−α)Vr
図 7.8: 領域I〜IIIでの内点解が実現する範囲
が得られる.
領域VIIでは,次の最大化問題を解くことになる.
maxϕ0
V0+Vm−(1−α)(1−ϕ0)V0−aϕ20
2 (7.48)
s.t. 0< ϕ0 <min
{C−(1−α)Vr
V0 −α2Vr2
2γV0,2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr 2αV0
}
このとき,領域VIIでの内点解の条件は a >min
{2{C+γ−(1−α)V0} −(2−α)Vr
2αV0 , 2γ(1−α)V02
2γ{C−(1−α)Vr} −α2Vr2 }
である.
以上のことから,領域VI,VIIでは,常にMBOに成功するので,既存の経営者は小株 主の留保価格をある程度下げることで,自己のMBOでの利得を最大にしようとする.す なわち,既存の経営者は,私的便益を得るためにコストがかかるとしても,自己の利得を 最大にするために,小株主の株式価値を毀損させること行動をとる可能性があることを示 している.
これらの結果を図示したものが次の図7.8と図7.9である.