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日本語の「先(さき)」の時間的な意味

第 3 章 日本語の「前(まえ)」 ・ 「先(さき)」と中国語の「前(qian)」との比較

4. 日本語の「前(まえ)」 ・ 「先(さき)」と中国語の「前(qian)」の時間的な意味

4.3 日本語の「先(さき)」の時間的な意味

「先(さき)」は、前方という空間的な概念を言語化する言葉として、「前(まえ)」と同様に、

過去を言語化する機能がある。ただし、「先(さき)」は、認知主体の時間軸における現在とい う時点を参照点として、過去を言語化する際に、近い過去を表しているという点で、「前(ま え)」とは相違している。

(41) a. 先に分析した各課題についての原因それぞれの重みを付けていき、トータル

でスコアリングを行う。

(日本ネットワークセキュリティ協会編 『アイデンティティ管理ガイドライン』)

b. 高杉晋作と先ごろ会ったときに贈られたもので、六連発のリボルバ(回転式連 発拳銃)だった。

(山村竜也著 『史伝坂本龍馬』) c. さっき行った店は、俺は半年くらい前から行き始めたんだ。

(塩崎逸雄著 『パチンコ貧乏からの脱出』)

例えば、(41a)における「先に分析した」という表現に関しては、数分もしくは数十分の 時間の範囲、すなわち近い過去を表し、これを数時間前、または数日前、数か月前と解釈す るのは困難である。(41b)における「先ごろ」であれば、どれくらいの過去を言語化できる

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かについて、勿論多かれ少なかれ個人差があるが、せいぜい数時間前、数日前の時間範囲で あり、数箇月前や数年前のような遠い過去といった解釈はできない。また、(41c)のような 事例からわかるように、過去を示す「先(さき)」は、多くの場合では、促音便が伴い「さっ き」に転じて使用されている。過去のみならず、様々な他の時間的な意味を有する「先(さ き)」とは異なり、「さっき」は、近い過去しか言語化することができない。

過去を示す「先(さき)」は、時間の認知主体の主体性が反映され、Moving Time Metaphor という種類の時間メタファーに該当する。具体的に言えば、時間の認知主体が時間軸で静止 しており、時間が遠方から主体に向けて移動してくる。動かぬ時間認知主体のいるところが、

「いま」あるいは「現在」という時点にある。言い換えれば、過去を示す「先(さき)」の場 合では、既に実現した過去が、今または現在から遠ざかっていき、背後の過去となるという ことである。

4.3.2 「先(さき)」:未来

「先(さき)」は、未来という時間的な概念を言語化する機能も持っている。未来を示す「先

(さき)」の特徴は、Moving Observer Metaphorという時間メタファーを通して説明できる。

(42) a. 観光市場の先行きは明るい。

(『中日・日中辞典』) b. 五十年先が頼もしい気がする。

<BCCWJ> (小原国芳著 『小原国芳全集』) c. 先のことはだれも知らんのや。

(松下幸之助著 『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』)

具体的に言えば、未来を示す「先(さき)」は、認知主体が時間軸に位置している自分を参 照点として未来を言語化する。ここで強調しておきたいのは、時間の認知主体、すなわち、

時間を概念化する者が、自ら直接的に時間軸に位置し、時間を捉えているということである。

未来を示す「前(まえ)」と同様に、「先(さき)」は、出発点を離れ、終点に向かって歩い ていくという身体的な体験に基づいて、現在から未来に向かって移動していくというよう に未来を言語化している。

4.3.3 「先(さき)」:EARLIER

「先(さき)」は、ある時点より Earlier という時間的な意味も持っている。Earlier を示す

「先(さき)」は、本論文の時間メタファーに対する分類に基づいて説明すると、次の二種類 がある。第一類は、現在というAシリーズの時間的な概念とも関わるEalier、すなわち認知 主体の主体性も反映している Earlier である。第二類は、認知主体の主体性と関わりなく、

いわゆる純粋にEarlierというBシリーズの時間概念である。

まず、第一類のEarlierを示す「先(さき)」については、物事と物事の順序が客体的に捉え

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られていると同時に、現在といった認知主体に関わる直示性の特徴も反映している。例えば、

