結 び 目 の 幾 何 学 的 拘 束 が 孤 立 環 状 高 分 子 に 与 え る 影 響
2 0 0 9 年 2 月
坂 慎 弥
iii
目 次
第1章 はじめに 1
1.1 高分子物理学と結び目の研究 . . . . 2
1.2 本研究の目的と概略 . . . . 3
1.2.1 緩和現象の研究 ( 第 5 章 ) . . . . 3
1.2.2 平均構造の研究 ( 第 6 章 ) . . . . 4
1.2.3 結び目部分の研究 ( 第 7 章 ) . . . . 5
1.3 本論文の構成 . . . . 7
第2章 結び目理論の概略 9
2.1 結び目の定義 . . . . 9
2.2 結び目の分解と合成 . . . . 13
2.3 結び目不変量 . . . . 17
2.3.1 Alexander 多項式と Jones 多項式 . . . . 17
2.3.2 Alexander 不変量の計算アルゴリズム . . . . 21
第3章 高分子物理学の概略 25
3.1 高分子モデル . . . . 25
3.2 高分子鎖の静的特性 . . . . 27
3.3 理想鎖の緩和現象 . . . . 28
3.4 排除体積鎖の緩和現象 . . . . 32
3.5 結び目をもつ環状高分子の物理的性質 . . . . 34
3.5.1 緩和現象の研究 . . . . 34
3.5.2 結び目部分の研究 . . . . 34
3.5.3 格子模型と連続体模型 . . . . 38
第4章 シミュレーションの方法 39
4.1 数値積分法 . . . . 39
4.2 ポテンシャル . . . . 40
4.3 無次元化 . . . . 41
4.4 乱数 . . . . 41
4.5 シミュレーションで用いたパラメータ . . . . 42
iv
第5章 緩和現象の研究 45
5.1 背景および目的 . . . . 45
5.2 方法 . . . . 46
5.2.1 動的な物理量を用いた緩和率の評価 . . . . 46
5.2.2 静的な物理量を用いた緩和率の評価 . . . . 49
5.3 結果 . . . . 49
5.3.1 自明な結び目をもつ環状高分子の結果 . . . . 50
5.3.2 三葉結び目をもつ環状高分子の結果 . . . . 51
5.4 結論 . . . . 53
第6章 平均構造の研究 59
6.1 背景および目的 . . . . 59
6.2 平均構造の定義方法 . . . . 60
6.3 結果 . . . . 63
6.3.1 線状高分子鎖の結果 . . . . 63
6.3.2 自明な結び目をもつ環状高分子の結果 . . . . 65
6.3.3 三葉結び目をもつ環状高分子の結果 . . . . 66
6.4 結論 . . . . 67
第7章 結び目部分の研究 73
7.1 背景および目的 . . . . 73
7.2 結び目部分の定義方法 . . . . 74
7.3 結果 . . . . 78
7.3.1 平均構造の結び目部分 . . . . 78
7.3.2 誤判定の発生率 ( 自明な結び目 ) . . . . 78
7.3.3 誤判定の発生率 ( 三葉結び目 ) . . . . 80
7.3.4 結び目をもつ部分鎖と残りの部分鎖のセグメント数依存性 . . . 81
7.4 結論 . . . . 83
第8章 結び 87 補遺A 緩和モード解析 91
A.1 緩和モード解析の概要 . . . . 91
A.2 高分子系への応用 . . . . 93
謝辞 95
参考文献 97
1
第 1 章 はじめに
高分子の絡まり合いから生じる幾何学的拘束は , 高分子の性質に大きな影響 を与える . そのため , 高分子系の性質を理解するためには , 絡まり合いの効 果を理解することが重要である . 絡まり合いの種類は多様であり , その中の 一つが , 高分子自身との絡まり合いである . 本研究で扱う結び目をもつ環状 高分子は , 自分自身との絡まり合いをもった系の一つであり , 幾何学的拘束 の現れる単純な系である .
結び目の研究は古く , 1867 年に Kelvin 卿 (Lord Kelvin, W. Thomson) は , 原 子はエーテル場の結び目であるとして , 周期律表を説明しようと試みた . 例 えば , 図 1.1 にある自明な結び目 , 三葉結び目 , 八の字結び目は , それぞれ水 素 , 炭素 , 酸素に対応すると考えられた . このような結び目の分類に関連付け た原子の分類の試みは , 物理学的には失敗した . しかし , この試みは , Kelvin 卿の友人である P. G. Tait による最初の結び目の分類表を作成する動機とな り , 結び目は数学として発展することになった . そして , 20 世紀後半には , 実 験技術や計算機技術の発展の下 , 様々な方法により , 結び目の物理学的な研 究が行われるようになった .
本章では , 本研究で扱う高分子物理学による結び目の研究背景を紹介し , 本 研究の目的と概略を述べる . 第 1.1 節では , 本研究で扱う高分子物理学と結 び目の研究背景を紹介する . 第 1.2 節では研究目的と研究結果の概略を , 第 1.3 節では本論文の構成を示す .
(a) (b) (c)
【図 1.1 】 : 結び目をもつ環状高分子の例 . 左から (a) 自明な結び目 , (b) 三葉結び目 , (c)
八の字結び目である .
2 第 1 章 はじめに
1.1 高分子物理学と結び目の研究
高分子は , 原子配列に依存する局所的性質だけでなく , 長さや濃度に依存する大局的 な性質を持ち合わせる . 高分子物理学は , 物質の化学的な詳細によらない普遍的な性質 を見つけ出すことを目的に , 高分子の粗視化したモデルを用いて , 統計力学の手法によ り発展した .
1)–53)近年 , 生体高分子( DNA やアクチンフィラメントなど)の光学顕微鏡 による一分子の直接観測が可能となり , 理論・実験の両面からの高分子の研究が進んで いる .
1)–5)高分子物理学において , 高分子同士の絡まり合い等により生じる幾何学的拘束が系の 性質にどのような影響を及ぼすかは , 重要かつ基本的な問題である .
