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結果と分析

ドキュメント内 老障介護家庭 (ページ 110-131)

第5章 第1調査: 「老障介護家庭における知的障害 のある子どもの自立」をめぐる母親の経験

第2節 結果と分析

第1項 経験プロセスの可視化

老障介護家庭における子どもの自立をめぐる母親の行動や認識、また、子ども の自立を阻んできた要因と促してきた要因に着目し、時間の流れに沿ったそれら の変容を図5-1のTEM図に示した。図中の「GH」は「グループホーム」を 表している。

以下、結果の整理にあたり、本文では時期区分を≪ ≫、母親の行動や認識のう ち、等至点・分岐点・必須通過点にあたる概念を【 】、その概念を構成する下位 ラベルを< >、他の要になる母親の行動や認識を{ }、子どもの自立に向けて母 親の行動や認識に作用した諸要因を[ ]で表記した。

(1)概念の設定

5人の母親は【違和感に気付】いたときのことを子どもの自立に関わる最初の 経験として取り上げていた。この経験は知的障害のある子どもを授かり、数十年 先の老障介護家庭へと導く前提条件でもあった。そのため、この【違和感に気付 く】を必須通過点とし、子どもの自立にまつわる母親の経験の始点に位置づけた。

一方、調査を行った時点で、8人の母親は【将来を再考する】ところにいた。

残りの3人の母親も、ほかの母親8人がたどった径路と同じような径路をたどっ ていた。子どもを【グループホームに送り出】した後も、子どもの自立をめぐる 母親の経験は続き、母親にとって【将来を再考する】は重要な意味を持つ概念で あったことから二つ目の等至点とし、子どもの自立にまつわる経験の終点に位置 づけた。なお、一つ目の等至点は、研究目的に沿って、母親の語りのなかから抽 出された【グループホームに送り出す】にした。つまり、子どもを【グループホー ムに送り出】した母親は、さらにその先に【将来を再考する】という未来展望が 生まれたということになる。

【窮地に立たされ焦燥し決断に踏み切る】は、「子どもと一緒に生活している状 態」から「子どもと別々の生活をしている状態」へと、母親と子どもの生活に大 きな変化をもたらす局面であった。そのため、【窮地に立たされ焦燥し決断に踏み

切る】を分岐点に定めた。

【障害告知を受ける】は、子どもの【違和感に気付】いた母親が、医師の診断 によって子どもには知的障害があると、医学的な確定を受ける局面であった。【障 害告知を受ける】前の母親の経験は多様でありながらも、【障害告知を受け】たこ とで、どの母親も「知的障害者の母親」としての人生を歩んでいくことになる。

そのため、【障害告知を受ける】を必須通過点に定めた。

また、【将来の思いをめぐらす】は、子どもが高等部を卒業し、教育制度から福 祉制度へと移行していく境目になる局面で、福祉施設の乏しさから、卒後の進路 に懸念を示す母親がいた。また、<自立は論外>と<自立するのが当然>はとも に相反する考え方でありながらも、どちらの径路にも子どもの将来を考える母親 の姿があった。このように、どの母親も子どもの将来について考える時期を迎え ていたため、【将来の思いをめぐらす】も必須通過点に定めた。

これらの概念は、母親の発言の生データとともに等至点は表5-2、分岐点は 表5-3、必須通過点は表5-4に整理して示した。

また、母親の行動や認識に働いていた6つの抑制要因([男女がひとつ屋根の下]

[理屈ではない「あの」暗黙の仲間意識][経済的負担の増加][父親の反対][同 じ生活圏内][綱渡り状態のグループホーム])と、7つの促進要因([入所施設の 理不尽さ][地域福祉の流れ][子離れ・親離れの成功体験][親の務め][心強い 後押し][子どもの同意][グループホームで生活する子どもの意外な姿])が見出 された。これらは母親の発言の生データとともに抑制要因は表5-5、促進要因 は表5-6に整理して示した。

(2)時期区分の設定

母親の経験を、等至点や分岐点、必須通過点を指標にして時期の区分けをした。

その結果、始点に定めた【違和感に気付く】から終点に定めた【将来の思いをめ ぐらす】へと至るまでに、母親は≪知的障害かもしれないわが子に出会う≫時期、

≪奔走しながら子どもに向き合う≫時期、≪知らぬ間に時間が過ぎていく≫時期、

≪焦燥し自立のことで頭がいっぱいになる≫時期、≪子どもが自宅にいない生活 に慣れる≫時期という5つの段階を経ていた。

【違和感に気付く】から【障害告知を受ける】までは、先に生まれた兄姉との

比較や知人との会話を通して子どもの【違和感に気付】き、少なからず「子ども には知的障害があるかもしれない」という疑念を持っていた時期であった。医師 による医学的な診断を受ける前ではあったが、子どもの知的障害に対する疑念は 晴れることなく、それが母親の行動として表れている時期であった。そのため、

