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マクロ経済政策の影響:市場経済化と安定化政策

ドキュメント内 2003 3 (ページ 45-51)

第 2 章 ラオス政府の取組み

2.1. 貧困問題を取り巻く経済環境

2.1.1 マクロ経済政策の影響:市場経済化と安定化政策

(1) 市場経済化とアジア通貨危機の影響

1975年の社会主義革命以降、中央集権的な計画経済体制の導入が図られたが、1980 年代 後半から東欧諸国、旧ソ連において市場経済化の動きが高まると、ベトナムなどアジア の社会主義国も影響を受けた。ラオスも例外ではなく、最大の援助国であったソ連の崩 壊の影響はラオスの市場経済化を促すことになった。また、1980年代後半からの外国投 資主導によるASEAN諸国の著しい経済成長もラオスの経済政策転換の契機となった。

1980年代半ばから、ラオスにおいては市場経済化の第一段階として、新経済メカニズム

(NEM: New Economic Mechanism)が導入された。NEMは、「新思考」(chin thanakaan mai) および「改革経済」(kanpatihup sttahakit)の2つの概念に基づいている。

NEMの主な政策は、以下のとおりである。

i) 国営・公営企業の独立採算制導入 ii) 農産物価格自由化

iii) 小売価格および外国為替相場の自由化(公共料金を除く)

iv) 生産・流通分野への民間企業参入の保証

v) 金融部門の整備(中央銀行と商業銀行の分離、預金貸出金利の段階的自 由化の開始)

vi) 国営・公営企業民営化

vii) 公務員削減(25%)計画の段階的実施

viii) 外国投資法等経済分野を中心とする法整備

ix) 国庫資産管理と予算執行の中央集権化 x) 外国貿易自由化(鉱物、木材を除く)

NEMでは市場経済化に向けた政策がとられ、経済自由化が開始されたが、近隣のタイを はじめとするASEAN諸国の高度成長に牽引される形で、1990年代後半までラオスのマ クロ経済は安定成長基調にあった。

他方、財政面では中央集権化が図られ、計画ありきの国家財政支出の体制は依然として 残った。しかし、もともと計画経済が徹底していなかったこともあり、中央集権化され ても依然として歳出管理体制が脆弱であり、財政赤字は悪化した。財政赤字の対 GDP 比は1994年に11%を超える水準にまで拡大し、その後8%未満に抑えることが目標とさ れながらも8〜9%台で推移した。ラオスの財政赤字は基本的にドナーからの無償供与や 借款により補填されており、財政赤字の拡大は対外債務への依存度が強めることとなっ た。この結果、財政赤字の拡大に合わせて海外借入の対GDP比も5%台に上昇した。

さらに、1997年のアジア通貨危機の影響により、対外貿易を含む経済活動が縮小したこ とから売上税や関税等の税収が減少する一方で、歳出はむしろ拡大した。予算を超過す る公共投資が行われたため、財政赤字は再び拡大し、対GDP 比で 11%を超えた。財政 赤字拡大の要因としては、資金手当てが不透明なまま実施された、GDPの6%に相当す る灌漑プロジェクトへの資本支出が上げられている。同プロジェクトは、ラオス人民革 命党同年の第6回党大会で掲げられた8つの国家優先プログラムの一つである食糧増産 プログラムとして1996年から開始されたものであった。しかしながら、充てにしていた

ドナーからの資金供与55を得ることができず、こうした歳出超過をラオス中央銀行の信 用拡大、すなわち通貨発行量の拡大によって補填したことから、マネーサプライの拡大 を招いた。

図 2-1でみると、キップの流通量を示すM1 は、経済自由化が本格化した1990 年代前半 に二桁台で伸びていたが、引締め策が効果を上げ、1997 年には 5.8%にまで低下した。

しかしながら、赤字財政補填のための通貨発行により、1998年には前年比110%と急拡 大し、1999年30%、2000 年55%と高水準でM1は拡大した。通貨発行量の増大は、キ ップの信用力を低下させ、対ドル為替レートの下落を招いた。また、外貨預金を含む M2 は、貿易や為替の自由化に伴い、1990 年代前半から二桁台の高い水準で拡大する傾 向であったが、キップの信用力が低下したことから、さらに外貨預金へのシフトが加速 した。外貨預金へのシフトはドル需要を高めることになり、それがさらにキップの切り 下げにつながった。

-40 -20 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001

(%)

M1 M2 外貨資産 国内預金

〔出所〕Asian Development Bank, (2002), Key Economic Indicators, pp.226-227より作成

〔注1〕M1は、現金通貨+預金通貨(当座預金等の要求払預金)。M2=M1+準通貨(定期預金、非居住者 現地通貨預金、外貨預金等)

