• 検索結果がありません。

第3章  文末表現とポライトネス

3.2.1 日本語の 3 タイプの文の比較分析

3.2.1.1 教官に対する場面

3.2.1.1.1 主節の違いによる結果分析および考察

2.3.2.1節「言語表現レベルのポライトネス調査」で取り上げた調査項目のうち、ここで

は従属節については「テ」、「ノデ」、「カラ」の3つ、主節については「行カナイ」文、「行 ケナイ」文、「ノダ」文の3つをそれぞれ組み合わせ、合計9つの文を取り上げる。以下で は、9つの文を主節の違いによって3 つのグループに分ける。すなわち、従属節が「テ」、

「ノデ」、「カラ」で終わる「行カナイ」文を「行カナイ」文グループと呼び、従属節が「テ」、

「ノデ」、「カラ」で終わる「行ケナイ」文を「行ケナイ」文グループと呼び、従属節が「テ」、

「ノデ」、「カラ」で終わる「ノダ」文を「ノダ」文グループと呼ぶ。この節では、この 3 グループ間の「ポライトネスの軸」の評定値を比較分析する。下記の文頭の番号は、表 1

(45頁を参照)による。

③「その日は用事がありまして、行きません」

⑨「その日は用事がありますので、行きません」 「行カナイ」文グループ

⑥「その日は用事がありますから、行きません」

①「その日は用事がありまして、行けません」

⑪「その日は用事がありますので、行けません」 「行ケナイ」文グループ

⑧「その日は用事がありますから、行けません」

⑦「その日は用事がありまして、行けないんです」

④「その日は用事がありますので、行けないんです」 「ノダ」文グループ

⑩「その日は用事がありますから、行けないんです」

上記の3グループ間の配慮度、間接度、親近度、距離度、改まり度に有意差があるかど うかを検証するために、フリードマン検定(Friedman Test)を行った。その結果を次の表 5 および図2に示した5

表5 フリードマン検定による日本語の3グループ間の比較(教官に対する場面)

グループ 統計量 配慮度 間接度 親近度 距離度 改まり度

「行カナイ」文グループ

「行ケナイ」文グループ

「ノダ」文グループ

平均順位 平均順位 平均順位 Chi-Square

df 有意確率6 有意差判定

1.11 2.31 2.58 396.270

2 .000

***

1.23 2.21 2.56 345.029

2 .000

***

1.34 1.92 2.74 322.539

2 .000

***

1.77 2.35 1.88 66.291

2 .000

***

1.36 2.46 2.18 209.358

2 .000

***

***:0.1%水準で有意、**:1%水準で有意、*:5%水準で有意、-:有意差なし

5 順序値は最小1、最大3であるため、左側の目盛りは13になっている。

6 有意確率(p value)とは、統計的仮説検定において、帰無仮説のもとで得られた検定統計量が実現する確 率のことである。これを上記の表5のデータに当てはめると、帰無仮説とは、3グループ間の配慮度、間 接度、親近度、距離度、改まり度に差がないということである。この帰無仮説のもとで得られた検定統計 量が実現する有意確率(P値)は0.001より小さいため、0.1%水準で有意になる。これは、すなわち、表5 の結果が、0.1%1/1000)以下の確率で起こるという意味である。したがって、表5の結果は偶然の結果 ではなく、むしろ、なんらかの偶然ではない原因が働いたと考えることができる。

1.11 1.23 1.34

1.77

1.36 2.31 2.21

1.92

2.35 2.46 2.58 2.56

2.74

1.88

2.18

1 2 3

配慮度 間接度 親近度 距離度 改まり度

「行カナイ」文グルー プ

「行ケナイ」文グルー プ

「ノダ」文グループ

図2 フリードマン検定による日本語の3グループの平均順位(教官に対する場面)

表5 に示したように、3グループ間の配慮度、間接度、親近度、距離度、改まり度に有 意差があることが 0.1%水準で認められた(p<=.001)。したがって、全体としては 3 クルー プ間の配慮度、間接度、親近度、距離度、改まり度に差があると言える。

さらに、どのグループ間の配慮度、間接度、親近度、距離度、改まり度に有意差がある かを調べるため、スティール・ドゥワス検定による多重比較法を用いた。3グループの各々 の組み合わせでの検定統計量、有意確率、有意差の判定結果を示すと、次のような表6に なる。

表6 多重比較による日本語の3グループ間の比較(教官に対する場面)

