第3章 文末表現とポライトネス
5.1 意味公式の定義
5.2.2 意味公式の発現順序によって示される日韓の断わりの構造の比較
本研究で設定した9つの意味公式から成る日本語の断わりの構造の中で、発現率の上位 3位以上のものを示すと、以下のようになる。
表67 発現率が上位3位までの日本語の断わりの構造
場面 順位 断わりの構造 発現率
場面① 1 2 3
<謝罪>+<弁明>+<不可>+<謝罪>
<弁明>+<不可>
<弁明>+<不可>+<謝罪>
12.8%
4.3% 20.3%
3.2%
場面② 1 2 3
<謝罪>+<弁明>+<不可>+<謝罪>
<弁明>+<不可>+<謝罪>
<謝罪>+<弁明>+<不可>
16%
8.5% 30.9%
6.4%
場面③ 1 2 3 3
<謝罪>+<不可>+<謝罪>
<謝罪>+<弁明>+<不可>+<謝罪>
<弁明>+<不可>+<謝罪>
<謝罪>+<弁明>+<不可>+<積極的関 係維持>
6.4%
5.3% 18.1%
3.2%
3.2%
場面④ 1 2 3
<謝罪>+<弁明>+<不可>+<謝罪>
<謝罪>+<弁明>+<不可>
<弁明>+<不可>+<謝罪>
10.6%
8.5% 25.5%
6.4%
4つの場面で発現率の上位を占めている、<謝罪>+<弁明>+<不可>+<謝罪>は、
典型的な日本語の断わりの構造である。また、全体の断わりの構造の中で、発現率が上位 3 位までの構造が占める割合は、場面①、③の方が場面②、④より小さい。これは、場面
①、③では、場面②、④より多様な断わりの構造が用いられ、断わりの構造にバリエーシ ョンがあることを示している。場面①の場合、発現頻度が 1 の構造(発現率は 1.1%の構 造)が全体の58.7%、場面③では71.4%を占める。これに対し、場面②では34.2%、場面
④では46.8%を占める。このことから、親しい相手の依頼を断わる場面①、③では、型に
はまらない多様な断わりの構造を自由に用いていることが分かる。
また、上記の表 67 で挙げているような発現率の高い断わりの構造だけではなく、それ 以外の構造まで含めた断わりの構造に共通して含まれる意味公式の組み合わせを調べた。
その結果、すべての場面で<謝罪>+<弁明>が最も多く含まれていた。場面①では、被 験者95名の回答の中で、58名の回答に<謝罪>+<弁明>が含まれていた。場面②では、
52名の回答に<謝罪>+<弁明>が含まれていた。場面③では、41 名の回答に<謝罪>
+<弁明>が含まれており、場面④では、46名の回答に<謝罪>+<弁明>が含まれてい た。したがって、<謝罪>+<弁明>の組み合わせは日本語の断わりの中心構造であると 言える。
さらに、この中心構造の前後に、場面に応じて、<謝罪>、<弁明>、<不可>、<積
極的関係維持>、<消極的関係維持>、<呼びかけ>、<好意表明>、<回避>、<その 他>が組み合わされることによって、様々な断わりの構造が生み出される。これらの組み 合わせの中で、最も発現頻度が高い構造は、上記の表 67 の<謝罪>+<弁明>+<不可
>+<謝罪>である。
日本語と同様に、韓国語の断わりの構造の中で発現率が上位 3 位以上のものを示すと、
次のようになる。
表68 発現率が上位3位までの韓国語の断わりの構造
場面 順位 断わりの構造 発現率
場面① 1 2 3
<呼びかけ>+<謝罪>+<弁明>+<不可>
<呼びかけ>+<謝罪>+<弁明>+<不可>
+<謝罪>
<呼びかけ>+<弁明>+<不可>
4.7%
3.8%
12.3%
3.8%
場面② 1 2 3
<呼びかけ>+<弁明>+<不可>+<謝罪>
<呼びかけ>+<謝罪>+<弁明>+<不可>
