第2章 問題の所在と研究方法
2.3 調査
2.3.2 調査内容
2.3.2.1 「言語表現レベルのポライトネス調査」
2.3.2.1.1 調査内容の概要
「言語表現レベルのポライトネス調査」では、相手との上下関係を考慮した2つの断わ りの場面(学生Aが教官の依頼を断わる場面と学生Aが友人の依頼を断わる場面)を設定 し、日本語母語話者には各場面で学生Aが用いた「ノダ」文、「中途終了文」、「行ケナイ」
文、「行カナイ」文の印象を次の「ポライトネスの軸」で 5 段階の評定をするように指示 した。同様に、韓国語母語話者には韓国語の「것 같다(geos gata)」文、「中途終了文」、「行 ケナイ」文、「行カナイ」文の印象を「ポライトネスの軸」で評定するように指示した。各 軸は1を最低とし、5を最高とする。得られた評定値の順位値を求め、文のタイプによっ て順位値に有意差が見られるかについて有意差検定を行った。データの解析方法に関して
14 日本人学生、韓国人学生は全員が筑波大学の学生である。
は2.3.4 節「データの解析方法」で後述する。以下、左側は「ポライトネスの軸」で、右 側は「ポライトネスの軸」を調査票において数字のスケールとして表したものである。
「配慮の軸」 配慮しない 1 2 3 4 5 配慮する
「間接性の軸」 直接的な 1 2 3 4 5 間接的な
「親近感の軸」 親近感を示さない 1 2 3 4 5 親近感を示す
「距離の軸」 距離を置かない 1 2 3 4 5 距離を置く
「改まりの軸」 改まっていない 1 2 3 4 5 改まった
調査票には上記の5つの「ポライトネスの軸」のそれぞれについて、次のような説明を 示した。「配慮の軸」については、相手を傷つけないように最も配慮することを 5 とし、
最も配慮しないことを 1 とするという説明を示した。「間接性の軸」については断わる意 思を最もストレートに伝えることを1とし、断わる意思を最も婉曲的に伝えることを5と するとした。「親近感の軸」については最も親近感を示さないことを 1 とし、最も親近感 を示すことを5とした。「距離の軸」については最も距離を置かないことを 1とし、最も 距離を置くことを5とした。「改まりの軸」については、最も改まっていないことを 1と し、最も改まったことを 5 とするという説明を示した。以下、「配慮の軸」で評定された 数値を配慮度、「間接性の軸」で評定された数値を間接度、「親近感の軸」で評定された数 値を親近度、「距離の軸」で評定された数値を距離度、「改まりの軸」で評定された数値を 改まり度とする。「言語表現レベルのポライトネス調査」で挙げたすべての調査項目を、以 下の表1にまとめて示す。
15 1~7の数字を示し、当てはまると思う数字に○をつけるよう指示した。
表1 調査項目
教官の引っ越しの手伝いを断わる場面 友人の引っ越しの手伝いを断わる場面
①「その日は用事がありまして、行けません」
②「その日は用事がありますので」
③「その日は用事がありまして、行きません」
④「その日は用事がありますので、行けないんで す」
⑤「その日は用事がありまして」
⑥「その日は用事がありますから、行きません」
⑦「その日は用事がありまして、行けないんです」
⑧「その日は用事がありますから、行けません」
⑨「その日は用事がありますので、行きません」
⑩「その日は用事がありますから、行けないんで す」
⑪「その日は用事がありますので、行けません」
⑫「その日は用事がありますから」
①「その日は用事があるので、行けない」
②「その日は用事があるので、行かない」
③「その日は用事があるから」
④「その日は用事があって、行けないんだ」
⑤「その日は用事があるので」
⑥「その日は用事があるので、行けないんだ」
⑦「その日は用事があって、行けない」
⑧「その日は用事があるから、行かない」
⑨「その日は用事があって」
⑩「その日は用事があるから、行けない」
⑪「その日は用事があって、行かない」
⑫「その日は用事があるから、行けないんだ」
教官の引っ越しの手伝いを断わる場面 友人の引っ越しの手伝いを断わる場面
① 「그날은 일이 있어서 못 갑니다」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」+
行 け な い + 終 結 語 尾「ㅂ니다(bnida)」〔 + RESPECT, +FORMAL Speech Level〕)
② 「그날은 일이 있어서 안 가요」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」