6)–12)幾何学的拘束 が引き起こす相互作用は , 厳密な取り扱いは大変難しい . そこで , 幾何学的拘束が取り 込まれた有効モデルを扱うことで , 理論的扱いが可能となった . 特に de Gennes
7)や Doi
と Edwards
9)によって考案された , 高分子濃厚系におけるチューブ模型のレプテーショ
ン理論は有名である . チューブ模型では , 多数の鎖の中から一本の鎖に注目し , その周り の鎖によって運動に制限が加えられる効果をこの鎖を取り囲む固定された “ チューブ ” で置き換えることで現象をモデル化した . 一方 , 孤立系や希薄系における幾何学的拘束 の研究は少ない .
結び目をもつ孤立環状高分子は , 自分自身との絡まり合いをもつ系の1つであり , そ の幾何学的拘束は結び目の型により決定され , 時間により変化することはない .
54)–61)し たがって , 結び目をもつ環状高分子は幾何学的拘束の影響を知るにあたり理想的な系で ある . 結び目をもつ環状高分子の物理的な特性を研究する事は , 高分子物理学の重要な 問題である幾何学的拘束の影響を知る手がかりとなるだろう.
結び目をもつ環状高分子の研究は , 1960 年代の Frish と Wasserman,
62)Delbr¨uck
63)が 初めてと考えられている . Frish と Wasserman は , 結び目型のみが異なる , 分子配列が同 じ分子について “トポロジー異性体” という概念を導入し, また, Delbr¨uck
63)は, 二重螺旋 の DNA が自己複製する過程の中で , DNA 同士の絡まり合いが生じることを予想した . そ して , 非常に長い高分子は必ず結び目をもつという予測がなされた . この予測は , Frish- Wasserman-Delbr¨uck の予測と呼ばれ , 1980 年代後半に Sumners と Whittington,
64), 65)Pippenger
66)によって , 立方格子模型の自己回避ランダムウォークについて厳密に証明
された .
自然界に注目すると , 多くの細菌やウィルスは環状の DNA をもつことが知られてい
る . 環状 DNA の複製過程を考えると , 生命活動において , 絡まり合いの効果が重要であ
ることがわかる . DNA は二重螺旋構造であり , その複製過程では , 互いに絡まり合った
2 本の高分子がそれぞれ複製する . しかし , 元の 2 本と複製された 2 本とは互いに絡ま
り合っているため , それらを 2 組に分離させるには , 高分子の一部を切断し , 再結合する
操作をすることで , 高分子同士を通過させなければいけない . このような絡まり合いの
問題を解消する酵素があることが知られており , トポイソメラーゼと呼ばれる . トポイ
ソメラーゼの機能は , まだ物理学的には明らかにされておらず , DNA の複製のメカニズ
ムのダイナミクスを解明することは , 生命科学としても , 物理学としても非常に重要な
1.2. 本研究の目的と概略 3 課題である . DNA の複製のメカニズムのダイナミクスを知る手がかりとして , 今日まで に , 結び目をもつ環状高分子の大きさや , 結び目毎の出現確率などが研究されてきた .
結び目毎の出現確率の研究では , 実験的に , 環状 DNA をランダムに切断・再結合させ , その平衡状態に存在する結び目ごとの割合が調べられた .
3), 4)そして , 数値シミュレー ションを用いた理論的な研究では, ランダムポリゴンとよばれる N 歩の閉じたランダ ムウォークが調べられ , 自明な結び目の出現確率
20)–24)と非自明な結び目の出現確率の N 依存性が明らかになった .
25), 26)結び目をもつ環状高分子の大きさに関する研究では, 後の章で紹介する慣性半径が調
べられた .
27)–30)一定のトポロジーをもつ環状高分子の慣性半径 R
g,Kは , トポロジーの
条件の課されていない高分子の慣性半径 R
g,aveに比べ大きいことがわかった . 具体的に は, 自明な結び目の慣性半径 R
g,Oは N に依存せずに R
g,O ≥R
g,ave, 三葉結び目の慣性半 径 R
g,31は N が小さいときには R
g,31 ≤R
g,ave, N が大きいときには R
g,31 ≥R
g,aveとなった . これは N が大きくなるにつれて , トポロジー一定の条件のない場合に出現する , コンパ クトに縮まった複雑な結び目が増え R
g,aveが小さくなったためと考えられる .
1.2 本研究の目的と概略
本研究では , 幾何学的拘束が高分子系に及ぼす影響を知ることを目的に , 結び目をも つ孤立環状高分子の性質を明らかにするために , 良溶媒中にある結び目をもつ環状高分 子の連続体模型の Brown 動力学シミュレーションを行い , 緩和現象 ,
68)平均構造 ,
69)結 び目部分を調べた . 高分子の連続体模型として , セグメントと呼ばれる繰り返し単位で あるビーズが , ボンドと呼ばれるバネでつながれた , バネ - ビーズ模型を用いた . Brown 動力学シミュレーションでは , 高分子を構成するセグメントの運動は3つの力(セグメ ント間相互作用のポテンシャルからの力 , 溶媒分子とセグメント間の相互作用から生じ る熱揺動力 , セグメントの速度に比例して大きくなる摩擦力)によって決まる .
17), 18), 67)本研究では , それぞれの力を与えるパラメータを適切に選ぶことで , 高分子鎖同士の重 なりが生じないという効果である , 排除体積効果を実現するシミュレーションを行った . よって , 環状高分子の結び目型は時間経過による変化は生じない . 以下では それぞれの 研究について , 背景と目的 , 方法 , 結果 , 結論の概略を載せる .
1.2.1 緩和現象の研究 ( 第 5 章 )
背景と目的
高分子系のダイナミクスを考えたとき 緩和現象を理解することは重要で
ある . しかし , 環状高分子系の研究では , 静的な特性の報告が多い一方 , 動的な特性につ
いての報告は少ない .
31)–36)また 近年の高分子物理学の研究では , 緩和現象は緩和モー
ドと緩和率を用いることで系統的に評価されるようになった .
37)–46)従来の緩和率の評
価方法は理想鎖の線形の運動方程式から得られる基準座標の運動方程式を , 排除体積鎖
の非線形の運動方程式の場合にも使えると仮定し , 運動方程式のバネ定数を変更するこ
4 第 1 章 はじめに とにより , 排除体積の効果を取り入れて基準座標の緩和率を評価するものであった .
9), 13)本研究の目的は , 緩和モード解析の方法に基づいて環状高分子の緩和現象を調べること で , 結び目型による幾何学的拘束が環状高分子の緩和率分布に及ぼす効果を知ることで ある .
