第 2 章 カンボジア政府の取り組み
2.2. 貧困問題をめぐる諸政策
2.2.1 国家開発計画における貧困削減政策の位置付け
カンボディアにおける主な開発計画は、
1994
年に発表された「国家復興開発計画」(NPRD)と、これを基礎として
1996
年に作られた「第1次社会経済開発計画」(SEDP)である。SEDP
は、1996
年から2000
年までの5
年間を対象期間としており、現在は次節で触れる「第 2次社会経済開発計画」(SEDP II)が、策定作業中である。(1)
国家復興開発計画(NPRD)1994
年3
月に東京で開催されたカンボジア復興国際委員会(International Committee on theReconstruction of Cambodia: ICORC)において、カンボジア政府は経済、社会、政治的安定
を達成し、内戦からの復興に注力していくために、国家復興開発計画(NPRD:National Programme to Rehabilitate and Develop Cambodia
)を発表した。NPRD
は、復興に向けた主要 課題と市場経済化の阻害要因の排除のための取組みについて政府の基本方針を明らかにし たものであった。具体的にNPRD
を実施するための計画としては、1995年2月に 国家復 興開発計画実施計画(Implementing the National Programme to Rehabilitate and Develop Cambodia : INPRD)
が策定された。NPRD
における6
つの目標として、a.
カンボジアの法治国家としての確立b. 2004
年までにGDP
を倍増するための経済の安定化および構造調整c.
人材育成および国民の生活向上のための教育および医療の充実d.
インフラストラクチャーおよび公共施設の復興および整備e.
国内経済の地域経済および国際経済への再統合f.
農村開発の重視および自然資源と環境の持続的な維持管理 が掲げられた。具体的な実施計画である
INPRD
では、開発政策の3
本柱として、a.
持続的な経済成長b.
継続的な人材開発c.
自然資源の持続的な管理と活用を挙げ、開発の主要課題として、グッド・ガバナンス、農村開発、貧困対策、経済調整、民 間セクター育成、人材育成、兵士等の再統合、保健、教育、インフラストラクチャーの整 備、国際経済への復帰等を取り上げている。
NRPD
およびINRPD
は、多分に総合的な計画書であるが、特 に貧困削減を政策として取り上げたものではなかった。
(2)
第1
次社会経済開発五ヵ年計画(SEDP I 1996-2000)SEDPI
( The First Five-Year Socio-Economic Development Plan)は、NRPDに引き続いて策定された
1996〜2000
年の5
ヶ年を対象とする国家開発計画である。貧困削減が長期的に最も重要な課題として掲げられ、経済成長よりも貧困削減や社会的弱者救済といった社会政 策を重視したものであった。カンボジアを市場経済国家と明言し、貨幣経済の導入、地方 における生計の向上、国内および海外の民間投資の誘致、国営企業の民営化、行政サービ スの強化などを課題とした。その一方で、同時に、農村インフラ整備の重要性を強調して いる。貧困層の
90%が居住する農村開発に重点をおき、公共投資の農村部への配分を 65%
とすることが提言された。農村開発を中心とする社会政策、保健・給水・公衆衛生・初等教育・
社会的弱者救済などは、貧困対策に直接的に貢献するものとして重要視されたのである。
1996〜2000
年の予定総投資額は約22
億ドルで、分野別および地域別の投資計画が立てられた。また、SEDPI を実施するために、1996 年からの
3
ヶ年ごとの公共投資プログラム(Public Investment Program: PIP)が策定され、具体的なプロジェクトへの投資が行われた。
SEDPI
では、農村における貧困問題の解決がカンボジアの貧困対策において最重要課題であるとして、農村開発が貧困削減の中核として位置付けられている。そのため、特に農村
開発省が
SEDPI
に基づいたプログラムを策定し、農村開発のための組織作り・強化、農村インフラの整備、農業開発・振興などのプロジェクトを国際機関や二国間援助機関、
NGO
の支援を受けて実施している。貧困削減戦略書中間報告書
I-PRSP
において、SEDPI の貧困削減についての取組みの評価 を行っており、SEDPIの目標はあまり現実的でなかったとしている。計画では公共投資全体の
65%を農村部に配分することとなっていたが、実際にはそのようには実施されず、そ
