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疫学研究と倫理

ドキュメント内 (ページ 45-49)

とする研究を適用外とする動きがある。しかし、これらも個人情報という視点からみるとかな り問題のある場合が含まれている。現状ではこれらを含めると倫理委員会としても混乱する かもしれないが、将来は当初検討されたような「疫学的手法を利用した研究の倫理指針」とい う概念を確立する必要があるのではないだろうか。 

 

2. 多施設共同研究への対応 

質疑応答の中で比較的多いのがこの問題である。現在の指針での原則は、多施設の共同研 究は、各施設の倫理委員会で検討することになっている。倫理委員会が設置されていない小 規模の施設はいくつか合同して倫理委員会を作ればよいという案、学会などの倫理委員会 を利用する案などが示されているが、いずれも煩雑な手続きが必要となる。研究代表者の所 属する施設の倫理委員会で承認されれば、特殊な問題のないかぎり、協力研究者の施設での 倫理審査が簡易化あるいは省略可能であるということを明文化してはどうであろうか?あ るいは、国家的な規模の倫理委員会を作ることも考えられなくはないが、現実には難しいで あろう。 

 

3. インフォームドコンセントの内容 

   「疫学研究に関する倫理指針」では別添 2 として「インフォームドコンセント等の具体的方法につい て」が添付されており、さまざまな様式のあることが示されている。 

今後それぞれの具体的な例示が欲しい。また、包括的な同意がどこまで許されるかも大きな 課題であり、特に血液採取などによるコホート内の症例対照研究などの同意の受け方の検討が 必要と考える。 

 

4. 倫理委員会 

   現在ほとんどの研究機関や大規模な医療施設では施設内倫理委員会が設置されて活動 しているが、その内容についてはまだ多くの問題が残されている。委員の選出方法、委員の 倫理問題の対応についての研修・学習の機会の提供、任期など解決すべき課題であろう。さ らに、学会に倫理委員会を置くことについての検討、前述のような国家レベルでの倫理委員会 のような機関をつくるべきかどうかの検討もする必要がある。 

 

5. 学会の役割 

   前述のように倫理委員会を設置する学会が増えている。国が倫理の主導権をとることに 懐疑的な研究者は少なからずある。法律は国で作っても倫理指針は各学問分野での個別設定 でよいのではないかというものである。しかし、すでに実績が出来てしまった現状では、それ ぞれの倫理指針をよりよいものにするために、国に対して積極的に意見を述べていくことが 大切ではないかと思う。5年ごとに見直すことになっている倫理指針に対して、公衆衛生・予防 医学の活動が妨げられないように、また国民の人権・福祉を守っていくこととの間に矛盾が起 こらないように、実績を積み上げていくことが、疫学研究者の使命であろう。 

2)保健・医療・福祉

   

小林廉毅(東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野) 

 

  社会保障(Social Security)のラテン語の原義は、社会的に憂いや心配がないことだとい われる。わが国の社会保障は、体系的な社会の仕組みとしておよそ半世紀間、整備が続けら れてきた。それは 1950 年の社会保障制度審議会の勧告による社会保障の概念――社会保険を 中心に公的扶助、社会福祉、公衆衛生を含む包括的概念――によく表されている。実際、わ が国の社会保険は年金、医療保険、失業保険、労災保険、介護保険などを含み、先進国の中 でも大きく発展した分野である。しかし、わが国の社会保険は賦課方式のため、急速な高齢 化と経済の長期停滞に直面して財政的に厳しい局面を迎えており、社会保障費負担抑制が最 近の大きな政治的争点の一つである。 

ところで社会保障制度の一環としての公衆衛生は、国民の健康を守ることが大きな使命で あり、戦後、多くの行政施策が感染症対策、環境衛生、労働衛生、母子保健、精神保健、地 域保健などの分野で成果を上げてきた。また、技術的な側面として、環境測定や健康診断の 精度向上、健康教育や訪問指導の普及なども特筆される。さらに、公衆衛生の特長として挙 げたいのは、一方で集団を対象とすることによって効率よく人々の健康の維持・増進を可能 にしてきたこと、他方で母子や虚弱高齢者、精神障害者、貧困層、劣悪な環境下の労働者な ど、いわゆる弱者を主要な対象にしてきたことである。 

  しかし、社会保障制度全体と同様、公衆衛生活動の現場も大きな変化に直面している。第 一に、予防がきわめて有効だった疾患(結核など)の頻度が大きく減少した。その結果、古 典的な予防法の効率も著しく低下した。集団検診を中心にした保健活動は、まん延のおそれ がある感染症が対象であるとかスクリーニング検査に画期的な技術革新があるなど特別な状 況がない限り、原則として対象の大幅な絞り込みを行う必要があろう。現在、健康上の大き な脅威である生活習慣病や一部の感染症を予防するためには、個人の行動変容や社会の改革 という不可能ではないが、きわめて難しい課題に取り組まなければならない。 

第二に、社会や対象集団が多様化していることが挙げられる。典型的な三世代世帯は減少 し、高齢者世帯、共働き世帯、一人親世帯などが増加し、全般にコミュニティの連帯感も希 薄になっている。このような状況で、効果的な地域保健活動を行うためには、対象ごとにア プローチを変えて行くことも必要であろう。 

第三に、医学知識・技術の急速な進歩が挙げられる。このことは公衆衛生活動に利用でき る方法・手段の増加といいかえることもできる。とりわけ、近年の遺伝子技術の進歩は目覚 ましく、現場に応用される日もそう遠くないと思われる。しかし、これらの技術が倫理的、

経済的問題を惹起することは十分予想され、手放しで楽観することはできない。 

おそらく、今後の公衆衛生活動の方向性として、従来のような単一の知識・技術を用いた

新しい評価の方法論も必要となろう。 

  一般に公衆衛生活動の評価では、種々のサービスが様々なニーズをもつ人々に過不足なく 提供されているか、そしてサービス提供が全体として効果的、効率的に行われているかが重 要である。効率性を費用削減と同一視するという誤解は少なくないが、効率性をわかりやす く定義すると「効率」=「成果」/「費用」なので、費用削減は効率の一面しか見ていない ことになる。効率のもう一つの側面である活動の成果、いいかえれば提供されたサービスの 価値に、われわれはもっと目を向けるべきであろう。 

  たとえば、高齢者の在宅ケアと施設ケアを想定した場合、いずれかの選択は、病気や病状、

ADL、合併症だけでなく、患者本人の家庭・仕事の状況、好み、人生観などによっても影響を 受けると考えられる。高齢者にとって、ケアのもたらす成果(価値)は生存期間延長という 狭義の治療成果と、その期間の quality of life の双方に依存する。費用の大小だけでなく、

ケアのもたらす成果(価値)を評価することによってはじめて、複数のケアプロセスの効率 を比較できるのである。しかし、ケアの価値は本人の主観にも依存するため、その費用をだ れがどの程度まで負担すべきかの問題が新たに浮上する。ケアあるいはサービスの生み出す 価値とそれに費やされる資源、いいかえれば便益と費用を、個人と社会の双方の立場からあ らためて考えてみる必要がある。 

  いずれにしても、保健、予防、医療、福祉の効果的かつ効率的な連係と統合は、今後ます ます重要になると考えられる。また、そのような包括的、複合的なサービス提供における適 切な評価方法の開発も必要となろう。 

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