方法
緩和モード解析では セグメントの位置座標の時間相関行列の一般化固有値問題 を解くことで , 緩和モードとその対応する緩和率を評価する . 環状高分子では , 両端同士 が結ばれているため , 鎖に沿った並進対称性があり , 緩和モードの形は厳密に位置座標 のフーリエ変換と一致する . そのため環状高分子では 緩和モード解析で行う一般化固有 値問題を解く必要は無く , 位置座標のフーリエ変換の時間相関関数を指数関数でフィッ ティングすることで対応する緩和率を評価できる .
結果
自明な結び目と三葉結び目をもつ環状高分子について波数ごとの緩和率を評価 した . 自明な結び目の緩和率は q
=1 と q > 1 では異なったベキ乗則に従った . このベキ 乗則の分離は , 線状高分子の緩和率が従うスケーリング則には現れないため , 両端がつ ながっているという幾何学的拘束が緩和率の分布に影響を与えているといえる . 一方 , 三葉結び目の緩和率では , 最も遅い緩和に関係する波数 q
minは , セグメント数 N が小さ いときには q
min =2, 大きいときには q
min =1 となった . この変化に関する特徴的なセ グメント数は N
c =96
∼144 であった .
結論
結び目による幾何学的拘束は , 緩和率分布に影響を与えることが分かった . 非自 明な結び目をもつ環状高分子の最も遅い緩和率に関係する波数は , セグメント数 N に 依存することが分かった . そして , 大きい N の領域では結び目をもつ環状高分子の緩和 率分布は , 自明な結び目のものと似た傾向になった . Doi と Edwards による線形化近似 法では , 緩和率の大きさは , 高分子の部分鎖の端点間ベクトルの二乗平均に対応すると 考えられることから , q
minの変化は , 環状高分子の結び目部分の局在化に対応している と推測される . ここで , 結び目の局在化とは , 結び目部分が , 鎖が短いときには高分子全 体に広がった状態をとり , 鎖が長いときには一部分に局在することである .
本研究の主要な内容は文献 [68] に掲載されている .
1.2.2 平均構造の研究 ( 第 6 章 )
背景と目的
結び目をもつ環状高分子において , 結び目部分が局在するかどうかは非常
に重要な問題であるが , 未解決である .
47)–53)格子模型を用いた研究では , 結び目部分の
局在化が報告されている一方 ,
48)–50)連続体模型を用いた研究では , 結び目部分の性質は
明確ではない . そして , 上記の緩和率のような特定の物理量から結び目部分の局在化を
示している研究が多い中で , 結び目の 3 次元構造そのものに注目した研究はほとんどな
1.2. 本研究の目的と概略 5 い . 一方 , 生体高分子のようなヘテロポリマーの研究では , 3 次元構造を見るために平均 構造が調べられている .
70)–72)しかし , ホモポリマーでの平均構造の研究は行われてない . 本研究の目的は , ホモポリマーの平均構造の評価方法を提案すること , そして , 結び目の 3 次元構造を直接評価し , 結び目部分の局在
/非局在を知ることである .
方法
平均構造は , シミュレーションで得られた個々の構造を , 平均構造からの二乗変 位が最小になるように並進と回転操作をさせた後 ,
73)それらを平均した構造として反復 法で得られる . ホモポリマーは高分子構造がもつ対称性があるため , 本研究では , 対称性 を考慮した平均構造の導出方法の拡張を行った . 具体的には , シミュレーションで得た サンプル配座について , 高分子構造の対称性を考慮して , 統計的な重みが同じである配 座を生成した . そして , タイプ 0 の平均構造としてすべての配座を平均して得た構造を , タイプ 1 の平均構造として同一のサンプル配座から生成した配座の中で平均構造から の変位を最小にする構造のみを平均して得た構造を定義した .
結果
セグメント数が N 個の自明な結び目と三葉結び目をもつ環状高分子について , 平均構造による解析を行った . 自明な結び目をもつ環状高分子では , タイプ 0 の平均 構造は 正 N 角形の平面構造であり , D
N対称性をもつ . タイプ 1 の平均構造は凹凸の ある多角形の平面構造であった . 三葉結び目をもつ環状高分子では , タイプ 0 の平均構 造は , N が小さいときには D
N/2対称性をもつ 2 重ループ構造に , N が大きいときには D
N対称性をもつ 1 重ループ構造になった. この転移に関する特徴的なセグメント数は N
tav0 =110
∼120 であった . タイプ 1 の平均構造は , オリジナルな構造と同じ結び目型 をもつ構造であり , 小さい N の領域では , 結び目部分が高分子全体に広がった非局在状 態に, 大きい N の領域では, 結び目部分が鎖の一部に局在した状態になった. このクロ スオーバーに関する特徴的なセグメント数は N
xav1'120 であった .
結論
連続体模型を用いて結び目をもつ環状高分子の平均構造を調べ , 結び目の 3 次元 構造の直接評価によって , 結び目部分の局在化が確認された .
本研究の主要な内容は文献 [69] に掲載されている .
1.2.3 結び目部分の研究 ( 第 7 章 )
背景と目的
近年になり , 結び目をもつ環状高分子の結び目部分が局在するという結果は
支持され始めた .
48)–53)それに伴い , 結び目部分をもつ部分鎖の鎖長のベキ乗則
h`Ki ∝N
tの研究報告が増えている . しかし , 結び目部分の定義には様々な方法が提案されており ,
指数 t の値に関する統一的な見解はまだない . 本研究では , 部分鎖を切り出し , その両端
を適切な経路でつなぎ結び目を判定するという , 切断・接合の方法を用いた結び目部分
の定義法を考える .
47)–50)切断・結合の方法での結び目部分をもつ部分鎖は , オリジナル
6 第 1 章 はじめに な結び目と同じ結び目型をもつ最短の部分鎖として定義される . しかし , 従来の定義方 法では , 自明な結び目を非自明な結び目とする誤判定を起こしてしまうことが知られて いる . これは , 切り出した部分鎖 , その両端をつなぐ経路 , 残りの部分鎖の間の絡まり合 いが原因である . 本研究では , 結び目理論による結び目の分解と合成を念頭においた , 新 しい結び目部分の定義法を提案した. そして, 結び目部分の局在の性質を知るために結 び目をもつ環状高分子に対し , 新しい結び目部分の定義法を適用した .
