第2章 先行研究概観と本論文の課題
2.3 日本語の共話に関する先行研究
2.3.3 共話の機能
共話の機能について論及した研究として、黒崎(1995)、嶺川(2000)などがあげられる。
黒崎(1995)の研究によると、共話の機能は相槌に類似していることが多いが、同じも のとは言えない。その違いは共話は相槌のように適当に打つことができない点にある。
共話を成立させるためには、相槌以上に身を投じる必要がある。「共話」の形を利用し た問いかけ表現が意識的に相手との共感的な雰囲気を高めるのに効果的な表現であり、
一種の気配り表現として使用されているとしている。
嶺川(2000)では、実際の大学院のゼミ場面を取り上げ、対話と共話の観点からコミュ ニケーションブレイクダウンの修復過程を考察した。嶺川(2000)の分析によると、ブレ イクダウンが発生した場合、発話者が発話を短く切り、言いさし文回数を増やして相手 の合いの手を待ち、そして、もう一方の会話参加者も相手の言いさし文の「引き取り」
をしたり、「言い換え」をしたり、「繰り返し」をしたりするなどさまざまな手段を使っ て、共話的な話し方をとる場合、ブレイクダウンの修復が速やかになる。ただし、合い の手の中でも、前述の黒崎(1995)の研究と類似しているが、適当なところに打つことが できる「ハイ」、「エエ」のような単純な相槌は修復には繋がりにくい。一方、話し方が
「対話」的になると、言い切りの形が多用されており、自分の言いたいことを完結させ てからターンを相手に譲るというやり方は一回の発話が長くなり、ブレイクダウンが修
32 復されない傾向がみられる。
嶺川(2001)では、水谷信子(1993)が指摘した共通理解を前提とする場合が共話になり、
その反対の共通理解を前提としない場合が対話になるという理論について、ゼミ談話を 使って検証した。興味深い結果としては、共通理解を前提としない場合でも、共話的な 話し方を取る傾向がある。嶺川(2001)の分析をまとめてみると、以下の場合がその使用 条件である。
①見解に関係がない場合。
②見解に関係があるが、見解が話し手自身のものではない場合。
③見解に関係があり、かつ見解が話し手自身のものであるが、自分の見解に対する自信 のなさ、または相手との見解の対立を鮮明にしたくないなどの何らかの理由がある場合。
図2-3 日本語母語話者のゼミにおける対話の使用条件 嶺川(2001:48)
ザトラウスキー(2003)では、共同発話を「二人以上の話者が作り上げる統語上の単位
(句、節、文、複文等)」と定義づけ、「どの参加者の立場から作り上げられるのか」と
「従来の主観性、人称制限、視点などとどう関わっているのか」の二つの観点から考察 が行われた。共同発話を作る参加者が連携し、他の参加者に向けて話す共同発話の場合
33
では、先の話者と後の話者それぞれ一人が連続してその発話をしても視点、主観性、立 場などの観点から生じた不整合はないことが特徴である。また、共同発話を作る参加者 が他の参加者に向けて話さない共同発話の場合では、談話の相互作用において、後の話 者は先の話者の立場と自分の立場の両方から発話できることがわかった。その分析結果 を次のようにまとめている。
①先の話者の立場で共同発話を成立させる場合は、後の話者は先の話者の内的世界に入 ることが出来る。後の話者は先の話者の代わりに意思表示、情報提供などを用いて「共 同発話」を成立させる場合では、先の話者がその内容を連続して言ってもおかしくない が、後の話者が連続して言えない。これに対して、共同発話の内容が第三者に関する場 合は、客観性を持つので、先の話者でも後の話者でも連続して言うことが可能である。
②後の話者の立場で共同発話を成立させ、その発話機能が感想や「よね」、「でしょう?」
による確認・情報要求の場合には、先の話者の内面を表す要素がなければ、後の話者が 一人で連続して言うことが可能である。しかし、先の話者が一人で連続して言う場合で は、その発話機能が情報提供・同意要求に変わる。
③後の話者の立場で共同発話を成立させ、その発話機能が確認や疑問形式による確認・
情報要求の場合には、先の話者の視点からでも後の話者の視点からでも発話することが 可能である。しかし、後の話者が先の発話を確認する内容を導いたことを示す「あーあ」、
「じゃあ」や疑問形式を使う場合には先の話者が連続して言うことができない。
このような、意志を表す表現や思考動詞、「行く」の使い方など従来日本語の文法研究 では説明できないものの、実際の会話例ではよく観察され、後の話者が先の話者の立場 に立ち、またはその視点から発話することができ、必要性に応じて人称制限を越えるこ とも可能である。
ザトラウスキー(2003:62-63)
古内(2003)では、「共同発話」という用語を使い、日本人大学生を「女性友人同士」、