配慮度 間接度 親近度 距離度 改まり度

「行カナイ」文vs.「行ケナイ」文 有意確率

有意差の判定

-17.13 .000

***

-13.881 .000

***

-10.94 .000

***

-7.507 .000

***

-14.507 .000

***

「行カナイ」文vs.「ノダ」文 有意確率

有意差の判定

-17.944 .000

***

-16.356 .000

***

-16.521 .000

***

-2.305 .055

-11.038 .000

***

「行ケナイ」文vs.「ノダ」文 有意確率

有意差の判定

-4.034 .000

***

-4.573 .000

***

-12.442 .000

***

5.891 .000

***

4.915 .000

***

***:0.1%水準で有意、**:1%水準で有意、*:5%水準で有意、-:有意差なし

「行カナイ」文と「行ケナイ」文、「行ケナイ」文と「ノダ」文は、0.1%水準で 5 つの

軸の評定値に有意差があることが認められた(p<=0.001)。「行カナイ」文と「ノダ」文は、

0.1%水準で配慮度、間接度、親近度、改まり度に有意差があることが認められた(p<=0.001)。

距離度には有意差がなかった。

図2および表6を見ると、配慮度、間接度、親近度は、「行カナイ」文、「行ケナイ」文、

「ノダ」文の順に高くなっていることが分かる。距離度は、「行カナイ」文=「ノダ」文、

「行ケナイ」文の順に高くなっている。ここで「=」は有意差がないことを示す。改まり 度は、「行カナイ」文、「ノダ」文、「行ケナイ」文の順に高くなっている。

「行カナイ」文は距離度のみにおいて「ノダ」文との有意差がないものの、「行ケナイ」

文および「ノダ」文と比べ、配慮度、間接度、親近度、改まり度が低い傾向がある。1.3 節「本研究におけるポライトネスの捉え方」で述べたように、「配慮の軸」は、会話参加者 のフェイスの保持に配慮するというBrown & Levinson(1987)の「ポライトネスの普遍的原 則」を包括的に評価する軸である。そのため、「配慮の軸」によって測定された配慮度が高 いということは、会話参加者のフェイスを守るポライトネスの普遍的な原則の度合いが高 いことを意味する。「間接性の軸」、「親近感の軸」、「距離の軸」は、Brown & Levinson(1987) のポライトネスを表す具体的なストラテジー、すなわち、「オフ・レコード」、「ポジティ ブ・ポライトネス」、「ネガティブ・ポライトネス」のそれぞれを評価するための軸である。

また、「改まりの軸」は「わきまえのポライトネス」を評価するための軸である。「行カナ イ」文は「ノダ」文および「行ケナイ」文と比べ、配慮度、間接度、親近度、改まり度が 高いため、会話参加者のフェイスを傷つけないことに配慮する「ポライトネスの普遍的原 則」、間接的に言う「オフ・レコード」、親近感を示す「ポジティブ・ポライトネス」、改ま りを示す「わきまえのポライトネス」の度合いが高いと言える。したがって、「行カナイ」

文は「ノダ」文および「行ケナイ」文よりポライトネスの度合いが低い表現であると考え られる。この結果の理由は次のように考えることができる。「行カナイ」文は断わる旨を自 分の意志としてあからさまに伝達する表現であるため、事情によってやむを得ず断わらざ るを得ないことを示す「行ケナイ」文および「ノダ」文よりポライトネスの度合いが低く 評定されたと考えられる。

「行カナイ」文の場合、距離度以外の軸の評定値は低くなっているのに対し、距離度に のみ「ノダ」文との有意差がなかった。「行カナイ」文は距離度が高いので、「ネガティブ・

ポライトネス」の度合いが高いと言えるだろうか。Holtgraves & Yang(1990)は依頼の場 面でBrown & Levinson(1987)のストラテジーがポライトであると知覚される程度をアメ

リカ人と韓国人の被験者に評定させ、分析した研究であるが、この研究では、「最もポライ トではないストラテジーは最も距離があると認知された」(p. 727)と述べられている7。「行 カナイ」文は「ノダ」文および「行ケナイ」文に比べ、配慮度、間接度、親近度、改まり 度が低いため、全体としてはポライトネスの度合いが低い表現であるにもかかわらず、他 の評定値に比べ、距離度だけ相対的に高くなっており、「ノダ」文との違いはない。このこ とからポライトネスの度合いが低い「行カナイ」文は距離が大きく評価されるという点を 確認することができる。

ここで考えなければならない問題は、距離を置くか否かを評価する「距離の軸」は「ネ ガティブ・ポライトネス」を評価する軸として適切であるかどうかということである。「距 離の軸」の曖昧な定義と被験者の誤解を招くような調査票の提示方法が影響している可能 性がある。1.3節で述べたように、距離とはBrown & Levinson(1987)の「社会的距離(social distance)」のことを指している。Brown & Levinson(1987)によれば「「社会的距離」とは、

