第 2 章 日本語の「下(した)」と中国語の「下(xia)」との比較
2.3 空間的な意味の対照
この2.3節では、日本語の「下(した)」と中国語の「下(xia)」との空間的な意味の異同につ いて、両者が相違している点を中心に分析する。
2.3.1 「下(した)」と「下(xia)」との共通点
2.2節では、日本語の「下(した)」と中国語の「下(xia)」の空間的な用法を分析した。これ らの分析に基づき、日本語の「下(した)」と中国語の「下(xia)」との共通点をまとめれば、
主に次の二点となる。第一に、「下(した)」と「下(xia)」はいずれも、トラジェクターがラン ドマークの下方に位置しているという「下方の用法」を持っている。(13)~(16)の文におけ る「下(した)」と「下(xia)」は、基本的に対応している。
また、「下(した)」の「下方の用法」は、ランドマークとトラジェクターと接しているかど うか、トラジェクターがランドマークによって覆われているかどうかによって、さらに 4 つ の下位カテゴリーに分けられる。「下(xia)」は、ほぼ「下(した)」と同様に、この 4 つの下位 範疇的な「下方の用法」を持っている。
第二に、「下(した)」と「下(xia)」は、いずれも「下部の用法」を持っている。「下部の用 法」の参照物は、山や坂のような裾野にあるまたは延長線上にある高い自然物と、棚や箱の ような重力の方向に長いという特徴を持つ容器という 2 つの種類がある。この 2 種類のラ ンドマークの共通点は、両方ともそびえ立つように高いものだということである。「下(した)」
と「下(xia)」は、山のようなそびえ立つように高いランドマークと共起する場合では、これ らの参照物の下部を言語化できる。
2.3.2「下(した)」と「下(xia)」との相違点
「下(した)」と「下(xia)」との相違点については、結論から言えば、主たる次の 2 つの点が 見られる。第一に、「下(した)」は、ランドマークの裏、内部を言語化する用法を持っている が、「下(xia)」は裏、内部を言語化するのが困難である。第二に、「下(xia)」は、「基部の用 法」を持ち、トラジェクターがランドマークの周辺に位置しているという空間的なシーンを 言語化することができるのに対して、日本語では同じ漢字で綴られる場合もあるが、「下(し た)」ではなく、「下(もと)」または「基(もと)」で言語化する。本節では、こうした「下(し た)」と「下(xia)」との相違点を、詳しく分析していく。
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(22) a. 彼女は男もののくしゃっとした白いステン・カラー・コートの下に黄色い薄い
セーターを着て、ブルージーンズをはいていた。
b. 她穿一件男人穿的那種皺皺巴巴的白色直領外套,裡面是薄薄的黃毛衣,下著藍 色牛仔褲。
<CJBC> (村上春樹著 『ノルウェイの森』) (23) a. 下着を付ける。
b. 穿內衣。
(『デイリーコンサイス中日辞典』)
2.3.1節でも論じたように、日本語では、「下(した)」という空間辞が、主に重力軸に基づ
いて形成された上下軸で、ランドマークとトラジェクターとの位置関係を言語化する。そし て、内外軸で言語化する場合もある。例えば、(22a)及び(23a)における「下(した)」は、ト ラジェクターがランドマークの裏側、奥の方、内部の方にあるという意味である。しかし、
この場合には、中国語の「下(xia)」と日本語の「下(した)」との対応が困難である。(22a) の
「下(した)」は、(22b)では「裡面」で、直訳すれば「裏の面」という表現となる。また、(23a) の「下着」という表現も、中国語では「内衣」となっている。
(24) a. I was wearing two sweaters under the green army jacket.
b. He had no shirt on under his thin jumper.