方法
連続体模型のシミュレーションを用いて , 2 つの切断・接合の方法を用いた結び 目部分の定義を行い指数 t を評価した . 切断・接合の方法では , 環状高分子から切り出 した部分鎖が , 結び目をもつかどうかを判定しなければいけない . しかし 数学的には結 び目は閉曲線のみに定義される . そこで 切り出した部分鎖の両端を単純経路でつなぎ , 環状鎖を生成し , その結び目型を調べる . 本研究では次の 2 つの経路の選び方を用いた .
(解析A)重心を用いる従来の経路の選び方:切り出した部分鎖の重心からそれぞれ端 点への半直線の無限遠点を経由して端点同士をつなぐ . このとき , 切り出した部分 鎖 , 両端をつなぐ経路 , 残りの部分鎖の間で絡まり合いが生じる可能性がある . こ の選び方は , 先行研究に従っている .
49), 50)(解析B)
球を用いる経路の選び方:切り出した部分鎖と残りの部分鎖を内と外に分離 する球の表面を経路として選び , 両端同士をつなぐ . このとき , 上記の絡まり合い は生じない . この選び方は , 本研究で提案した方法であり , 結び目理論での結び目 の分解と合成の考え方に基づいている .
結果
自明な結び目と三葉結び目を用いて , 誤判定の発生率を評価した . 自明な結び目 の解析での誤判定とは , 自明な結び目にもかかわらず切り出した部分鎖が非自明な結び 目であるとする判定である . 重心を用いた評価法での誤判定の発生率は非常に高かった 一方 , 球を用いた評価法での誤判定は発生しなかった . 三葉結び目の解析での誤判定と は , 重心を用いて得た結び目をもつ部分鎖が , 球を用いて得た結び目をもつ部分鎖に含 まれない判定結果である . 重心を用いた評価法の誤判定の発生率は , 自明な結び目での 解析での値に比べ , 三葉結び目での解析の値が小さかった . 最後に , 2 つの評価法を用い て , セグメント数 N の三葉結び目をもつ部分鎖の鎖長の平均
h`Kiのベキ乗則
h`Ki ∝N
tを調べた. 得られた指数は, 重心を用いた評価法では t
'0 . 81, 球を用いた評価法では t
'0 . 86 であった . また ,
h`Kiと残りの部分鎖の鎖長
h`Riの大小関係は , N が小さいと きには
h`Ki>
h`Ri, N が大きいときには
h`Ki<
h`Riとなった . この変化に対する特徴 的なセグメント数 N
`は, 重心による解析結果では N
`(A) '120, 球による解析結果では N
`(B) '320 となった .
結論
重心と球を用いた経路として用いる切断・接合による結び目部分の評価を行っ
た . その結果 , 従来の研究で行われている重心を用いた評価法では三葉結び目の解析の
時には低い発生率であることがわかった . 一方 , 本研究で提案した球を用いた評価法で
1.3. 本論文の構成 7 は誤判定は生じないことが分かった . 結び目をもつ部分鎖の鎖長が , 全セグメント数 N のベキ乗則に従うと仮定したとき , その指数は t < 1 であることがわかった . このこと から , 結び目部分の局在化が確認できた . また , 結び目部分の局在化を特徴づけるセグメ ント数として , 結び目部分の鎖長に関係する N
`が得られた .
1.3 本論文の構成
本論文は次の 8 章から構成される .
第 1 章では , 本研究で扱う高分子物理学による結び目の研究背景を紹介し , また , 本研
究の目的と研究の概略を述べた. 次に, 研究の基礎的な事項として, 第 2 章では結び目理
論の概略を , 第 3 章では高分子物理学の概略を説明する . 第 4 章では , 排除体積相互作用
があり , 流体力学的相互作用のない排除体積鎖の時間発展を実現するための , Brown 動
力学シミュレーションの方法を説明する. 第 5 章から第 7 章では, 本論文の主要な部分
であり , 結び目をもつ環状高分子の Brown 動力学シミュレーションを用いて行った研
究成果を説明する . 第 5 章では緩和現象の研究について , 第 6 章では平均構造の研究に
ついて , 第 7 章では結び目部分の研究について説明する . 第 8 章では , 本論文の結びとし
て , 結び目をもつ環状高分子において , 結び目部分が局在することが明らかになったこ
とを述べる .
9
第 2 章 結び目理論の概略
一本の紐の両端をつないで輪にしたものを “ 結び目 ” という . そして , いくつ かの結び目のあつまりを “ 絡み目 ” という . このような空間中の閉曲線を扱う 幾何学が “ 結び目理論 ” である . 本章では結び目理論の概略を紹介する .
54)–60)第 2.1 節では , はじめに結び目と絡み目の定義を行い , つづいて結び目理論 での基本操作を説明する . 第 2.2 節では , 結び目の分解と合成について述べ , 素な結び目を紹介する . 第 2.3 節では , 結び目型を分類するための不変量で ある Alexander 多項式と Jones 多項式を , また , 数値計算による Alexander 多 項式を評価するアルゴリズムを紹介する .
20)–23)2.1 結び目の定義
結び目と絡み目の定義について
結び目理論では , 結び目と絡み目は次のように定義する .
•
結び目 K とは , 3 次元ユークリッド空間 R
3内の単純閉曲線である . ここで , “ 単純 ” であるとは , 曲線を線分による折れ線と見なしたときに , どの 2 つの辺も , それら の共通の端点以外には , 共通点を持たない状態をいう . 図 1.1 は最も単純な結び目 であり , 左から自明な結び目 (trivial knot), 三葉結び目 (trefoil knot), 八の字結び目 (figure-eight knot) と呼ばれる .
•
絡み目 L とは , 空間内の互いに共有点をもたない ν 個の結び目 K
1, K
2, . . . , K
νから なる図形 L
=K
∪K
1∪K
2∪ · · · ∪K
νである . 各 K
1, K
2, . . . , K
νはその成分といい , 成分の個数を µ (L) で表す . 結び目とは 1 成分の絡み目であるといえる . 図 2.1 は 代表的な絡み目であり , 左から , Hopf 絡み目 , Whitehead 絡み目 , Borromean 環と呼 ばれる .
