第3章 知的障害者の自立と老障介護家庭に関する 先行研究
第1節 親子の関係
第1項 親の役割
子どもに知的障害があるとわかったときから、「親」は「知的障害のある子ども の親」としての役割を引き受けることになる。西村(2009b)は、知的障害のある 子どもを持つ母親5人の語りを通じて、子どもに知的障害があると告知された母 親は障害児の親としての役割を形成し、子どものよき理解者としてわが子を保護 する役目を引き受けること、また、厳しい非難を浴びせられないよう障害児の親 として望ましい行動が求められてきたことを明かした。その具体的な母親の役割 とは、中根(2006)によれば、「扶養義務者、悲劇の存在、献身的なケアの担い手、
子どもの代弁・権利擁護者など」(中根 2006:107)であるという。母親はこれら 多くの役割を社会から期待され、ときに母親は役割に没頭し、ときに役割を拒否 すると述べている。
重症心身障害児を研究対象にした春日(2011)も、「障害児の誕生は、家族に とって一つの大きな危機」(春日 2011:77)であり、それまでに築いてきた夫婦 関係やきょうだい関係、親族関係、そして、近隣・地域との関係に大きな影響を もたらす出来事であると指摘している。また、父親と母親は、それまでに「思い 描いていた人生の地図(出産-育児-育児期以降の再就職-子どもの巣立ち-孫 に囲まれた老後といった)の書き換えを要求され」(春日 2011:77-78)、家族メ ンバーの役割再編という緊張に満ちた作業に迫られるようになると説明する。
こうした障害児者を子どもに持つことで生じる母親の役割について藤原(2006)
は、「障害児の存在が家族の生活や家族関係を歪めている」のではなく、「障害児 のケアが家族に委ねられ、実質的にはそれが母親に任せられているところに問題 がある」(藤原 2006:149)と強調している。
第2項 親の障害受容
障害のある子どもを持つ親の障害受容に関する先駆的な研究は、国外を中心に 行われてきている。障害のある子どもを持つことで生じる、子どもの障害に対す る母親の認識や受容過程に関して、かねてよりいくつかの異なる見解が論じられ てきた。先天的な奇形を持って生まれきた子どもの親を対象にした Drotar ら(1975)
の研究では、子どもの障害に対する親の悲哀は、「ショック」「否認」「悲しみと怒 り」「適応」「再起」という5つの段階をたどるとした。また、Blacher(1984)は、
障害受容に関する 24 論文を概括し、知的障害やダウン症候群、心疾患といった先 天的な障害のある子どもを持つ親は、「初期的な危機的反応」「(罪悪感や失望、怒 りなどの)継続的な感情と反応」「適応と受容」という3つ段階を踏んで障害受容 に至ると整理した。
ほかに、要田(1989)の研究では、ダウン症児を持つ母親の子どもに対する価 値観が変容していく心理的過程に焦点をあて、母親の障害受容の理解を試みてい る。要田によれば、受容とは、「障害児をひとりの人間として、あたり前に捉える ことのできる心の状態」(要田 1989:44)を指すという。祝福されないまま障害 のある子どもを出産することは、母親が「何か悪いことをした自分」というイメー ジを持つきっかけになるという。ダウン症児を持つ母親が抱く「恥ずかしさ」「惨 めさ」「悔しさ」「怒り」「情けなさ」(要田 1989:35)といった感情は、現状から 逃げたいという「葛藤」、健常児の姿を目標とした「受容」、そして、障害があっ てもいい、それが決定的なことではないという価値観を手に入れていく「変革」
という過程を経ながら次第に軽減され、真の「受容」に近づいていくと述べてい る。そして、要田は、専門家に求められる役割は、「親が障害児とともに生きる『勇 気』をいかにして引き出していくか」(要田 1989:49)というところにあると述 べ、それは、「『専門家』の障害受容の問題」(要田 1989:49)にも関わってくる と指摘している。
こうした「段階説」と異なる立場を示したのはOlshansky による「Chronic Sorrow」
で、国内では「絶えざる悲しみ」(Olshansky=1968:133)や「慢性的な悲観」
(渡辺 1982:242)と呼ばれている。これは、子どもの障害に対する親の悲哀と
いうのは病的・神経症的な反応ではなく、むしろ自然な反応であって(Olshansky
=1968:136)、「長期間にわたって癒されない悲しみを抱き続けるもの」(要田1989:
47)だと説く考えである。親子が年齢を重ねていく経過とともに困難な問題も重 なっていくことから、親の抱く悲しみが明確になるよう長期的で継続的な支援が 求められている(渡辺 1982:242)。