この時期を第Ⅰ期≪知的障害かもしれないわが子に出会う≫時期とした。

【障害告知を受ける】から【将来の思いをめぐらす】までは、医学的に知的障 害があると診断された子どもに母親が向き合うようになる時期であった。H母が 語るように、多くの母親は「現実に目を向け、現実から目を背け」を繰り返して いた。K母の「医師ですら自閉症の『自』の字を知らない時代だった。ダウン症 の『ダ』の字すら知らない時代だった」という語りもあったように、当時は医療 関係者の間でも障害に対する知見や理解が低く、障害児の育児方法に関する情報 も不足していたという状況が背景にあった。また、ほかの母親たちと集まり、右 往左往しながら子どもに関わり続ける時期でもあった。そのため、この時期を第

Ⅱ期≪奔走しながら子どもに向き合う≫時期とした。

【将来の思いをめぐらす】から【窮地に立たされ焦燥し決断に踏み切る】まで は、母親は、【将来の思いをめぐら】し、入所施設の建設を目指して精力的に動き 続けたものの、建設までには至らなかった母親、また、子どもに知的障害があっ ても生活に不自由さを感じなかった母親など、語られる経験やその内容は様々で あった。しかし、B母が「あれよあれよと、いつの間にか歳だけはとっていて」

と語るように、どの母親も自宅で子どもとの生活が長く続く時期であった。その ため、この時期を第Ⅲ期≪知らぬ間に時間が過ぎていく≫時期とした。

【窮地に立たされ焦燥し決断に踏み切る】から【グループホームに送り出す】

までは、子どもとの生活ができなくなる事情が家庭内に生じ、母親が子どもの自 立に向けて、一気に動き始める時期であった。家庭内に生じた事情への対応に追 われた母親は、子どもを自立させることで窮地から抜け出そうと試みていた。そ のため、この時期を第Ⅳ期≪焦燥し自立のことで頭が一杯になる≫時期とした。

【グループホームに送り出す】から【将来を再考する】までは、子どもをグルー プホームに送り出したことに母親は後ろめたさを感じていたが、一部の母親は母 親としての役割をグループホームに委ね終えて安堵していた。一方で、子どもと の物理的な距離は置きながらも心理的な距離感は近く、F母のように「あれもこ

れも手を出しすぎ」て、{二重生活で大変さは変わらない}母親もいた。いずれの 母親も、新しい生活環境の中で子どもとの新たな関係性を構築し始めていた。そ のため、この時期を第Ⅴ期≪子どもが自宅にいない生活に慣れる≫時期とした。

以下、時間の流れに沿いながら、老障介護家庭における子どもの自立をめぐる 母親の経験と、そのプロセスに作用した諸要因をみていく。

表5-2 母親の経験プロセスにおける「等至点」の概念とその発言

【ラベル名】

<概念を構成する

下位ラベル名> 発言の生データ

【グループホームに送り出す】

<潮時を迎える>

なんか、こう…、時期が来たというか。入れるときもポンと入れて。

で、それまでに準備を(B母)

潮時かなと思って、今でしょっていうことになって。それで決心し たっていうことですね(H母)

グループホームに行ったのは、時期がよかったのかなあって。区切 りとしてもよかったですし、そのときが来たという感じでした(J 母)

入所施設だけは避けたかった。やっぱり潮時でしたね。(中略)時 期っていうのはありますね(K母)

<チャンスにうまく 乗る>

最初はびっくりしたのですけど、このタイミングを逃したら本当に 後悔するだろうと思って…。それで、入寮させて(A母)

トントン拍子でうまく進んでいって。それで、ちょうどタイミング よく、入れることに(C母)

「ああ、やっとできた」っていう感じで入れて。この流れに乗らな いと、次にめぐってくるチャンスは当分ないなって(E母)

これがチャンスだと思ってお願いしたんですね。親は建てられない ですし、運営していくのも親じゃできないですし(F母)

ちょっと倍率が高かったんですよ。(中略)そしたら、上手く入れ たのでラッキーでした(G母)

この機会を逃したら、この先グループホームに入るっていうチャン スはあるのかなって思いましたね。チャンスを掴んだんだから、も う離すまいって思いましたよ(I母)

<踏ん切りをつける

(余命宣告を受け、親は)見れないっていうことで、声を掛けてい ただいたときに、じゃあ入れていただくっていう…。本当であれば 入所施設だったと思うけど、目をつぶってでもグループホームに入 れようと。踏ん切りをつけたわけですね。(D母)

【将来を再考する】

<目途が立ち悔いは ない>

正直、私がここで死んでも絶対あの人は幸せなんだろうなって。も う見通しが立ったんで(B母)

このままの生活でずっといければとは思いますけど。で、親なき後 のためにこうして今まできたわけで、このままずっと続くことを願っ てます(E母)

少し納得できない部分もあるけれども、そこは見ないふりをしてい ます。そうでないと、今までと同じように、ないもの欲しさで時間 だけが経って、ズルズルになっていく。「これでいいのだ」じゃな いですけど、これでいいだろうと。もう安心ですね、子どもをグルー

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