+行 か な い + 終 結 語 尾「아요(ayo)」〔 + RESPECT, -FORMAL Speech Level〕)
③「그날은 일이 있어서 못 갈 것 같아요」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」
+行けない+「것 같다(geos gata)」+終結語 尾「아요(ayo)」〔 +RESPECT, -FORMAL Speech Level〕)
④「그날은 일이 있어서요」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」
+「요(yo)」)
⑤「그날은 일이 있어서 안 갑니다」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」
+行かない+終結語尾「ㅂ니다(bnida)」〔+
RESPECT, +FORMAL Speech Level〕)
⑥「그날은 일이 있어서 못 가요」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」
+行 け な い + 終 結 語 尾「아요(ayo)」〔 + RESPECT, -FORMAL Speech Level〕)
⑦「그날은 일이 있어서 못 갈 것 같습니다
」( そ の 日 は 用 事 が あ る + 接 続 語 尾
「어서(eoseo)」 +行 け な い +「것 같다(geos
gata)」+終結語尾「습니다(seubnida)」〔+
RESPECT, +FORMAL Speech Level〕)
①「그날은 일이 있어서 못 가」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」
+行けない+終結語尾「아(a)」
〔-RESPECT, +FORMAL Speech Level〕)
②「그날은 일이 있어서 안 가」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」
+行かない+終結語尾「아(a)」
〔-RESPECT, +FORMAL Speech Level〕)
③「그날은 일이 있어서」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」)
④「그날은 일이 있어서 못 갈 것 같아」
(その日は用事がある+接続語尾「어서(eoseo)」
+行けない+「것 같다(geos gata)」+終結語 尾「아(a)」〔-RESPECT, +FORMAL Speech Level〕)
表1の調査項目では、日本語の4タイプの文(「ノダ」文、「行ケナイ」文、「行カナイ」
文、「中途終了文」)と3つの接続助詞(「テ」、「ノデ」、「カラ」)を組み合わせた12項目 を、2つの場面-「学生Aが教官からの研究室の引越しの手伝いの依頼を断わる場面」お よび「学生Aが友人からの引越しの手伝いの依頼を断わる場面」-で設定した。スピーチ レベルは教官に対する場面ではデスマス体を用い、友人に対する場面ではダ体を用いた。
一方、韓国語では、4タイプの文(「것 같다(geos gata)」文、「行ケナイ」文、「行カナ イ」文、「中途終了文」)と1つの接続語尾(「어서(eoseo)」)を組み合わせた項目を、日本 語と同じく 2 つの場面で設定した。韓国語のスピーチレベルは、教官に対する場面では、
格式的尊待〔+RESPECT, +FORMAL〕と非格式的尊待〔+RESPECT, -FORMAL〕
を用い、友人に対する場面では、格式的非尊待〔-RESPECT, +FORMAL〕を用いた16。 教官に対する場面での「것 같다(geos gata)」文、「行ケナイ」文、「行カナイ」文のスピー チレベルは格式的尊待〔+RESPECT, +FORMAL〕と非格式的尊待〔+RESPECT, -
FORMAL〕の 2つであるが17、「中途終了文」のスピーチレベルは非格式的尊待のみであ
るため、7項目を設けた18。友人に対する場面での 4 タイプの文のスピーチレベルはすべ て格式的非尊待〔-RESPECT, +FORMAL〕であるため、4項目とした。
第 3章「文末表現とポライトネス」および第4章「「中途終了文」とポライトネス」で は、まず対象とする文の主節の違いによるポライトネスの度合いの差を検証する。次に、
対象とする文の接続助詞の違いによるポライトネスの度合いの差を検証する。そして、こ