話し手と聞き手に対称的な社会的次元で、相互作用の頻度や交換される物質・非物質の種 類に基づくものである」(p. 76-77)と言う。例えば、相互作用の頻度や交換される物質・非 物質がほとんどない初対面の人、顔見知りの人に対しては社会的距離が大きくなるが、友 人に対しては社会的距離が小さくなる。しかし、「相互作用の頻度や交換される物質・非物 質の種類」とは何かということが明確に述べられていないため、Brown & Levinson(1987) の「社会的距離」には相手との接触頻度が少ないことから感じられる距離と、相手のこと を好ましく思わないなどの心情的な距離の両方が含まれている可能性がある8。したがって、

Brown & Levinson(1987)の「社会的距離」の定義をより明確にする必要があると考えら れる。本調査を行うときには、上記のBrown & Levinson(1987)の定義は被験者の混乱を 招く可能性があると考えられたので、「距離の軸」について距離を置くか否かを示すという 説明を示した。しかし、被験者は距離を置くという言葉から、上記の2つの意味やそれ以 外の意味、例えば、目上の者に対してなれなれしい態度をとらず、失礼にならないような 距離という意味を読み取ったかもしれない。このような要因が本調査のデータに反映され、

ポライトネスの度合いが低い「行カナイ」文の距離度が高くなっているのではないか。「行 カナイ」文に関しては、全体としてポライトネスの度合いが低いのに、距離度のみ高いと

7 筆者訳による。

8 Brown & Levinson(1987)の「社会的距離」における「交換される非物質」というものを、相手のこと を好ましく思わないなどの心情として捉えた場合、心情的な距離が含まれていると解釈できると思われる。

いう理由で、「ネガティブ・ポライトネス」の度合いが必ずしも高いとは言えない。また、

「ノダ」文と「行カナイ」文の距離度は共に低くなっており、この2つの文の距離度には 有意差がないという結果が出ているが、この2つの文が示す距離には違いがあるかもしれ ない。

そのため、「ノダ」文と「行カナイ」文の距離度に有意差がないことに関しては、他の軸 の結果も同時に考慮する必要性があると考えられる。例えば、その可能性の1つとして次 のようなことが考えられる。「ノダ」文は配慮度、親近度が高いため、会話参加者のフェイ スの保持に配慮し、親近感を強く示す表現であると言える。このことから、「ノダ」文の距 離度が低いことは、配慮や親近感を強く示した相手に対し、相手のことを好ましく思わな いなどの心情的な距離を置かないことを示しているのではないかと考えられる。一方、「行 カナイ」文は配慮度、親近度が低いため、会話参加者のフェイスの保持にほとんど配慮を せず、親近感を示さない表現であると言える。このことから、「行カナイ」文の距離度が低 いことは、配慮や親近感をほとんど示さない相手に対し、失礼にならない距離を置くこと をしないことを示していると考えられる。

次に、双方とも「ポライトネスの軸」の評定値が高かった「ノダ」文と「行ケナイ」文 を比較すると、「ノダ」文は「行ケナイ」文より配慮度、間接度、親近度は高いが、距離度、

改まり度は低くなっている。そのため、全体としてはどちらがよりポライトな表現である とは明確に言い切れないが、ポライトネスの5つの側面から個別に見ていくと、「ノダ」文 は「行ケナイ」文より配慮度、間接度、親近度が高いため、会話参加者のフェイスを傷つ けないことに配慮する「ポライトネスの普遍的原則」、間接的に言う「オフ・レコード」、

親近感を示す「ポジティブ・ポライトネス」の度合いが高い表現であると言える。これに 対し、「行ケナイ」文は「ノダ」文より距離度、改まり度が高くなっているため、距離を置 く「ネガティブ・ポライトネス」、改まりを示す「わきまえのポライトネス」の度合いが高 い表現であると言える。

「ノダ」文において親近度が高いと評定されたことについては、以下のように考えるこ とができる。McGloin(1983)は「のです」は聞き手と情報を共有しているかのように提示 することによって共感を作り上げたり、聞き手に対する親しさを表したりするポライトネ ス・ストラテジーであるとしている。断わりの聞き手は自分の依頼が受諾されることを想 定して依頼するため、断わることは聞き手は知らない情報とみなされる。話し手は聞き手 とその情報を共有しているかのように提示し、話の中に聞き手を引き込むことで、親近感