第3章 分析データ及び研究方法
4.3 日本語における言いさし文の質的分析
4.3.2 自然会話における言いさし文の各機能の出現状況
57 4-1のようになる。
図4-1 発話の分類
本研究では、以上の基準に基づき、言いさし文の分析を進める。次節では、言いさし 文における各機能の使用状況について調べる。
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表4-5 言いさし文の各機能の出現頻度及びその割合
言いさし文の全発話数 出現頻度 出現率 情報要求(Q) 83 21%
情報伝達(S) 234 60%
情報応答・情報提供(A) 61 15%
その他 14 4%
合計 392 100%
表4-5からわかるように、本研究が依拠する親しい友人同士の会話データでは、言い さし文の「情報伝達」という機能の出現が最も高く、全体の半分を超えている。その次 は、「情報要求」、「情報応答・情報提供」、「その他」の順となっている。
さらに、李恩美(2008)の初対面同士の会話データの調査結果を次の表4-6に示す。こ れと表4-5の本研究の調査結果を「情報要求」、「情報伝達」、「情報応答・情報提供」の 三つの項目に絞り、それぞれの割合を再計算したものと李恩美(2008)の結果を表4-7に まとめ、比較対照する。
表4-6 李恩美(2008)による言いさし文における各機能の出現頻度と出現率
【李恩美(2008)から一部抜粋】
全体発話
出現頻度 出現率 情報要求(Q) 133 26.2%
情報伝達(S) 248 48.8%
情報応答・情報提供(A) 83 16.3%
あいづち(B) 34 6.7%
その他(O) 10 2.0%
合計 508 100%
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表4-7 言いさし文の機能についての本研究の結果と李恩美(2008)の結果との比較
言いさし文全体(情報要求+情報伝達+情報応答・情報提供)
出現頻度 出現率
李恩美(2008) 本研究 李恩美(2008) 本研究
情報要求 133 83 29% 22%
情報伝達 248 234 53% 62%
情報応答・情報提供 83 61 18% 16%
合計 464 378 100% 100%
上の表4-7の両データの「情報要求」、「情報伝達」、「情報応答・情報提供」の三つの 項目を比較した結果、出現頻度の高さは、いずれも「情報伝達」、「情報要求」、「情報応 答・情報提供」の順になっている。特に「情報伝達」の機能を持つ言いさし文の出現率 は両データにおいても半数を超えていた。話者間の親疎関係にかかわらず、言いさし文 が「情報伝達」のためにこれほど多く出現される傾向が示されたのは、会話形態が自由 会話のためであるかもしれない。現時点では推定の域を出ないが、一問一答のようなイ ンタビュー会話の場合は、インタビュアーはインタビューを受ける者から情報を引き出 し、会話を進行するためには、「情報要求」を多用する可能性もあると考えられる。
また、相手に対する働きかけ性が強い「情報要求」は二位、「情報伝達」は一位を占 めているが、李恩美(2008)の結果と同じく、「情報要求」と「情報応答・情報提供」の 出現率にあまり差が見られない。これについては、次節で各機能と文末形式の相互関係 を調べ、詳しく分析する。
以上の結果から、異なる人間関係であっても、自由会話においては、言いさし文の根 本的な性質は、積極的に相手に働きかけるという点で変わらない可能性が高い。これに ついて、李恩美(2008)は、以下のように解釈している。
「中途終了型発話」3は、主に相手の領域を侵す可能性が高い「情報要求(Q)」や「情 報伝達(S)」という働きかけの発話機能をもって発せられていることがわかる。相手の 領域を侵す可能性の高い発話を、言い淀みをもった「中途終了型発話」で発することは、
相手の領域を侵すことへの躊躇を示すものであるとも解釈できる。
李恩美(2008:140)
3 李恩美(2008)は言いさし文を中途終了型発話と呼んでいる。
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しかし、調査として使われたデータの話者間の人間関係が異なるため、必ずしも李恩 美(2008)の解釈が筆者のデータにも当てはまるわけではないと思われる。なぜなら、親 しい人間関係の場合、初対面のような改まり度の高い場面より相手の領域を脅かすリス クは低く、初対面の場合ほど相手への配慮を表す必要がないはずだからである。いずれ にしても、言いさし文にはなぜ「情報伝達」と「情報要求」の機能が多く確認されるの だろうか。李恩美(2008)の解釈以外の理由があると考えられる。たとえば、次の例4-15 が示す親しい女性若者同士の会話では、同じ表現を使うことによって、仲間意識を高め、
話者間の連帯感が深められるように見える。
例4-15
1-264-JFA 私なんか、そういう民族系(うん)の服って好きなんよ、やけど、普段着れ んやん(うん)、普段着れるようなちょっとデザインされた感じの、なんかチマチョゴリ 系だったり、チャイナドレス系だったり(うん)、そいうのいっぱいほしい。
1-265-JFB チャイナドレス似合いそう。
1-266-JFA 本当(笑)?