図 2-1 マネーサプライの変化率の推移

55鈴木基義「移行経済国ラオスの現状と課題」(石田暁恵編(2002年)「2001 年党大会後のヴェトナム・

ラオス−新たな課題への挑戦−」アジア経済研究所)ラオス政府は、19931997 年に実施されたIMF よる拡大構造調整融資(ESAF: Enhanced Structural Adjustment Facility)に続く、ESAF IIの供与をIMFに要 請し、この資金を灌漑プロジェクトに充当しようとしていたといわれているが、ESAF IIに関するIMF の交渉は決裂し、融資を受けることはできなかった。

こうしたマネーサプライの拡大は、国内通貨キップの対ドル為替レートの下落を招くと ともに、インフレ上昇の要因となった。一般消費財の輸入など外部経済に依存している ラオス経済は、為替レートの下落による輸入品価格の上昇から、高インフレを誘引しや すい構造となっている。1995年9 月に公式に変動為替相場制を導入すると、1994年には 平均で1 ドル=719キップから1995年には1ドル=923 キップと28%下落した。さらに、

タイバーツの急落をきっかけとするアジア通貨危機が発生した 1997 年にはキップはド ルに対し2 分の1近く下落し、1ドル=2,600キップを下回る水準となった。また、タイ との経済関係が深く、ビエンチャンを中心に「バーツ経済圏」に組み込まれていたため、

対ドルで激しく下落したタイバーツに対しても15%切下げられたことも、キップ安に追 い討ちをかけた。こうしたキップ安の結果、輸入価格が上昇したことで消費財価格が急 上昇し、インフレを誘発した。また、1996年の洪水により米の生産量が減少し、食料品 価格が上昇したことも高インフレにつながった。1997 年後半から物価が上昇し、1998 年には96%、1999年には140%近い高インフレに見舞われた。(図 2-2)

0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000 9,000 10,000

1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 為替レート

(1ドル=キップ)

-20.0 0.0 20.0 40.0 60.0 80.0 100.0 120.0 140.0 160.0 価格指数上昇率(%)

為替レート 消費者物価指数 食料価格指数

〔出所〕ADB, (2002), Key Economic Indicators Developing Asian and Pacific Countries, pp.226-227より作成

図 2-2 インフレおよび為替レートの推移

2000年以降、政府の財政支出管理体制の整備が行われると、政府に対する信頼が回復し、

為替レートは安定した。インフレについては引締め政策が効を奏し、インフレ率は2000 年には9%まで低下したものの、2001年には12%と若干上昇している。

ラオスのマネーサプライは、自国通貨である M1 に加え、ドルおよびバーツの外貨資産 を含む M2 の影響力が大きいことから、為替レートを通じた外部経済の影響を受けやす

い構造となっている。また、国内金融機関が十分に発展していないことから、金利調整 など金融政策を効果的に実施することが難しい環境にある。このため、ラオスにおける 安定化政策は、歳出引締めによる財政政策に依存している。

ただし、現状では、通貨の流通はビエンチャンを中心とするごく一部の地域に集中して いる一方で、人口の7 割以上は農村における自給自足的な生活をしており、貨幣経済へ のアクセスが限られている。そのため、市場経済化などの経済政策の変更によるインフ レなどマクロ経済の影響を直接的に受ける層は、現状では限定されている。貧困率の高 い農村においては、マクロ経済の変動や外部経済の影響を受けにくく、マクロ経済動向 が貧困層に与える直接的な影響は少ないものと見られている。

(2) 経済自由化及びAFTAの影響

1980 年代後半から、NEM の導入により市場経済化が図られ、経済自由化の方向性が打 ち出されたが、ラオスの経済自由化は1997年7月のASEAN加盟により決定付けられた。

ASEAN加盟と同時に、ラオスはA SEAN諸国が進める域内の自由貿易圏の創設を目指す

AFTAに組み込まれることになった。

AFTAの創設に向けた具体的な方策としては、ASEAN域内における、i) CEPTスキーム

(共通効果特恵関税:Common Effective Preferential Tariff)に向けた関税引下げ、ii) 非関 税障壁撤廃、iii) 数量制限撤廃を進めている。ただし、加盟各国により国情が異なるこ とから、調整期間を設け、段階的に実施するよう計画されている。CEPT スキームにお いては、対象品目を、i) CEPT 品目リスト(Inclusion List)、ii) 暫定的除外品目リスト

(Temporary Exclusion List)、iii) 影響重大品目リスト(Sensitive List)、iv) 一般的例外リ

スト(General Exception List)に分類されている。すでに原加盟国6 カ国56間においては

1993年にCEPTが結ばれ、域内における段階的な関税の引き下げが進められている。さ らに、2002年までにCEPT 対象品目の域内関税を5%以下に引き下げることとなってい る。

新規加盟国であるラオスについては、2005年までにCEPT対象品目を最大化し、2010 年 までにCEPT 対象品目の域内関税を5%に引下げ、さらに2015 年までに域内関税を撤廃 することが求められている。ラオスの関税引下げスケジュールは以下のとおり。

56原加盟国は、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、ブルネイの6ヶ国。

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