第3章 知的障害者の自立と老障介護家庭に関する 先行研究
第3節 老親からみた老障介護家庭
だからこそ老親は子どもとの生活が継続できていること、また、子どもと老親が 相互に支え合いながら生活しているためだと考察している。反面、精神的な健康 状態を表す数値は、英国民一般の平均値を下回っていたと報告している。この理 由について、比較するために用いた統計資料の対象者が 18 歳から 64 歳までだっ たのに対し、Cairns らの研究では 65 歳以上を対象にしていたためだという見解 を示している。
また、Ha ら(2008)は、知的障害のある子どもと生活している父親と母親の健 康状態に性差はないと述べている。この理由について Ha らは、実際には父親よ りも母親の健康状態のほうが低位であるが、母親は父親よりも子どもへのケアを 通した喜びや満足感が得られやすく、また、母親のインフォーマルとの関わりの 多さが、結果的に性差を縮めることに繋がっていると考察している。
これらに関連する研究として、Seltzer(1989)らによる平均年齢 66 歳の母親 203 人を対象に、母親の精神的な疲労や負担感に影響する要因を解明した研究が ある。この研究によれば、統計的にみて、知的障害のある子どもの「障害程度」
や「疾患(ダウン症候群)」「身体的健康」「実用的な機能」は、母親の精神的な疲 労感や負担感に影響を与えていること、また、子どもの「身体的な健康状態」や 母親の「年齢」「婚姻状況」「学歴」「収入」は、母親の身体的健康や生活満足度に 影響を与えていた。
第2項 老親の不安
次の先行研究では、親なき後への不安を抱えながらも、子どもの将来を見通す ことのできない老親の姿が捉えられている。特に、親に代わる支援者の確保や居 住、経済的な保障に対する不安が大きいことは、多くの先行研究で指摘されてい るところである。
Davys ら(2008)は、父親か母親の少なくともどちらか一方が 65 歳以上の夫 婦4組を対象に、知的障害のある子どもの将来的な居住をめぐる老親の不安に関 する研究を行っている。その結果、老親は「福祉サービスの不満」「きょうだいの 問題」「経済的な問題」という3つの不安を抱えていることを明らかにしている。
また、Weeks ら(2009)の研究では、本調査に先駆けて予備調査が行われてい
る。平均年齢 63 歳の父親と平均年齢 62 歳の母親の計 132 人の中から無作為に抽 出した母親9名と父母2組の 11 家族 13 人にパイロット・インタビューを行い、
子どもの将来を考えていくうえで老親が直面する課題を5つに分類している。
その課題の一つ目は、「親に代わる子どもの支援」で、親以外の支援を子どもが 必要になるときはいずれ訪れると認識しつつ、子どもの行く末を思い描けないで いた。二つ目は、「サービスの利用に必要な金銭の準備」で、居住に必要な資金だ けではなく、医療費や臨時に必要な費用の準備が追い付いていないことに不安を 感じていた。三つ目は、「住居の確保」で、親は子どもにとって最適な住居を確保 し、煩雑な手続きを省いて入居できるよう求めていた。四つ目は、「サービス提供 者の不十分な理解」で、適切な支援が適切な方法で提供されていないことへの不 安に加え、障害者に対する世間の理解が深まることを求めていた。五つ目は、「子 どもが社会の一員になれるような支援」で、教育や雇用、社会的機会の保障に不 安感を抱き、その解消を課題に挙げていた。
予備調査に続く本調査で Weeks ら(2009)は、パイロット・インタビューの結 果で抽出された5つの不安を 17 項目に細分化し、それぞれの不安の度合いを数量 的に比較している。調査対象者は、132 人の中から無作為に抽出した平均年齢 62.9 歳の母親 33 人である。分析の結果、「国は家族の置かれている状況を理解してい ないこと」「親が亡くなった後に子どもの生活を支えてくれる人がいないこと」「将 来的に親は子どもの生活を支えられなくなること」などへの不安感は高く、反対 に「学習の機会」「就労の機会」「社会参加の機会」などへの不安感は低かった。
この結果を踏まえ Weeks ら(2009)は、子ども自身が年齢を重ねていることも あり、老親にも子どもの就労や学習に関連した支援よりも、社会・心理的な支援 を求めていると考察している。そして、同一の調査を若年の親を対象にして行え ば違った結果が出てくるといい、子どもの年齢によって親が求める支援は自ずと 異なっていくだろうとの見解を示している。
また、同じ Weeks ら(2009)の研究結果の中で、母親が望む子どもの居住形態 は、「利用者が少人数で支援付き」「親子で支援が受けられる」「男女別居である」
などで、反対に、「里子として迎え入れられる」「男女が同居している」「障害特性 に応じた住環境が整っていない」などの居住形態は望まれていなかったと報告し ている。
