第 2 章 カンボジア政府の取り組み
2.2. 貧困問題をめぐる諸政策
2.2.3 社会政策の貧困層への影響
2.2.3
社会政策の貧困層への影響a. 2010
年までに教室や教材の拡充による、1年生から9
年生までの全ての学年 への学令児童のアクセスの拡大b.
教科書の政府による支給、学校運営予算および教育専門家育成のための予算 拡大による指導・学習過程の改善c.
二交代制および複数学年混合授業を通じた教室の活用による効率性の向上d.
標準的な人員配置のモニタリングとそれに基づく予算措置による効率的な人材育成の拡大
教育青年スポーツ省は、貧困指標と教育指標の分析を行い、貧困撲滅に向けた教育政策の 効果についてモニタリングを行うための、マネジメント情報システムを導入する方針であ る。
また、教育青年スポーツ省は、
2001
年3
月に教育に関する戦略計画(ESP: Education StrategicPlan)を公表し、それに基づいて、2001〜2005
年の優先プログラムを含む教育セクター支援プログラム(ESSP: Education Sector Support Program)を策定した。
ESSP
の目標は、I-PRSP
に掲げられたものと全く同様であり、ESSP
はPRSP
の具体的な行動計画に位置付けられる ものと考えられる。ESSP
は大別すると、(ⅰ)教育の質・効率性向上のためのプログラム、(ⅱ)教育施設整 備プログラム、(ⅲ)組織開発・能力開発プログラムの3つのプログラムからなっている。教育の質・効率性向上のためのプログラムは
11
のプログラムから構成されており、その主 なものは表2-12
の通りである。貧困削減の観点から教育セクター改革を見た場合、教育および職業訓練と雇用機会との関 連性について検討する必要がある。貧困率の高い農村においては、農業生産性を高め、所 得向上を図ることが肝要であるが、そのためには初等教育の質の向上と公教育以外の識字 率を高めるなどのプログラムが求められる。また、都市部においては、産業の人材へのニー ズの変化が早いため、それに対応しうる短期間で習得可能な技術研修などが求められる。
しかしながら、現状の教育制度における費用は各世帯による支出に依存しており、家計支 出における教育コストの負担はかなり重くなっている。CSES99 のデータによると、月額 の家計支出に占める教育費の割合は平均
7,496
リエルで2.1%である。地域別に見ると、プ
ノンペンは53,788
リエルで5.3%、農村部は 2,701
リエルで0.9%である。
消費
5
分位でみると63、世帯支出に占める教育費の割合は、第1
分位層で1.05%、第 5
分位層で
1.46%と 0.41
ポイントの差がある。金額ベースでは、年間教育費でみると、第1
分位層は
24,800
リエル、第5
分位層162,100
リエルと約6.5
倍の開きが生じている。貧困層で教育費の水準が低いことは、貧困層の子供の教育機会を妨げる要因になっている。
また、教育コストは高等教育に進むほど高くなるため、教育費格差が貧困層と非貧困層の 教育機会の格差64を生じさせている一方で、教育格差が就業機会の格差にもつながり、貧 困からの脱却の障害になっている。SEDPIにおける教育分野の貧困削減にかかる目標の達 成状況(表
2-13)を見ると、1998
年では1996
年の時点から改善が見られるが、さらに教 育格差の是正につながるプログラムの実施が望まれる。
63 World Bank,(1999) Cambodia Poverty Assessment, p.42, Table4.8参照。
64 本文1.2.3教育、表1-10教育指標参照。
表 2-12 教育の質・効率性向上のためのプログラム
プログラム 目的 内容
教育・指導サービス効率性 向上
・ 保護者の教育コスト負担の軽減
・ 教育資源活用の効率化
・ 初等・中等教育の教員数拡大
・ 教育サービスの年間3,000件増加
・ 教員の新規採用は初等・中等教育を 優先
・ 教員養成大学卒業の若手教員の採用 基礎教育の質・効率性向上 ・ 貧困家庭の教育コスト負担の軽
減
・ 1〜9 年生の基礎教育への就学 率の向上
・ 2001〜2005年の間に24県の小学校・
中学校への学校運営予算の支給
・ 貧困地域の学校への重点的な配分
初等教育の進級率の改善 ・ 初等教育における進級率の向上
(特に1年生から2年生)
・ 6年生から 7年生への進学率の 向上
・ 1年生および 7年生の就学率の 向上
・ 24県およびすべての市町村における キャンペーン活動の展開
・ 習熟度の低いクラスについては休暇 期間中も授業を継続
・ 教員に対する補修授業についての研 修
・ 初等教育の就学年齢の徹底(6歳を学 齢とする)
後期中等教育の質・効率性 向上
・ 中等教育における官民パート ナーシップの確立
・ 貧困家庭の生徒の中等教育への 就学率の向上
・ 民間セクターの参入によるより質の 高い後期中等教育プログラム(外国 語、コンピューター・スキルなど)の提供
・ 貧困率の高い地域の10〜12年生クラ スのない75校を対象とした後期中等 教育プログラムの拡大
技術職業教育・訓練の質・
効率性向上
・ 全ての県における公的職業訓練 機関の設立・強化
・ 民間セクターの参入促進