1-267-JFA なんか、その、斜めに襟(うん)がなってるところとか、めっちゃかわいい やん、ああいうのほしい。
1-268-JFB 似合いそう、まじ。
1-269-JFA あとなんか、髪、髪、の形ってか、スタイルもさ、すごいよね。
1-270-JFB うん。
1-271-JFA ぐるぐる巻いてあるやん髪とか。
1-272-JFB なんか、この辺から、こう来るやん。
1-273-JFA そうそうそう、かっこういいよね。
1-274-JFB 横からウァーって。
1-275-JFA でも、日本も昔そんな感じの、上に結構あげてる(うん)、アップが好きだ よね。
1-276-JFB でもまた、独特だよね(そうそう)、韓国とかすごいもん、そんな髪あるの?
みたいな。
1-277-JFA ってか、そんなに長くできるんだ、みたいな(笑)。
この例4-15の会話では、JFAとJFBは服装とヘアスタイルの話をしている。JFA
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はチャイナドレスに合わせるぐるぐる巻いているのが格好いいと JFB に話している。
それを聞いたJFBは「横からウァーって」という表現でJFAの話した内容に合わせる 形で会話の進行に協力している。さらに、JFAは日本の昔風のヘアスタイルも結構上に あげていると言い、JFBはまた「独特だよね」と賛同の意を表し、「そんな髪あるの?」
の後ろに「みたいな」をつけて驚きの気持ちを表現している。その発話に対して、JFA もまるで JFBの発話に伴奏するような形で笑いを伴って、「そんなに長くできるんだ」
の後ろに「みたいな」をつけ、JFB と同じ表現を使うことによって、相手を会話に引 き込んだり、自分との関わり合いを表現することによって、相手との共感・一体感を表 し、会話の場を盛り上げ、生き生きとした会話を作り上げている。
上の例4-15からもわかるように、会話中における言いさし文の使用は従来指摘されて きた相手に対する配慮への表現だけではなく、会話の雰囲気を高めることもできる。ま た、話者間に共通の経験が存在する場合も使用可能だと思われる。以下の例 4-16 は陳 一吟(2013)から取った例である。
例4-16
小池 はい、変な感じだけど。いや、こうなるのも無理ないね。
蒼井 (笑)なる。
小池 だってあんま喋ったことないもんね。
蒼井 ないね。この距離はいつもだった
小池 まあ、この距離は。 そうそうそう、
蒼井 でしょう 最初、この、これで向き合って、
小池 まああのう ②そうそう引越してきて、で、最 蒼井 ①大阪から上京してきて
小池 初の隣
蒼井 ③の席だったのがわたし
陳一吟(2013:114-115)
この例は、親しい同級生二人の思い出に関する雑談である。蒼井は①の発話で言いさ し文の形で文をいったん終了させ、それに対して小池はその続きを引き取って②の発話 で言い換え、また「最初の隣」といったん名詞終了で文を途中で止め、それを聞いた蒼 井はさらに③の発話で文を完成させる。③は①と②の発話の続きとみなすことができる
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ため、このような二人の会話参加者がまるでバトンタッチのように会話を完成させてい く話し方を陳一吟(2013)は、聞き手と話し手の境界線が消え 、二人が共有している情 報を提示しながら築き上げる「共話」としている。
以上、言いさし文が使われる理由としては、相手に対する配慮のほか、同じ表現を使 うことによる仲間意識の形成、話者間の情報の共有といったものが考えられる。また、
話者間の親疎関係から、それぞれの言いさし文の使用要因がそれぞれ異なることはあっ ても、いずれの言いさし文も相手の反応を引き出し、話題に対する協力姿勢を相手に期 待するという点では共通している。言い換えれば、言いさし文は水谷信子(1980)が指摘 した「共話」と密接な関係を持っているのである。この「共話」に関しては、4.5で詳 述する。