• 検索結果がありません。

地域保健の現状と課題−当該分野の研究の現状と課題および将来展望−

ドキュメント内 (ページ 51-54)

 

安村  誠司(福島県立医科大学医学部公衆衛生学講座) 

   

  日本は世界一の長寿国である一方で、高齢者の割合、高齢化率でも世界トップクラスにな り、高齢者が長くなった高齢期において健康を保持し、生涯にわたって高い QOL で暮らせる 社会を築くことは国の最優先の政策課題でもある。少子高齢化が現在も進行しており、日本 における地域保健分野における重要な研究分野としては、第一に、高齢者保健(以下、老人 保健と略す)分野を挙げなければならない。 

  老人保健分野においては、WHOが提唱しているように、「高齢者の生活機能の自立」を支援 することが重要である1)。2000(平成 12)年の介護保険制度の導入と同時に開始された介護 予防・生活支援事業(以下、介護予防事業と略す)は、当初はあまり注目されていなかった。

しかし、介護保険の要介護認定者がその後著しく増加し、介護保険給付金も増加する中、介 護予防事業がにわかに注目を集めることになった。市区町村が主体となって実施する介護予 防事業に関してはさまざまなメニューが取り上げられているが、残念ながら、そのほとんど の メ ニ ュ ー の 有 効 性 は 実 証 さ れ て い る と は 言 い が た い 。 臨 床 領 域 に お い て EBM  (Evidence-based Medicine, 根拠に基づく医療)が普及している今日、公衆衛生領域において もEBPH (Evidence-based Public Health, 根拠に基づく公衆衛生)、EBHP (Evidence-based  Health Policy, 根拠に基づく健康政策)の考え方が広まりつつあり、有効性が実証されたサ ービスを提供することが求められている。今日、税金を使って実施する公的事業に関しては、

説明責任が求められており、有効性が実証されていない事業を実施・継続することは適切性 を欠くことになる。この点から、現在実施されている種々のサービスを科学的に評価し、真 に有効性のある事業を明らかにすることは、適切な健康政策を推進する上で極めて重要であ り、公衆衛生学・予防医学が地域保健分野において果たすべき大きな役割の一つである。さ らに、地域(市区町村)レベルで介護予防に資する新たなサービスを創出することも喫緊の 課題である。 

  また、高齢者の精神健康に関しては、特に、高齢者において痴呆性高齢者が増加しており、

社会問題となっている。痴呆の治療薬が開発されつつあるが、完全に痴呆を治癒させること のできる薬物はまだ完成していない。痴呆性高齢者に対するケア・支援のあり方に関する研 究は精力的に進められている。身体的な介護のみならず、心理精神的な介護の負担を考える と社会全体で痴呆性高齢者・家族を支える、つまり、介護予防の視点から取り組むべき領域 であり、痴呆介護のあり方に関する研究の必要性が伺える。一方、高齢者が痴呆にならない ようにする対策、つまり、一次予防対策の研究は緒についたばかりである。さらに、痴呆性 高齢者や痴呆予備群の高齢者を早期に発見し、早期に対応するためのシステム(二次予防)

はできておらず、その確立も急務である。 

の精神健康の点から評価する必要がある。高齢者の自殺は、高齢者全体の「こころの健康」

の視点から捉える必要があり、高齢者における精神保健研究の重要性が認識されてきた。 

  高齢期を介護の必要なく、心身ともに自立した生活を行えるようにするためには、高齢者 に対する対策のみならず、中年期における健康づくり、疾病予防対策が重要であることは言 うまでもない。日本では、21 世紀の健康づくりの政策として、「健康日本 21」が 2001(平成 13)年からの 10 ヵ年計画として、スタートしている。循環器、がん、糖尿病など生活習慣病 のほか、喫煙、飲酒といった生活習慣・嗜好や、歯科など9分野 70 項目の目標が設定された。

従来の生活習慣病予防の発想ともっとも大きく異なる点の一つは、二次予防から一次予防に 予防の重心を移したことにある。つまり、疾病を早期発見・早期治療することを目的とした 対策から、生活習慣の変更を通じて生活習慣病にならないことを目的とした対策を計画の中 心にしたことである。もう一つは、対策の方法論として高リスクの対象者の状態の改善を目 的とする高リスクアプローチ(High risk strategy)よりも、集団全体の状態の改善を目指 す集団アプローチ(Population strategy)を重視した点である。いずれの点も、公衆衛生学・

予防医学がもっとも得意とする部分である。全国の市区町村はそれぞれ地方計画を策定する ことが求められ、衛生学公衆衛生学講座の支援の下で多くの市区町村で計画が策定され、一 次予防を中心とした対策を実施しているところである。2005(平成 17)年には中間評価を行 うことになっており、衛生学公衆衛生学講座に大きな役割が期待されている。 

  臨床医学領域では、さまざまな疾患に関してエビデンスに基づく診療ガイドラインが検討 され、公表されており、診療の標準化、質の向上に大きく寄与している。一方、残念ながら、

疾病の「予防」に関するガイドラインはほとんど検討されておらず、わずかに、「地域保健に おけるエビデンスに基づく骨折・骨粗鬆症予防ガイドライン」2)が出版されることになって いるのみである。地域における予防活動をエビデンスに基づいて実施していくためには、今 後、さまざま疾病の予防ガイドラインができることが必須であり、衛生学公衆衛生学関係者 はその中心となってガイドライン作成を行っていくという大きな役割を担っている。 

ところで、本年は医学教育における明治以降で最大の変革の年とも言うこともできる。そ れは、医師国家試験合格後に努力義務であった臨床研修が必修化され、スタートした年であ るからだ。国家試験合格後に、臨床研修病院として認定を受けた病院の中から希望の病院で 内科、外科、小児科、産婦人科、精神科、救急医療などプライマリ・ケアを中心とした研修 を2年間受けなければならなくなった。その中で2年目に1ヶ月間のみであるが、「地域保 健・地域医療」という科目があり、保健所、診療所、検診機関、産業保健推進センターなど 地域保健や地域医療を担う機関における研修も義務付けられたことは画期的である。医師に は狭義の臨床の知識や技術のみではなく、予防医学やケアに関しても学ぶことが求められた のである。医師として最低限知っておくべき予防医学やケアの内容について学ぶことの意義 が公的に認知されたと言える。衛生学公衆衛生学講座の役割が従来の医科大学・医学部にお ける学生に対する教育のみならず、卒業後の医師の臨床研修にも大きな役割と責務を担うこ とになった。「地域保健・地域医療」のカリキュラムを改善していくために、科学的な評価を 今後行っていく必要がある。 

  衛生学公衆衛生学の地域保健における役割は極めて大きく、今後ますますその重要性は増

していくものと考えられる。 

 

文献 

1. World Health Organization. The uses of epidemiology in the study of the elderly. 

WHO Technical Report Series 706, Geneva, 1984 

2. 伊木雅之編.地域保健におけるエビデンスに基づく骨折・骨粗鬆症予防ガイドライン.公 衆衛生協会.東京.(印刷中) 

ドキュメント内 (ページ 51-54)