の結果、農村部における貧困率の減少は進まず、かえって所得分配の不平等が拡大したと している。
(3)
第2
次社会経済開発5
ヵ年計画(SEDPII:2001‐2005)カンボジア政府は、SEDPIに続いて
2001
年から2005
年を対象とする第2
次社会経済開発計画
SEDPII
を策定中である。WB およびIMF
主導のもと、貧困削減戦略書(PovertyReduction Strategy Paper: PRSP)も策定中であるが、 SEDPII
とPRSP
の双方とも「貧困削減」を国家開発の最重要課題とし、その目的達成の手段として「経済成長の加速と利益の公平 な分配」を掲げていることから、両者の作成を一体化し、
PRSP
はSEDPII
の一部として進 められることになっている。2001
年9
月現在、第2
次社会経済開発5
ヵ年計画SEDPII
の最終ドラフトが作成されたと ころであり、カンボジア政府の最終的な承認を受けた公式のものは未だ公表されていない。ここでは、2001年
10
月にADB
および計画省の共催によるSEDPII
に関するワークショッ プで公表されたドラフトに基づいて、SEDPIIの枠組みを概観するとともに、PRSP の位置 付けについて検証する。SEDPII
は、4つの章から構成され、第1
章は策定過程と開発目標、第2
章開発の課題:人口と貧困の動態、第
3
章国家の開発目的、第4
章で国家の経済成長と貧困削減戦略を打ち 出している。国家開発の
3
つの主要目的として、以下の3
項目を掲げている。a.
貧困層が生計をたてているセクターを含め、幅広いセクターにおける経済成 長b.
社会的および文化的開発c.
天然資源の持続的活用と健全な環境管理一方で、開発課題としての貧困についての分析57や参加型貧困アセスメント(PPA:
Participatory Poverty Assessment)が行われているが、結果として、表 2-7
に示すことが明ら かになっている。表 2-7 カンボジアの貧困問題
貧困問題の特徴 PPAの結果
・ 貧困率は農村で最も高くなっており、また農業 従事者が世帯主の場合で最も高くたっている
・ 貧困世帯では、世帯が大きく、また若い世代で 構成されているほど貧困の度合いがより厳し い。また、子供の人数が多いほうがより貧困状 態に置かれている。
・ 世帯主が読み書きができない、また就学年数が 短い世帯では貧困状態に置かれていることが多 い。
・ 世帯主が中等教育、高等教育を受けている場合 では貧困率が最も低い
・ 女性の地位が不平等な状態にあることが貧困問 題全体にかかわっている。
・ 貧困層には食糧保障がない
・ 生活上の危機は貧困層をさらに深刻な貧困に追 い込む
・ 資源、インフラ、社会インフラ、その他基礎サー ビスへのアクセスがない
・ 貧困層は自分達や子供達の将来に希望が持て ず、また家族やコミュニティとの絆を喪失する といった経験をしている
・ 女性は社会・経済的に低い地位に置かれている ことで傷つけられている
・ 地域行政また県行政に対する信頼が無い
[出所] Asian Development BankおよびMinistry of Planning,(2000) National Workshop on the Second Socio-Economic Development Plan 2001-2005,資料より作成
こうした分析を踏まえて、
SEDPII
においては、経済成長を貧困削減の前提条件とし、全体 的な経済成長により貧困層の所得が向上するとしている。国民の生活水準を向上させ、か つ雇用機会を創出させるためには、公共サービスの改善を図る一方で、民間セクター振興 を行うための健全なマクロ経済環境の維持と広範な構造改革の実施が必要であるとの認識 に立っている。中期的には農業・農村開発によって、また長期的には工業または観光業の 振興によって経済成長を達成することを目指している。特に、外国資本、国内資本を含む 民間投資の拡大による雇用機会の創出が経済成長につながり、ひいては貧困削減につなが るものとして、民間投資を促進するための環境作りを行うことを政策の重点としている。また、人口増加率の抑制、ジェンダーに起因する貧困の削減、貧困層の教育および保健へ のアクセスの改善、村落レベルのインフラおよびサービスの拡大等が盛り込まれている。
なお、SEDPIIの策定にあたっては、所管官庁である計画省の組織能力が十分でないため、
アジア開発銀行(ADB)の技術協力を受けている。
57 計画省により実施された1997年のSocio-Economic Surveyのデータに基づいている。