16 서정수SeoJeong-Su(1984)は韓国語のスピーチレベルを以下の4つに分類している。これは格式的尊 待〔+RESPECT, +FORMAL〕、非格式的尊待〔+RESPECT, -FORMAL〕、非格式非尊待〔-RESPECT,
-FORMAL〕、格式的非尊待〔-RESPECT, +FORMAL〕である。これらの4つのスピーチレベルのう ち、本研究では教官に対するスピーチレベルとして格式的尊待〔+RESPECT, +FORMAL〕と非格式的 尊待〔+RESPECT, -FORMAL〕の2つを設け、友人に対するスピーチレベルは格式的非尊待〔-
RESPECT, +FORMAL〕を設けた。韓国語では目上の教官に対して格式的尊待〔+RESPECT,
+FORMAL〕と非格式的尊待〔+RESPECT, -FORMAL〕の二つのスピーチレベルを用いることが可能 であるため、これらを設定した。目上が目下に対して用いるスピーチレベルである非格式非尊待〔-
RESPECT, -FORMAL〕は、本調査の場面設定にそぐわないためにはずした。
17 韓国語のスピーチレベルの分類をめぐって、4等分説、5等分説、6等分説があるが、ここでは、서 정수(1984)の4等分説を取り入れ、この議論には深く立ち入らない。
18 서상준Seo Sang-Jun(1996)は聞き手を高く待遇しない「반말(banmal)」に「요(yo)」が結合した形を
「두루높임(durunopim)」としている。「두루높임(durunopim)」とは、「特定の状況を除いて、高く待遇 するすべての対象に用いることができるスピーチレベルである」(筆者訳。p. 57)としている。接続語尾
「어서(eoseo)」で終わる文は「반말(banmal)」に該当し、これに「요(yo)」が結合したものは、「두루높임 (durunopim)」に該当する。서상준(1996)の「반말(banmal)」と「두루높임(durunopim)」というスピー チレベルは、서정수SeoJeong-Su(1984)の格式的非尊待〔-RESPECT、+FORMAL〕と非格式的尊待
〔+RESPECT, -FORMAL〕のそれぞれに該当する。したがって、教官に対する場面での「中途終了文」
のスピーチレベルは非格式的尊待〔+RESPECT, -FORMAL〕になり、友人に対する場面でのそれは、
格式的非尊待〔-RESPECT, +FORMAL〕になる。
れらの結果をもとに、教官に対する場面と友人に対する場面の比較分析を行う。韓国語に ついては、対象とする文の主節の違い、スピーチレベルの違いによるポライトネスの度合 いの差を検証する。最後にこれらを踏まえて、日韓両言語の比較分析を行う。
2.3.2.1.2 調査項目の詳細
2.3.2.1.1節「調査内容の概要」の表1の調査項目の特徴について詳細を述べる。はじめ
に、前掲の表1の「学生Aが教官からの引越しの手伝いの依頼を断わる場面」を例として 取り上げ、左側に調査項目①~⑫を示し、右側に各調査項目の従属節につく接続助詞と文 のタイプの組み合わせを示す。例えば、調査項目①「その日は用事がありまして、行けま せん」は、従属節が接続助詞「テ」で終わる「行ケナイ」文であるので、右側に「テ」+
「行ケナイ」文のように示される。
①「その日は用事がありまして、行けません」 → 接続助詞「テ」+「行ケナイ」文
②「その日は用事がありますので」 → 接続助詞「ノデ」
③「その日は用事がありまして、行きません」 → 接続助詞「テ」+「行カナイ」文
④「その日は用事がありますので、行けないんです」 → 接続助詞「ノデ」+「ノダ」文
⑤「その日は用事がありまして」 → 接続助詞「テ」
⑥「その日は用事がありますから、行きません」 → 接続助詞「カラ」+「行カナイ」文
⑦「その日は用事がありまして、行けないんです」 → 接続助詞「テ」+「ノダ」文
⑧「その日は用事がありますから、行けません」 → 接続助詞「カラ」+「行ケナイ」文
⑨「その日は用事がありますので、行きません」 → 接続助詞「ノデ」+「行カナイ」文
⑩「その日は用事がありますから、行けないんです」 → 接続助詞「カラ」+「ノダ」文
⑪「その日は用事がありますので、行けません」 → 接続助詞「ノデ」+「行ケナイ」文
⑫「その日は用事がありますから」 → 接続助詞「カラ」
上記の表現③、⑨、⑥を「行カナイ」文とし、①、⑪、⑧を「行ケナイ」文とし、⑦、
④、⑩を「ノダ」文とし、⑤、②、⑫を「中途終了文」として捉える。最初の番号の表現 は従属節末の接続助詞が「テ」であり、二番目の番号の表現は接続助詞が「ノデ」であり、
三番目の番号の表現は接続助詞が「カラ」である。スピーチレベルはすべてデスマス体で