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日本語の「後(あと)」と中国語の「後(hou)」の時間的な意味の相違点

第 4 章 日本語の「後(あと)」と中国語の「後(hou)」との比較

3. 日本語の「後(あと)」と中国語の「後(hou)」の時間的な意味

3.3 日本語の「後(あと)」と中国語の「後(hou)」の時間的な意味の相違点

Moore (2000: 163-165 )では、人間の言語において、ごく少数の例外を除き、Laterという時

間的な概念は、後方を示す空間的な表現によって言語化されるのが一般的だと指摘してい る。日本語の「後(あと)」と中国語の「後(hou)」の時間的な意味について、3.1節と3.2節の

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分析を通して分かったように、いずれも、二種類のLaterを言語化できるという点で共通し ている。しかし、次の (25)~(27)のような「残りの時間」という用法で使用されている「後

(あと)」は、「後(hou)」との対応が困難である。

(25) a. 修学旅行まで後 2 週間。

b. 離修學旅行還有兩周。

(『中国語会話例文集』)

(26) a. 私は後3ヶ月しか日本にいません。

b. 我在日本的時間只剩 3 個月。

(西隈俊哉著 『日本語能力試験 3 級徹底ドリル』、中国語訳は著者による)

(27) a. ローンが後数年で終わる。

b. 貸款再過幾年就能還完。

(カルチャーランド著 『老後資金 0 円からの快適セカンドライフ』、 中国語訳は著者による)

具体的に言えば、(25)~(27)における「後(あと)」は、期間が予め設けられているという 状況下で、期間満了まで時間がまだ余っていることを示している。しかし、このような「残 りの時間」を表す際に、中国語では「後(hou)」の代わりに、通常他の表現によって言語化さ れる。例えば、(25a)の「後 2 週間」という表現は、(25b)で「還有兩周」と訳されている。

すなわち、「後(あと)」で示されている「残りの時間」は、「還」と「有」というそれぞれ日 本語の「まだ」、「ある」に相当する表現によって表されている。この場合、中国語の「後(hou)」

の使用は基本的に制限されていることになる。

また、(26a)における「後3ヶ月」という表現に含まれている「残り」の意味合いは、中 国語の「剩」という動詞で示されている。つまり、日本での滞在期間が切れる前にまだ余っ ている在留できる期間という概念を、日本語では「後(あと)」という空間辞によって言語化 できるのに対して、中国語では「後(hou)」の代わりに「剩」という「残る」に当たる動詞で 示している。(27a)の「後数年」における「後(あと)」も同様に、中国語の「後(hou)」では なく、動詞の「再」によって言語化されている。

要するに、「後(あと)」はある期限や締め切りをランドマークにして、この予め決められた 終了の期日までにまだ残っている時間の「残量」をトラジェクターとして言語化できる。し かし、中国語の「後(hou)」は、このような機能を持っておらず、残されている時間という概 念を示す際に、通常ほかの表現で言語化する。「後(あと)」と「後(hou)」は、空間的な意味 でも、時間的な意味でも多くの共通点が見られるにもかかわらず、なぜ時間の残量という用 法で相違しているのかという疑問が生じるが、これについては次の3.3.2節で分析すること にする。

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3.3.2 「後(あと)」と「後(hou)」と対応できない理由

なぜ中国語の「後(hou)」が「残りの時間」という用法を持っていないのかという問題につ いては、結論から言えば次のようになる。すなわち、「後(hou)」の本来の空間的な意味には、

「後(あと)」のような「余地・残留」という空間的な意味がないからである。つまり、日本 語の「後(あと)」が持つ「残りの時間」という用法の背後には、「後方」と「余地・残留」と いう 2 つの空間的な動機付けが同時に機能しているのであるが、中国語の「後(hou)」には

「後方」の動機付けしかないからである。

図 4-4 が示しているのは、日本語の「後(あと)」が表す「残りの時間」という用法と、「後 方」及び「余地・残留」という 2 つの空間的な用法との関係である。この図から分かるよう に、「後(あと)」の「残りの時間」の用法は、トラジェクターがランドマークより次の段階で 生じるというLaterの意味と、トラジェクターがランドマークに取り残されている部分であ るという余地・残留の意味との複合によって拡張してきたものである。特に、注意しておき たいのは、この 2 種類のランドマークが異なっている点である。つまり、「残りの時間」と いう用法にはLaterと「余地・残留」に関わる 2 つのランドマークが存在し、同時に機能し ている、ということである。

具体的に言えば、「後 3 ヶ月しか日本にいません」という表現では、発話時点に基づくラ ンドマークがあるほかに、日本での滞在期間全体というもう 1 つのランドマークがある。こ の二種類のランドマークを、ここではぞれぞれに「順序のランドマーク」と「余地・残留の ランドマーク」と呼ぶことにする。順序のランドマークは、Later という時間的な意味を示 す際に、参照点となっている。期間のランドマークは、余地・残留を示す際の参照点である。

「後 3 ヶ月しか日本にいません」における「残りの時間」を示す「後(あと)」は、「また、

後で話しましょう」におけるLater を示す「後(あと)」と同様に、トラジェクターが示す事 態 (今後の 3 ヶ月間、話すという行為) が発話時というランドマークより以降にある、とい うことを示している。

また、「後 3 ヶ月しか日本にいません」における「残りの時間」を示す「後(あと)」は、

「後 3 人が座れる」における余地・残留を示す「後(あと)」と同様に、トラジェクターがラ

4-4 「後(あと)」の「残りの時間」の用法

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ンドマークの余っている部分を言語化している。つまり、日本に滞在できるすべての時間が、

座れる人数全員と同様にランドマークと見なされて、「3 人」という収容できる余地と同様 に、トラジェクターの「3 ヶ月」という期間が、このランドマークにおいて余っている部分 を示している。

中国語の「後(hou)」は、空間的な意味として、トラジェクターがランドマークの後方に位 置しているという点に関しては、日本語の「後(あと)」と共通している。しかし、中国語の

「後(hou)」は日本語の「後(あと)」とは異なり、トラジェクターがランドマークにおいて余 っている部分、あるいは取り残されている部分という空間的な意味を有していない。つまり、

「後(hou)」は、「後(あと)」と比べると、「余地・残留」という空間的な意味が欠如している ということである。その結果として、「後(hou)」は、「残りの時間」を言語化できず、「後 3 ヶ月しか日本にいません」や「修学旅行まで後 2 週間」における「後(あと)」は、中国語で は他の表現で示さなければならないということになる。