「女性初対面同士」、「男性友人同士」、「男性初対面同士」、「異性初対面同士」、「異性友 人同士」の六つの組み合わせにして行われた合計十八組の日常会話を資料に、会話参加 者における男女及び親疎の違いによる共同発話の特徴を調べた結果、全発話数に対する 共同発話の出現率はわずか2.3%で、日本人大学生の日常会話における共同発話の使用 はそれほど多くはなかったことが報告されている。また、共同発話を「先取り」、「補足」、
34
「助け舟」、「質問」。「感想」の五つの機能に分け、会話パターンにおける機能別の出現 数についても調べ、有意傾向が見られた「異性初対面同士」と「異性友人同士」の二パ ターンを取り上げ、考察が行われた。「異性初対面同士」においては、女性話者より男 性話者の方が多く後行発話を行い、「先取り」の機能が多く使われた。一方、「異性友人 同士」においては、女性話者の方が多く後行発話を行い、「補足」の機能を多用する傾 向が見られた。
従来行われてきた「共同発話」に関する研究が、友達同士や知識・経験を共有した者 同士の会話、即ち最初から「共同発話」が生じやすい条件が整っている会話についての 研究が多かったのに対し、佐藤響子(2004)では、初対面で上下関係がある(大学教官と 学生)インタビュー場面での「共同発話」の使用実態をが考察対象とされた。この研究 の分析によると、共通理解や共通体験を持つ者同士ではなくても、先行話者への情報補 足、先行する文脈、または文法を手掛かりとするという三つの手段によって、「共同発 話」を作り上げることが可能である。つまり、日本語母語話者は、疎の人間関係であっ ても、進行している会話の中に、さまざまな手かがりを見つけることによって、「共同 発話」を成立させることが可能である。また、文法を手かがりとする手段に関しては、
発話は後の話者が否定形式や否定疑問形式によって補完されることが多く観察されて いる。このような手段を取る理由に関しては、否定的な発言は優先応答体系の中では好 ましくない応答と分類されるため、否定表現をしようとする先の発話者がペースを落と し、否定と呼応する副詞表現を使い、発話を緩和することができる。そこで、後の発話 者が先の発話者の意図を察し、簡単に否定表現を補い、「共同発話」を成立させていく と論じた。
「共話」に関しては、水谷信子(1980)をはじめ、形式、議論場面、人称制限などさま ざまな観点から研究されてきた。「共話」の日本語の会話における重要性は言うまでも ない。しかし、これまで、「共話」に関する研究結果は、主にその機能や特徴に着眼す るものが多く、語用論的な使用制限にはあまり言及されていない。黒崎(1995)では、「共 話」の聞き手の発話は「度を越したり、タイミングを外したりした場合には、会話参加 者としての気配りに欠けたものとなる恐れがある。」とし、「フォーマルな場面での気の おけるもの同士の会話では共話の割合が減る傾向がある」と述べている。つまり、黒崎 (同上)では、場面や対話者との関係は「共話」形成に影響を与える可能性があると指摘
35 されているが、その詳細はまだ論じられていない。
日中の相槌の使用と共話の関わりについての研究として劉(2014)が挙げられる。劉
(同上)は親しい女子大生同士日中母語話者各 20 人ずつに勧誘会話のロールプレイをし
てもらい、合計日中各十組のデータを採集し、相槌の機能や表現形式を単独に見るので はなく、談話レベルから捉えることで、日中両言語の相槌の使用を分析した。分析手順 としては、勧誘会話を「導入部」「勧誘部」「相談部」「終結部」の四つに分け、部分ご とに相槌の使用を分析した。その結果、中国語のデータでは、勧誘者は、被勧誘者の応 答を待たずに、「導入部」と「勧誘部」の段階から勧誘内容に関する情報を提供し、勧 誘発話を発しているのに対して、日本語の場合では、勧誘者が被勧誘者の相槌を待ち、
被勧誘者の協力を受けながら、勧誘の発話を行っていることが多く観察されている。言 い換えれば、中国語は情報の提供・獲得を中心としているのに対して、日本語は相手と の協調性を保つことを大切にしていると言える。
さらに、劉(同上)では、両言語の勧誘発話の連鎖について、次のように指摘している。
中国語では、被勧誘者が勧誘者の情報提供を待たずに、自ら情報要求し、それに対し て勧誘者が情報提供を行う B【情報要求】-A【情報提供】の連鎖の繰り返しが現れて おり、情報の獲得を重視する「対話」の性質が強いことが分かる。日本語では、被勧誘 者が勧誘者の情報提供を待ちつつ、相槌を打つことで勧誘者に協力しているA【情報提 供】- B【相槌】という連鎖が特徴的で、会話参加者との協和を重視する「共話」の性 質が強い。つまり、中国語と日本語における相槌の使用の違いは、中日の会話の連鎖の 違いと深く関わりを持っていると結論付けられる。
劉 (2014:538)
劉(同上)の研究は、相槌を中心としたものであるが、本論文で扱う言いさし文につ いても同様に、共話との関わりが強いと考えられる。