Hole ら(2013)の研究では、知的障害のある子どもやきょうだいを持つ高齢の 家族 11 人を調査対象に、将来的な支援やサービスに対する計画や期待感、不安に 思うことの把握を試みている。この研究で Hole らは、家族が不安に感じているこ とを、「安定的な居住環境の保障」「権利擁護などの法的な課題」「経済的保障」「将 来に対する自己選択と自己決定」の4つに整理している。ほとんどの家族は、子 どもたちの将来に不安を覚え、将来を見据えた計画が必要であることに理解しつ つ、実際に計画を策定しているのは3家族のみであったと報告している。
Engelhardt ら(1987)の研究は、早くから老障介護家庭を調査対象に含めて実 証的検討を行った研究のひとつである。この研究では、老親 155 人を対象に、親 の年齢と子どもを自宅に留めておく理由の相関関係を分析している。この結果に よれば、「親の年齢」と、「子どもは新しい環境に順応することを苦手にしている」
「子どもを委ねる先が見つからない」「父親、あるいは母親が反対している」「子ど もを他者に押し付けたくない」「子どもを他者に委ねたくない」という5項目との 間に相関はなかったとの結果を示している。一方で、「親の年齢」と「親に代わる 適任者が確保できない」「金銭的な余裕がない」「子どもには多くの問題がある」
の3項目には相関があり、親の年齢が上がるにつれて、これら3項目を理由に自 宅での生活が長期化していくことを明らかにしている。
第3項 将来に向き合う老親
知的障害のある子どもの将来について、老親の認識に着眼した研究のひとつに 国内では、望月ら(1999)による研究がある。望月らは、平均年齢 65.3 歳の父親 と平均年齢 63 歳の母親の計 21 例をもとに、医療機関に通いながら知的障害のあ る子どもを育ててきた親の生活や心理状態を整理している。その結果によると、
親の心配は、「将来」への心配が5例と最多で、「『子』の今後の状態像」「『子』の 行動」「通勤・通所先の対応」などへの心配がそれぞれ2例ずつであった。子ども の施設入所に対しては、「考えられない」が9例と最多で、「入所させる気がない」
が5例、「まだ入所させたくない」が4例、「葛藤している」が3例と、施設に子 どもを預けることを先延ばしにする老親の姿が捉えられている。
また、子どもの施設入所が「考えられない」親の平均年齢は低く、父親が健康
で在職中であったこと、「入所させる気がない」親は、父親が子どもの世話に積極 的で家族間の結びつきが強かったこと、「まだ入所させたくない」と考える親は、
子どもの世話は親が最善だという考えを強く持っていたことというように、子ど もの施設入所に対する考え方の違いと、その特徴も整理されている。そして、子 どもの施設入所に「葛藤している」親は、子どもの行動障害が強いときや配偶者 の介護、将来を考えると施設入所させたいと感じてはいるものの、子どもに適し た施設がないために入所させたくないと考えていたことを明らかにしている。
この望月ら(1999)の研究が行われた時期は、支援費制度が導入される前の措 置制度の時期ではあるが、国内の老親を調査対象とし、知的障害のある子どもの 自立に関連する実態や、自立に関する親の不安を捉えた貴重な研究だといえる。
次項以下、国外で蓄積されてきた国外の老障介護家庭に関する先行研究を概観 していく。
国外で老障介護家庭における知的障害のある子どもの将来の計画に関する詳細 な報告は、Bowey ら(2007)の研究で行われている。Bowey らの研究では 70 歳 以上のきょうだいや祖父母など7人を含む、老親たち 62 人を対象にしたインタ ビューをもとに、老親たちが思い描く子どもたちの将来について明らかにしてい る。老親たちは、子どもたちの将来への不安と隣り合わせで日々生活しているが、
年齢を重ね、健康状態が低下していくなかで、その不安は増幅していくと報告し ている。とはいえ、38 人(61%)は不測の事態に備えた計画を作成していたもの の、4人(7%)は緊急時には地域にある居住施設を利用しようと考えていたた め、将来の具体的な計画を作成しておらず、20 人(32%)は不測の事態に備えた 計画を作成していなかった。将来的な計画についても、36 人(58%)の老親たち はソーシャルワーカーや通所施設のスタッフと相談の場を設けていたが、26 人
(42%)は誰とも相談の場を設けていなかったことを明らかにしている。この実態 を踏まえ Bowey らは、不測の事態が訪れたときには危機的な介入が必要になると 述べる一方で、将来的な内容を盛り込んだ計画書を作成したとしても、それが直 ちに子どもたちの自立に直結することはないという安心感を、老親たちが抱ける よう配慮していく必要性を説いている。
さらに、Bowey ら(2007)は、将来を見据えた計画書の作成を阻む要因には、
「老親たちが健康であること」や「子どもたちとの生活に負担を感じていないこと」