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本研究結果と先行研究結果の比較

ドキュメント内 老障介護家庭 (ページ 176-183)

第7章 総合的考察

第1節 本研究結果と先行研究結果の比較

第1項 子どもが自立する節目

本研究の調査結果で、子どもが学齢期だった頃に{一人前を目指}そうと奮闘 した母親や{スパルタ教育の鬼にな}った母親、また、高等部卒業や 20 歳前後に 子どもの自立について考えるようになった母親の姿を確認することができた。傳

(2007)は、障害のある子どもを持つ母親への支援は幼児期、学齢期、成人期と いう子どもの成長に応じて展開し、子どもが成人期を迎えてからは親亡き後を見 据えた支援が必要になってくるとの見解を示している。本研究でも傳の主張を追 認する形になったといえるだろう。

ただ、その一方で、子どもが成長するにつれ、子どもに視点を置いた家族支援 だけでは十分に対応できない様相も併せて捉えることができた。すなわち、本研 究では、子どもの自立が実現する背後には、父親の死や母親の病気、祖父母世代 の介護といった事情が存在し、これらは家庭内の、それまでの均衡状態に歪みを 生じさせる要因になっていた。藤原(2003)は、母親の加齢に伴って生じる課題 は、「腰痛を抱えながら子どもを介護する大変さ」といった目に見える事柄に加え、

「子どもの生活をトータルに見通し、個別的かつ複合的な視点から、その権利や 主張をアドボケートする機能を母親が果たせなくなる」ことだと指摘している。

本研究でも、年齢的な体力の限界や家庭の事情で子どもに手が回らない状態に なった母親が真っ先に考えたことは、意思表出の難しい子どもの安定した生活を 自宅以外の場所でいかに継続していくかということであった。それが実現する前 に、障害のある子どもの親としての役割が果たせなくなることへの懸念が母親に はあったといえよう。

こうした母親の子どもの自立をめぐる行動や認識の変容からみえてくることは、

ある一定の時期を迎えるまでは、母親は子どもの成長や年齢に合わせて自立を目

指し、その時機を見計らっているということである。しかし、子どもの適齢期に 自立させるタイミングを逃すと、母親は、家族のライフサイクル上で子どもの自 立を考えていくようになっていく。加藤(1982)は、家族の死や別居は、家族ラ イフサイクルのなかでも家族構成員に著しい影響を与える出来事だと指摘(加藤 1982:339)しているが、こうした局面を契機に、母親は子どもの自立を決断して いくのであろう。

また、本研究の母親の経験プロセスのうち、第Ⅳ期で見出された「祖父母世代 の介護」というのは、高齢化が進む国内の今日的な実情を映し出した結果であっ たといえよう。これも家族の危機的な状況のひとつになるものと考えられ、子ど もの自立が実現する節目だと捉えることができるのではないだろうか。

第2項 親子関係

老障介護家庭での親子関係に目を向けてみると、精神的・身体的に老親を支え る子どもの姿を捉えた Williams ら(2001)の研究があるように、本研究でも{支 え・支えられる}という母親と子どもの関係性を確認することができた。

全身性障害のある子どもと母親を対象にした土屋(2002)の研究では、「介助を 行う側」と「受け取る側」という関係で母親と子どもを捉え、子どもにとって母 親が行う介助には、他人が行う介助にはない「心地よさ」や「安心感」があるこ とを明らかにしている(土屋 2002:182-183)。本研究では、土屋の研究のように 母親から子どもへの一方通行ではなく、母親と子どもが双方向に精神的・身体的 に支え合っていたことが明らかになった。これは、子どもの持つ障害の違いによ るものだと考えられる。本研究で調査対象になった子どもの場合には、体力のあ る知的障害のある子どもが、年を重ね身体機能が低下していく母親を身体的な面 で支えることができたためだといえよう。

また、Dillenburger ら(2011)の研究では、母親は自身の健康状態の悪化を認 識せず、子どもの生活を支え続けている実情が報告されている。本研究では、<

もう限界>で命の危うい状態だった母親の中には、子どもを緊急的に親元から離 さざるを得ない状況にまで陥っていた母親もいた。危機的な状況は表面化されに くく、子どもや母親自身の目にも見えにくい形で親子の高齢化が着実に進み、親

