第 4 章 シミュレーションの方法 39
5.2 方法
5.2.1 動的な物理量を用いた緩和率の評価
緩和現象の研究は,高分子系の動的特性を知るためには重要であり,緩和モードと緩 和率を用いて系統的に研究されている.9), 10), 13), 38)–46) p番目に遅い緩和モード Xpとそ の対応する緩和率λpは平衡状態の時間相関関数の関係hXp(t)Xq(0)i ∝δp,qexp(−λpt)で 定義される量である. 緩和モード解析において,緩和モードと緩和率は高分子系のマス ター方程式の時間発展演算子の左固有関数と固有値である. 線状高分子鎖の場合, p番 目に遅い緩和モードは試行関数
Xp(Q)= XN
i=1
fp,iRi t0
2;Q
(5.1) として定義される. この試行関数について,時間発展演算子Γの固有値問題と等価であ る変分問題は次の一般化固有値問題になる.
XN j=1
Ci,j(t0+τ)fp,j =exp
−λpτXN
j=1
Ci,j(t0) fp,j. (5.2)
5.2. 方法 47 ここで,Ci,j(t) = 13D
Ri(t)·Rj(0)E
は,平衡状態の相対座標の時間相関関数である. この 解析は,物理量{Ri}に含まれる遅い緩和モードを取り出そうとする. また,時刻t0が大 きいほど,Ri(t0/2;Q)に含まれるより速い緩和モードの寄与は小さくなるので,近似の 精度を上げることができる.1 よって,本来は無限個の緩和過程からなる高分子の運動を, 式(5.2)では,t0を適切に選ぶことで速い緩和過程の寄与を減らし,C(t0)とC(t0+τ)の 値を再現する,遅い方からN個の緩和過程を取り出しているといえる. 環状高分子系で は,高分子鎖に沿った並進対称性があるため,時間相関関数にはCi,j(t)=Ci+l,j+l(t)の関 係が満たされる.ここで,下付き文字はN を法とした値とする. よって,並進対称性のた め,一般化固有値問題の固有関数 fp,jは,波数qを用いて厳密に定まる.
fq,j ∝exp i2π Nq j
!
, q=1, . . . ,N−1. (5.4)
ここで,波数q=0の固有関数は含めないとする. なぜならば,重心についての相対位置座 標の時間相関関数は,PN
j=1Ci,j(t)=0を満たすので, fq,jが定数値,固有値がexp(−λqτ)= 0 となる解が存在するが,これは無意味な解であるからである.
相対位置座標Ri のFourier変換Rˆqは, Rˆq(t)≡ 1
√N XN
j=1
exp i2π Nq j
!
Rj(t) (5.5)
で与えられる. このとき,相対位置座標のFourier変換の時間相関関数は, DRˆp(t)·Rˆq(0)E
= 1 N
XN i=1
XN j=1
DRi(t)·Rj(0)E
ei2Nπ(pi+q j) (5.6)
=
1 N
XN−1 l=0
ei2Nπ(p+q)l
1 N
XN i=1
XN j=1
DRi(t)·Rj(0)E
ei2Nπ(pi+q j)
(5.7)
∝ δp,−q (5.8)
となる. ここで,環状高分子の相関関数は, 2つのセグメント番号を鎖に沿って同時に並 進移動させても不変なので, exp(i2π
Npi)→exp(i2Nπp(i+l))とexp(i2Nπq j)→exp(i2Nπq(j+l)) のようにlだけ並進移動した量をl= 0, . . . ,N−1について平均した.したがって, p,−q のときhRˆp(t)·Rˆq(0)iは0となる. 以下では, ˆRq(t)を用いて時間相関関数
Cˆq(t)= 1 3
DRˆq(t)·Rˆ−q(0)E
(5.9)
1なぜならば,物理量A(t)が緩和モードを用いて,A(t)=P
qaqe−λqtXq(Q)=P
qaq(t)Xq(Q)と展開で きるとき, 2つの緩和モードpとq(p<q)の係数の比は,
aq(t) ap(t) =aq
ape−(λq−λp)t (5.3)
となる.したがって,時刻tが大きいほど係数比は小さくなり,速い緩和モードの寄与は少なく,よりよい 近似が得られる.
48 第5章 緩和現象の研究 を定義する. ここで,新たな変数としてセグメント番号距離l≡i− jを定義すると,相対
座標のFourier変換の時間相関関数(5.9) は, 次の相対座標の時間相関関数のFourier変
換で記述できる.
Cˆq(t) = 1 3N
XN i=1
XN j=1
DRi(t)·Rj(0)E
exp −i2π
Nq(i− j)
!
(5.10)
= 1 N
XN j=1
N−1
X
l=0
Cj,j+l(t) exp −i2π Nql
!
(5.11)
=
N−1
X
l=0
Cj,j+l(t) exp −i2π N ql
!
. (5.12)
式(5.2)に式(5.4)を代入し,両辺にexp(−i2Nπpi)をかけてiについて和をとると, Cˆp(t0+τ) = exp
−λpτ
Cˆp(t0) (5.13)
となり,一般化固有値問題を次のように波数q毎に分解して議論することができる. Cˆq(t0+τ)=exp
−λqτ
Cˆq(t0). (5.14)
また,Ci,i+l(t)はiに依存せず,Ci,i−l(t)と等価であるので, Cˆq(t) = 1
2
N−1
X
l=0
"
Cj,j+l(t) exp +i2π N ql
!
+Cj,j−l(t) exp −i2π Nql
!#
(5.15)
=
N−1
X
l=0
Cj,j+l(t) cos i2π N ql
!
(5.16) となる. 式(5.16)から明らかなように, ˆCq(t)=CˆN−q(t)であるので,以下では,波数番号 がq=1,2, . . . ,bN/2cまでのCˆq(t)を扱う. ここで,bxcは床関数であり,実数 xに対して x以下の最大の整数として定義される.
本来,時間相関関数Cˆq(t)は無限個の指数関数的減衰の和の形の緩和過程 Cˆq(t)= a(1)q exp
−λ(1)q t
+a(2)q exp
−λ(2)q t
+· · · (5.17)
からなる. ここで, 緩和率λ(k)q , k = 1, 2, . . .と係数a(k)q , k = 1, 2, . . .は関係0 < λ(1)q <
λ(2)q < · · · とa(k)q >0を満たす. 波数分解された一般化固有値問題(5.14)は, 単指数関数 的緩和Cˆq(t)= aqexp(−λqt)を仮定し, ˆCq(t0)とCˆq(t0+τ)の値を再現するようにλqを定 める. t0 が大きいほど式(5.17)の右辺の第2項以降の寄与が小さくなり,式(5.14)のλq
は式(5.17)のλ(1)q に近づく. しかし,t0が大きくなるとCˆq(t0+τ), ˆCq(t0)の統計的誤差が 悪くなり,λpの評価の精度が悪くなる. そこで,本研究では,シミュレーションで得た統 計誤差の良い, より多くのtの値に対するCˆq(t)の値に対し, ˆCq(t)が二つの指数関数的 減衰の和の形の緩和過程
Cˆq(t)=a(1)q exp
−λ(1)q t
+a(2)q exp
−λ(2)q t
(5.18)
5.3. 結果 49