ユークリッド空間 R
3内の絡み目 L
1と L
2は , h (L
1)
=L
2を満たす同相写像 h : R
3 →R
3が存在するときに , 同値な関係である . ここで , 同相写像とは , 一対一 , 上への連続写像
で , その逆変換も連続であるものをいう . 絡み目 L と同値な絡み目全体の集合を L の同
値類という .
10 第 2 章 結び目理論の概略
正則射影と正則表示について空間図形である結び目や絡み目を取り扱うには , それらの平面上での図の描き方を決 めると便利である . 結び目理論の多くの研究では , 次に紹介する正則射影を行い , そこで 得られた正則表示を扱う . ユークリッド空間 R
3内の絡み目 L が , z 軸に関して x-y 平面 E よりも上にあるものとしたとき, 平面 E 上への直交射影
p : R
3 →E; (x , y , z)
7→(x , y) (2.1)
により, L の射影像 p (L) は E 上の 2 次元図形となる. このとき, p (L) が次の二つの条件 を満たすとき , 直交射影 p を 絡み目 L の正則射影 , p (L) を正則射影像 L ˆ
=p (L) という .
1. p (L) の各点 v に対して , p
−1(v)
∩L は 1 点ないし 2 点である . 2. p
−1(v)
∩L が 2 点のときは , p (L) は v において自己交差する .
(a) (b)
(c)
【図 2.1】 : 代表的な絡み目. 左から, (a) Hopf 絡み目, (b) Whitehead 絡み目, (c) Borromean 環である .
~ (b)
(a)
L L
L L
x
y z
x
y z
【図 2.2 】 : 絡み目 L と , 絡み目 L の (a) 正則射影像 L ˆ と (b) 正則表現 L. ˜ 両図では , 絡み
目 L の各々 2 点は , x-y 平面へ直交射影したときの交差箇所の位置を示す . 図 (a) の正則
射影像 では , 交差点は 2 本の直線の交差で表現する . 一方 , 図 (b) の正則表現では , 下方
交差点を含む直線に対応する直線は切れ目を入れて表現する .
2.1. 結び目の定義 11 p
−1(v)
∩L が 2 点あるとき , v を正則射影像 L ˆ の交差点といい , z 軸の大きい方を上方交 差点 , 小さいほうを下方交差点という . 正則射影像 L ˆ の各交差点において , 下方交差点 を含む線に対応する線に図 2.2 (b) のような切れ目を入れ , z 軸の高さの上下関係を表し た平面の図を絡み目 L の正則表示 L ˜ という .
Reidemeister変換について
絡み目の正則表示において , 図 2.3 の局所的な変形を Reidemeister 変換という . Reideme-
ister 変換は , 正則表示の交差点の変換の基本となる変換であり , 三つの変換はそれぞれ
異なった変換である . 交差点数の変化に注目すると , 変換
Ω1は変換
Ω2と
Ω3の組み合 わせでは得られないことがわかる . また , 変換
Ω1と
Ω2から
Ω3を得る方法と変換
Ω1と
Ω3から
Ω2を得る方法が存在しないことを示すことは 困難であるので , 以下では反 例を示す . 図 2.4 の自明な絡み目を , 各々独立した図 1.1(a) の自明な結び目に重ね合わせ
Ω1 Ω2 Ω3
(a) (b) (c)
【図 2.3 】 : Reidemeister 変換 . 左から , (a) 変換
Ω1, (b) 変換
Ω2, (c) 変換
Ω3と呼ぶ . 変換
Ω1はよじれの生成と消滅に対する変換であり , 交差点の変化数は 1 である . 変換
Ω2は 2 つの交差点の生成と消滅に対する変換であり , 交差点の変化数は 2 である . 変換
Ω3は 第 3 辺の交差点上の通過に対する変換であり , 交差点数は変化しない .
(a) (b)
【図 2.4 】 : 自明な絡み目 . 図 (a) は 1 本の閉曲線からなる自明な結び目 , 図 (b) は 3 本の
独立した閉曲線からなる自明な結び目である . 各々を図 1.1(a) の自明な結び目に重ね合
わせるには , 図 (a) の結び目では変換
Ω3を , 図 (b) の絡み目では変換
Ω2を行わなければ
ならない .
12 第 2 章 結び目理論の概略
【表 2.1 】 : 最小交差点数とその結び目の数 . 上段は最小交差点数 C を , 下段は C をもつ 異なったトポロジーである結び目の種類の数を示す .
最小交差点数 : C 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 結び目の数 1 1 2 3 7 21 49 165 552 2176 9988 46972 253293
るためには , 図 (a) の絡み目では , 変換
Ω1と
Ω2だけでは , 図 (b) の絡み目では , 変換
Ω1と
Ω3だけでは変換することができないことがわかる .
最小交差点数について絡み目 L ˜ の同値類の中で最も交差点の少ない L ˜ を最小正則表示といい , この時の交 差点数を最小交差点数 C という . 最小交差点数 C が大きくなるにつれて , 同じ C をも つが同値でない絡み目の組は増加する . 表 2.1 は , 結び目の最小交差点数 C と , 同じ C を もつ異なるトポロジーをもつ結び目の種類の数を示す .
結び目のキラル対称性について
空間の写像
r : R
3→R
3; (x , y , z)
7→(x , y ,
−z) , (2.2) を平面 E に関する鏡映操作といい , 絡み目 L に対し , 絡み目 L
∗ =r (L) は L の鏡像とい う . とくに , 絡み目 L と 鏡像 L
∗が同値のときは L はキラルでない結び目 ( アキラルな 結び目 ), 同値でないときは L はキラルな結び目という . 八の字結び目はアキラルな結 び目であり , アキラル性は図 2.5 のような手順で正則表示を変形させることで , 確認で
きる . 図 2.5 (a) の八の字結び目について , 紙面を鏡映面として鏡映操作を行う (b). すな
わち , 交差点の上下の関係を入れ替える . つぎに (b) について , 紙面に垂直な軸について
180 度回転する (c). 最後に (c) の左側の単純曲線を , 結び目部分の右側に移動すると (a)
と同じ正則表示が得られる . 一方で , 三葉結び目はキラルな結び目であり , 互いに鏡像で
ある結び目は右手系と左手系と呼ばれ区別される .