(43)にける「先(さき)」は、まず「私」が現在という時点で発言し、その後「皆さん」が発言 するという 2 つの物事の順序を表している。つまり、時間の認知主体は、現在を参照点とし て、物事と物事の順序を捉えているということである。

(43) 皆さんから発言がないので、私から先に言わせてもらう。

<BCCWJ> (遠山長太郎著 『ある団塊世代家族の再生』)

ここで強調しなければならないのは、「先(さき)」のみで表されるEarlierが通常現在とい う時点を参照点にしている、ということである。例えば、「食事の先に話したように」や「入 学の先に健康診断を受けた」といった表現は自然な表現とは言いにくい。このような過去と

関連する Earlier は、「先(さき)」のかわりに、「前(まえ)」で言語化するのが一般的である。

すなわち、「食事の前に話したように」や「入学の前に健康診断を受けた」が容認度の高い 文である。

(44) a. 実物より先に本で知った虫

<BCCWJ> (河合雅雄編 『ふしぎの博物誌』) b. 日本も実力は出し切った試合だったが、相手より先に力尽きてしまった。

<BCCWJ> (読売新聞社 『読売新聞』)

(45) a.大晦日より先に天皇の誕生日がある。

(篠原 2008: 194) b.日本国内での投票方法について(不在者投票) 投票の当日、仕事、旅行などの事

情で投票所へ行けないと見込まれる人のために、国内の滞在地で投票日より先 に投票を済ますことができる「不在者投票制度」があります。

(「よくある質問Q&A:生駒市公式ホームページ」)

ただし、「先(さき)」は「より」と共起するときに、過去のEarlierという時間的な意味を 示す機能を持つようになる。例えば(44)における「先(さき)」は、「より」を加えたことによ って、過去の時間の領域では、「虫を本で知る」という行為が「虫を実物で知る」という動 作より先行している、という時間的な意味を言語化することができるようになっている。

さらに、「先(さき)」は「より」と共起することを通して、認知主体の主体性と関わりなく、

すなわち、Front-Back Moving Time Metaphorという時間メタファーを通して、純粋のEarlier を示す場合もある。

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具体的に言えば、(45a)における「より先」は、12月23日の「天皇の誕生日」が12月31 日の「大晦日」よりEarlierという時間的な意味を示している。このような「より先」は、認 知主体の主体性から独立した時間関係、いわゆる純粋にEarlierというBシリーズの時間概 念を言語化している。また、(45b)における「先(さき)」も同様な機能である。「国内の滞在 地で投票日より先に投票を済ます」という表現における「より先」は、「投票を済ます」と いう出来事が、「投票日が至る」ということより先行していることを意味している。

4.3.4 「先(さき)」:LATER

「先(さき)」は、Laterという時間的な意味を示す機能を有している。Laterを示す「先(さ き)」は、次の 2 種類がある。第一類のLaterを示す「先(さき)」は、認知主体の直示性に関 わり、ある出来事を参照点にして、参照点よりさらに未来の出来事を言語化している。

具体的に言えば、(46a)における「先(さき)」は、現在という時点を踏まえて、「期末テス トを実施する」ということが参照点と見なされ、その次に「夏休みが始まる」という事態が 発生することをLaterとして言語化している。(46b)と(46c)における「先(さき)」は、(46a) と同様に、「修論諮問」が「修論提出」より後、すなわち、よりLaterの時点で発生するとい う時間的な意味を表している。

(46) a. 夏休みが始まるのは期末テストのまだその先だよ。

b. 修論諮問は、修論提出のまだその先だよ。

c. 退院は予定より先になりそうです。

(碓井 2002b: 155)

第二類の「先(さき)」によって示される Laterは、認知主体の直示性と関わりなく、ある 出来事を参照点にして、もう 1 つの出来事がそれより遅い段階で発生するという純粋な B シリーズの時間概念を言語化している。

(47) 応仁の乱の先に戦国時代が待っていることを予言したものはいなかった。

(渡辺 1995: 24)

例えば、(47)における「先(さき)」は、「応仁の乱」が発生したあとに、「戦国時代」に入 るという出来事の順序を示している。認知主体は、自らの直示性と関わりなく、傍観者で中 立的な立場から、「応仁の乱」と「戦国時代」という 2 つの出来事の順序を述べている。

4.4 中国語の「前(qian)」の時間的な意味