子共倒れにもなり得る事態が迫っていたことがわかる。

第3項 社会資源の活用

短期入所や宿泊訓練を通じて母親が実感した[子離れ・親離れの成功体験]や

[子どもの同意]、行政機関から得られた[心強い後押し]は、子どもの自立を目 指す母親に大きな影響を与えていた。また、子どもも事前訪問や宿泊体験を通し て出会った[1人で暮らすすごい人]や[グループホームで生活している友達]、

[遠くに引っ越した友達]は、自立しようとする子どもの意識を高める存在になっ ていた。

これまでの先行研究でも、森口(2015)が、家族が子どもをグループホームに 入居させたきっかけや背景には、「支援員の提案」や「宿泊体験の延長」(森口 2015:

99-100)があったと報告している。この森口の研究を追認するような形で、本研 究でも、子どもの自立の実現にはフォーマルなのか、インフォーマルなのかは問 わず、社会資源の存在と、その活用は不可避であることが明らかになった。

Dillenburger ら(2011)は、母親が子どもの将来を見据えるには、通所施設や短 期入所の利用、友人や社会資源のネットワークの構築が重要であると言及してい るが、これは母親のみならず、子どもに対しても応用可能な視点であるといえよ う。

このほかに本研究では、母親に【グループホームに入るよう切り出され】たと き、その提案に驚きを隠せないでいた子どもが多くいた。この時点ですでに母親 はグループホームの利用に伴う大方の手続きを済ませ、グループホームでの生活 を子どもに体験させる段階にあったと推測できる。

すでに Seltzer ら(2001)の研究でも、子どもを居住施設に送り出した母親の 86.8%は、子どもよりも一足先に単独で居住施設に出向いていたと報告している。

また、居住施設を正規利用するまでに、子どもは平均 1.30 回の宿泊体験を含む平 均3.26 回の事前訪問を重ねていたことも明らかにしている。しかし、その一方で、

通常であれば不動産の購入や賃貸住宅を選ぶときの内見などには多くの時間を費 やしているはずだと、知的障害者が居所を見定める機会の少なさに疑問を投げか けている。

本研究でも、子どもが【家を出】た後に{グループホームが気に入る}子ども や、反対に{よくわからなくな}っていた子どもがいたように、グループホーム の実態を十分に理解できるだけの事前訪問や宿泊体験を重ねていたとは言い難い 状況がみられた。この理由の一つに、グループホームを確実に利用できると決まっ ていない段階で曖昧な情報を子どもに伝えることで、かえって子どもの不安感を 募ってしまうと考え、母親はそれを避けようとした可能性があるだろう。

ほかに、母親が【窮地に立たされ焦燥し決断に踏み切】ってから【グループホー ムに送り出す】までの期間は1年前後と短く、その間にグループホームの利用に 係る手続きや準備に時間を取られ、事前訪問や宿泊訓練を繰り返すだけの余裕が なかったことも考えられるだろう。本研究で得られた母親と知的障害者の語りか らは、こうした事情が知的障害者の自らの自立に関わる機会の乏しさに繋がって いったと読み取ることができよう。

第4項 母親の仲間意識が母親に与える影響

親の会や母親仲間の関係性で母親が感じる[理屈ではない「あの」暗黙の仲間 意識]は、子どもの自立を目指そうとする母親に戸惑いや気持ちに揺らぎを与え ていた。かつて親の会や母親仲間は、母親の親子心中を思い留まらせ、子どもの 将来像が思い描ける機会を提供するなど、母親を支える存在であった。しかし、

時間の経過とともに、子どもの自立を思い留まらせる存在として母親は捉えるよ うになっていた。いわば、母親にとって親の会や母親仲間は、両価的な側面を持 つ存在であったといえよう。

要田(1999)は、「障害者の『囲い込まれる』」構造は、障害のある子どもは「親 の保護下に入るのが当たり前」や「母親が担当するのは当たり前」という「世間」

の「常識」によって生じるという。また、母親が世間の常識通りにできない場合 には、「世間から『薄情もの』という汚名を着せられるというサンクションもある」

(要田 1999:188)とも述べている。本研究でも要田の言及と同じような状況が 見出され、子どもを自立させようと先んじる行動というのは、母親の言葉を借り れば「裏切り行為」とみなされてしまうこともあり、それを避けようと子どもの 自立を押し留まる選択肢しかなかったと推察される。

ドキュメント内 老障介護家庭 (ページ 176-183)