そして、これら2つの定説を包括したのが中田(1995)である。中田は早期診 断が可能な障害と、自閉症や知的障害といった診断の確定までに時間のかかる障 害とでは、母親の障害受容の過程は異なるといい、その違いを「螺旋形モデル」
で統合可能にしようと説明する。この説では「親の内面には障害を肯定する気持 ちと障害を否定する気持ちの両方の感情が常に存在」し、「否定的にとらえられて きた親の行為もその裏側に現実を認めようとする親の葛藤が存在する」という立 場をとるものである。
このように親の障害受容をめぐる障害者家族研究をみていくと、それらの知見 には心理学の視点が多く取り入れられてきたことがわかる。
一方で、障害児の家族が抱く葛藤を、社会的過程と心理的過程の両方の分析を 通して解決しようと主張したのは溝上(1996)である。溝上の研究では、親が子 どもの障害に適応するまでの「ショックと不安」「否定」「怒り」「自責」「悲嘆」、 そして「適応」という過程(溝上 1996:35-36)には、世間から受ける外圧や世 間体を気にする親の態度が関与していると説く(溝上 1996:45)。
また、桑田ら(2004)も親の障害受容の過程に影響を与える要因は様々である という見解を示し、その要因を「子どもの特性要因」「障害告知の要因」「親の内 的要因」「親を取り巻く家庭環境の要因」「社会的要因」の5つに整理している。
さらに、軽度発達障害児を持つ母親を研究対象にした松下(2003)は、障害児の 教育的・福祉的フォローの不十分さや、障害児に対する誤解や非難といった周囲 の不適切な対応が、母親の障害受容を困難なものにしていると指摘している。
第3項 親の不安
知的障害のある子どもの親は、子どもの将来に対して尽きることにない不安を 抱えながら過ごしている実態が数多くの先行研究で報告されている。
傳(2007)は、自閉症の子どもを持つ親 15 人を対象にしたインタビューを通 じ、子どもの成長とともに変化する親の心情を分析している。その報告によれば、
親は2歳から3歳になるまで健常児として育ててきたわが子を自閉症児として育 てなければならないことへの戸惑いと、地域社会の無理解という二重の重圧を背 負うようになる。そして、子どもが学齢期に進むと親は就学問題に悩み始めるが、
子どもの入学後は一時的に時間的にも精神的にも落ち着いていく。だが、子ども が成人期になると子どもの将来の生活に対する不安が再燃していくという。
また、三原ら(2007)は、知的障害のある子どもの老後に対して抱く親たちの 不安を明らかにしようと、きょうだい 31 人と祖父3人を含む親たち 368 人を対 象にした量的調査を行っている。その結果によれば、子どもたちの年齢は 75.8%
が 20 代から 30 代であったが、それでも 92.5%の親たちは子どもたちの老後に不 安を覚えていた。その理由は、「親自身が高齢となり、知的障害者の世話が困難」
が 45.3%と最も多く、次いで「知的障害者のための老人ホームがない」が 31.5%
と大部分を占め、「経済的に苦しい」は 2.8%に留まっていた。また、親たちが高 齢になるほど、または、子どもたちの障害程度が重度になるほど、親たちの不安 感は高まっていくと報告している。
ほかに米倉ら(2009)は、母親 89 人、父親 19 人、きょうだい 11 人と未回答 者 15 人を含めた平均年齢 53 歳の計 134 人を対象に、知的障害のある子どもたち の生活状況や将来の生活に対する家族の気持ちに関する量的調査を行っている。
この調査の中で、これからの子どもたちの生活に不安が「とてもある」と回答し た親たちが 57%を占め、不安が「まあまあある」と回答した親たち 22%も含める と、8割近くの親たちは子どもたちの将来に不安を持っていた実態を明らかにし ている。また、自由記述から得られた内容をもとに、将来の不安をカテゴリー化 したところ、「施設に関する不安」が 16 件、「親亡き後の生活の不安」が 13 件、
「兄弟の関係の不安」が 12 件、「就職・就労の不安」が6件、「進学・進路の不安」
が6件、「療育・教育の不安」が4件であったと報告している。
さらに、平均年齢 47.6 歳の母親9人を対象に行った紫藤ら(2010)の研究では、
知的障害児を育てる母親は「社会保障に対する不安」「社会の障害理解・偏見に対 する不安」「高等部卒業以降の進路の不安」「子どもの自立」「生活の場」「子ども の健康」「母親の加齢」「親亡き後の生活に関する不安」という複数の不安を同時