(Collins COBUILD Advanced Learner's Dictionary )
重力軸の方向に基づいて生じた上下軸に関する空間的な概念が、重力軸の方向とは関係 のない軸に移るという現象は、「下(した)」のみならず、他の言語でも見られる。例えば、
(24)における英語の under という参照部の下方を表す前置詞も、参照物の内部の意味があ る。
ここで指摘したいのは、「下(した)」やunderのように、下部と内部との変化という現象の 背後には、<上/下>と<裏/表>との間に緊密な関係がある、ということである。すなわち、
重力軸に基づく空間的な概念が他の空間的な概念を示すようになる、という現象である。対 照的なのは、中国語の「下(xia)」である。中国語の「下(xia)」の場合には、重力軸の方向性 を捨象して、下方から内部への変換という現象が容易に生じない。
具体的に言えば、安 (2014a: 336-348) によると、日本語では、<上/下>と<裏/表>とい う2つの概念領域の間に、重力軸の方向性を捨象することによって、緊密に関与するように なる。例えば、日本語では、「服の下に下着を着る」という文も容認できるのは、日本語話 者が重力軸から上下の方向性を見出す能力を持っており、その上下の方向性を、重力軸の方 向と一致しない場面(本来内や外といった空間概念で捉える場面)に投影することによって 認識できるからである (安 2014a: 343-345)。しかし、中国語の「下(xia)」は、重力軸の方向
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性を捨象できず、内外といった他の空間的な概念を言語化するのが困難である。つまり、「下
(した)」と異なり、「下(xia)」は、参照部と対象物との関係が常に重力軸の方向性の影響を受
けているということである。
以上、トラジェクターがランドマークの内部にあるという空間的なシーンを言語化する 能力について、「下(した)」と「下(xia)」の相違を比較した。次に、「下(xia)」の「基部の用 法」を中心に、「下(xia)」と「下(した)」との相違点を論じていく。
「下(した)」と「下(xia)」の差異を分析するにあたって、「基部の用法」の特徴を改めて強 調しなければならない。2.2.3節でも論じたように、「基部の用法」に関して次の 2 つの特徴 がある。第一に、トラジェクターの位置は、ランドマークの位置より低い。第二に、トラジ ェクターの位置は、ランドマークそのものにあるわけではなく、ランドマークの周辺に、す なわちランドマークを中心とする範囲内にある。第一の特徴に関しては、「下方の用法」と
「基部の用法」とは共通しているが、第二の特徴に関して相違している。
(25) a. 中野學校把收錄機放在升旗台下。
b. 中野学校がテープレコーダーを掲揚台の足もとに置く。
<CJBC> (村上春树著 『ノルウェイの森』、再掲) (26) a. 曾根把背囊放在腳下。
b. 曾恨はリュックを降ろすと足許に置いた。
<CJBC>(井上靖著 『あした来る人』、再掲)
(25) c. ?中野学校がテープレコーダーを掲揚台の下(した)に置く。
(26) c. ?曾恨はリュックを降ろすと足の下(した)に置いた。
例えば、(25)と(26)に取り上げられた例文では、中国語の「下(xia)」が日本語の「モト」
に対訳されていることから分かるように、掲揚台、足といった高くそびえる実物がランドマ ークとして、「下(xia)」と共起する際に示される空間はランドマークを中心とする周辺の低 い領域である。「足の下(した)」や「掲揚台の下(した)」といった表現自体は、完全に非文で はなく、可能な日本語の文であるが、これらの表現における「した」を「もと」と同じ意味 で使うことは困難である。
要するに、中国語の「下(xia)」は、そびえ立つように高い実物が参照物になった場合、
参照物を巡る低い周辺を言語化する能力を持っているということである。これに対して、
「下(した)」はこのような能力を持っていない。
以上、ランドマークがそびえ立つように高いものである場合をめぐって、「下(した)」と
「下(xia)」との相違点を分析した。次に、太陽や月といった位置的に高い典型例を対象に、
「下(した)」と「下(xia)」を対照する。
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日本語の「太陽の下(した)」と中国語の「太陽下(xia)」という2つの表現は、同じ空間的 なシーンを言語化していると考えている人が少なくないかもしれない。しかしながら、日中 対訳コーパスで検証した結果、「太陽下(xia)」という表現が日本語に訳される際に、「太陽の 下(した)」と翻訳された事例は一件も見つからなかった。