2.2. 結び目の分解と合成 13
(a) (b) (c)
【図 2.5 】 : 八の字結び目のアキラル性 . 八の字結び目 (a) について , 紙面を紙面に鏡映 操作を行った結び目を (b) とする . 結び目 (b) について , 紙面に垂直な軸について 180 度 回転した結び目を (c) とする. 最後に結び目 (c) の左側の単純曲線を右側に移動させる と , 結び目 (a) と重ね合わせることができる .
(a) (b)
【図 2.6 】 : 三葉結び目のキラル性 . 図 (a) は左手系 3
1,L, 図 (b) は右手系 3
1,Rの三葉結び 目である . 2 つの結び目は , 紙面を鏡映面とした鏡映の関係にある . すなわち , 各交差点 は上下を入れ替えた関係にある .
2.2 結び目の分解と合成
図 2.7 のように , 結び目 K と 2 点だけで交わるような球面が空間中に存在するとき , K は球面の内側の結び目と外側の結び目に分解できる . また , K は球面の内側の結び目 と外側の結び目を合成して得られる , といえる . このような考え方は自然な考え方であ り , 本節ではこの分解の操作を定式化する .
結び目の分解と合成について
結び目 K と 2 点 v
1と v
2で交わる球面
Σを考える . 交点 v
1と v
2を
Σ上の単純曲線 P で結び , 球面
Σが囲む内部領域を B
in, 外部領域を B
outとすると新しい 2 つの結び目
K
in =(K
∩B
in)
∪P , K
out =(K
∩B
out)
∪P (2.3)
が得られる . このとき , v
1と v
2を結ぶ
Σ上の任意の異なる単純曲線同士は重ね合わせ
ることができるので , K
inと K
outの結び目型は P の選び方に依存しない . よって , 結び目
K は球面
Σによって , 結び目 K
inと K
outに分解 (decompose) されたといい , K
=K
in#K
out14 第 2 章 結び目理論の概略
Σ
v 1
v 2 P
B B
in out
Kin K
out K = K inò Kout
【図 2.7 】 : 結び目の分解と合成 . 結び目 K は , 結び目 K との 2 つの交点 v
1と v
2をも つ球面
Σによって , 結び目 K
in =3
1と K
out =4
1に分解される . 球面
Σの内部領域を B
in, 外部領域を B
out,
Σ上の単純曲線 P としたとき , 2 つの結び目は K
in =(K
∩B
in)
∪P, K
out =(K
∩B
out)
∪P で定義される . また , 結び目 K
in =3
1と K
out =4
1を合成すると , 結 び目 K
=K
in] K
outが得られる .
と書く. また結び目の成分の個数については
µ (K)
+1
=µ (K
in)
+µ (K
out) (2.4)
が成り立つ .
素な結び目非自明な結び目 K が , どんな分解を与えても一方が必ず自明な結び目となる場合 , こ のような K を素な結び目 (prime knot) という . また , 図 2.7 の結び目 K のように , 2 つ以 上の素な結び目を合成することで得られる結び目を合成結び目 (composit knot) という . ここで , 自明な結び目は素な結び目として 定義されていないことに注意し , 以下では , 自明な結び目を K
=O と表記する . 図 1.1 と図 2.8 〜 2.10 では , 最小交差点数 C
=3
∼7 の素な結び目の正則表示を示す . 結び目の分類方法の中で最も単純な指標は最小交差点
51 52
【図 2.8 】 : 最小交差点数 C
=5 の素な結び目 . それぞれの結び目型は , 左から , K
=5
1, 5
2である .
2.2. 結び目の分解と合成 15
61 62 63
【図 2.9 】 : 最小交差点数 C
=6 の素な結び目 . それぞれの結び目型は , 左から , K
=6
1, 6
2, 6
3である .
71 72 73 74
75 76 77
【図 2.10 】 : 最小交差点数 C
=7 の素な結び目 . それぞれの結び目型は , 上段左から , K
=7
1, 7
2, 7
3, 7
4, 7
5, 7
6, 7
7である .
数 C である . 同一な最小交差点数をもつ同値でない結び目同士は , その中での順番を添 え字で書いて , 各結び目は指定される . 例えば三葉結び目と八の字結び目は最小交差点 数が 3 と 4 なので , それぞれ K
=3
1, 4
1と表記する ( 図 1.1). 最小交差点が 5 つの結び 目は二つあるので , 一方を K
=5
1, もう一方を K
=5
2と表記する ( 図 2.8). また , 鏡像が ある場合はその一方だけを載せた .
素な結び目には , いくつかの性質が似ているグループに分類される結び目がある . 代 表的なグループには , トーラス結び目 , 偶数ねじれの (even twist) 結び目 , 奇数ねじれの
(odd twist) 結び目がある . トーラス結び目は標準的なトーラス上の結び目として表現す
ることができる . 図 2.11 の空間 R
3内のトーラス上に経線 m と 緯線 n を考える . このと き , (p , q)- トーラス結び目は次の手順で生成される .
•
トーラス上に m と平行な円周を p 本選ぶ .
•
トーラス上に n と平行な円周を q 本選ぶ .
•
経線と緯線の交差点において , 図 2.11(a) のように経線に沿って緯線をつなぎかえ
ることで , 図 2.11(b) のような一本の閉曲線を作る .
図 2.12 はトーラス結び目の例である . 左から , (3 , 2)
−トーラス結び目 , (5 , 2)
−トーラス
結び目 , (7 , 2)
−トーラス結び目であり , それぞれは K
=3
1, 5
1, 7
1と同値である . 以下に
16 第 2 章 結び目理論の概略
n
m
(a) (b)
【図 2.11 】 : トーラス結び目 . 図 (a) は標準的なトーラスと , トーラス上の経線 m と緯線 n を示す . トーラス上に m と平行な p 本の円周と , n と平行な q 本の円周を選んだとき , (p , q)- トーラス結び目は , 経線と緯線の交差点において , 図 (b) のように経線に沿って緯 線をつなぎかえることで作られた 1 本の閉曲線として定義される . 図では p
=3, q
=2 であり , (3 , 2)- トーラス結び目は三葉結び目と同値である .
