第 3 章 高分子物理学の概略 25
3.5 結び目をもつ環状高分子の物理的性質
3.5.1 緩和現象の研究
環状高分子系の緩和現象の研究は少なく,31)–36) また緩和モードと緩和率を用いた研 究は今日までになされていない. 平衡過程の緩和現象の研究は, 慣性半径31)–33) と結び 目をもつ部分鎖の鎖長33)の自己相関関数の緩和率が評価されている. 慣性半径Rgの自 己相関関数ARg(t) ≡
Rg(t)Rg(0)−
Rg2/
R2g−
Rg2の振る舞いは,自明な結び目 をもつ環状高分子の場合には, 1つの指数関数的減衰の緩和過程ARg(t)' A0exp (−t/τ0) であり, 非自明な結び目をもつ環状高分子の場合には, 2つの指数関数的減衰からなる 緩和過程ARg(t)' Afexp (−t/τf)+Asexp (−t/τs)であった. ここで,τ0は自明な結び目の 緩和時間であり, 非自明な結び目の速い緩和時間τf と遅い緩和時間τsには,τf < τsの 関係があるとする. 自明な結び目の緩和時間τ0と非自明な結び目の速い緩和時間τf の セグメント数N の関係には,第3.4節で紹介した自由な線状高分子鎖の緩和時間の場合 と同じベキ乗則τrot ∝ N2ν+1の振る舞いが見られた. よって,非自明な結び目の系でのみ に生じる遅い緩和過程は, 結び目による幾何学的な拘束に関係があると推測された.31) また,異なった結び目の遅い緩和時間の研究では,結び目の最小交差点数Cが大きくな るにつれて,遅い緩和時間τsは大きくなる傾向があった.32) 結び目をもつ部分鎖の鎖長
`Kの自己相関関数 `K(t)− h`Ki `K(0)− h`Kiは,緩和時間τKの単指数関数的減衰の 緩和過程であることが報告されている.33) このとき,τsとτKが,定量的に一致したため, 慣性半径の遅い緩和過程は,結び目部分の緩和過程と関係していると考えられた. また, この2つのトポロジカルな影響をうけた緩和時間τs とτKは, セグメント数 N につい てのベキ乗則τs' τK∝ NzT が成り立つ. ここで,指数はzTは2.32±0.1であり,自由な 線状高分子の緩和時間が従うベキ乗則の指数2ν+1' 2.2よりも大きい.
非平衡過程の緩和現象の研究では,結び目をもつ環状高分子の一部を切断後の自由な 線状高分子鎖への変化の過程が調べられている.34)–36) ここでは,慣性半径の時間相関関 数の緩和率の分布が,結び目型のグループに依存することが報告された.
3.5.2 結び目部分の研究
結び目をもつ環状高分子では,結び目部分が高分子全体に広がった非局在な状態にな るか,高分子の一部分に局在しきつく締められた状態になるかは解明されていない.47)–53) 近年,この結び目部分の性質を調べるために,結び目をもつ部分鎖とその鎖長`Kが積極 的に調べられている. 一般に, 結び目部分が局在する場合,セグメント数N が十分大き い極限では,結び目部分は高分子全体に対し,あたかも点の物質のように振舞うことに なる. そのため,結び目をもつ部分鎖の平衡での鎖長h`Kiは,Nのベキ乗則
h`Ki ∝Nt, 0<t< 1 (3.54)
3.5. 結び目をもつ環状高分子の物理的性質 35 に従うと推測されている.48)–53) これより, 非自明な結び目をもつ環状高分子の特性は, 自明な結び目をもつ環状高分子の特性に近づくと考えられる. 一方,結び目部分が局在 しない非局在の場合,h`Kiはセグメント数Nが大きくなるとき,セグメント数と同程度 に大きくなる.
h`Ki ∝N. (3.55)
このとき,結び目部分はいつでも高分子全体に広がっているといえる. 結び目部分の局 在と非局在の研究は,近年になって頻繁に研究されており3次元の高分子系だけでなく, 平面に吸着させた2次元の高分子系についても調べられている. そして,両方の系の結 果からも,良溶媒中の結び目部分は局在する性質を,貧溶媒中の結び目部分は局在しな い性質をもつことが報告されている. 線状高分子の研究では, 良溶媒中での鎖は膨潤す るように分布し,貧溶媒では鎖は凝縮することが知られている. これは,結び目が局在し 残りの鎖が自明な結び目として振舞うことによるエントロピーの得が,膨潤した高分子 鎖では大きく, 凝集した高分子鎖では小さいことから,良溶媒中では結び目部分は局在 し,貧溶媒では局在しないと考えられる.
3次元系の結び目をもつ環状高分子の結び目部分鎖の鎖長を調べる方法には切断・接 合の方法とエントロピー競合の2つの方法がある.47)–50) 切断・接合の方法での結び目部 分は,オリジナルな構造と同じ結び目型をもつ最短の部分鎖として定義される. そのた め,環状高分子から切り出したあらゆる部分鎖について,結び目型を調べる必要がある.