例えば、(25)と(26)から見られる「下(xia)」と「モト」との対訳関係と同様に、(27)では、
中国語の「太陽下(xia)」と「太陽のもと」が対応している。また、(28a)と(29a)の「太陽下 (xia)」は、(28b)と(29b)では日光が当たっている場所という意味の「日なた」に訳されてい る。そして、(30a)の「太陽下(xia)」と対応するのは、(30b)では太陽が強く照るところを意 味する「日の照りつける砂浜」という表現である。
つまり、(27)~(30)の「太陽下(xia)」という表現における「下(xia)」は、太陽の真下では なく、太陽の影響する範囲、すなわち太陽の光りが地上を照らす領域を表しており、この場 合では、日本語の「下(した)」との対応が難しくなる。
(27) a. 在炎热的太阳下…
b. 焼きつくような太陽のもと…
<CJBC>(楊沫著 《青春之歌》)
(28) a. 爺爺把槍放在太陽下曬著…
b. 祖父は鉄砲を日なたにおいて…
<CJBC>(莫言著 《紅高粱》)
(29) a. 坐在太陽下抓石子玩…
b. 日向に座って石ころをいじりはじめた…
<CJBC> (王安憶著《小鮑荘》)
(30) a. 抬頭一看:沙灘上,躺在太陽下…
b. 顔をあげると、日の照りつける砂浜に…
<CJBC>(楊沫著 《青春之歌》)
(31) a. 楓葉剛剛開始泛紅,月下望去黑影幢幢。
b. 色づきかけた紅葉は、月の光りに黒ずんで見えた。
<CJBC>(三島由紀夫著 『金閣寺』)
太陽のみならず、(31)で取り上げた月のような位置的な高いものは、ランドマークとして
「下(xia)」と共起することによって、ランドマークの影響範囲が言語化される。下方を示す 言葉として、日本語の「下(した)」と中国語の「下(xia)」と英語のunderは、多くの場合で は共通しているが、「下(した)」が「位置的に高い物の基部」という用法を持たないという点 で異なっている。英語では、under the sunという表現は、すでに慣用語化され、「ありとあら ゆる」や「この世界での、この世での」の意味となるが、本来の意味も太陽の真下や太陽の 下部ではなく、中国語の「下(xia)」と同様に、太陽の影響する範囲を意味している。例えば、
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sit under the sunは、「日向に座る」または「日向ぼっこをする」の意味である。
ここで注意しておきたいのは、2.2.3節でも詳しく論じたように、「基部の用法」という空 間的なシーンを言語化する機能の有無によって、「下(xia)」と「下(した)」の非空間的な意味 への拡張の可能性が異なっているということである。
ただし、強調しなければならないのは、日本語の「下(した)」が、まったく「基部の用法」
を持っていないとは限らない。「下(した)」は、傘やあるいは傘のようなランドマークと共起 する場合には、ランドマークの基部を言語化する機能もある。例えば、次の(32)と(33)にお ける「下(した)」と「下(xia)」との対応関係が確認できる。
(32) a. 好太郎さんのうちの銀杏の木の下にはよく遊びに行った。
b. 經常到好太郎家的銀杏樹下去玩。
<CJBC> (井伏鱒二著 『黒い雨』)
(33) a. 女が支えている傘の下で、男もせかされるように、あとは無言で食べおえる。
b. 女人撐著的傘下,男人象受人催促似地,不作聲地草草地扒完了飯。
<CJBC> (安部公房著 『砂の女』)
具体的に言えば、(32)と(33)では、ランドマークの「木」と「傘」は、いずれも柱や壁の ように、そびえ立つように高いものである。また、この 2 つの文では、(32)の「好太郎」、 (33)の「男」はトラジェクターとして、ランドマークより低い領域に位置している。すなわ ち、(32)と(33)の「下(した)」は、「そびえ立つように高い物の基部」の用法であり、ランド マークとトラジェクターとの空間的な位置関係を表している。
なぜこのような現象が生じたのかというと、ランドマークが傘のようなものである場合 に、参照部の「下(した)」と「モト」がかなり重なっているからである。すなわち、「下(し た)」は、トラジェクターがランドマークの基部にあるという空間的なシーンを言語化する 役割をもともと持っているのではなく、傘状のランドマークという参照物を特定すること によって、そびえ立つように高い物の基部の用法を示すようになったのである。
3. 「下(した)」と「下(xia)」の非空間的な意味(語彙的な意味拡張)
下方を示す空間辞は、本来の空間的な意味のほかに、種々の他の概念領域を言語化できる。
この第3節では、英語の下方という空間的な意味を含意する表現の多義現象を概観したう えで、日本語の「下(した)」と中国語の「下(xia)」の非空間的語彙的な意味について考察す る。