(3,2) (5,2) (7,2)
【図 2.12 】 : トーラス結び目 . 左から (3 , 2)- トーラス結び目 , (5 , 2)- トーラス結び目 , (7 , 2)- トーラス結び目である . 三葉結び目 (K
=3
1) は (3 , 2)- トーラス結び目と同値であ る . K
=5
1, 7
1の結び目は , それぞれ (5 , 2)- トーラス結び目 , (7 , 2)- トーラス結び目と同 値である .
は , 奇数ねじれの結び目 ( 図 2.13) と偶数ねじれの結び目 ( 図 2.14) を挙げる .
2.3. 結び目不変量 17
4 1 6 1 8 1
【図 2.13 】 : 奇数ねじれの結び目 . 左から K
=4
1, 6
1, 8
1と同値である .
5 2 7 2 9 2
【図 2.14 】 : 偶数ねじれの結び目 . 左から K
=5
2, 7
2, 9
2と同値である .
2.3 結び目不変量
結び目不変量は , 結び目 K について一意に決まる値で , 同値なものは同じ値を持つ . 多 くの場合, 多項式で記述される. 代表的な多項式として, Alexander 多項式, Jones 多項式,
Kauhmann 多項式などがある . また多項式のほかにも Gauß の絡み合い数と呼ばれる積
分不変量もある . 以下では簡単な例として , Alexander 多項式と Jones 多項式の分類方法 を紹介する.
2.3.1 Alexander 多項式と Jones 多項式
スケイン関係について
多くの結び目の代数的不変量を評価する場合, 曲線の方向を考慮した結び目を扱う.
このような結び目を有向結び目 , 方向つきの正則表示を有向正則表示と呼ぶ . このとき ,
有向正則表示の交差点は図 2.15 のように 2 つの状態に分類でき , 図 (a) を状態 (
+) の交
差点 , 図 (b) を状態 (
−) の交差点という . そして , 図 2.16 のように二つの交差点の状態 (
+)
と (
−) に関係する第三の状態を (
∞) と表記する . 図 2.16 のように有向絡み目 L が与え
られたとき , 一つの交差点 c に着目し , c が状態 (
+) の交差点ならば L を L
+とし , 交差点
c で L の交差点変換したものを L
−とする . また , c が状態 (
−) であれば L を L
−とし , 交
差点 c で L の交差点変換したものを L
+とする . そして , 交差点 c を第三の状態 (
∞) に
置き換えたものを L
∞とする . このように , 一つの交差点 c 以外では全てが同じであり ,
c のみで異なる正則表示をもつ三つの絡み目 L
+, L
−, L
∞はスケイン関係にあるという .
18 第 2 章 結び目理論の概略
(+) (--)
(a) (b)
【図 2.15 】 : 有向正則表示の交差点 . 下方交差点を含むベクトルに対して , 上方交差点 を含むベクトルが図 (a) の右回りの関係にあるものを状態 (
+), 図 (b) の左回りの関係に あるものを状態 (
−) とする .
スケインとは “ 糸くずの絡まりあい ” の意味である .
Alexaner多項式とJones多項式について結び目多項式を用いて , 絡み目をパラメータのベキ乗の和として表す . 以下では , 代表 的な結び目多項式として , Alexander 多項式と Jones 多項式を扱う . 絡み目 L に対するパ ラメータ t の Alexander 多項式を
∆(L; t), Jonse 多項式を V(L; t) と書く .
図 2.16 のように , 絡み目 L の正則表示の交差点 c に注目したとき , L を L
+と表記 し, 絡み目 L
+から L
−と L
∞を生成する操作を二分木分解という. 絡み目 L
+, L
−, L
∞の 間には多項式の関係式が関連付けられており , Alexander 多項式
∆(L; t) と Jones 多項式 V (L; t) を計算するときには
∆
(L
+; t)
−∆(L
−; t)
= √t
−1
√
t
!
∆
(L
∞; t) , (2.5)
1
t V (L
+; t)
−tV (L
−; t)
= √t
−1
√
t
!
V (L
∞; t) (2.6)
を用いる . 上記の関係式をスケイン関係式と呼び , t は多項式のパラメータである . 絡み 目の多項式を計算する過程では , 正則表示 L ˜ の状態 (
+) もしくは状態 (
−) のどちらか一 方のみの各交差点について二分木分解を行い , 生成された絡み目の全てが自明な結び目 になるまで繰り返す . ここで , 自明な結び目 K
=O の Alexander 多項式と Jones 多項式 はそれぞれ
∆
(O; t)
=1 , (2.7)
V (O; t)
=1 (2.8)
と定義する .
例として 図 2.16(a) のような絡み目 L の二分木分解を行うことで, 2 成分の自明な結
び目の Alexander 多項式
∆(OO; t) を手順を追って導出する .
2.3. 結び目不変量 19
L
-
L
+
L
(a)
(b) (c)
c
【図 2.16 】 : スケイン関係にある三つの絡み目 (a)L
+, (b)L
−, (c)L
∞. 図 (a) では絡み目 L の交差点 c は状態 (
+) であるので , 絡み目 L を L
+という . 図 (b) のように , 絡み目 L
+の 交差点の上下を入れ替えた絡み目を絡み目 L
−という . また図 (c) のように , 絡み目 L
+の 交差点を消滅させた絡み目を絡み目 L
∞という . このように , 交差点 c のみが違ってお り , それ以外が同じである L
+, L
−, L
∞はスケイン関係にあるという .
1. 絡み目 L の交差点 c が状態 (
+) であるので , L を L
+とし , Alexander 多項式を
∆(L
+; t) と表記する .
2. 交差点 c のスケイン関係から L
−と L
∞を生成する .
3. L
+と L
−は明らかに自明な結び目なので ,
∆(L
+; t)
= ∆(L
−; t)
= ∆(O; t)
=1 である . また, L
∞は 2 成分の自明な結び目であるので, L
∞ =OO とし, 対応する Alexander 多項式を
∆(OO; t) と表記する .
4. Alexander 多項式のスケイン関係式 (2.5) に代入すると ,
∆
(O; t)
−∆(O; t)
= √t
−1
√
t
!
∆
(OO; t) (2.9)
であることから ,
∆
(OO; t)
=0 (2.10)
となり , 2 成分の自明な結び目の Alexander 多項式は 0 であることが導出できた . また , Jones 多項式では , 式 (2.6) を用いて ,
V (OO; t)
= √t
+1
√
t
!