+<謝罪>
<弁明>+<不可>
7.6%
6.7% 20%
5.7%
場面③ 1 2 2 2
<弁明>+<不可>+<積極的な関係維持>
<弁明>+<積極的な関係維持>+<謝罪>
<謝罪>+<弁明>+<不可>+<積極的な関 係維持>
<弁明>+<消極的な関係維持>
2.9%
1.9%
1.9% 8.6%
1.9%
場面④ 1 2 2
<弁明>+<謝罪>
<弁明>+<不可>
<弁明>+<不可>+<謝罪>
5.7%
4.7% 15.1%
4.7%
表68では、4つの場面で多用される構造が共通している日本語とは異なり、韓国語では、
各場面で多用された構造が異なっていることが特徴的である。多用された構造は、場面① では、<呼びかけ>+<謝罪>+<弁明>+<不可>であり、場面②では、<呼びかけ>
+<弁明>+<不可>+<謝罪>であり、場面③では、<弁明>+<不可>+<積極的な 関係維持>であり、場面④では、<弁明>+<謝罪>であり、各場面によって多用された 構造が異なっている。
また、全体の断わりの構造の中で、発現率が上位3位までの構造が占める割合は、親し い相手の依頼を断わる場面①、③の方が場面②、④より小さい。これは、場面①、③では、
場面②、④より多様な断わりの構造が用いられていることを示すため、断わりの構造にバ
リエーションがあると言える。場面①では、発現頻度が1の構造(発現率は0.94%の構造)
が全体の87.7%を、場面③では、全体の91.4%を占める。これに対し、場面②では、発現
頻度が1 の構造(発現率は 0.95%の構造)が全体の 80%を、場面④では、全体の 84.9%
を占める。このことから、親しい相手の依頼を断わる場面では、型にはまらない多様な断 わりの構造を用いていると言える。
さらに、表 68 の発現率の高い断わりの構造だけではなく、それ以外の構造まで含めた 断わりの構造に共通して含まれる意味公式の組み合わせを調べた。その結果、すべての場 面で<弁明>+<不可>が最も多く含まれていた。場面①、②では、被験者106名の回答 の中で、67 名の回答に<弁明>+<不可>が含まれていた。場面③では、41 名の回答に
<弁明>+<不可>が含まれており、場面④では、50名の回答に<弁明>+<不可>が含 まれていた。したがって、<弁明>+<不可>の組み合わせは韓国語の断わりの中心構造 であると言える。
さらに、上記の断わりの中心構造に、場面に応じて、<積極的関係維持>、<消極的関 係維持>、<好意表明>、<回避>、<その他>などの意味公式が組み合わされることに よって、様々な断わりの構造が生み出される。最も発現頻度が高い構造は、場面①では、
<呼びかけ>+<謝罪>+<弁明>+<不可>であり、場面②では、<呼びかけ>+<弁 明>+<不可>+<謝罪>である。場面③では、<弁明>+<不可>+<積極的な関係維 持>であり、場面④では、<弁明>+<謝罪>である。
以上のことから、日本語と韓国語の断わりの構造は、2 つの意味公式から成る中心構造 の前後に他の意味公式が組み合わされることによって、様々な構造が産出されることが分 かる。また、親しい相手の依頼を断わる場面①、③では、より多様な断わりの構造が用い られている。しかし、日本語と韓国語の断わりの構造には違いもある。日本語の断わりの 構造の中心構造は、<謝罪>+<弁明>であるのに対し、韓国語の断わりの中心構造は<
弁明>+<不可>である。また、日本語の断わりの構造は、4 つの場面で、<謝罪>+<
弁明>+<不可>+<謝罪>にある程度特定され、パターン化されているが、韓国語では、
特定の断わりの構造に限定されず、多様な構造が用いられている。