・ 技術教育・職業訓練と他の教育 制度との統合
・ 貧困家庭の生徒の職業訓練への アクセスの拡大
・ 2005年までに、プノンペンの4つの 技術大学、プノンペン以外の 3 つの 職業訓練校、32の県レベルの職業訓 練センターにおける職業訓練プログ ラムの実施
・ 貧困世帯と女性を対象とした国家訓 練基金(NTF)プログラムの実施 高等教育の質・効率性向上 ・ 民間セクターの参入促進
・ 官民双方における効果的なマネ ジメントの導入
・ 雇用環境に即した高等教育の提 供
・ 貧困家庭の生徒の高等教育への アクセスの確保
・ 2002 年以降、9つの国立大学におけ るプログラムの実施
・ 公立および民間教育機関との取得単 位の振替制度の導入
・ 高等教育機関の教員の能力向上
・ 貧困撲滅のための高等教育を対象と する奨学金の提供
ノン・フォーマル教育の拡 大
・ 児童および成人の基礎教育を受 ける権利の保証
・ 不利な状況や非就学児童、非識 字者への効果的、効率的かつ持 続的な学習機会の提供
・ 基礎教育へのアクセスを拡大するた めの非就学児童に対する補習教育プ ログラム
・ 所得創出、育児、農業革新、社会経 済的・民主的開発のための基礎学習 能力強化のための識字・生活技術の 習得
平等なアクセス(貧困層へ の奨学金制度)
・ 2001〜2015年の間に初等教育、
中等教育、高等教育、職業訓練 において貧困家庭の生徒の就学 率、進級率の向上
・ 奨学金およびインセンティブプログ ラムの実施(所得階層五分位の下位
40%、4〜7年生に該当する非就学児
童)
・ 学校給食プログラムの実施(対象地 域の学校)
[出所] Ministry of Education. (2001). Youth and Sports, Education Sector Support Program 2001-05. Phnom Penhより作成
表 2-13 SEDPIにおける貧困削減にかかる目標と達成状況(教育)
セクターおよび指標 1996年時点の推定値 2000年までの達成目標 1998年時点の結果 小学校の完了により実際
に読み書きおよび計算が できる子供の率
小学校5年生までを5年 間で修了した生徒は全体 の13%
12 歳の児童のうち 65%
が6年間で6年生までを 修了し、読み書き、計算 ができる
12 歳の児童のうち 33%
が6年生を修了
女子学生の高等教育への 進学率(1年生)
高等教育に進学した生徒
のうち19%が女子学生
16 歳女子のうち 50%が 10年生(高等教育)に進 学する
16 歳女子のうち 34%が 10年生に進学
[出所] Royal Government of Cambodia(2001), Interim Poverty Reduction Strategy Paper, Phnom Penh, p.13, Table2.1より作成
(3)
保健セクター改革保健省は、
1996
年に全国において基礎保健サービスのアクセスの合理化と拡大に向けた保 健普及計画を開始した。保健セクター改革にあたって、(ⅰ)保健セクターに従事するス タッフの能力が低い、(ⅱ)財源の確保が困難である、(ⅲ)保健サービスを提供するため の政府のインフラが十分でない、といった問題が指摘されていた。特に、保健セクターへの政府歳出が予算を著しく下回っていたために、公的な保健サービ スの提供が不十分であった。そのため、国民は民間の薬局などで薬を購入せざるを得ない 状況にあり、そのため特に貧困層の家計にとっては医療費負担は非常に重いものとなって いる。
CSEC99
によると、1999
年の世帯あたりの平均医療費は月額21,181
リエルで、家計支出の5.9%に相当する。貧困層の多い農村部では 18,696
リエルで6.6%、プノンペンでは 40,088
リエルで
4%にであり
65、農村部ではプノンペン比べて支出に占める医療費負担は2.6
ポイント大きい。他方、絶対額ではプノンペンの
5
割未満であることから、農村では医療サー ビスが十分に受けられていないことが伺われる。1998
年の保健需要調査(Health Care Demand Survey)によれば、所得階層5
分位の最下位 に属する世帯では、医療費負担が所得を上回っており、医療費債務を負っているケースも あるとしている。CSEC99
のデータで見ると、所得10
分位の第1
分位層および第2
分位層 の世帯あたりの平均所得(月額)それぞれ146,673
リエル、204,690リエルに対し、農村に おける1
回の平均医療費(診療費および薬代)は33,800
リエルであり、それぞれ23%、 17%
を占めている。このため、低位所得階層の医療費負担は必ずしも軽いものではない。
こうした保健セクターの問題解決のために、次のセクター改革が実施された。
a.
受益者負担に基づく医療費徴収制度b.
保健施設のネットワーク拡充c.
予算制度改革
65 CSES99によれば、消費10分位による階層別の医療費負担をみると、家計支出に占める医療費の割合は、第
1分位層2.4%、第10分位層では8.8%となっている。カンボジアでは貧困層は農村に多いため、低位支出階
層は農村中心に分布していると推測されるが、地域別に見た場合、農村における家計支出に占める医療費負 担はこれより高くなっており、必ずしも整合しない。