しかし, 数学的には結び目は閉曲線として定義されるため,切り出した部分鎖は結び目 として扱うことができない. よって,結び目不変量もそれを調べるアルゴリズムもない. そこで,切断・接合の方法では,切り出された部分鎖の両端を“自然な”経路でつなぐこ とで環状鎖を作り,結び目不変量の計算アルゴリズムを用いて, 環状鎖の結び目型を評 価する. ここで“自然な”経路とは,切り出した鎖のトポロジーを大きく変えない単純曲 線を示す. 先行研究の切断・接合の方法では,経路の選び方として,ランダムな無限遠点 をつなぐ方法47), 48) や, 重心から部分鎖の端点セグメントをつなぐ半直線上の無限遠点 をつなぐ方法49), 50)が提案された. Marconeらの研究では,最小交差点数C =3∼ 7の結 び目をもつ環状高分子の立方格子模型のMCシミュレーションが行われ,重心を用いた 経路による切断・接合の方法で結び目部分が調べられた.50) その結果から,結び目部分は 局在の性質をもつことがわかり,ベキ乗則(3.54)の指数tは三葉結び目では0.67±0.05, 八の字結び目では0.77±0.07であった. 調べた最小交差点数Cの領域では,Cが大きい ほど指数tは大きくなり,また,同じCの値をもつ同値でない結び目同士では,同じ指数 の値となった. しかし,これらの経路の選び方では,部分鎖のトポロジーを大きく変えて しまう可能性があるので,貧溶媒中の高分子や,高分子濃厚系などの絡まりあいの多い 系では,誤判定の確率は高くなることが報告されている.
一方,エントロピー競合の方法では,図3.3のように,環状高分子をθ型のスリップリ ンクで2つの領域に分けた結び目を扱う. 系全体のトポロジーは,スリップリンクによっ て分割された, 2つのループの結び目型τ1 とτ2によって特徴づけられる. ここで,結び 目型τk, k = 1, 2は素な結び目でも合成結び目でもよい. この結び目を平衡化すると2
36 第3章 高分子物理学の概略 つのループの大きさには差が生じることがわかっており,大きいループの鎖長をh`Li,小 さいループの鎖長をh`Siと表す. すなわち,一方のループはエントロピー的に得をする ような広がった状態に,もう一方のループはきつく押し込まれたような状態になる.1 こ の方法では, 小さいループを結び目部分の部分鎖として定義する. 結び目をもつ部分鎖 は開曲線であり,ループは閉曲線であるという違いはあるが,h`Kiとh`Siとは近似的に 等しいとする. Marconeらの研究では,様々な結び目型をもつ環状高分子の格子模型の MCシミュレーションが行われた.49) ループの結び目型が両方とも自明な結び目の場合, セグメント数N が大きくなるにつれて,大きいループの鎖長h`LiはNに比例して成長 した. また小さいループの鎖長h`Siは,Nに依存せずに,h`Si=4となった. この値は,立 方格子模型の最短の鎖長をもつ自明な結び目の構造と一致する. またループの結び目型 がτ1 =τ2= 31, 41, 51, 71の場合, Nが大きくなるにつれて,小さいループの鎖長はベキ 乗則(3.54)にしたがって成長した. このとき,指数tは,三葉結び目では0.74±0.05,八 の字結び目では0.77±0.05であった. 立方格子模型の最短の鎖長をもつ三葉結び目の 構造は, 24個のセグメントからなることが知られており,61)ここで得られた結果は, 自 明な結び目のh`Siの振る舞いとは異なっている.
環状高分子だけでなく,孤立線状高分子の開いた結び目も研究されている.24), 51)–53) こ こで,開いた結び目とは開曲線にあらわれる結び目に見える状態をいう. 数学的には定 義されないことに注意が必要である. Faragoらの研究では,格子模型のMCシミュレー ションを用いて,両端が平行な壁に固定された開いた結び目をもつ線状高分子の系が調 べられた.51) そして,壁間距離と内部セグメントの受ける力の関係から,結び目部分の局 在の性質が確認され,指数t= 0.4±0.1が評価された. ホモポリマーだけでなくヘテロ
【図3.3】:エントロピー競合の方法で扱う結び目をもつ高分子とスリップリンクの絡 み目. この方法では,環状高分子をθ型のスリップリンクで, 2つの領域に分けた系を考 える. この系を平衡化すると, 2つのループの大きさには差が生じ,大きいループはエン トロピー的に得をする状態に,小さいループはきつく押し込まれた状態になる. このと き,小さいループを結び目をもつ部分鎖として定義する. (図は 参考論文[50]から引用)
1この現象のメカニズムは, R. Aantiらによって研究されたようだが,まだ論文が出版されていないた め,詳細はわからない.
3.5. 結び目をもつ環状高分子の物理的性質 37 ポリマーの連続模型のシミュレーションによる研究では,平滑化の手法を用いた研究も 行われている.24), 52), 53) 平滑化の方法では,図3.4のように線状高分子の端点セグメント を固定し,内部セグメントを系のトポロジーを変化させないように消滅させ鎖を短くす る操作を行う. 平滑化の操作後の線状高分子は,結び目がないときには両端セグメント からなる直鎖構造に, 結び目があるときには両端のほかに内部セグメントが残り,開い た結び目をもつ構造になる(図3.5). Virnauらの研究では,孤立線状高分子の結び目部分 は,任意の2つのセグメントで切り出した部分鎖の中で,平滑化の方法で結び目をもつ と判定された最短の部分鎖として定義された.53) この連続体模型のMDシミュレーショ ンの結果でも,結び目部分は局在の性質をもつことがわかり,指数はt'0.63 ∼ 0.65で あった. 平滑化の方法と切断・接合の方法による結び目部分の定義方法には,切り出し
【図3.4】:平滑化の方法. 線状高分子の端点セグメントを固定し,内部セグメントを系 のトポロジーを変化させないように消滅させ鎖を短くする操作を行う. (図は 参考論文 [53]から引用)
【図3.5】:平滑化の結果. 平滑化の操作後の線状高分子は,結び目がないときには両端 セグメントからなる直鎖構造に,結び目があるときには両端のほかに内部セグメントが 残り,開いた結び目をもつ構造になる. (図は 参考論文[53]から引用)