(2.11)
となることがわかる .
20 第 2 章 結び目理論の概略
C
C 1
2 K
+
K
-
(
K) (
K)+
(
K)- (a)
(b)
(c)
(d)
(e)
【図 2.17 】 : 三葉結び目の二分木分解 . 右手系の三葉結び目 K
=3
1,Rについて , 図 (a) の交 差点 c
1が状態 (
+) であることから , K を K
+とする . 交差点 c
1についてのスケイン関係か ら K
−と K
∞を生成する . 図 (b) の K
−は自明な結び目であることから
∆(K
−; t)
=1 となる . 一方 , 図 (c) の K
∞は Hopf 絡み目であることが分かる . そこで交差点 c
2が状態 (
+) であ ることから , K
∞を (K
∞)
+とする . 交差点 c
2についてのスケイン関係から (K
∞)
−と (K
∞)
∞を生成する . 図 (d) の (K
∞)
−は 2 成分の自明な結び目であることから
∆((K
∞)
−; t)
=0, 図 (e) の (K
∞)
∞は自明な結び目であることから
∆((K
∞)
∞; t)
=1 となる . 以上から , スケイン 関係式を用いて
∆(3
1,R; t)
= ∆(K
+; t) が得られる .
次の例として , 右手系の三葉結び目 K
=3
1,Rの Alexander 多項式
∆3
1,R; t を以下の 手順で導出する .
1. 図 2.17 (a) の右手系の三葉結び目 K の交差点 c
1が状態 (
+) であるので, K を K
+とし , スケイン関係から K
−と K
∞を生成する . このとき , スケイン関係式は以下 のようになる .
∆
(K
+; t)
−∆(K
−; t)
= √t
−1
√
t
!
∆
(K
∞; t) . (2.12) 2. 生成された K
∞の交差点 c
2が状態 (
+) であるので , K
∞を (K
∞)
+とし , スケイン 関係から (K
∞)
−と (K
∞)
∞を生成する . このとき , スケイン関係式は以下のように なる .
∆
((K
∞)
+; t)
−∆((K
∞)
−; t)
= √t
−1
√
t
!
∆
((K
∞)
∞; t) . (2.13)
2.3. 結び目不変量 21 3. 最終的に得られた , K
−と (K
∞)
∞は自明な結び目なので
∆(K
−)
=1,
∆((K
∞)
∞)
=1, (K
∞)
−は 2 成分の自明な結び目なので
∆((K
∞)
−; t)
=0 となる . これより , 式 (2.12)
と (2.13) から , 右手系の三葉結び目の Alexander 多項式は
∆
3
1,R; t
= ∆(K
+; t)
=t
−1
+1
t (2.14)
となる .
4. 最後に
∆(3
1,R) の最低次数が 0 乗に , 最高次数の係数が正になるように , 式 (2.14) に
±t
mをかける . よって , 右手系の三葉結び目の Alexander 多項式
∆
3
1,R; t
=t
2−t
+1 (2.15)
が得られる .
三葉結び目はキラルな構造であるが , Alexander 多項式では , 右手系の構造と左手系の構 造の値は一致してしまい, 区別することができない. 一方, Jones 多項式は次のように右 手系と左手系を区別することができる .
V 3
1,R; t
=t
3−t
2+2t
−1 , (2.16)
V 3
1,L; t
=t
3−t
2−1 . (2.17)
2.3.2 Alexander 不変量の計算アルゴリズム
結び目 K や絡み目 L をもつ高分子のトポロジーの判別をするにあたり , かつては Ed- wards の方法により Gauß の絡み合い数が計算されていた .
12)しかし , 1974 年 Vologodskii ら
20)によって , この積分的不変量には分類できない系もあることが指摘され , 新たな方 法が提案された . 以下では , 図 2.18 の右手系の三葉結び目を例として用いて , Vologodskii らによって提案された Alexander 多項式を計算するアルゴリズムを紹介する .
20)–23)1. 結び目の正則表示の交差点にラベルをつける
正則表示の任意の点 O を選び , 結び目の輪郭に沿って任意の方向へ移動させる . 点 O が k 番目に通過した下方交差点を u
kとし , 下方交差点 u
kと u
k−1の間の経路 を生成子 x
kとする . また , 下方交差点 u
kの状態を図 2.19 にしたがい , 状態 (
+) と 状態 (
−) に分類する . 交差点数を n と表記すると , 図 2.18 の結び目では n
=3 であ り , 下方交差点 u
kと上方交差点を含む経路の生成子 x
iとの関係は表 2.2 に示す .
2. Alexander 行列を作成する
表 2.18 より , 下方交差点 u
kと 生成子 x
iの関係を用いて , Alexander 行列と呼ばれ る n
×n 行列 A (K; t) を作る . 添え字 i を k 番目の下方交差点上を通過する生成子 の番号とすると , 行列 A (K; t) の各要素 A
k,iは以下のように決定される .
条件1
i
=k もしくは i
=k
+1 の時 , A
k,k =−1 , A
k,k+1 =1.
22 第 2 章 結び目理論の概略
条件2i
,k かつ i
,k
+1 であり , 状態 (
+) の時 , A
k,k =−t , A
k,k+1=1 , A
k,i =t
−1.
条件3
i
,k かつ i
,k
+1 であり , 状態 (
−) の時 , A
k,k =1 , A
k,k+1 =−t , A
k,i =t
−1.
ここで , 添え字 k は n を法とする値であり , A
k,k, A
k,k+1, A
k,i以外の行列要素は 0 で ある . 表 2.2 に示した下方交差点と生成子の関係から k
=1 の下方交差点では , 上 方交差点を含む生成子の番号は i
=3, 交差点の状態は (
+) であることから , 条件 2
u1 u3
u2
x1 x2
x3
【図 2.18 】 : 有向三葉結び目 . 任意の点 O を選び , 結び目の輪郭に沿って任意の方向に 移動させる . 点 O が k 番目に通過した下方交差点を u
k, 下方交差点 u
kと u
k−1の間の経路 を生成子 x
kとする . 図では , 交差点が 3 つあるので , k
=1 , 2 , 3 となる .
(+) (--)
(a) (b)
x i
x k x
k+1
x k+1
x k
u k u
k
x i